アイス2

「大変ッ! 大変です!」


 ネルネが転がる様に部屋に飛び込んでくる。


「ネルネ、はしたないと言った筈ですよ?」

「うっ……」


 俺がたしなめると、ネルネは血相を変えて後ずさった。


 今の俺、そんなに恐いかな? 無理も無いか、昨夜俺は人を殺した。

 罪悪感など抱かないと思っていたが、手足は冷え、心は揺れる。

 案外に俺も小心な所があった様だ。


 異様な俺の様子に飲まれたのか、他の小間使い達もやんわりと俺を避ける始末。

 だが、ネルネにだけはそんな風に避けて貰いたく無かったのだが。


「どうしたの? 言って御覧なさい?」

「あの、その……」


 ネルネはゴクリと唾を飲み込むと、つっかえながらも報告する。


「昨日報告した姫様を批判する派閥、その主であるルワンズ伯が変死致しました!」

「変死?」

「変死です、心臓を撃ち抜かれた様な傷がありながら、矢は発見されていないとか」

「そう……きっと神の矢に討たれたのね」

「神の……矢ですか?」

「そうよ、神の意志に反する者は皆、死に絶える」


 俺がクスクスと笑えば、ネルネがヒッっと息を飲んだ。

 そんなにも今の俺は迫力が出てしまっているのだろうか?


 鏡を眺めれば銀髪の魔女が椅子の上、片膝を抱えた姿で薄く笑っていた。その笑みは冷たく、凄惨で破滅的な雰囲気が周囲に渦巻いている。


 うーん、我ながら恐いな……


 しかし、こんなに引かれるぐらいならクッキーを囓る小動物扱いの方がなんぼかマシだ。

 と、そう言えばアレはどうなったかな? と俺の気持ちが伝わったのか、単に話を変えたかったのか、ネルネが声を上げた。


「あっ、今日の予定ですが、いよいよキィムラ様が企画した品評会ですよ!」

「……そうですか」


 うーん、困ったな……眉間に皺を寄せ、悩んでますアピール。


「最近の我々はキィムラ商会に頼り切りだと思いませんか?」

「はっ! た、確かに」


 楽士としてだけじゃなく、金銭的な部分も、こう言う企画の取り仕切りもアイツがやっているのだ。

 品評会には多くの商会が参加して、自慢の逸品を披露してくれると言う。この企画の意義を考えれば、木村の商品を選ぶのは避けた方が良いだろう。


一所ひとところに寄りかかってしまっては、キィムラ男爵に逆らえず自由に動けなくなってしまいます。それに私たちは弱い。どうせなら多くの味方を集めなくてはなりません」

「うぅー、難しい話ですが、お金を借りるなら、色んな所から借りるのは身の破滅と言いますよ?」

「それは借りる金額が少ない場合です、返しきれないお金を借りるつもりなら、一人から借りると言う事は、その人の奴隷になる事と同義です」

「か、返しきれない金額を借りないのが一番だと思うんですけど……」

「国を動かすのには、全てを賭ける必要が有るのです」


 いっそ全員から多額の借金をしてしまえば、誰も我々を破滅させられない。

 そう言って微笑めば、ネルネは大いに仰け反り、顔を蒼くした。


「えっと、それでは今日の品評会で、すっごく美味しい物をキィムラ様が用意した場合は?」


 ネルネの問いに、俺はゆっくりと首を振る。


「どんな物が出てこようと、キィムラ商会の物品を選ぶことはありません、それをネルネには伝えておきたかったのです」

「うぅぅ」


 ネルネは何故か悲しそうに俯いた。まだ俺と木村にロマンスを予感してるのか知らんが、木村が企画して木村が優勝じゃみんなが白けるし、当たり前じゃ無い?

 品評会に出かける時も、まだ寂しそうにするネルネは言葉も少なく、トボトボと付いてくるだけだった。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「ユマ姫様、こちらの商品はクラッカーとチーズと言う王道の組み合わせに、フィグ鳥の肝を組み合わせた物になります、ご試食下さい」

「ネルネ!」

「は、はい」


 厳選した商人達のみが参加できる品評会とは言え、毒見は欠かせない。エルフにだけ効く毒だってあるかも知れないし、ここはネルネに毒味をお願いする。


 するとネルネはパクリと一口でクラッカーを放り込む。


 ……いや、全部食べる必要あるか?


