第二王子派
ユマ姫は、ネルダリア領主オーズドの別邸で暮らしている。
オーズドの人となりを表す様に、豊かなネルダリア領の統治者でありながら屋敷には華美なところが見られない。
悪く言えば極めて質素な佇まい。
貴族街でもとりわけ閑静な場所にあるオーズド邸だが、本日は大物の来訪に沸いていた。
「では、我々を第二王子派へと勧誘に?」
「いいえ、どちらかと言うとコレは同盟だと思っています」
破格の提案、なにより異例なのは第二王子自らがオーズド邸へ訪れた事だった。
エルフの使者によりユマ姫の身元が証明された事。
そして何よりユマ姫を狙ってオーズド邸へ侵入者が有った事は、ちょっとしたニュースになっている。
今まで人気はあれど芸能人的な人気だと思われていたユマ姫。
それが政治の場で重要な意味を持ち始めたと同時の騒動に、各派閥ではユマ姫の争奪合戦が始まろうとしていた。
大半はユマ姫の人気とキィムラ商会の力が目当て。そして暗殺者に怯える今だからこそ、有利な条件で傘下に引き込めるだろうと言う算段。
しかし、そんな中で当人直々の勧誘と実質的な同盟。
ボルドー王子の出した条件は破格としか言いようが無かった。
「それ程までに我々を評価して下さる事を嬉しく思います」
丁寧に頭を下げつつもシノニムは不審を抱く。余りに条件が良すぎるからだ。
その硬い表情に、気安い声を掛けるのは王子の付き人ガルダだ。
「そう警戒しないで下さい、何も裏は有りませんよ、ただコイツがユマちゃんが心配だって五月蠅かっただけですから」
「オイ!」
駆け引きも何も無く、親友に思惑をバラされて慌てる第二王子。無邪気な二人の様子は策謀とは無縁に思われた。
そう言えば――とシノニムは思い出す所があった。
「ええ、コイツ、婚約者を暗殺されているんですよ。それだけに今度は絶対に守りたいって五月蠅くて」
「お前ッ、それは言うなっての」
じゃれ合う二人だが、その内容と声からは重い決意を感じる。これは信用に足るとシノニムが頷きかけた時だ。
「今の話は、本当なのですか?」
「ユマ姫!」
応接間の扉から現れたのはユマ姫。その顔色は青白く、シルクのネグリジェ姿。伏せっていたのが明らかな姿だった。
「ユマ様、お客様の前ですよ!」
下着も同然の姿など、貴婦人が見せて良い格好では無い。
しかし声を荒げるシノニムを制してユマ姫は話の続きを促した。
「今の話は、私の耳で直接聞いておきたいのです、どうかお願いします」
簡単に手折れてしまいそうな儚さなれど、か細い声には強い意思が籠もっていた。
無理を押してでも気丈に振る舞う姿に、王子は同情を超えた声を掛ける。
「ユマちゃん、辛かったね」
「こんな事、国を追われた時の悲しみに比べたら何でもありません」
何でも無いようには決して見えない憔悴具合だが、必死に強がる少女を追い詰める気は王子には無かった。
「言った通りの意味さ、俺は愛した
自嘲気味に笑う王子。
聞けば七年前、婚約者だった女性を暗殺者に殺されてしまったと言う。
三つの公爵家の一角、ピーグル家と第二王子の結婚は、第一王子が優勢とみられた勢力図を書き換えるとも言われていた。
表向きはピーグル家の強引な領地開発で恨みを買っていた故と言われているが、それを信じる者は少ない。
「俺は今まで復讐の機会をずっと探っていた、異国から来たユマ姫の登場、兄の結婚。これ以上無いチャンスのハズが、こんな少女を巻き込んで良い訳が無いと踏ん切れなかったんだ」
静かに語る王子の目は復讐の炎に燃えていた。
それを聞いたユマ姫は、シノニムが慌てて持ってきたガウンを凍える様にギュッと抱き合わせる。
「解ります! 私だって父も! 母も! 兄も! 妹だって帝国に殺された。でも! その復讐にこの国を巻き込んで良いのかって怖くなるんです」
ユマは羽織ったガウンを青い血管が浮き上がる程に握りしめていた。
その震える肩を王子は優しく抱きしめる。
突然の事に、驚きで目を見張るユマ姫を諭すように、王子は静かに語る。
「大丈夫だ、幾らでも巻き込んで欲しい。君のような小さな女の子を見捨てるぐらいなら、こんな国なんて無くなっても構わない」
その言葉を聞いたユマ姫の目がよりいっそう見開かれ、後から後から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「うぁ……ありがとう、ございます」
少しだけ背伸びして、王子を抱きしめ返すユマ姫の泣き笑いの表情は、やっと年頃の少女らしい柔らかさを取り戻していた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「どう、思いました? あのユマ姫の様子です」
オーズド邸から帰る馬車の中、付き人たるガルダは王子に疑問をぶつけた。
なんとなく釈然としない思いに包まれていたからだった。
「大分憔悴していたな、もっと早く助けてやればと後悔したさ」
警備人員の提供や、第二王子の庇護下にあるとの宣言も成される。
これでユマ姫はただの有名人では無く、第二王子派の重要人物として認識され守られる事になるだろう。容易に手を出せる相手ではなくなった筈だった。
しかし、ガルダの心配はそこでは無い。
「確かに守ってあげたいと思う儚さがありました。しかし、あまりに『儚く、いじらし過ぎる』と思いませんでしたか?」
「まさかアレが演技だとでも言うのか? 俺も演劇は好きだが、アレが演技なら王都の役者はみな廃業だぞ?」
言ったガルダ自身、まさかとは思う。
侯爵家の次男坊として気楽な立場から放蕩三昧遊び倒して来た自分だが、それ故、女心は知り尽くしていると言う自負があった。
