アイス3

「それではお菓子作りを始めます!」


「え? あの、わたしもですか?」



 ネルネは慌てるが、俺一人で作るって何だよ?

 こう言うのは女の子同士でキャッキャウフフとやるのが普通なんじゃないの?


 転生TS物の醍醐味って言ったら女の子同士のイチャイチャ、中でも重要なのはOFUROイベント!


 だけど病弱だった幼少期、お風呂と言えばお側付きの女性が入れてくれる物、いちゃいちゃと言うより要介護者とヘルパーさんみたいな感じで、楽しいモンじゃ決して無かった。


 なんだかんだ凄い美人なシノニムさんとのお風呂。道中でなにげに期待してたんだけど、なんてーか犬を洗うようにワッシャワッシャとやられてしまいなんか違うと。


 そんな訳で、待望だったネルネとのお風呂なんだけど、ネルネは俺の思い出したくない部分をピンポイントに話題にしてくるのだ。


 「今日のキィムラ男爵カッコ良かったですよね、最後の曲ぐらいテンポが速い曲がエルフでは流行りなんですか?」とか「必死にプリンを食べるユマ様は本当に可愛らしくてみんなの心を鷲掴みにしていましたよ」とか。

 いちいち的確にこっちのハートを抉って来る。


 本人に悪気が無いから良い物の、嫌がらせで言ってるならグーで殴ってるよ?

 そもそもだ。


「ネルネ! 私はキィムラ商会の物は選ばないと言ったでは無いですか、それを止められなかった分、ここで挽回して貰いますよ!」

「えぇぇ!? あんなに美味しそうに食べておいて! あんなの止められっこ無いじゃないですかぁ」


 ……やっぱり痛い所を突いて来るな。


 だってプリンだよ? ズルいだろそんなの! こちとら王族だってのに、良く解らない花とか芋とか、精々がナッツとヨーグルトで生きて来たんだが?


 それがいきなりプリンじゃ、プッリンと弾けるだろそんなモン。


「とにかく! 一緒に作って貰います」

「ハッ、ハイ! でもわたしもお菓子作りの経験は少ないのですが……」


 そう、お砂糖が貴重なこの世界、お菓子作りが趣味の女の子ってのは意外と少なかった。

 逆に言うとお金持ちの貴族の女子の趣味としては、そこまでおかしい物では無いのが救いか。

 ま、ネルネのぼやきは無視して進めよう。


「では、まず卵を泡立てます」

「ハ、ハイ」


 ネルネはワシャワシャと金属ボウルの中の卵を泡立てる。

 ホントは湯煎するんだっけ?


 お湯か……この世界のコンロって言えば、レンガ製の釜の上部に穴が空いていて、熱気が上がって来るからそこに鍋とか置いて下さいってタイプ。

 燃料はもちろん薪。使いづらいし面倒くさい。魔法でお湯をちゃちゃっと作る。



「ネルネ、このお湯でボウルを温めながら混ぜて下さい」

「え? このお湯、いつ温めたんですか?」

「魔法です」

「魔法……」


 いや、魔法だよ?

 で、逆に生クリーム、こっちは冷やす。



「え? それ氷ですか? この季節に何処から?」

「魔法です」

「魔法……」


 魔法だってば!


 いや、氷じゃ無くて直接冷やせば良かったのかな?


 で、後は二人でワッシャワッシャと混ぜるだけ、合間に砂糖を適時入れて行く。

 最後に二つを混ぜ合わせれば完成だ。


「出来ました」

「え? これ何ですか? 焼いたらプリンになるんですか? 違いますよね?」

「違います、これはアイスクリームです」

「ええ!? もう夏ですよ、どうやって? ひょっとして?」

「魔法です」

「魔法……」


 この世界にもアイスはある。でも食べられるのは春の初めぐらいまでだ。


 氷室って概念はあるのだが、しかし氷室に適した高地は魔獣蔓延る危険地帯、夏場ともなれば氷は王族ですら滅多にお目に掛かれない。


 木村の奴が何か用意している可能性は有るが、それにしたって俺の魔法は優にマイナス20度ぐらいは温度を下げられるので勝負にならないだろう。


 そして、氷が無いと言う事はアイスの発展も疎かと言う事。


 オルティナ姫の記憶にあるアイスにしたって牛乳に卵と砂糖をブッコんで冷やしただけの代物。

 ちゃんと生クリームを泡立てて空気が入ったアイス、それもキンキンに冷えた物は未知に違いない。


「では冷やします、『我、望む、小さき粒子の脈動よ、指し示す先より奪い給え』」

「え゛!? あっ! ホントだ、スゴイ!」


 ボウルは急速に冷えて、あっと言う間にアイスの完成。いや? 急速に冷やし過ぎたか? でもゆっくり冷やすのは俺が辛い。取り敢えず食べてみよう。



「ふみゅ、なかなかですね」

「スゴイ! 冷たいです! 美味しいです!」



 とろける美味しさ。たまらんね。



「あのーキィムラ男爵がお見えになっておりますが」


 と、その時丁度良く女中さんから報せが入る。大方材料が届いているかの確認だろうが、コイツを見せてビビらせてやろうかね。





◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ユマ様。これは、とんでもない事ですよ!」


 ……予想以上に驚いて貰えた。


「間違いなく、世界の流通に革命が起きます」


 だろうね、温度が低く保てれば食料品は長持ちする。でもな……


「ご期待の所すみませんが、この魔法。多用出来る物ではありません」


 冷却魔法は魔力も神経も使う、そうホイホイと使える物では無い。


「では、エルフの魔術師であればどうでしょう?」

「残念ながら、この魔法が使えるのは私だけでしょう」

「……なんと!」


 オリジナル魔法だよ! むふふ、俺TUEEE感出て来たな。


 しかし、そうなるとこの魔法、案外に使い道が無いんだよな。それこそ個人的にアイスクリームを楽しむぐらい。


「ふむ、となるとこのアイスクリームを最大限売り込む必要が有りますな」

「そうですね」

「その為には足りないモノがあります、お気づきですか?」


 痛いところを突いてくる。だが、無理だと思って諦めていたのだが?


「……香り、ですね」

「流石、その通りで御座います」


 そりゃ気付いてたけど、バニラなんて無いから仕方ないだろ。


「私はこのアイスに適した香料に覚えがあります、どうかお任せ頂けないでしょうか?」

「本当ですか? 是非、お願いします」


 まさかあるのか?

 バニラなんざ地球でも貴重品だっただろ?


 詳しく聞けばキューティムって胡蝶蘭みたいな派手な花の実を、同じ花の蜜と油に漬けて発酵させると良い香料が取れるんだと。


 よく考えたら、キィムラ商会は食料品と化粧品が主な商材。香料は専門と言って良い。


 その木村がピッタリの物があると言うのだから、ほぼバニラみたいなモノが出て来ると思って良さそうだ。


 こりゃ明日の派閥の結成式が楽しみだ。




◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 で、翌日。俺達は派閥の結成式が行われる会場に来ていた。


「大きいですねぇ」

「そう……ですね」


 ネルネと見上げてしまう。会場は木村が新しく作った劇場と聞いていたが、想像以上に立派だ。

 結成式がこの劇場の落成式でもあるらしい。

 外観も立派だったが中に入れば大理石の床、彫刻が施された柱、天井は高く開放感がある。

 面白いのが、広告スペースの多さと大きな物販スペースだ。


「ルイーンの宝飾、偽物ですよね? でも良く出来てます」

「と、言うより量産しやすいデザインにしたのでしょう」


 ルイーンの宝飾は身につけた者に変身能力を与える神具、コレを巡った騒動が戯曲となっているのだが。


 当然ながら伝説のアクセサリーなので現物など誰も見た事が無い。


 だから良く出来てるも糞も無いのだ。それを大写しにしたポスターで劇の宣伝。量産して物販で販売。よく出来た商売だ。

 と、言う事は? ひょっとして俺のグッズも……あ、俺の秘宝のティアラ!? いつの間に用意したんだコレ? それに田中のメガネまで!


「勝手な事を!」

「おや? てっきりご存知と思っていましたが?」


 いきどおる俺に、思いがけず返事が。木村である。


「シノニムさんとは一個当たり9%の金額で折り合いが付いているのですが」

「そ、そうだったのですね」


 なぁーに勝手にやっとんねん、シノニムさん!

 とは言えシノニムさんは、俺のメインスポンサーであるネルダリア領主オーズドの名代な訳で、お金に関しては任せっぱなし。反対する事は出来そうにない。

 ま、別に俺がデザインした物でも無いし、ネルダリアが俺に投資した金額だって、そろそろ洒落にならないレベル。


 文句はないのだが勝手に進めてるのは面白くない。


 シノニムさんを探し出して嫌味の一つも言ってやりたいがそんな時間は無さそうだ。



 今日のスケジュールはキッチリ分刻みで決まっている。


 まずこれから俺たちが楽屋に入って、その間に木村が商会の関係者と劇場の落成式として劇場前で挨拶とテープカット。


 劇場にお客が入ったら俺はオープニングセレモニーとして舞台挨拶、昼休憩では軽食を摘みながら貴族様に挨拶回り。

 劇が終わってからは夜食と待望のデザートにアイスを食べて、最後に締めの挨拶でお仕舞い。


 こんなスケジュールだから、当然、劇の出演は全面的にプロにお任せする。


 俺はシナリオの監修と、通し稽古を一度見学した位。なんせ練習する時間も無いし、今後この劇場で何度も演じるのに、毎回俺が出る訳にも行かない。


 シノニムさんを探すのは諦めて楽屋に引っ込むと、来るわ来るわ、役者さんや楽士等、劇の関係者が次々と。

 俺が挨拶攻めに遭っていると、にわかに外が騒がしくなる。どうやら落成式が始まった様だ。


「盛り上がっていますね」

「で、でも、何だかキィムラ様の挨拶だけにしては、盛り上がり過ぎじゃないですか?」


 確かにネルネの言う事も最も、嫌な予感がするな。

 そう思ってたところに、シノニムさんが飛び込んで来た。


「姫様! 大変です!」

「シノニム丁度いい所に、私からも話があります」

「それは急ぎの案件ですか? そうでないならこちらの話から、させて頂きたいのですが」


 そうまで言うならと先を促す。


「良い話と、悪い話があります」


 なんだよ、その洋画みたいな二択。


「まず良い話ですが、第二王子のボルドー様がいらっしゃいました」

「本当ですか?」


 まさか? 第二王子がこっち側に付いてくれた?

 第一王子は俺を面白く思っていない事が明らかなだけに、下手をすれば国を二分する大騒動になりかねない。


 その覚悟があの地味な兄ちゃんにあるのか?

 いや、顔見せだけでもコッチにとっては大収穫だ。


「それで、悪い方は?」


 つまり外の騒ぎの原因は王子。だとすると悪い方の見当が付かない。

 苦虫を噛み潰したような顔でシノニムさんが言葉を紡ぐ。


「実は主演女優が来ておりません。住居に迎えを行かせたのですがもぬけの空。どうやら昨晩から帰った様子がありません。……何者かに誘拐された可能性があります」


 ……マジかよ。

 そう言えば、挨拶に……来てないね。

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