 すると途端に目がキラキラと輝く。

 美味しいのか不味いのか、一目で解るのがネルネの良いところ。


 クラッカーには濃厚なクリームチーズに併せ、フォアグラみたいな肝をペーストにしたものを載せているとの事。


 確かに美味しそうだった。


「お、おいひいです」


 それは解ってる! 飲み込んでから喋れ!

 俺がギロリと睨むとネルネはシュンとした。


 仮にも俺はお姫様。ネルネみたいに大口は開けず、上品に少しだけ齧って味わった。


「ふむ……まろやかなチーズと、良く裏ごしされた肝の食感がマッチしています」

「ありがとうございます!」


 褒められた商人は満面の笑顔を咲かせるが、まだ早い。


「ですが、少々クドイのでは? ワインを飲むならともかく、昼間の軽食では食べ続けるのは辛いでしょう。ハーブを加えれば爽やかになり、彩りも良くなるのでは?」

「ハ、ハハッー、噂以上の食通ぶり、恐れ入ります」


 俺の評価に、商人は喜び一転、うなだれてしまう。


 この世界、食べ合わせや食べ方に対しては男性中心で、お酒に合わせる事ばかりを考えている気がするな。少しばかり味が濃い。

 まぁ、柑橘系のジュースでも飲みながらだったら結構美味しいか?


 パリッ、モグモグ。


 駄目出ししたクラッカーの残りをなんだかんだ飲み込むと、ネルネがジト目でコチラを見てくる。


 いや、捨てるのも勿体ないじゃん? 食べるよ? 俺は。

 魔力が薄い土地だからか、妙にお腹が減るんだよ。


 そう言えば恐鳥リコイ達も大岩蟷螂ザルディネフェロをバクバクと食べていたよな。

 そんな事を考えていたら、ネルネが俺の袖を引っ張った。


「あっ! 人だかりがありますよ、姫様!」

「そのようですね」


 この品評会、参加者として王都中の商会が集まった結果。

 貴族や、食通、記者と言った人間まで詰めかける大イベントになってしまった。


 それもこれも、この世界にはこう言った品評会が今まで無く、更に話題のお姫様が審査員となれば話題の為に参加したいとミーハー共が集まったと言うワケ。



 膨れ上がった人数を捌くべく、その方式も新しい。


 ドンと構える貴族様の前に次々と食品を供えるのではなく。

 立食パーティーを意識して、身分の貴賤無くテーブルの上の食事を好きに取っていくと言うビュッフェみたいなスタイル。


 つまり、みすぼらしい料理は手も付けられず、美味しい料理には人が群がるって寸法だ。



 つまり、アレだけ人が居るって事は、そこにとんでもなく美味しい物があるって事に違いない。


 ネルネが興奮するのも当然だった。


「姫様! 行きましょう」

「……そうですね」


 急かすネルネだが俺にはオチが読めていた。警戒感も露わにゆっくりとテーブルへ。

 この品評会の主役は俺。テーブルの周囲に群がっていた人達も、流石に道を譲ってくれた。


 そうして辿り着いた机の側には、緑の上下に身を固めた黒髪黒目の人物。


 はい、木村です。解ってました。


 確かに現代知識があるコイツだったら美味しいモノの一つや二つ、作れるのも当然だろう。


 だが、俺は今回コイツの商品を選ぶわけには行かない。どんなモノが来ようと、俺はなんでも無い素振りで素気ない評価を下すのみ!

 さて、どんな華やかな逸品が並ぶのか? 覚悟を重ねて覗いてみれば、しかし、机の上には金属のカップが並ぶだけ。華やかな他のテーブルに比べると一見地味な印象で、ネルネなんかは首を捻っている。


 だが……俺はその恐ろしい罠の正体を知っていた。



「プ、プリンッ!」



 おののく声が漏れ、頬をツゥっと汗が伝った。



 プリンッッ! まさか? 卵が貴重なこの世界で、これだけ大量に?

