敵中模索 【田中視点】

 俺は手枷をはめられたまま、破戒騎士団の二人に連れ出された。


 薄暗い地下室を出た後、馬車に乗せられ、裏口からグプロス卿の城に連行される。


 どうなる事かと思ったら、再び薄暗い地下室に押し込められた。


「待遇の改善を要求したいね」


 ただし、同じ地下室でも待遇はこれまでと天と地の差だ。

 手枷だけでなく足枷まで嵌められ、手枷はフックで吊り上げられている。


 手枷を嵌められた両手に全体重を掛けると手はジンジンと痛む、かと言って必死に地に足をつこうとするも、つま先しか届かず、其れもまた痛い。


 こんな扱いじゃ、どんな男だって長くは保たない。


 つまり、このまま保たせるつもりもないのだ。


 俺を吊した下男はいかにも尋問官ですってぐらいに、ブサイクでグロテスクな顔面。俺を連行して来た騎士も部屋の中に陣取ったまま。


 いかにも『さぁ尋問しますよ』と言う形で笑ってしまう。


 ……いや、おかしい。


 この尋問方法は帝国式だ。

 俺は尋問されて経験なんてねーけどな。


 帝都の酒場じゃ、悪そうなヤツらから『尋問されても口を割らなかった俺様』武勇伝を嫌になるほど聞かされたモンだ。


 しかし王国ではどうか? 長らく帝国を拠点にしていたので断言は出来ないが、たまたま同じって事が有り得るか?


 つまり、この尋問官は帝国の人間? 王国領のスフィールで?

 笑っちまうな。


 そんな事を考えられる位に余裕が有るのは、鍛えられた俺の足の親指のお陰だ。

 足の親指は踏み込みや急停止の肝、あらゆる武道で重要度は高い。


 この尋問方法。どんな悪党だってたちまち音を上げると聞いていたが、俺の体は十分に耐えていた。


「ルームサービスもねぇのか?」


 軽口を叩く俺に、尋問官の下男が怒鳴る。


「黙ってろ、さる御仁がお前の話を聞きたがっている。口はその時に回せ」


「へぇ、プロポーズの言葉でも考えておくぜ」


「馬鹿が! やせ我慢しやがって!」


 この手の尋問で余裕を見せるのは悪手。かといって、弱いフリもダメだ。

 ひたすら頑固で頑強、死ぬまで我慢しちまいそうな『ヤバさ』を見せつける。


 軽口を叩きながらもダラダラと汗を流す俺は、必死にやせ我慢している様にしか見えないだろう。

 これもある種の武道の技。心理的に自分を追い詰め体を臨戦態勢に持って行く。

 体温が上がり、汗が流れ、アドレナリンが湧き出し、痛みにも強くなる。


 マジで死ぬような拷問なんぞ考えたく無いが最悪も考えなくちゃならない。


 僅かな隙も見逃せない。


「オイ! タナカとか言う護衛はココか!」


 しかし殆ど待たされる事も無く、目当ての人物が地下室に姿を現す。グプロス卿だ。


「グプロス様? なぜこの様な場所に?」


 しかし連行して来た騎士二人や、部屋を管理していた下男にとっては予期しない人物だった様で、その登場に驚きの声が上がる。


「ホッホ、なぁに卿もその男に聞きたい事が有ると言ってな」


 そう言いながら現れたのは不気味な老人。

 眼差しは人間を虫けらと勘違いしていると疑う程に、底冷えのする物だ。

 この爺さんも只者じゃねぇ。


 突然の偉いさん達の来襲。これが拷問の専門家ですって風体の下男には面白くないらしい。


「いや、しかし尋問は全て我らに任せてくれると……」

「しかしじゃない! コイツを連れて来たのは誰だ? お前らじゃない。俺の騎士だろうが!」


 抗議する下男に怒鳴るグプロス。だがその姿は薄くなった髪の毛が跳ねて、顔色も悪い。明らかに追い詰められていた。


 一方で、老人は妙に余裕がありやがる。

 コイツはいったいどう言う事だ?


 下男は老人を見ながら『我らに』、と言ったな? 下男が帝国の人間なんだから、爺さんも帝国の人間に違いない。


 噂に聞く帝国情報部あたりかね?

