魔人公

 今日は俺の派閥の大規模な集会が行われる。


 場所は例の劇場をメイン会場とし、ちょっとしたパレードや広場での演説まで予定されていた。

 アイスが振る舞われ、話題の演劇も鑑賞出来る俺の集会は常に満員御礼の人気を誇ってきたが、今日の集会は特別だ。


 久しぶりの俺自身の参加、そして俺の派閥は第二王子傘下へ入る事が伝えられる。


 殆ど同盟と言えるその内容は、耳の早い貴族の間では既に話題になっているらしい。

 ひょっとして、その場で婚約発表も有るのでは? と言う気の早い噂まである。


 控え室で身なりを整える俺は、鏡越しに後ろのシノニムさんに尋ねる。


「私は構いませんが、向こうはどう思っているんでしょうね?」

「ボルドー様もそのあたりは飲み込んでいるでしょう」


 疑問の声に、俺の髪を結うシノニムさんは当たり前と言う顔で応える。

 それはそうだが、男女の仲って奴はそう割り切れる物ではない。特にあの第二王子は女性を裏切れるではないと思われた。


「あの歳で良い仲の女性が居ないなどあり得ないでしょう? 変な恨みは買いたく無いのですが?」

「さてどうでしょう? ボルドー王子は婚約者を亡くしてから女性を連れ立つ事は殆ど無いと聞きますよ」


 それはそれで重い。だが変に恨まれるよりはよっぽどマシか。


 俺に出来るのは、美しい姫としての評判を落とさぬ様に気をつけるのみ。ニッコリと笑顔を確認すると、鏡の向こうでは可憐な美少女が儚げで少し陰のある微笑みを浮かべていた。

 ただし、シノニムさんの目は冷たい。


「中身は酷い物なのに、姿は何時見ても美しいですよね」

「貴女も人の事が言えますか?」

「ユマ様に比べれば可愛い物でしょう?」


 諦めた様子でため息をつくシノニムさんに、俺は思わず笑ってしまう。


 お互い銀髪だし、姉妹の様に……は見えないか。流石に全く似ていない。

 こんな感じで、最近はすっかりシノニムさんには本性をさらけ出してしまっている。


 流石に『俺』とか、『ふざけんな!』とか、男の口調で叫んだりはしないが、可愛いだけの悲劇のお姫様のフリは辞めている。

 侵入者をぶっ殺す度に青くなっていては話が進まないからだ。 

 その点、シノニムさんは普通の女性と違って、首無し死体を目にしても声も上げないし頼もしい。


 そう言う意味で、最近はもう一人の侍女も逞しくなってしまった。


「で、でもユマ様は本当に意地の悪い方では無いですよね? ちょっと大胆で裏表がありますけど」


 ……ネルネにも最近はすっかり変わった人扱いを受けてしまっている。


 意地の悪い貴族とは? とネルネに聞けば、癇癪持ちで使用人を鞭で打つとか恐ろしい話が飛び出してきて、そう言うのを基準に優しいとか言われても全然嬉しくない。


「何にせよ、私は自分の家族を殺し、国を襲った帝国に復讐したいのです、ただそれだけの思いでココに居ます。今日は私にとって正念場になります、よろしくお願いしますね」

「解っています」

「あの、頑張ります」


 二人とも気合い十分。いよいよ俺は久しぶりに表舞台に顔を出すのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 会場のメインステージ。一段高くなった舞台に俺が現れると、ワッと会場がざわめいた。


「おぉ! アレが!」

「まるで妖精、噂半分と思っていたが聞きしに勝る」


 男性陣の賞賛は何時もの事。それに加えて女性陣からも感嘆のため息と、息を飲む声が聞こえてくる。


「羨ましいわ、あの輝く髪の美しさ」

「それよりも、あの気品、優雅さ、悔しいけど真似出来ないわ」


 最近は女性からの支持も厚い。

 それも俺の物語が広く知れ渡ってからは憧れの目線が、時として男性陣よりも熱心に刺さってくる。

 やっぱり女の子は悲劇的なストーリーに弱いのだ。不憫ねと哀れみながらも、物語の主人公の様な悲劇にどこか憧れてしまう。


 悲劇の主人公たる俺としては、隕石の一つや二つ王都に落ちてお前らもまとめて悲劇の主人公にしてやりたいと心がザワついてしまうのは俺の性格が悪いからだろうか?

