田中の思い
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」
俺は夜、一人ベッドで転げまわっていた。
なんで? なんでだ? クソッ!
木村が俺の専属楽士として帯同する事になってしまった。
まさか応募してくるとも思ってなかったし、曲を聴くまでは難癖を付けて断れば良いと思っていた。
だが、ギターを使った演奏は、新鮮味だけでなく驚くべき完成度を誇っていた。
なにより強烈だったのは三曲目。創作楽曲とは名ばかりで、馴染みのあるゲームの曲だった、しかも複数の曲を編曲して纏めていたのだ。
ゲームの曲はアニメや流行りの曲と違って、短いフレーズを何度も何度も繰り返し聞く事になる。
RPGのフィールド曲とかはそのゲームにハマっていた時の事を鮮明に思い出すし、格ゲーに至っては十年単位で同じ曲を使い続けたりする。
だから思い出してしまった。前世に徹夜でゲームをしながら寝落ちした事、ゲーセンでいつもの三人でワイワイと対戦した事。
懐かしさに震えていたら、気が付いたら専属楽士は木村に決まっていたのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……こうして私は家族と、そして最愛の妹も全てを失い、帝国の魔の手から逃れたのです」
「そんな事が!」
「おいたわしや」
「しかし、女子供まで皆殺しとは、帝国は許せませんな」
それからのお茶会は木村と参加する事になった。
基本的に俺はパーティーに参加する側なので、既に会場には主催者の用意した楽団が居たりする。
その辺りと上手い事、話を付けて、木村は俺の後ろでバックミュージックを演奏する訳だ。
今までと違い、物悲しい曲だけでなく、帝国が築いた死体の山を見てしまうシーンではギャーンとショッキングに掻き鳴らし、俺が帝国兵相手に一矢報いるシーンでは勇壮な音楽が鳴らされた。
観客の反応も悲しさ一辺倒ではなく、帝国への怒りも見られる様になっている。
木村の効果はそれだけではない。
「あのキィムラ様の演奏が聞けるなんて!」
「キィムラ商会を味方に付けるとは、ユマ姫様も油断ならぬ人だ」
俺を呼べば噂の吟遊詩人もセットで付いて来る。俺自身の人気も相当のモノの様だが、風のスナフキン(笑)も噂が噂を呼んで話題性に事欠かないらしい。
加えて、大商会がバックに付いた事で、腫れものに触る様な俺への扱いが大分変わった。
いや、文字通り俺の足は腫れモノで、下手をすると第一王子を敵にしかねない。そうでなくともオルティナ姫を自称するアブナイ奴だ。
だが、利に聡い大商会がバックにつくなら危険も無いだろうと安心感が広がった。
結果、俺をイベントに呼べるかどうかが貴族としての力を測るバロメーターと化しているとまで聞いた。
どの派閥の、どのイベントに参加するかはシノニムさんが決めてくれているが、引き合いが増えて嬉しい悲鳴が上がっている。
そうして、今日のパーティーの幕が下りた訳だが、概ね成功と言って良いのでは無いだろうか?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「失敗ですね」
「「ええっ!?」」
強烈なデジャブ感が有るが、今回のダメ出しは俺じゃない。
「ここ二、三日様子見に徹して来ましたが。ユマ姫様の体験談を考えればもっと効果的なやり方が有る様に思えます」
木村である。
今回、俺はネルネと一緒に驚く側に回ってしまった。
ここは木村が経営する王都一等地のカフェの個室、城内はどこにどんな耳があるか知れないからと移動したのだ。
「具体的にはどうするべきだと?」
冷静に質問するはシノニムさん、後は木村の助手と言う少年が一人、その五人だけで大き目の個室を占有している。
「その前に、お尋ねしたいのですが……」
そう言って木村がジッと俺の目を見る。
「なんでしょう?」
「その、エルフと言う種族の名前についてです」
……やっぱり、そこが気になるよな。怪しく無い様、俺は一から説明していく。
「まず、我々は
「そうでしょうね」
「我々こそが人間で、大森林の外の人間を『外人』と言ったり、もっと差別的に『無能』などと称していました」