 その爺さんは余裕綽々語り出す。


「ホホッ、なぁにまずはグプロス様の聞きたい事をお聞きください、我らはその後でゆっくりやらせて頂きます。ただ無理をして殺さぬ様お願いしますよ?」


「かたじけない、オイ! タナカ! ユマは! ユマ姫はどうした? どこへやった?」


 グプロスは妄執すら浮かべ、ユマ姫の行方を問い詰めてくる。


 ここまでで重要な事実が幾つか解った。

 やはり、この老人は帝国の人間で確定。グプロス卿とて言え無下に出来ない存在と言う事。そして、下男と老人は帝国の人間だ。


 そして、破戒騎士団はグプロス卿の配下。真っ先に裏切りそうな紅蓮隊と思っていただけに意外に思える。


 俺は慎重に、言葉を選んで返答を返す。


「はぁ? こっちが聞きてぇよ! 霧の中で離れ離れ。俺は体良く囮に使われて、アイツ一人で逃げやがったんだよ」


「まことか?」


「ぐっ!」


 グプロス卿の問いに、何故か思わず笑いそうになる。


 笑っちゃいけない時に笑いたくなる謎現象有るよな?

 まことか? とか言われてもよ! 嘘ですとか言うかよ。


 でもな、霧の中で別れたのも本当だしな。頑張って口を割らずに耐える健気な男として、たっぷり拷問を受ける趣味は俺には無い。


 裏切られた口が軽い男として、何もかも洗いざらい喋った風で良いだろう。

 実際問題、喋っちゃいけない事なんて何一つ聞いていない訳だしな。

 アレから数日経っている。流石にウロの中でまだジッとしているって事はないだろう。


 秘密にするべきは、精々がエルフの魔法か? いや、それだって帝国は既に知り尽くしてるだろう。

 そう言う意味で、拷問されようが話せる事なんざ俺には無いんだ。


「誠も糞もねーだろ! 現に俺だけ捕まって助けにも来ねーじゃねーかよ」


「ふむ」


 平静を装いながらもグプロス卿は目に見えて肩を落とす。


 マジでガックリ来てやがる。

 さっきの血走った目もやばいがこの落胆ぶりもまともじゃねぇ。


 コイツ、マジでこの期に及んでアイツをどうにかしたいと思ってやがるのか? ホームラン級の馬鹿だな。

 アイツのどこがそんなに良いんだ?


 いや、確かに見た目は可愛いがよ。

 それにしたって、まだ十二歳の小娘だぞ?

 人を狂わせる魔法でも使ってんじゃねぇのかアイツ。


 呆れる俺だが、老人の方もアイツに食いついて来る。


「お待ちを。タナカと言ったか? 囮に使われたと言ったがユマ姫は敵の位置が解ってたと言う事か?」


「さぁな? 二手に分かれましょうからの、あなたはコッチ、わたしはアッチ。で、見事に俺の方に敵の本隊が居て、十人以上は殺ったか? で、足を踏み外し崖から落っこちた所を取っ捕まったって訳よ」


「……なるほど」


 適度に嘘を撒いて置く。これで俺がアイツを恨んでるって思ってくれればやりやすくなる。


「で? 俺が何の罪に問われてる訳だよ? おりゃあ何も悪いことしてねぇだろ?」


「何だと?」


 グプロス卿が食って掛かるが、事実俺の行動は法的に問題は無いはずだ。


「俺は確かに帝国の使節団とチャンバラしたさ、でもよ、アイツらはこの王国領でユマ姫に弓を引いたんだぜ? ユマ姫はそこのグプロス様と同盟の協議中の立派な客人だ。俺は会談の時に一緒に居たから内容だって知ってるぜ? 違うのかよグプロス様よぉ!」


「そうだ、だが何か行き違いが有ったようでな。そこに魔獣の襲撃が起こった」


 魔獣。確かにアレは誰にとってもイレギュラーで有ったのだろう、グプロス卿は自分でも半信半疑の様子ながらこちらに問いかけて来る。


「なぁタナカよ、もしかして森に棲む者ザバが魔獣を操ると言うのは本当なのか?」


 真面目な顔でトンマな質問をしてきやがった。

 足りねぇ頭で何を聞かれるか考えてたが、流石にこいつは予期しなかった質問だ! 確かにおとぎ話じゃ森に棲む者ザバこそが魔獣を操り、人間にけしかけてると恐れられている。


 だが、アイツとの世間話の中でも森に棲む者ザバ、いやエルフが魔獣にどれだけ苦しめられているか嫌という程聞いた物。何よりハーフエルフの村での惨状。全くもってあり得無いだろう。


 が、帝国側にしてみれば『百人からの兵士で姫を捕獲しようとした途端に魔獣が現れた』そんな風に映るか?