 その反面、女性から憧れの視線を浴びると、少しだけ気持ち良く思ってしまう自分が居た。


 怒りも、優越感も、情けない不純物の様な気がして自分の中で消化出来ずに、少し困った顔で笑うと、それを見た観客はホゥっと切なげに息を飲むのが解った。


 何でも良いのかと一瞬投げやりになる気持ちを奮い立たせて、集まってくれた事に簡単な謝辞と挨拶を述べる。


 そしていつも通り、有力貴族を中心に挨拶巡りを始めようかと言う瞬間に、会場の入り口がザワめいた。


「魔人公だ!」

「魔人公が来ただと? 彼は第一王子派だろう?」


 少女漫画のヒロインを愛でるマッタリとした集いが、突然にサイヤ人襲来みたいな空気に変わってしまった。


「シノニムさん、魔人公とは誰です?」

「第一王子の懐刀、リオール・ダス・ダックラム公爵です」

「公爵? 大物ですね」

「ええ、ですが最近公爵になったばかりで爵位程の力はありません、本当に恐ろしいのはその腕力です」

「腕力?」


 豪腕とか辣腕の間違いでは無くて? 貴族が腕力を自慢にするってどうなんだ?


「七年前、第二王子の婚約者が殺されたのは聞きましたね?」

「はい、その後、ピーグル公爵家が傾いたりと王国が荒れたとか?」

「その混乱期、第一王子にも放たれた刺客。遠乗りに出た第一王子カディナール様を襲うたった一人の暗殺者に、周りを守る騎士達は根こそぎ殺されてしまいます」

「それで?」

「その暗殺者を返り討ちにしたのが魔人公リオール様です、他にもある時は十人の暗殺者を前に一歩も引かずに王子を守ったとも言われていて、その功績を買われ、空いた公爵位に抜擢されています」

「それはトンだ脳筋貴族が居たものですね」


 怖い貴族が居たもんだと笑うと、シノニムさんは一段声を落として話を続けた。


「いえ、実際にはダックラム公爵自身も暗殺者の元締めともっぱらの噂です」

「へぇ」


 面白いじゃねーの、その殺し屋の元締めの顔、是非とも一目見てやろうじゃ無いか。



 相手は公爵、俺の方から挨拶に向かっても何もおかしいところは無い。

 人垣をかき分ける様に進み、その顔を拝んでやる。

 すると人混みの中、一際大きな体格かつ強面で立派な髭の男性が一人。

 その顔は、子供が見たら泣き出しそうな程に恐ろしく厳つい。一目でこれが魔人公だと解った。


「ようこそ私の主催する集会へ」

「ああ、君がユマ姫かね、噂に違わぬ美しさだ」


 鷹揚に応える様は威圧する様子も無く、目は優しげにすら見えた。

 しかし周囲はそうは思わなかった様で、挨拶をしたと言う、ただそれだけでザワめいた。


「おおっ魔人公に全く物怖じしない!」

「笑顔で自分から挨拶に向かう女性を初めて見ましたぞ」


 ……いや、散々な言われ様だな魔人公。


 確かに顔は怖いがそれだけ、案外気が小さくて優しい人なんじゃ無いだろうか?


 そう思う根拠はオルティナ姫が言うところの天命。運命を示す光だ。


 運命光はその人の歩んできた人生や、コレから進み行く道、意志の力を表している。魔人公の淡い緑色は気が弱い男性に多い色だ。

 勿論それだけで性格が解る訳では無いが、見た目の様に怖い人間には思えなかった。


「今日はどのようなご用件で? まさか私の派閥に加わってくれるのですか?」

「いやいや、ただの冷やかしで申し訳ない。一介の伯爵だった私を取り立てて貰った恩から、第一王子カディナール様以外の派閥には加わらん事にしているのです」

「まぁ! だったらどうして?」

「実は家の娘が、一目噂のユマ姫を見たいとウルサいのですわ。目に入れても痛くない一人娘のために、恥を忍んで足を運んだと言う訳ですな、オイ! シャルティア! コッチに来なさい」


 気安い呼び方は公爵家の物とは思えない。最近まで弱小の伯爵家だったと言うのを考えても、ざっくばらんな物言いだが、そんな喋り方に不思議と威厳を感じてしまう。


 そして現れたのは男らしい父親とは真逆。深窓の令嬢。と言うか、一昔前の少女漫画のお嬢様みたいな縦ロールで気が強そうな目つきの女の子だった。

 歳は二十歳前後、ツリ目と縦ロールに目が行くが、衣装もふんわりしたロングスカートにゴテゴテとリボンやレースが派手に彩られている。

 顔は目鼻立ちのハッキリした美人で、一言で言うと悪役令嬢のイメージそのまんま。

 扇子とかで顔を隠しながら、意地悪な事を言ってきそうだな……と思っていたら。ホントに扇子をバッと取り出して来て、俺は思わず笑いそうになってしまった。


「お初にお目に掛かりますわ、私はシャルティア・フォン・ダックラム。公爵令嬢などと言われていますが、父のお陰で成り上がったに過ぎません。気安くシャルティアと呼び捨てにして頂きたく思います」