それだけにユマ姫と顔を合わせる機会にはいつも連れ回されているのだが、ユマ姫に二心ありと思う部分は全く無かった。
しかし何か引っかかる。
「しかし、ですよ。お付きの女性、シノニムと言う娘もネルダリアの諜報部員。只者ではありません。そのシノニムの顔が今日は少し引き攣って見えました」
「伏せっていたユマ姫が出て来たからでは無いのか?」
「たしなめる様な風ではなく、『そこまでやるか?』と引いている様に見えたのです」
「終始無表情に見えたのだがな」
「そう装っていますが、目は泳いでいましたよ。実は俺モロにああ言うのがタイプでして。良く口説くのですが、ああ言う娘は目に本心が出るんです」
「だとしたらユマ姫はお前に本心を悟らせない程の演技派って事になるな、あの歳でか?」
呆れる王子だが、ガルダは真顔だ。
「思い出して下さい、共演した劇団のイライザという女優。姫の印象を聞き出しましたが『私以上に演技の才能が有る』と言っていましたよ」
「それは、同じように練習したらと言う話だろう?」
「そうは感じませんでしたね、心底惚れ込んでいましたよ」
ユマ姫の噂は多すぎて何が本当かは解らない。
本当はエルフに聞けたら違うのだろうがそのツテも無い。
「仮に、魔法を使って人間を殺して回る化け物だとしても、味方に引き込んだんだから心配は無いだろう?」
豪快に笑う王子だが、ガルダは笑えない。
「内側から乗っ取られるやも知れません! 仮に全てが演技ならばとんでもない狸ですよ」
「アイツに一泡吹かせられるなら、狸だろうが竜だろうが乗りこなしてやるさ」
急に変わった声のトーンにガルダはハッとした。
それだけ王子は今回のチャンスに賭けているのだと解ったからだ。
「しゃーない、内部の引き締めはコッチでやっときますよ」
「頼むぞ、ユマ姫の派閥と一緒に動く事も増える。付け込まれる事も、馬鹿にされる事も避けたい」
「りょーかい、任しといて下さいよ」
すぐに気安い雰囲気に戻った二人を乗せて馬車は進む。
「しかし、アレが演技などあり得るのか?」
抱きしめた、か細い肩の感触を思い出し、じっと手を見る王子だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
王子が出て行った後の応接間。
来客用の豪華なソファーにネグリジェ姿で寝そべる俺に、シノニムさんの雷が落ちた。
「出て来る必要は無いと言ったでは無いですか!」
怒るシノニムさんだが、俺は脱ぎ捨てたガウンを振り回して笑う。
「でも上手くいったでしょう? 守ってくれるそうですよ?」
「男性がか弱い女性を前に口にする常套句みたいな物です、本気にすると痛い目を見るのは女性の方ですよ」
「そんな不義理な人間と同盟を組む気ですか?」
「お願いですから、話をややこしくしないで下さい」
シノニムさんは怒るが、こんなのは何時ものやりとりだ。しかし気になる事も幾つか。
「それより第二王子の付き人の、ガルダですか? あの騒ぎの中、私では無くシノニムさんを見てましたよ。少し妬けますね」
「なんの話です?」
「ハッキリ言わせて貰うと。私より、あなたの方が与し易いと様子を探られていたのでは?」
「馬鹿な事を、あの人は前から事ある毎に口説いてくるんです。いちいち茶化さないで下さい」
「王子の付き人たる人物が、主人の大事に女性に目を奪われるでしょうか?」
そう言うと、シノニムさんは爪を噛み、押し黙った。
一本取ってやったと嬉しく思う反面、重大な危機に肝が冷える。
もし俺が相手の立場だとしたら、空前絶後で唯一無二の存在である俺より、周囲の人間から俺の人となりを探るに違いない。
しかし、それは俺の本性が半ばバレていると言う事に他ならない。
まさかね、と思いながらもくしゃくしゃに丸めたガウンをシノニムさんに投げつける。
「これ、返します。それにしてもなるべく感情を表に出さないように注意した方が良いですよ?」
諜報部員として鳴らした彼女にとっては、これ以上ない侮辱だろう。
俺が投げたガウンを頭から被ったシノニムさんは、プルプルと震えだした。
「だれの所為で怒ってばかりだと思っているんです!?」
ヒステリックに叫ぶ声を背に、俺は応接間を抜けアイス作りのためにキッチンへ。
こうなると中々怒りが収まらないので、退散するのが一番だ。
「しかし、同盟ね」
相手は独身男性、こちらは十二歳とは言え、この世界の常識では一人前の淑女として扱われる。
一回り歳が離れているとは言え、貴族の間じゃこの程度の歳の差は珍しくない。
そんな二人の同盟ならば、結束を強めるシンプルな方法がある。
「ま、良いけどね。悪い奴じゃ無さそうだし」
俺は第二王子の風貌や人柄を思い出す。
イケメンでは無い、ニキビの跡も有るし、地味で朴訥とした雰囲気の男だ。
丁度、野球部の杉田が成長したらあんな感じか? と思ったが、俺はその想像をすぐに打ち消した。
悪く無い相手と思っていたが、杉田と結婚するかと思うと想像以上に気持ち悪かったからだ。
「それでもアイツに貰われるぐらいなら、何でも良いか」
何故だか思い出したのは木村の顔だ。
木村が今の俺に向けてくれる好意には、流石の俺も気付いている。
だが、その気持ちには絶対に応える訳には行かないし、応えたくない。
「木村よ、お前の恋は絶対に実らんぞ」
前世で親友と交わした、下らない恋愛談義の数々を思い出して、俺は少し悲しくなるのだった。
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