「知らねぇよ、コッチも魔獣に齧られそうになったんだ。それがマジならますます姫様には文句を言ってやりたいね。それに森に棲む者ザバの戦力は帝国の人間のが知ってるだろうよ! いっそ帝国に問い合わせりゃどうなんだ?」


 俺がそう言うと、グプロス卿は思わず隣の老人を見やる。目線が素直! 育ちが良くて羨ましいねぇ。その迂闊さに老人は面白く無さそうにするがそれも一瞬、ニコニコとこっちに話し掛けて来る。


「いえ、実は私は帝国の人間ですがね……」


「なっ! ギデムッド老!?」


 いきなり立場を明かした老人にグプロス卿は慌てるが、それで丁寧に名前まで教えてくれるのだから、グプロスはもう本当に馬鹿としか言いようが無い。


 ……いやこっちとしては無駄な事は話さないで欲しいんだよな。殺されちゃうじゃねーかよ。

 老人も嫌気が差したのか卿を手で遮り話を続ける。


「我々帝国も、上からは姫を捕らえて来いと、その執着はかなりの物でして。私の様な下っ端に詳細は知らされていないのですが、もし魔獣を操れるとすればそれも合点が行くと思いましてね」


「さぁな? 知らねーよ、でもよ、だったら森に棲む者ザバの国を襲った時に魔獣の群れに襲われてなきゃおかしいんじゃねーか?」


「あの霧は魔獣除けにもなりますから、その技が使えなかった可能性も有りますかと」


「ふぅん、悪ぃけど知らねーな、マジにそうだとしても、ただの護衛の俺には教えてくれないだろ」


「旅をしていて魔獣の襲撃を心配していないとか、何か通常の旅と異なる部分が有りませんでしたか?」


「そー言や、警戒していなかったな。でもよ、姫様はああ見えて鋭い、街中で寝込みを襲われたって、賊が窓を破る前に既に気付いて居たんだぜ?」


「ふむ、それは魔法ですかな? なにか道具を使っていましたか?」


「魔法の様な事を言っていたな、嘘だとしても俺に魔道具と見分けは付かねぇよ」


「でしょうな」


 老人との話は早い。

 グプロス卿の存在はお互いに邪魔だった。


 ……いや、ひょっとしてグプロス卿はホントに邪魔するために来てるのか? あり得ないではないよな。

 まぁ、良い。


「そんな不確かな可能性で姫様は追っかけ回されてるのかよ」


「いやはやお恥ずかしい、何分上が秘密主義で困っていますよ」


「俺の雇い主の姫様も秘密主義でよ、最後には見捨てられちまったぜ?」


「肝に銘じておきます」


 老人とは淡々と話が進む、尋問慣れしてると言うかスルスルと話させる間の取り方に慣れを感じる。

 こっちとしてもスルスルと話したいのだからコレで良い。


 が、グプロス卿が邪魔しに来る。


「そんな事より、聞く事が有るのでは無いですか」

「おおぉ、そうでしたな」


 聞きたい事? 話せる事なんざ、端から無いぞ?


 敢えて言うなら姫様自身の戦力ってのはネタと言えるが、所詮個人の戦力など戦争の前ではどうでも良い話でしかない。

 しかし、グプロス卿の質問は今度も又、俺の予想も付かない物だった。


「オイ、タナカ! お前は奇妙な馬車を見なかったか?」


「奇妙な?」


「ああ、車輪が無い馬車だ」


「は?」


 質問の意味が全く解らない。そろそろ手も足も少しづつ痛くなってきたので勘弁して欲しい。

 そこにギデムッド老からフォローが入る。


「いえ、車輪が無いと言うのは可能性の話でして、馬が無い馬車と言うのを見た事は有りませんか?」


 あー見た事有るぞ?

