エルフの使者
「つ、ついに来ましたよ!!」
必死にアイスを冷やす俺の元に、息を切らせてやってきたのはネルネだった。
しかし、息を切らせて居るのはネルネだけではない。
「ハァ、ハァ、一体なんだと言うのです?」
「お、お疲れ様です、ユマ様……」
俺もハチャメチャ疲れていた。
アイスは今や王都で大評判、伝説のお菓子として話題を
文字通り魔法のお菓子。木村主導でプロデュースされ、食通へレビューを依頼、劇にも度々登場する。
貴族しか食べられない不思議なお菓子として庶民に認識されているが、実際は貴族でも俺の派閥に属さないと食べられない。
なんせ作れるのが俺しか居ないのだから当たり前。
それで俺の派閥の会合には貴族のご婦人、お嬢さんが列を成すようになってしまった。当然、お嬢様がたが出席すれば貴族の男性も駆けつける。
アイス以外にも、キィムラ商会主導の珍しい食べ物が出される上、同時に開催される劇や音楽会のクオリティーも高いと来れば、普通は退屈なだけの派閥の集会が目新しいお洒落なデートスポットになっている。
侯爵などの位の高い貴族はオーズドや木村の商会経由でアイスを要求してくる。
こちらはオーズドの配下やキィムラ自身がお土産として持参するのだが、その行為自体が派閥の勧誘として効果抜群だ。
つまり、最近の俺はアイスを製造するマシーンと化していた。
なにせ、珍しい、美味しい、涼しいのトリプルコンボだ。ただの珍しいだけのお菓子とは訳が違う。
一度食べた人間は次も食べたいと思うし、話題性も十分。そしてスグ溶けてしまうので保存が出来ない=転売が出来ない。
これが非常に重要だ、継続的に食べたければ、俺の派閥に参加するしか無いのだから。
たかがお菓子、されどお菓子。
貴族の娘さんは外出も制限され刺激に飢えている。深窓の令嬢に与えられるのは本や演劇鑑賞。
それらのメディアでたっぷり煽られて、なんとしてでもアイスが食べたくなった時から、お父さんへの必死のおねだりが始まるのだ。
しかし入手するには俺に頼むしか無いのである。
このアイスのお陰で俺の派閥は急速に勢力を拡大していた。
かと言って、温度を下げる魔法は燃費が悪い。俺はお茶とプリンで休憩を取る事に決めた。
思えば、同時に登場したこのプリンの存在も大きい。
こちらはかなり裕福な家では食べられる程度に広まっている。
これも今までのお菓子と比べれば、革命的に美味しいと評判だ。
だがアイスはそれ以上に美味しく、そして冷たい不思議な魔法のお菓子と紹介されれば貴族のご令嬢は想像力を働かせて、期待を膨らませる。
そして、その期待を裏切らない味だ。すこし気温が高くなった昨今。その魅力は留まる所を知らない。
今の状況と、掬ったプリンの味に顔がにやつく。ラウ茶とか言う謎のお茶の味も慣れれば美味しい。
「あ、あの? ビックニュースですよ! ユマ様!」
そう言えばネルネが何か聞いて来たらしい、俺はお茶を飲む手を止めて続きを促す。
「えっと、今、エルフの使者を名乗る者がお屋敷に来ているらしいです!」
「本当ですか?」
「ハイ、今シノニムさまが応対中です」
「そうですか……」
……遂に! 遂にこの日が来た。
今までエルフの姫を名乗っても、全く信用しない人間は少なくなかった。
そもそも、エルフの軍を従えるどころか、付き人の一人も居ないのは嘘くさいと言われても仕方が無い。
その辺の事情を劇で伝えて来たつもりだが、姫一人守れないエルフの戦士に戦力として疑問の声まで上がる始末。
それが一気に覆る。
それだけじゃ無い、エルフとの貿易が実現出来ればその利益は計り知れない。
未知の技術、未知の素材のオンパレードだ。
逆に言うと、王国にはとっととエルフの技術を吸収して貰わないと、帝国との戦争で戦力にならない恐れがある。
だが俺は王族とは言え、出自たるエンディアン王家は滅びている。
今の体制がエンディアン王家と縁もゆかりも無ければ、却って邪魔者として疎まれている可能性もある。
とにかく現状は何もわからない、すぐに話を聞くべきだ。
「ネルネ! 案内なさい! 直接話します」
「えっ? で、でもいきなり出て行くなんて」