 俺の顔は色を失い、手が震える。ドコでコイツはこんなモンスターを用意しやがった!



 俺の尋常じゃない様子が伝わってしまったのか、にわかに周囲も騒がしくなってくる。

 そこに木村の野郎がプリンを片手に現れた。


「これはプリンと言って、近頃我が商会で売り出したのですが、まさか既にご存じとはお耳が早い! ですが、今回はそれだけではありません」


 そう言って、金属カップの底から杭を抜きポンと叩くと、プリンがその艶めかしい黄色を皿の上に晒した。


 その食欲のそそること!


「綺麗ですっ!」


 思わず感嘆の声を上げるネルネを、責める事は出来ないだろう。


「恐れ入ります、ですが今日はこれに加えて」


 しかし、木村の追撃は止まらない。

 取り出したのは茶色のソース。そして真っ白なクリーム!


「ううっ!!」


 その正体に気が付いた俺は呻き声を上げるしか無い。

 いや、まさか? しかしこの甘い香りは間違い無い。


 それが解らないネルネは無邪気に木村へ問い正す。



「これはなんですか?」

「カラメルとホイップクリームです、砂糖を焦がしたものと生クリームを丹念にかき混ぜた物になります」


 説明を聞いてもピンと来ない様子のネルネだが、この組み合わせの破壊力。


 俺は痛いほど良く知っている。


「どうぞ」


 そう言って木村は俺にプリンが載ったお皿を差し出してくる。

 コイツ相手に毒味は必要無いだろう。



 だが、別の心配があった。



 俺は、今生で碌なモノを食べていない。


 エルフの味覚は淡白過ぎて、ハーフである俺の口には合わず、ビルダールの王都に着いてからも、文明レベルの低さから、望むような物が食べられたとは言いがたい。

 そんな中で、木村の商会が用意した何気ないクッキーに、手が止まらない程にハマってしまったのは記憶に新しい。




 そんな中でプリンだと? こんなモノを食べたら俺はどうなってしまうのか?




 俺の視線はジッと皿の上のプリンに釘付け。手はカタカタと震え、顔は蒼白に違いない。


 歯の根は合わず、カチカチと口内で音を立てている。


 これを食べて、俺はちゃんと「この程度ですか……がっかりですね」みたいに憎まれ口を叩くことが出来るだろうか?


 いや、出来る! 俺はやる! たかがプリン。前世では幾らでも食べていただろう?

 専属楽士だってだけでも木村を危険に晒しているのに、ユマ姫御用達、みたいな看板まで与えて、食料の供給まで頼ってしまったら? 木村を殺しているのと変わらない!


 カッと目を見開き、歯の根が合わない顎を噛みしめる。冷や汗は首を伝い、スプーンを持つ手はぷるぷると震えた。


 今朝の俺を思い出せ! 俺は感情を失った氷の魔女だ! 威厳に溢れた近づきがたいお姫様だ!

 まるで試食と言うより、絶望的な戦いに身を投じる前。洞の中で田中を送り出す時よりも、なお深い悲壮感がある。しかし、俺は覚悟を決めた!



「い、頂きます」



 ギュッと目を瞑ってプリンとホイップクリームが載った匙を口へと運ぶ。






 ――あっ!






 プリンだぁぁぁぁ!






 脳内にはお花畑が咲き誇り、強烈な甘さが脳を焼く。まろやかなコクが舌を絡め取り、官能的な刺激を送り込む。


 声が出ない! 瞬きすら出来ない!


「だ、大丈夫ですか? 姫様ぁ!」


 ネルネが肩を必死に揺らすが、俺は少しも動けない。


「……ふわぁ」


 たっぷりと二分ぐらい経ってから、俺の口からは艶めかしい甘い声が漏れた。

 頑張って引き締めていた表情が緩んで、体ごとフワフワと飛んでいきそうな程に蕩けてしまう。


 そんな俺の様子に、ネルネがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえた。


「あ、あの、わたしもっ!」

「はむ、はむっ」


 ネルネが俺のプリンへと匙を伸ばそうとするのを必死でブロック。奪われない内にと俺は必死にプリンを口へと運んだ。



 美味い! 旨い! 甘い! たまらないぃぃ!