 ただし前世でな。

 自動車って言うんだ。


 が、エルフにも自動車が有るのか? 聞いてはいないが其れがコイツらが欲する秘密?


 解らねーが、適当にフカしておくか?


「ああ、見た事有るぜ? スゲェよな馬もねぇのに車輪が回るんだ。車体は鉄の塊、重そうなのにス~ッと動くんだぜ? 揺れも殆ど無ぇんだ、操作はこう……ああ、コイツを外しちゃくれないか?」


 まるで見て来た様に語りながら俺は手枷を降ろす様に訴える。


「降ろしてやれ」


 老人が命じると下男はレバーを回す。滑車がガラガラと鳴って俺は地面へと降ろされた。


「オイ、外してくれよ」


「フックだけだ、枷を外すかは話を聞いてからだ」


 いつの間にか老人は好々爺然とした態度を捨て去り、冷然と先を促す。

 これが話の核心なのか?

 だとしたら見当違いも甚だしい、だが絶好のチャンスだ。


「わ、解ったよ、でもよ目立つからってあんまり乗せて貰って無いんだ、話せる事は多くないぜ?」


「構わない、知ってる事を全て話して欲しい」


「あ、ああ、扉は後ろでなく、車体の横、左右に有ってよ、操作は丸いハンドルを回すんだ。門や跳ね橋を巻き上げるハンドルとは違うぜ? こう持ってよコレで右に、こっちに捻れば左に曲がる訳よ」


 俺は自動車を知らない未開人に自動車とは何かを教える体で、身振り手振りで話を紡ぐ。


 手枷足枷も縛りみたいなもんで、ジェスチャーゲームみたいで結構面白い。

 皆真剣に聞き入っているが、相手が知りたい事とは無関係の、全くのゴミ情報ってのが堪らなく面白い。


「加速減速はどうすんのかって思うだろ? よく見たらよ足元にペダルが有るのよ。ペダルって解るか? ヴァンスって楽器には足で音を制御するパーツが有るんだけどよ。それとそっくりなのよ。ヴァンスじゃ音を伸ばすのに右ペダル、音を弱めるのに左ペダルを踏むんだけどよそれと全く同じ。右ペダルで加速、左で減速って訳だ」


 などなど、面白おかしく話していたら様子がおかしい。


 老人と下男はアイコンタクトを繰り返し、グプロス卿はご満悦だ。


 そして、馬鹿話に似合わない真面目腐った顔で下男が頷き答える。


「一部異なる部分が有りますが、こちらの得た情報とも大部分で一致します。間違いないでしょう」


「やはり実在したか」


「戦争が変わりますな」


 ――は?


 思わず声が漏れそうになったのを必死に堪える。

 え? 有るの? 自動車有るの? マジで?


 老人とグプロス卿が感じ入った様子で頷くがそれどころじゃ無い、え? 高橋さん? 自動車作ったの? 凄くない?


 ……いや、まだ十二年だぞ?

 あり得ない。アイツは工業系に詳しい訳じゃなかったしな。

 だったら、元々エルフには自動車が有った?


 完成した形だし、それをアイツが改良したって可能性なら有るか?

 でもよ? だったらアイツが乗って来たって言うピラークって飼いならした恐鳥リコイに曳かせる馬車の話は何だ?


 自動車が便利な事は知ってるハズのアイツが、エルフの馬車が如何に揺れないとか早いとか、そういう話しかしていなかった。


 それだけなら、自動車の存在をぼかして言ってるのかとも思うが、大牙猪ザルギルゴールにピラークが喰われたとかリアリティ有る嘘を付く理由が解らねぇ。


「な、なんだよ初めっから知ってたのかよ。お二人とも人が悪いぜ」


 俺は間抜け顔を晒した自分を誤魔化す為に、適当に話を合わせる事にした。

 しかしそんな俺をギデムッド老は薄ら笑う。


「知っていたのではない、簡単な予想だよ。我々が森に棲む者ザバの都を落としてからまだ二ヶ月と経って居ない、馬車で真っ直ぐスフィールに向かえばギリギリ間に合う日程だが、これではレジスタンスの結成どころか森に棲む者ザバの生き残りと話し合う時間も無い。自然、森に棲む者ザバは未知の乗り物を所持していると言う事になる」