「安全には考慮します、いきなり顔を出す様な真似はしません」
「は、ハイ!」
案内されたのは応接間の前、分厚い扉で仕切られて中の音は漏れていないが、集音の魔法なら造作も無い。
中からシノニムさんと、一人の男が争う声が聞こえてきた。
「だからっ! ユマ姫を騙る不埒者の顔を一目見せよと言っているのです」
「どこの馬の骨と知れない者に会わせる訳には行きません、今日の所はお引き取りを」
「我々にそんな時間は無いのだ! それに私はユマ姫に面会に来たのでは無い! 姫を騙る者を確認するためにきたのだ」
なんだか滅茶苦茶揉めている。
「そもそも、あなたが我らがユマ姫を偽物と断ずる理由は何です?」
「髪の色だ! ユマ姫は二人とおられない特徴的な桃色の髪、銀髪では無い!」
「だから! 護衛をしていた男が死んだショックで髪の色が変じたと言ってるでしょう?」
「そんな事が有るはずが無いだろう!」
なにやらヒートアップしてるが、この声には聞き覚えがあるような……
一方、何も聞こえていないネルネは不安そうに、考え込む俺の顔を覗き込む。
「ど、どうです?」
「多分ですが、私の知っている者ですね」
父様と話しているのを聞いた事があった、名前は――参照権で、そう! ガイラス。
確か大森林の外周部まで遠征して、おかしいところが無いかとか、外の様子を探らせていた。この場に様子を見に来るのも自然な相手だ。
俺の言葉にネルネは目を丸くする。
「えぇ? ならっ!」
「そうですね、機を見て登場しましょう」
「は? はい」
ネルネは不思議そうな顔をするが登場タイミングは重要だ、俺は機を探る。
「劇を見ろだと? その劇をユマ様も演じただと? 馬鹿を言え、それこそがユマ姫が偽物と言う証拠だ! そんな体力がある訳ないだろうが! 下らん! 帰るぞ!」
――ガチャリ
ん? タイミングを計っていたら、怒ったガイラスは扉を開けて出てきてしまった。
お互いの目が合う。 扉の前で盗み聞きしていただけに気まずい。
「なっ!」
先に声を上げたのはガイラス、昔見たまま、エルフ特有の長い耳だが、エルフにしては線が太くて頑丈そうな見かけをしていた。
その姿は焦燥し、すこしだけやつれて見えたが、気になったのはその衣装。
どこかで見たような青い
「久しぶりですね、ガイラス」
「ハッ! ハハッ」
ガイラスは慌てて膝を折る。
良かった。「誰?」とか言われたら立ち直れない所だった。
しかし、屈しながらもガイラスは信じられない物を見るように俺の顔を伺う。
「どうしました? 私の顔に何か付いていますか?」
「いえ、まさか生きておられるとは」
「私が生きていたら何か不都合でも?」
「いえ、あの、どうやって生きているのです?」
失礼な、いや……何度も死にかけたが。それにしたって無いだろう。
「どうって、死んでいないから生きているとしか言えませんが?」
「しかし! この地には魔力がありません!」
なんだそう言う事か。
「忘れたのですか? 私はハーフですよ? このネルネもハーフですが王都で暮らしています」
俺はネルネを前に押し出すと、ネルネは慌てた様に手と首を振って抵抗した。
が、そう言う事では無いのかガイラスの困惑は止まらない。
「えっ? いや……」
どうもガイラスの反応がおかしい、俺たちはシノニムさん、ネルネと一緒に詳しい話を聞く事にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
話し合って解った事だが、俺が王都で生きていられるのは奇跡的らしい。
俺はハーフとは言え、最終的にはエルフの王都の魔力に馴染んでいた。だから人間の生活圏のド真ん中、ビルダールの王都で普通に生きられる筈が無いとの事。
で、そのガイラスが普通にしている理由はあの貫頭衣にあった。
コレは父エリプスが、大森林の外を探索するために作成した、魔力が少ない地でも活動出来る様にするための装備らしいのだ。
それを聞いて思い出す。確かにあの日、魔を打ち消す霧の中で、父様はこんな貫頭衣を着ていた。
だけど! そんな物が有ったならどうしてセレナや兄ステフの分は用意してなかったのか!