「わたしみたいな『あいのこ』も『無能』呼ばわりされると聞きました……」
俺の言葉に割り込んだのはネルネだ。
「どうせ差別されるならお母さんと一緒に居た方が良いって、それで王都に住んでいるんです」
そう言ってションボリと肩を落とす。
ソレを片目に、俺はずずいと前にでた。
「それぐらい、差別意識が強いのが我々なのです、それに人間の我々に対する恐怖心も問題です。双方が協力するには、どうしても新しい呼び名が必要でした」
「単純に同じ人間として、国名から『エンディアンの民』とかではマズかったのですか? それこそ王国民や帝国民と同じように」
「エンディアン王国自体が滅亡してしまい、今後どうなるかも不透明でしたので」
「ふむ……」
木村は考え込む様に言葉を切った。
まぁ、この辺は怪しいよな、動くのが早過ぎる。シノニムさんだって帝国情報部の動き無しには俺を姫とは信用しなかったに違いない。
半ばヤケクソで、どうせ俺の『偶然』に巻き込むなら同じエルフより他国の人間の方がマシと大森林の外へと乗り込んだだけ。
それが、あろう事か一番巻き込みたくない人間をピンポイントで巻き込んでしまっているのは笑い話にもならない。
俺だって遠ざけたいのだが、その木村の方からグイグイ来るのだから堪らない。
「そこでエルフと言う名前を付ける訳ですな」
「その通りです」
「それは、冒険者のタナカが考えた名前、違いますか?」
「……その、とおりです」
認めたくは無いが認めざるを得ない。
この世界の言語は英語でも日本語でもない、そんな世界でエルフと言う単語がピタリとハマれば怪しいのは当たり前だ。
そして、木村の言葉にシノニムさんは驚きの声を上げる。
「キィムラ男爵はタナカさんを知っているのですか?」
「ええ、田中の奴とは同郷でしてね」
「どこの生まれか伺っても?」
「この大陸の外、帝国でも王国でも無い所から、私は来ました」
「まさか!」
シノニムさんが信じないのは当然、この世界はとても狭く閉じた世界だからだ。
エンディアン王家は非常に長い歴史を誇っていたが、その蔵書の中にもこの大陸外の事など記述がなかった。
海の向こうには何も無いと信じられているし、果ての山脈の向こうは延々と荒野が広がっていると言われている。
だが、外も外、違う世界から来てるのだ。「消防署の方から来ましたー」みたいな詐欺な手口だが、そこはまぁ良い、俺は認める事にした。
「田中も同じ事を言っていました、そしてエルフとは田中の国で森に住む魔法を使う優れた種族を指すと」
「その通り、だからこそエルフと言う言葉が気になっていたのです。その田中がどうなったのかお聞きしても宜しいでしょうか?」
俺は唇を噛み、苦痛に耐える。そんな俺を見かねてシノニムさんが代わりに答えてくれた。
「タナカさんは、……死にました」
「…………」
今度こそ言葉を失う木村に、俺は大森林を脱出した後の顛末をポツポツと語って行った。
「……なるほど、そんな事が有ったのですね」
そう言って木村は天を仰いだ。親友の死を知ったその胸中は知れないが、友の死が悲しくない訳は無い。
俺も辛くて、何度もつっかえながらも必死に説明していった。
「ええ、田中からはキムラと言う名前の人間を探していると聞いていました。なのでキィムラの名前を聞いた時から、もしやとは思っていました」
なんだかんだ迷いながらも、結局守られて生き延びてしまった俺。木村だけは巻き込みたくない。
そんな俺の言葉を聞いたシノニムさんは不満そうに机を叩く。
「そう言う事は早く言って下さい! キィムラ男爵が帝国のスパイではないかと無駄に調べてしまいました」
それを聞いて木村は薄く笑う。
「何者かが私の身辺を調査していた事には気が付いておりました、結果はどうでしたか?」
「きな臭い噂はそれこそ数多く! ですが王都に現れる前の経歴に関しては全く解りませんでした」
だろうな! しっかしシノニムさんには無駄な手間を掛けさせてしまったな。
だからこそ、しっかりと俺の気持ちを伝えておかなければならないだろう。
「私を助ける為に田中は死んでしまいました。そしてその友である木村まで巻き込みたくは無かったのです」