 へへっ、笑えるぅ! どや顔で語るギデムッド老の馬鹿な事よ。いや馬鹿なのはあの姫様だ、アイツは家族が殺されるや否や、真っ直ぐ人間界に来たのだ。


 そんなの予想が付くハズも無い。

 だが俺には解る。俺だけには理由が解るぜ。


 お前、自分の『偶然』にエルフを巻き込まない為にコッチに来たんだろ?

 コッチで、人間をまとめて殺すつもりでいる。


 全く良い根性してるぜ。


 加えて俺とアイツの足の速さが並じゃ無いのも予想外だろう。普通の馬車の旅程とは比べ物にならない早さだった。

 しかし良かった。コイツらが知っているのは結局ただの予想、いや妄想か。

 だとしても何か知ってる風だし、何を話すべきか解らねぇ。


 どうする? いや、もう勢いで突っ切るしかないだろう。


「おい、あんたらあの馬車、いや馬も無いから自動車とでも言うべきか? あれが欲しいんだったら案内出来るぜ? 早いとこコイツを外してくれよ」


 俺は大仰に手枷を掲げておどけて見せる。


 もちろん俺は自動車の場所なんて知らない。適当に、ゼスリード平原の向こう、ゼス村あたりに置いてきたと言えばいいだろう。


 コレで開放されればめっけもの。

 が、俺に浴びさせられたのはギデムッド老人の驚きの言葉だった。


「それには及ばんよ、車の場所は調査済み。ゼス村だ、違うかね?」


「なっ?」


 嘘をつこうとした矢先、その内容を言い当てられた。俺は老人がエスパーかと面食らう。


 しかし、エスパーだったら俺の大嘘にも気が付くハズ。


 ……そういや、思い出したぞ。スフィールを出る際、門番には馬車を修理するためゼス村へ行くって嘘を言って出たんだったな。

 きっとそれが脳裏に残っていたもんだから、咄嗟にそんな嘘を思いついたのだ。


 すっかり忘れていた。

 しかし、これが絶妙な名演技になっちまった。


「図星の様だな、しかも故障していると言うのも本当らしい。ゼスリード平原に現れなかったのがその証拠だ? 違うかね?」


 ――全然違う! 違うけどっ! それで良いや!


「そこまで知ってんのか、でもオイ、頼むぜ! 俺も連れて行ってくれよ。ここんとこずっと地下で気が狂いそうなんだ。俺もあの姫様に騙されてたんだよ、ギャフンと言わせてやりてえ、協力させてくれよ」


「いや、不要だな。不確定要素を連れ歩く気になれんよ」


「でもよ、俺が行かないと森に棲む者ザバの連中は馬車を破壊して逃げるかも知れねえぞ? 俺と行った方が絶対に上手く行くぜ?」


「お前が森に棲む者ザバと合流するや寝返るリスクと比べれば大したことではない」


「そんな! そりゃねぇだろぉが、同じ人間じゃねぇか」


「私は人間を一番信用していないのでね」


 なるほどね、流石は帝国情報部。らしい物言いで参っちまうぜ。

 俺は標的をグプロス卿に切り替える。


「グプロス様も何か言って下さいよ、無辜むこの民が虐げられてるんですよ?」


「ふん、森に棲む者ザバに味方しおって、何が無辜の民だ」


 正直、このままじゃバッサリ殺される可能性も高い。馬車への道案内で助かるかと思ったがそうは問屋が卸さないらしい。


「ですがね……あ、そう言えばブローチ! ブローチはどうなった? アレの使い方を知るのも俺だけでしょう?」


 俺は必死にブローチの話題を振る。助かりたいのもそうだが、あの騎士辺りがコッソリがめて、バラバラにして売っちまったら堪らねぇ。


「ブローチと言うのはコレかね?」


 そう言ってブローチを取り出したのはギデムッド老の方だった。

 マズイ! なにせ、帝国はこのブローチを活用できる可能性が有る。脅して魔法を使わせるエルフなんて幾らでも用意出来る。なるべくならブローチはグプロス卿に確保して欲しかった。