俺は思い出の中の父に裏切られた思いで、目の前が真っ暗になった。
「なんで? ……どうして?」
「エリプス王は……、ゼナ様にもう一度会いたいとその消息を探っていたのです、これはそのための装備」
「そう、なのですね」
「これは一人一人の魔力の性質に合わせたカスタマイズが必須。そうでなくては無駄に健康値を削ってしまいます」
なるほど、つまり母ゼナを探して、こっそり一人で会いに行くための装備がたまたまあの魔力が阻害する霧の中で役に立ったと言う事らしい。
それにしても、同じ物がセレナに有ったらと思って止まない。
それに魔力が無い事がそんなにエルフの体に毒だとすれば、ひょっとしなくてもセレナにトドメを指したのは……俺じゃ無いか!
「私は、セレナを助けたくて……なのに、魔力が少ない地へと……」
「いえ、パラセル村付近はそこまで魔力が薄くはありません、それにセレナ様は我々の魔導衣よりも性能の高いドレスを着ていらっしゃいました。死因とは関係ないでしょう」
聞けば、セレナは特異体質で俺とは真逆、常に魔力が余分に必要な体だったらしいのだ、そのためガイラスが着ている青い貫頭衣と同じ性質の青いドレスを常に着ていたらしい。
そう言えば、セレナはあの霧の中でもそこそこ動けて、魔法も使えていた。
「それにしても、どうして私には魔力と健康について誰も教えて下さらなかったのです?」
「それは……エリプス王が伏せるようにと、恐らくですが恨まれたく無かったからだと思います、ユマ様はハーフエルフの身で王都の濃い魔力に辛い思いをしていましたから」
「そうですか……」
それだけでは無く、恐らくは俺が母ゼナみたいにエルフの都を離れていくのを恐れたんだと思う。
あの人は強気に見せて、妙に臆病な所が有るのだ。
少し懐かしく、――そして悲しい。
「パラセル村でユマ姫の事を聞きましたが、人間の都に向かったと聞いて天を仰ぎました。彼らもまた魔力欠乏の真の恐ろしさを知りません、魔力値のギャップは数ヶ月単位で徐々に体を蝕むのです」
「そうなのですか?」
俺は頭のティアラを外し、健康値を計る。
健康値:21
魔力値:195
アイス作りに無理をした事を考えれば、悪くない。
いや、確かにかなり減ったが、なんならエルフの王都に居る時の方が危険な数字がポンポン出ていた。20を超えていれば大丈夫と聞いているので安全圏だ。
「まさか! これほどとは」
ガイラスも数値に驚いている、健康値もそうだが魔法をガンガン使っていける魔力値が殊更異常との事。
ガイラスにも測って貰ったが魔力値は120、これでもエルフの都では魔力値が300に迫る猛者だ。
通常のエルフでは100を切るかも知れない。
つまり、帝国と王国との戦争にエルフに参加して貰うのはかなり厳しそうである。
コレは困った。どうにも俺が異常であったらしい。
俺の異常な数値は恐らくだが、参照権が関係している。
パラセル村のシルフ少年の記憶を得た俺は山歩きの素養を得たがそれだけじゃ無い。
オルティナ姫の運命視だってそうだし、蛙に殺されたパルメスの死を視てから魔力が上がり、エルフの都での健康も大分マシになった。
同様に、人間であるライル少年の記憶を回収して、魔力が無い土地での耐性を得ていても不思議じゃ無い。
だが、そんな事は話しても仕方がないし信じても貰えないだろう。