「そう言った事情は説明して欲しかったですね」
シノニムさんは不満そうだが、俺にも言い分はある。
「説明したとして、逆に田中の繋がりを強調して味方に引き込もうとするのではと疑っていました」
「それこそ! 私を信用していないじゃないですか! 姫様は私をもっと信用してください!」
「ごめんなさい、結局は私の弱さが原因なのです。もし木村さんまで死ぬ様な事になったらと思うと、怖くて堪らなくて。でも一方でそんな個人的な感情で国民をないがしろにしている様で、自分の中で整理が出来なかったのです」
事実、俺は個人的な感情と、復讐したい思いの板挟みになっていた。
田中と出会った時からその感情は有って、おかげで自分の正体を明かす事が出来ず、かと言って突き放す事も出来ず。結局は殺してしまったと言う後悔が残った。
それだけに、今回は徹底的に距離を置こうとして、結果的にまた失敗したのだ。
気落ちする俺に、木村はしかし明るい声を掛ける。
「ユマ姫様、なぁに気にする必要はありません。私も田中も事故でこの大陸に来てしまった訳ですが、その時点で死んでいてもおかしく無かった。拾った命も同然なのです」
「……だから気にするなと言うのですか?」
「そうです、それどころか私は田中が羨ましいとすら思えます」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味ですよ、私も田中も異邦人。あいつは剣技を、私は財力を。それぞれに力を付けました。しかし結局はこの地に守る物も無く虚しさだけが残りました。そこで私は旅に出ようとすら思っていたのです」
そう言って木村はチラリと助手の少年を見る、少年は苦々しげで、木村の言葉が正しい事が窺えた。
「旅に……ですか?」
「ええ、ですが思い止まりました。私は王都でやる事ができました」
「それは?」
「勿論、我が友、田中の思いを伝える事です。そしてそれはユマ様の希望にも沿う筈。考えてもみて下さい、落ち延びた異国の姫を守るために戦い、死闘の末に姫を守り切り、その命を落とす。まるで英雄譚の一節の様には思いませんか? 正に男の本懐!」
夢見る様に謳う木村に、冷静にシノニムさんが話を継ぐ。
「つまり国を追われたユマ様の話だけでなく、タナカさんの話を語って行こうと?」
「語り聞かせだけでなく、曲や舞台にもしていきます。国を追われる異国の悲しい姫の物語ではなく、姫を守った人間の戦士の物語の方が皆も感情移入がし易い。それに次は俺がと戦意の向上著しいでしょう」
「一理ありますね」
頷くシノニムさんだが、俺としては複雑だ。
「そうまでして貴方が私の為に行動してくれるのは、やはりタナカの遺志を継ぎたいからでしょうか? 私としては貴方まで殺してしまうのではと不安で仕方がありません」
俺は……今こそ自分の正体を伝えるべきだろうか?
田中が死んでから、もっと早く、自分から伝えていればと何度も後悔した。しかし、田中は俺の正体に気が付きながら俺と一緒に居た。
結局は、恐らく、結果は何一つ変わらなかっただろう。
変わらないのなら、伝えた方がマシ。正体を隠すのは不義理に過ぎるのでは無いだろうか?
そんな風に悩みを見せる俺に、木村は陶然と言い放った。
「何もアイツの弔い合戦と言うだけではありません、私は愛に殉じたいのです」
「あいに?」
……なんだろう、急に雲行きが怪しくなって来た。
「中央広場で舞台袖から顔を出す貴女を一目見た瞬間! 私は愛の虜になったのです」
木村はそう言って席を立ち、ツカツカと歩いて近づくと俺の傍に跪き、片手を上げ俺を見上げる。
その目は……何と言うか遠い宇宙に旅立って見えた。
「その銀髪も、憂いを帯びた瞳も、その全てが愛おしい。どうか愚かなわたくしめを、せめてお傍に置いて頂きたく思うのです」
そう言う木村は鼻息も荒く、その目は俺を見て離さない。
コイツ! 本気だ!
これは……言い出せねぇ……いや、知らない方が良い事も有る、よな?
「よ、よろしくお願いします……」
俺はそう言って何とか微笑みを返すが、その頬は引き攣っていた事だろう。
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