 もし、帝国の研究所とか持ち込まれたら奪還は難しくなる。


「オイ! グプロス様よぉ? 良いのかこのブローチはスゲェ品だぞ? みすみす帝国に渡しちまって良いのかよ?」


「ふん、ブローチ一つで首が繋がるのなら安い物だ」


 グプロス卿の吐き捨てる様な台詞は、それだけ今の状況のヤバさを物語っていた。


「魔道具のブローチも魔道車もお渡ししましょう、くれぐれも派兵の件お願いしますぞ」


「ふふっ、その件はココでは無く、二人っきりでお話ししましょう」


 グプロスがギデムッドに派兵を求め、ギデムッドはそれに言葉を濁す。

 どう言う事だ? いや、読めた。アレだけ派手に事件が起こったのだ、王国側だって何事かと動き出したのだ。


 つまり王国はグプロスの翻意に気付き、粛正するべく軍を出した。


 そして、グプロス卿は粛正される前に帝国に派兵を促し、スフィールを売ろうとしている。


「しかし、事は一刻を争うのです!」


「では早速話し合いましょう、何時もの談話室で良いですかな?」


「よろしくお願いする」


 そう言って二人はさっさと部屋から出て行ってしまう。

 残されたのは俺だけじゃない、二人の騎士は困り顔で話し合う。


「全く、折角連れて来たのに労いの言葉も無しかよ」


「あのオッサンに労って貰ってもね」


「違いないですが、どうします? これ?」


 顎で俺を指し示すが、俺だってどうしたら良いか聞きてぇよ。いっそ逃がしちゃくれねぇかな。


「また吊るしときましょう」


 しかし無情にも静観していた下男(恐らくはそう見せかけた帝国側の人間)が騎士二人に声を掛ける。だが俺だって吊られたまま放置なんてされちゃ流石に参っちまう、手は二度と使い物にならなくなる可能性も高い。


 俺は慌てて抗議する。


「オイ? 嘘だろ? 殺す気かよ?」


「足は着く様にしますから、それで今晩の所は十分でしょう」


 下男はそう言うが、だからって楽なもんじゃない。藁も無く体だって冷え切っちまう。


「それで良いか、一晩経てば大人しくなるだろ」


「そうですね、その位で丁度良さそうです」


 騎士二人はもうどうでも良さそうだ。クソッ! 他人事だと思いやがって。

 そうして騎士二人と下男までさっさと引き上げてしまう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 で、吊るされた俺だけが真っ暗な地下室に残された訳だ。


「クソッ、マズったか? どう言えば良かった? いや、どう言っても駄目だったか……」


 ユマ姫に裏切られた体で寝返った様に見せたかったが、奴らだってプロだ、バレバレだった可能性は高い。


「こんな形で終わっちまうのかよ……」


 それから暗い部屋で何時間も吊るされ、柄にもなく弱気になっちまった、その時だ。


「失礼」


 ランプの明かりと共に、部屋に滑り込んだ一人の男。その顔には見覚えが有った。


「あんたは……」

「ええ、以前、会談の際お部屋まで案内させて頂いた執事でございます」


 そう、スフィール城へ来た際、この執事に案内して貰った。だが何故コイツがこのタイミングでここに来た? 俺を普通の檻に移動させに来たというなら大歓迎だが……


「あなた様を助けに参りました」

「本気か?」


 訳が解らん、何故執事が?


「はい、私は隣領ネルダリアの工作員でございますゆえ」


「なんだと?」


「ネルダリアはここ数年、国防を疎かにするグプロス卿を怪しみ、調査を重ねて参りました。しかし、決定的な証拠も手に入れた」


「ちょっと待てよ、話が見えねぇ、何を言っている?」


「ユマ姫様のお話です」


「……そうかよ、そう言う事か」


 あの霧の中、うじゃうじゃと感じた気配。少なく見積もって十人は居るかと思ったが、人攫いだけじゃ数が合わねぇなとは思っていた。


 隣の領主さまもアイツの確保を狙っていた訳だ。

 まったく。あの時あの場所に、一体どれだけの勢力が集まったんだ? みんながみんな、アイツを狙って集まりやがって。


 マジで変なフェロモンとか出てるんじゃないだろうな?


「アイツは無事なんだな?」

「勿論です、ネルダリア領主オーズド様の邸宅で貴人として扱われている事でしょう」


 ある種の捕虜? いや、証人か。

 グプロス卿に捕まって帝国に売られそうになりましたってか。

 事実はともかく、そう言わせる訳だ。


 グプロス卿の裏切りの証拠となれば、王都まで召喚される事は確定。ユマ姫は当初の予定以上に王都でセンセーショナルに話題をさらうに違いない。


 ソレはユマ姫の目的と一致する。


 もちろんネルダリア領主も下手な扱いは出来まい、アイツの事はひとまず大丈夫と考えて良さそうだ。


「それにしても執事が工作員たぁ驚いたな、グプロスの奴の行動は、全てネルダリアに筒抜けだった訳かよ」


「いいえ、私が卿を裏切ったのはごく最近の事でございます。元来スフィールでは帝国との裏取引など日常茶飯事。それぐらいなら問題はありませんでした。ですが、ユマ姫様と出会ったグプロス様は、とうとうスフィールそのものを帝国に明け渡す事を決めてしまいました。突然の変心に悩んでいた所、シノニム様から勧誘されましてな」


「ずいぶん思い切ったな。そういやシノニムも居ないらしいな、アイツもスパイだった訳だ」


「アイツもというより、あの方が工作員で私は単に謀反ですよ。代々スフィール城に勤めていましたが、それも王国の為。それがスフィールごと帝国に売り渡す様では勤める事など出来ません」


「なるほどな」


 勤め人にも矜持が有るか。グプロス卿には解らんだろうが、勝馬に乗るだけが人生じゃない。


 執事の男はレバーを操作し俺を降ろしてくれた。だが肝心の枷の鍵は持っていないらしく、後は力業と相成った。


「オイ、ここを引っ掛けてそっちを思い切り踏んでくれ」


「大丈夫ですか? 手首が外れてしまうのでは?」


「構わねぇからやれ!」


 バールの様な物を隙間に引っ掛け、執事の爺さんには思いっきり体重を掛けてもらう。

 バリバリと音を立て枷がひしゃげ、やっと両手が自由になった。


「こうなりゃ自分でやる、貸しな」


 バールもどきを受け取ると足枷もバリバリと引っぺがす。その様子に執事の爺さんは目を丸くする。


「凄まじい力ですな」


「そうでもねぇよ、結局自力じゃ脱出も出来なかった」


「この枷です、自力で破れたら人間では無いでしょう」


 そう慰めてくれるが、俺が目指したいのは人外ソコだ。漫画のキャラみたいに強くなりたかった。


 そして爺さんは用意周到で俺用の服や装備を用意してくれていた。


 それまで真っ裸で、今だってズボン一丁、それだって丈足らずのすってんてんだ。

 黒尽くめじゃ無いのが惜しいが俺にしちゃサイズが合ってるだけで僥倖、贅沢は言えない。


「このサイズの服が有るとはね、流石はスフィール城ってトコかね」


「ええ、貴族の護衛などは体格の良さで選ぶことも多うございますので」


 俺は早速着替えに袖を通し、剣を佩く。


「剣まで悪いな、名剣とまでは言えないが十分だ」


「気に入って頂けた様で、では脱出しましょう、こちらです」


 そう言って部屋を出る執事の爺さん。

 どうやらご丁寧に裏口まで俺を案内してくれるらしい。

 だが、その前に俺にはやらなきゃいけない事が有る。


 ブローチだ。

 アレだけはどうしても取り返さねえと。

 俺は目を瞑って気配を探る。


 廊下には人の気配を感じないが、最近三人も気配が無い人間を見ちまったモンだから、どうにも信用が置けない。


 素直に頼るか。

 俺は小声で前を歩く執事の爺さんに話し掛ける。


「いや、待ってくれ、俺は取り返さなくちゃいけない物が有る」


「それは? 今で無くてはなりませんか?」


「ああ、悪いが俺はギデムッドって爺さんからブローチを取り返さないとならない」


「ギデムッド老は既に城を出ましたよ」


「なに?」


 まだ夜明け前だろ?

 そんな時間に城を出たのか?

 そんな俺の疑問に執事の爺さんは答えてくれた。


「我々にも予想外でしたが、一刻も早く兵を揃えるとか言っていました。しかし実際は我々の計画に気付かれた可能性が有ります」


「計画?」


「ええ、衛兵達に声を掛け、蜂起を促しました。北門以外の衛兵達は賛同してくれています」


「クーデターか、そんな中、俺を助けてくれたのか」


「こんな時だからこそ、あなたにも加わって欲しかったのですが、ギデムッドを追ってくれるなら願っても有りません」


 なるほど、帝国情報部とグプロス卿、一網打尽の計画がのっけから崩れてしまったらしいのだ。

 しかしギデムッドは馬車で逃げたとの事。

 常識で考えれば足で追いつくのは至難だ。ならばと執事の爺さんは俺を馬房へと案内してくれた。


「こちらです」


 するりするりと扉を抜けて、あっと言う間に外。そして馬房の中だ。長年執事をやってるだけはある。この城を知り尽くしている動きだった。


「駿馬ばかりですが、あなたのサイズだと乗れるのはこれ位ですね」


 そう言って指し示す馬は確かに大きい。俺でも乗れそうだ。


 が、正直俺は、乗馬テクに自信が無い。


「いっそ走っても良いんだがよ」

「ご冗談を! お急ぎください。ゲイル大橋を越えて帝国に逃げ込まれたら手が出せません」


 ゲイル大橋だと?

 きな臭くなってきたスフィールを思えば、国境を越えて帝国に帰ったと思うのが普通だろが、きっとそうじゃない。


「いーや、奴が向かったのは国境じゃ無いな」


「なんですと?」


「ゼス村さ」


「ゼス村? あんな田舎に何が有るのです?」


「何もないさ、だが、何も無い場所に何か有ると思い込んでいる」


「はぁ……」


 禅問答みたいだよな。ま、いちいち説明する時間も無い。急がねぇと。

 そんな俺の目の前に、一際立派な馬車が映る。


「アレは?」


「アレはグプロス卿の馬車でございます、それが?」


「ちょっと弄って行くか」


「な、何を?」


 俺は馬房に立てかけられていたのこぎりを手に、立派な馬車に細工する。

 見た目に影響の出ないように注意しながら、物の数分で完了した。


 執事の爺さんは理解不能らしく、呆然とそれを見ていた。


「これは?」


「車軸の一番脆い所よ、上手くすりゃ往来のど真ん中で車輪が外れて立ち往生って訳だ」


「はぁ……」


 理解出来ないみたいだな。

 だが、グプロス卿お抱えの破戒騎士団の実力は本物だった。


 そんなヤツらがこの段になってもグプロス卿についてるとすれば、グプロス卿は決して降伏などしないだろう。


 結局あと一歩で取り逃がす、そんな可能性が少なくない様に見えるのだ。

 だとすれば、馬車を弄っておくのが有効に思えた。


「じゃあ、行くぜ、北門で良いのか?」


「いえ、北門は衛兵が足りず閉めきっています、行くなら東門ですね。厳戒態勢で門は閉じられていますが外へ出る分には問題ないでしょう、現に夜の間街を出る商人は少なくありませんので」


「そうか、何から何まですまねぇな」


 礼を言うや、俺は一息に馬に飛び乗った。


 馬は苦手だが、この馬は俺の重さに愚図る事なくトコトコと歩を進める。

 大人しさに安心し、俺は一気に馬を走らせた。


「ご武運を!」


 執事の爺さんが俺の背中に静かに礼をする、感極まった声で、どうやら爺さんは俺が死ぬ気だと思っている。


 そりゃ、一人で帝国の馬車を襲うなんざ正気じゃない。


 でもよ、この前みたいにブッガーやマルムークみたいな凄腕さえ居なけりゃよ、十人以上の山賊を一人で退治した事だって有るんだぜ?


 やれるさ、アイツとの約束、守らねぇとな。


 ゆっくりと日が昇り始めたスフィールの大通りを、決意を胸に俺は真っ直ぐに駆け抜けた。

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