「良いのですか? では私もユマと、そう呼んで下さい」

「まぁ! 光栄ですわ!」

「あの……私、まだ王都の流行には疎いんです、女の子らしい遊びを誰かに教えて欲しいって、ずっと思っていました」

「本当? ふふっ、お姉さんが色々教えてあげるわね」


 その笑みにゾクリとする物を感じたが、これが女性の凄みなのかと思うだけ。


 第一王子の婚約者と言う事で、一種のライバル宣言なのかも知れないが、コッチは真面目に付き合うつもりもない。

 仮に見た目通りの悪役令嬢だとして……気は強そうだし意地悪なのかも知れないが、俺の今の状況は女の子の意地悪でどうにかなるレベルはとうに超えている。


 そうは思いながらも、俺は念のため運命視で天命を確認する。


 だが、目を瞑ってしまった俺に構わず、シャルティアの声が楽しげに弾む。


「王都で流行のお洋服を教えるわ、アクセサリーも! でも、代わりと言っては何だけど、エルフの洋服やアクセサリーについて教えて下さらない? わたくし他の国の洋服にも興味があるの、帝国や南方のプラヴァスの服まで集めているんですのよ?」


「ふぁ、ふぁい……」


「? どうしたの? 様子が変よ? それに凄い汗」


 心臓が跳ね、呼吸が乱れ、汗が噴き出す、冷静になりたいと思っても上手く受け答えが出来ない。

 目の前に有るのは



 ――血の様な、赤。



 見間違う筈は無い、あのときの侵入者!


 シャルティアが饒舌に洋服について話しているのは解る。

 だが何一つ頭に入ってこない。


 なんならシャルティア自身、自分の言葉に興味がある様に思えない。

 一度その天命を、運命の光を間近で見てしまえば、そんな事に興味がある人間とはとても思えなかった。


 今話している内容と、外見。それと凶悪な運命の光がまるで一致しない。

 何かの間違いだと思っても、運命光は変わらず血を煮詰めた様な濃い赤い光を放っていた。


 身のすくむ様な凶悪な光。そして、その持ち主にジッと見られている気配。

 とてもじゃないが直視出来ない。だけど、見ないで居るのも恐い。俺は浅い呼吸を繰り返しながら汗が噴き出す手を握りしめ、決意と共に顔を上げるとその様子を窺った。


「ヒッ!」


 すると目が合った。


 爬虫類の様に細められた目は人間の物とは思えなかった。


 ――間違いないッ! コイツじゃ無い。


 もう怖い物なんて無いと思っていたが、まるで蛇に睨まれた蛙。自然と目が泳ぐ。

 泳いだ目が自然と『誰か』の助けを求めてさまよう。人混みの中をふらつく視線がそれとなく会場の様子を探っていた木村の姿を見つけた。


「あっ!」


 思わず俺は安心した声を出てしまった。

 その様子をみてシャルティアが笑う。


「一人で盛り上がってしまって恥ずかしいわ、姫様はご気分が宜しくない様ですから、日を改めてお話ししましょう、私は新しいお洋服のアイデアが無いかキィムラ男爵へ話を伺いに行きますわ」

「あぅ……」


 マズった、木村を巻き込んでしまった。


 あのお嬢様は危険だ、だが声を荒らげる訳にも行かないし、木村に注意しろと伝える方法も無い。

 ただ必死に木村に話し掛けるシャルティアを見つめるだけだ。


「どうしました? 大丈夫ですか?」


 シノニムさんの声も無視する。


「やっぱりダックラム公の威圧感に圧倒されたか」

「当然だよ、女の子にはあの顔と威圧感はおっかないさ」


 周囲の貴族は口々に語るが、その目はまるで節穴。


 木村と話していたシャルティアがチラリと振り返り、再び俺と目が合う。

 その目は笑っている様に見えた、俺が木村を大事に思っている事を知られてしまった。

 いや、俺のメインスポンサーだし大事に思って当たり前なのだが、精神的にも支えにしていると思われてしまった。


 第二王子との同盟も良いタイミングだ。こうなったら一刻も早く木村には俺の派閥から抜けて貰うしか無い。

 いよいよ最近は鳴りを潜めていた俺の『偶然』が動き出す気配がする。

 木村だけには絶対に生き残って欲しい、それだけが狂気と復讐にまみれた俺の希望となっているのだから。



 その後はダックラム公爵家は早々に辞して行った。気を取り直した俺は挨拶を再開、パレードもこなし、広場ではサプライズゲストとして現れた第二王子へ、派閥の参加を表明した。


 広場は驚きに包まれ、今回の集会は大成功に終わったが、俺の心は焦燥感で灼ける様だった。

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