とにかく俺が特異体質と言う事で片付けて、ガイラスとは他に色々な情報交換を重ねた
その中で最も気になるのはエルフの現状だ。
聞けば、エンディアン王家は滅びたものの、その血を濃く受け継ぐ女性が王都の奪還を目指して指揮をしているらしい。
「セーラさん……ですか?」
「ええ、ユマ姫もご存じだと思います、しかし彼女もユマ姫様が生きていると知れば、その地位を譲るのに異存はないと思われます」
「いえ、それは良いのです。私はここでやる事がありますから」
「……それは」
「結局、帝国の本拠地を叩くのには他ならぬ人間を頼るしか無いでしょう? それが成されない限り我々の勝利とは言えません。そのためにはビルダール王国との同盟は必須です」
「ハッ!」
敬礼するガイラスを尻目に俺は冷えた気持ちで居た。
本当はエンディアン王家の再興もエルフの復興も、勝利にだって興味が無い。
ただセレナの、兄の、母の、父の復讐として帝国を滅ぼしたいだけだ。
エルフ全員を生贄に、帝都に核ミサイルを撃ち込めるなら、俺は即座にそのボタンを押すだろう。
それに、セーラさん。
確か弓の先生だった人だが、俺の従姉妹に当たるんだったかな? 彼女を中心に纏まり始めているならそれを邪魔する必要は無い。
「セーラさんには私の全権を委ねます、エンディアン王家の直系では無い癖にと愚図る連中が居たならそう言ってやりなさい!」
「ハッ! セーラ様も大分動きやすくなるかと思います」
「コレを持ち帰りなさい」
「こ、これは!? いけません! 姫!」
俺は自分の秘宝、ティアラを渡す。
既に思い入れはたっぷり有るが、こうでもしないと俺の存在を誰も信じないだろうから仕方が無い。
「良いのです、その代わり頼みが有ります」
「何でも! 何でもおっしゃって下さい」
ガイラスの言葉に気を良くした俺は、こっそりと一つの要望を伝えた。
「まさか? 禁術を記した禁書をですか?」
「ええ、ここで生き残るのに必ず必要です」
「しかし……いえ、やってみます」
「頼みましたよ」
通った! 禁術通ったよ!
禁術、それを記した禁書とは?
それはこんなご時世でも無ければ絶対に閲覧出来ない危険な魔法だ。
とは言っても、極大魔法! 相手は死ぬ! みたいのじゃない。
例えばこの前の嘘発見器。あれに相当する魔法など出回ってしまっては、まともな人間関係など築けない。
ああいった、マジでヤベーレベルの魔道具の回路は滅茶苦茶に秘匿されているのである。
なんなら、人の精神に作用する魔法や、思考を誘導する魔法の存在が有ると言われている。
もし実用レベルなら人間を操って一気に帝国へと乗り込んでやる!
「なんにせよ、事態が落ち着いたら一度、本国へお戻り下さい。皆、あなたの帰る場所を作るために戦っていると思えば士気も上がるでしょう」
「解りました。エンディアンの王都を制圧し、こちらの情勢が落ち着き次第帰ります」
「ハッ! その日を一日でも早く実現するために、粉骨砕身します!」
ま、当分そんな日は来ないだろう、エンディアン解放軍は定期的に使節を送ってくれる事に成った。
いよいよ俺の国盗り? が本格的になっていく予感がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます