アイス
「姫よ! お任せ下さい、我が身に代えてもお守りします!」
「駄目です! 相手は多勢、死にに行く様なものではないですか!」
「解って下さい姫様、男に生まれたからには、やらねばならぬ時がある、それが今なのです!」
……恥ずかしい。
メチャクチャ恥ずかしいッ!!!
このコント、いや寸劇? は俺の独演の代わりに始めた田中の英雄譚だ。
ちょっと所じゃないレベルで脚色されているが、そこはまあ良いだろう。
問題は俺が当然ユマ姫役、そして田中役を木村が演じると言う所で、精神的に絶賛公開羞恥処刑プレイな訳だ。
しっかし、処刑は中世ヨーロッパの娯楽と言うだけに、この辱めは非常に好評だった。
「おおっ!」
「これ程の猛者が居たとは!」
「帝国恐るるに足らず!」
今までとは明らかに違う反応。燃える様な熱狂は貴族だけでなく、庶民にも広がった。
何せギターを売り、教える木村の商会が最初に教える曲が俺と田中の物語となったのだ。
いまや王都の酒場では俺の物語を爪弾く輩が最低一人は居ると言うから恐ろしい。
しかし反応が大きくなるにつれて問題は浮き彫りになって行く。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「そろそろ城を出た方が良いでしょう」
シノニムさんの言葉に俺は頷く。
「その様ですね」
俺の手にあるカップはヒビ割れ、中のお茶にも正体不明の何かが浮かんでいる。
嫌がらせだ。
第一王子のカディナールから貸し出されている使用人、始めこそ俺の行動を逐一調べるだけだったが、最近は直接的な嫌がらせまでし始めた。
それだけ俺の存在が邪魔で、見逃せなくなってきたと言う事だろう。
彼らには人一倍プロ意識が有る。だからこそ上からの「仕事の手を抜け、邪魔をしろ」と言う命令に悩み抜いているとは、彼らに話を聞いたネルネの談だ。
既に足が治っていると言ってしまっても問題無い頃合い、そろそろ城住まいは返上して良いだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そうして移り住んだのが、ネルダリア領主、オーズドの別邸だ。
夏に差し掛かったこの時期は、普通は貴族とあれば社交界シーズン。本来はオーズドも王都に参上するべきなのだが、スフィールの後処理で免除されている。
その空いた邸宅に俺が滑り込む格好だ。
では何故、初めからオーズドの屋敷に泊まらなかったかと言うと、一応姫の名を冠する俺を泊めるには調度品の格式が問題になったらしい。
「オーズド様は物には拘らない方ですから」
そう語るシノニムさんが自慢げなのはどうしてだろうか?
豪華な調度品と言うのはバカ高いのは勿論、一朝一夕に揃うと言う物では無いらしい。俺の為にムダ金使わせて申し訳ないね。
「気にする必要はありません、グプロスの屋敷からは多額の資産が見つかっています。調度品も良い物が幾つもありました」
「それは、……縁起が悪いですね」
今座っているお洒落で足が長い椅子と、それに合わせた一本足の小さなハイテーブルもまさかグプロスの遺品じゃないだろうな?
俺は地面に付かない足をぷらぷらと不安気に揺らす。
いきなり椅子の足が折れたりしたら原因が『偶然』か、グプロスの呪いか、判断が付きそうにない。
「ご安心を、ユマ様の部屋には入れておりません」
「だと良いのですが」
そう聞くと、カディナール王子の用意した結婚式場みたいな豪華な部屋よりも、なお落ち着かない気分になる。
そんな俺を無視してシノニムさんは話を続ける。
「いよいよ次の段階に入るべきかと」
「次の? 具体的には?」
「我々で主戦派を、対帝国を担う勢力をまとめ上げるのです」
「私達が派閥を立ち上げるのですね」
人が三人集まれば派閥が出来ると言うが、俺達が派閥を……ねぇ。
「その為に、今度は我々がパーティを主宰するのです」
シノニムさんの鼻息は荒い。今までの語り聞かせは、お茶会やら園遊会、遊戯盤やカード大会などの一プログラムと言う扱いであった。
当然尺は限られ、木村に提案される前は大森林脱出までを語るのが精々で、それこそ木村が田中の話を知らなかった原因だったのだ。
今は田中の部分を切り取っているが、それだって一部に過ぎない。
「キィムラ男爵が提案した舞台化、アレの初公演を主催し、それを派閥の結成式としましょう」
「キム……キィムラ男爵とは、話が済んでいるんですね?」
「勿論です、オーズド様からも資金も人も出して貰っています、後はエルフのユマ姫が主催すると、解りやすくアピール出来るモノがあればと思うのですが……」
「エルフらしい珍しいモノ、ですか……」
そんな事言われても困ってしまう、王都にはネルネの様なハーフエルフも何人か居るらしく、幾人かを大森林に使いに出して「ユマ姫は王都にアリ」と伝えて貰っているらしい。
だが、未だ成果なくエルフからの使節が来る様な事は無い。
そもそも、エルフのまともな残存勢力と接触出来たと言う話が無いのだから当然なのだが、気が逸る。
まさか全滅、と言う事は流石に無いと思うのだが……
何にせよ、交流さえあればいくらでも珍しい物が手に入るだろうが、今は俺の独力で何とかしなくてはならない。
が、俺は生まれつき体が弱く、起きている間は本を読む事と魔法の練習にあてていた。
お裁縫やお絵かきはサッパリ、そして楽器はエルフの楽器が無いのだからお手上げ。割と打つ手が無い。
「そんなに深く考える事はありません、何かエルフらしい雰囲気が出せれば良いのです」
「そう……言われても」
正直、全然心当たりがない、これはどうした物か。
狼狽える俺に、シノニムさんは優しく語り掛ける。
「キィムラ男爵は、色々と珍しいお菓子や軽食を用意しているそうですよ?」
……いや、そんな「美味しいもの用意するから宿題頑張って」みたいなノリで言われても。
なんか木村は木村で、事あるごとに俺へお菓子を与えては、食べる様子をニヤニヤと観察して来るし。
なんだろう? みんなして俺を奈良公園の鹿みたいに思ってないか?
この前なんて、ネルネまで期待に満ちた目でおずおずとクッキーを差し出して来た。
いや、 流石にキレたよ? 俺も。
……正直、木村と絡んでからコッチ、俺のお姫様としての威厳が崩壊しつつある気がしてならない。
そうで無くても、演奏だけでなく田中役(これは本人がノリノリでやっているのがイラつきを加速させる)、お菓子や会議室の手配、資金援助と何から何まで木村の世話になりっ放しだ。
これはいよいよ意識して距離を取らないとヤバい!
『偶然』に巻き込むどころか、気が付けば餌付けされて、木村動物園のパンダとして笹喰ってる未来が来かねない。
「うーん、キィムラ商会に頼り過ぎるのも問題ではないですか?」
「勿論です、食事には他の商会からも自慢の一品を募り、この品評会すらイベントとして盛り上げます」
「それで、優秀賞にはユマ姫印のお墨付きマークを付与すると言う訳ですね?」
「……流石ですね、まさか既にキィムラ男爵から説明を受けていましたか?」
「いいえ、ですがあの方が考え付きそうな事です」
クソッ! 木村め、解りやすく暴れてくれる。俺はモンドセレクションじゃねーぞ!
「マークの図案ですが……これにして下さい、思い入れのある図案です」
そう言って、俺はハイテーブルの上からメモ用紙を一枚取り、スラスラと俺の横顔のシルエットを筆記する。
そう、俺がエルフの国で発明したチーズに、何時の間にやら入れられていた図柄だ。
「ハッ! ……驚きました、ユマ様にはこんな才能も有ったのですね」
「いえ、元々私の名を冠する製品が国には有り、その図案です」
「正確に覚えていて描けるだけでも凄い事に思いますが……」
ただ参照権で絵柄を出して、それをなぞっただけだ。考えたのも俺じゃ無いし、凄い事は何も無い。
因みにチーズ自体は王都ではありふれているし、エルフに伝わるヨーグルトは
つまり再現のしようがないのだ、ちょっとでもヨーグルトが有れば増やせるのだけどね。
そんな訳で何を用意するべきか、うぬぬと唸っていたら、勢いよく扉が開け放たれた。
「大変ッ! 大変です!」
入って来たのはネルネ、血相を変えている。
「もうっ、ネルネ! はしたないですよ」
「スイマセン、でも、大ニュースです!」
ネルネの持ってきたニュースはハッキリと凶報だった。
遂に公然と俺を批判する派閥が出来た、と言うのだ。
シノニムさんも顔を曇らせる。
「相手は第一王子カディナールの派閥ですか?」
「いえ、それが、ルワンズ伯が立ち上げた会だと聞きました」
「なるほど」
思わず頷く、ルワンズ伯は元老院派の貴族。
オルティナ姫を名乗った俺への追及を任された人物で、片眼鏡に白髪白髭のおじいちゃん。
だが、ルワンズ伯は俺がオルティナ姫の生まれ変わりでは無いと言う証拠を出せなかった。
大恥を掻いたルワンズ伯は悔し紛れに俺への暴言を繰り返し、何時しか周囲から距離を取られる様になっていた。
それだけなら俺の人気に嫉妬し、時代に取り残された哀れなお爺ちゃん。当然派閥を立ち上げる求心力などありはしない。
恐らくは支援している者が裏に居る。
それは、マズ間違いなく第一王子カディナールに違いない。元老院は穏健派だし、落ち目のルワンズ伯の為にそこまでの支援はしないだろう。
当のルワンズ伯は事務方の法服貴族。法律関係の結構なお偉いさんと言うが、爺さんが気炎を上げたって、今の俺の人気を前にして、それ程の影響は無いだろう。
だが、公然と俺に反旗を翻す勢力が居る。それが問題なのだ。
今の俺の人気はハッキリと行き過ぎている。そして行き過ぎた人気はある日裏返る。その時に一気に攻勢を強めるだろう相手がそのルワンズ伯一派となるに違いない。
そうで無くても、今までスポットライトを浴びていた人にとってみれば、ぽっと出の俺に話題を奪われたと思っているに違いない。
見逃して良い物では無いかも知れない……
「私は相手方の主張を調べ、対抗意見を纏めて置きます。姫様は変に動き回って隙を晒さぬ様にお願いします」
シノニムさんもそう言って席を立ち、情報収集に動き出した。
「ど、どうなるのでしょう……」
そう言って不安がるネルネ、俺はその髪をそっと撫でる。
「大丈夫、オレが何とかするさ」
そう言って『俺』はネルネに微笑んだ。
「??」
小首を傾げるばかりのネルネに、何を企んでいるかは教えない方が良いだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
時間は宵の口、辺り一面が紫色に染まった世界の中で、俺は一人。
それはそうだ、こんな所に来る人間など居やしない。
俺は屋根の上に居た。それも急勾配な三角屋根の塔の屋上。通常、人が登れる場所じゃない。
そこから一望出来るルワンズ伯の屋敷では、星の瞬きを打ち消す程に明かりが灯され、幾人もの貴族達が気炎を上げていた。
収音の魔法を使えば、その中心から館の主の大音声がハッキリと聞こえて来る。
「あのユマ姫、いや何処の馬の骨とも付かない化け物は! オルティナ姫を詐称した! その大罪人が我こそは王家の一員と言う顔で! この王都を徘徊している! この事実が私にはどうしても許せんのです!」
「そうだ! そうだ!」
「何が姫だ! ただの化け物では無いか!」
「
盛り上がる貴族達、選民意識が凝り固まっている。ま、エルフだって他人の事は言えないが。
「嬉しいねぇ、コッチも少ない良心が痛まずに済む」
俺は『高橋敬一』の自我で笑う。俺は田中が死んだショックで目覚めてからコチラ、人格の分離と統合が自在に出来るようになっていた。
基本は統合していた方が出来る事も多く、姫らしい仕草で受け答えが出来るのでそれで十分。
だが、今から俺がやる事は、俺だけが責任を負いたいのだ。
暗殺。
その禁忌を犯す。
今までの命を守るための殺人とは違う、まして相手は憎い帝国兵ですらない。
立場を守るための利己的な殺人。
だったら俺がその罪を被ろう。
用意したのは金属の筒。矢がたった一本だけピタリと入る形状。
何かと問われれば、俺は矢筒だと答える。
「霧の中、湿気ってしまって矢が使えなかった」そんな嘘で作って貰ったのは、水も漏らさぬ精度の矢筒。
と、言っても
しかし、この矢筒に収まっているのは矢ではない。
水だ。
水も漏らさぬ精度なのだから、水を張ったバスタブで閉じれば中は水で満たされる。
そして、そのまま冷却魔法で冷やせば出来上がるのは氷の矢だ。
冷却魔法。俺はこれを幼少期からずっと追い求めてきた。
体の弱かった俺は、暑い夏の日差しを恨んで、涼しくするための魔法を幾つか開発した。
空気中の水分を集め、湿度を下げる魔法もその一つだが、アレは案外に難しい。
酸素を集めるだけの魔法と違って、呪文が発見された魔法だ。
なのに家族で使えたのは俺とセレナと母だけだった。
涼しくなると解ってからは、皆が使いたがったが、まず繊細な魔力制御が必要で、その上で室内に細かく回路を張り巡らせる必要がある。
今回行う冷却魔法は、それに輪を掛けて難しい。宮廷魔術師の爺さんが言うに、こんな事が可能な術者は金輪際現れないとのこと。
俺が目標としたのはエアコンみたいに、熱だけを取り除く魔法だ。しかし、酸素と違って熱のより分けなどどうして良いか解らない。
冷却魔法の開発は困難を極めた。
だが、そこでヒントになったのはセレナが酸素の含んだ火の魔法を遣うとき、俺と全く違うアプローチをとっている事だった。
俺は、薄く張り巡らせた綿毛みたいな細かい回路に、回路が壊れない限界の超低出力の魔力を通し、空気から酸素を集めていた。
しかし、セレナは魔力の制御が苦手だった。それでも酸素を集める事を可能としていたのはその豊富な魔力を空間に飽和させていたからだ。
魔力が飽和した中ならば、回路に幾ら魔力を流してもショートしないし、回路が耐えきれずに弾けたりもしない。
幼少期の俺ではとてもじゃないが不可能だった。
しかし、俺の魔力は増えている。セレナとは程遠いが極狭い範囲なら魔力を飽和させられる、それでなんとか狭い範囲の温度を下げる魔法が可能になったのは、成人の儀を成功させた後、王都を襲撃される直前であった。
「我、望む、小さき粒子の脈動よ、指し示す先より奪い給え」
呪文を唱えるが、この呪文に意味は無い。
参照権と紐付けただけの言葉に過ぎない。
『参照権』の助けがないととても使えない。それほど複雑で難解な、それで居て燃費も悪い魔法だ。
でも、今回はソレが良い。
今回ばかりは、誰にもバレない方が良いのだ。
たとえエルフの戦士に同じ事が出来ないかと訊ねても「絶対に不可能だ」と言って貰える方法である必要がある。
その為の、氷の矢。
俺が魔法を発動させて暫く、徐々に金属筒に水滴が貼り付き、それすらも凍っていく。
「よしっ!」
氷の矢が完成した! 次は……屋敷の照明を落とす!
俺は魔力を制御して自分の魔力を触手の様にウネらせ延ばす。
グプロス卿のお屋敷でもやった事だが、人間界の魔道具には過剰魔力に対する安全装置が無い。
質の悪い魔石から何とか出力を得る事に特化しており、そこに俺の高濃度の魔力を紛れ込ませればどうなるか?
――パァン!
「なんだ? どうした?」
魔道具の明かりが失われ、パニックの声が聞こえて来る。
ここからは時間との勝負だ。
俺は金属筒を開け、氷の矢を取り出した。筒から剥がすときに少し欠けてしまったが、どうせ魔法で制御するから大丈夫。
俺は弓を構え、ゆっくりと矢を番える。指先が凍える程に冷たいがそれすらも心地よい。
狙うはルワンズ伯邸の窓、通常、ここから撃っても中のルワンズ伯には絶対に当たらない角度。
だが、俺は魔法で矢の軌道を制御出来る、しかしそれでも射線が通っていないと言う事はターゲットが見えない。
位置が解らないと言う事だ、通常これは致命的な問題となる。
だが、俺はあろう事か目を瞑った。ターゲットどころか全てが闇に包まれる。
「我、望む、放たれたる矢に風の祝福を」
呪文を唱えると、呪うように何処からか不吉な風が吹き、バサバサと俺の髪が風にたなびく。
その風すらも考慮して魔力を制御する。
――ビィィン
屋敷からパクってきた長弓は弦を震わせ良い音を響かせる。今日は一発だけ、この一発に全てを賭けて弓を引いた。
魔力は速度よりも制御に振った。
放たれた氷の矢はスルリと軌道を変え、ルワンズ伯邸の窓へと滑り込む。
そして……闇の世界で輝く一つの光へ向けて、魔法の矢を制御する。
命中! 魔力を通じての感覚。すると、ルワンズ伯を示す光の華が収縮し、そして消えた。
そう、俺はまず集音の魔法で大体の位置を掴み、それから目を瞑って運命の光を見て、ルワンズ伯の正確な位置へと矢を放ったのだ。
程なく、予備の照明なのか、屋敷の中に明かりが灯るが、もう遅い。
集音の魔法を使うまでも無く、ギャーギャーと地上の騒動が聞こえて来る。
だが証拠は出ない。氷は人体に刺さった瞬間に砕け、スグに溶けるだろう。
まして、開け放たれた窓からあの位置を狙える狙撃ポイントなど存在しない。
これがミステリーなら魔法を使いましたなど、冗談にもならないだろう。
誰も居ない屋上で俺は一人笑うのだった。
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