 見かねた木村が銀のカップをネルネに差し出す。


「ネルネさんもどうですか?」

「あっ、ありがとうざいますぅ!!」


 受け取ったネルネも、プリンを掬って口の中へ。


「ふわぁ」


 たちまち俺と変わらぬ放心を見せつけるネルネ。無理も無い! 美味し過ぎる!


 はむっはむっ、と二人して匙を動かすのを止められない。

 ガツガツと食べ進めれば、あっと言う間にプリンは無くなりホッと一息。でも気が付けば一心不乱にプリンを食べる我々を周囲が微笑ましく見つめているのだ。



 恥ずかしさに顔を真っ赤にするネルネだが、俺なんてそれどころじゃ無い。アレほど憎まれ口を叩くと決意したのにぃ!


 悔しくて悲しいハズ。なのに俺はプリンの余韻から逃れられず、陶然としていた。

 パニックによる現実逃避と言っても過言じゃ無い。


「お気に召した様で光栄の至りにございます」

「あっ!」


 木村の声に、俺は今更に正気を取り戻した。しかし、時既に遅し。

 何時の間に現れたのか、シノニムさんまで追い打ちを掛ける。


「では、最優秀賞はキィムラ商会のプリンで決まりですね?」

「うぅぅ」


 なんでだよ、ズルいだろ! プリンはズルいだろ!

 絶望に打ちひしがれて、肩を落とす俺に、同情的な目を向けてくるネルネが憎い。

 お前が止めてくれないからぁぁ! いや、無理だよね、だってプリンだよ?


 木村はニコニコと嬉しそうに笑っているに違いない。全部アイツの手の平の上かよ!

 何か一矢報いたい。なにか……何か無いか? 爪を噛み、必死に考える。


 アッ!


 バッっと顔を上げて、木村の元までトタトタと駆け寄る。


「キィムラ男爵、あの……ひとつお願いがあるのですけど」


 おねだり攻撃! 上目遣いで木村のズボンの裾を掴んで、必死のおねだりだ。

 しかし、これは木村に屈したワケじゃ無い。俺の策を実行するためには木村が用意した材料は必須。

 だが、同じ材料でもっと凄い物が作れるって事を見せつけることが木村を一泡吹かせるのに丁度良いのだ。


 ……なんか当初の目的が変わっている気がしないでもないが、やられっぱなしは性に合わない。

 と、ソコで後ろからスカートの裾を引っ張られた。



「ユマ様? プリンのおかわりはまだありますよ?」



 ネルネが的外れな事を言ってくるけど無視! どんだけ食いしん坊キャラだと思ってるんだよ!

 一方で、木村は何事かと首を傾げ、困ったように見下ろしてきた。


「何でしょう? どんな事でも、何なりとお命じ下さい」

「で、では! 卵と生クリーム、それに砂糖は大量に手に入るのですか?」


 俺は必死でお願いする。プリンと生クリームが作れるなら、当然に入手のツテがあるのだろう。


「どれも希少な物ですが、ユマ姫様の頼みと有ればご用意しますよ? ただ鮮度が命なので時間を指定して頂けると宜しいかと」

「では、それぞれ小さな樽に一つ分程度の量を、劇の前日までに融通して頂きたいのです」

「……失礼ですが、それだけの量をどうなさるおつもりですか?」

「恥ずかしながら、私もお菓子作りをしたいと思いまして」


 俺がモジモジとお願いすると、快く木村は約束してくれた。

 このぐらいの歳の少女がお菓子作りに憧れるのは普通のことだ。


「そうですか、では劇の当日は姫様の手作りお菓子が食べられると考えても?」

「ええ、期待して下さい」


 俺はニッコリと木村へ笑い返す。これで少なくとも一矢報いる事が出来そうだ。

 いや、もう完全に目的が変わっているが。木村がいなくても俺だって材料さえあればお菓子ぐらい作れるんだぞって所を見せておかないとな。


 俺が居ないと駄目なんだ! ぐらいの気持ちで木村にべったりされればアイツを殺す事にも繋がるし、何より俺が悔しい。


 そんな決意を新たにする俺を、ネルネは不思議そうな顔で見つめていた。

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