気配の正体 【田中視点】

「でよ、俺のツレがチーズにガデッドなんて絶対合わねぇって食おうとしねぇのよ」


「ばっか、挽き肉だって騙して食わせちまえば良いのよ」


「かみさんに許可無く肉を使ったなんて言ってみろよ、殺されるぜ」


「おいおい、だらしねぇなぁ」


「言ってろよ、家のかみさんを怒らせてみろ。お前のケツなんざ北の果ての山脈まで蹴っ飛ばされるぜ」


「そりゃおっかねぇや」


 狭い檻の中、俺は肩を竦めて笑う。

 あれから四日、地下だからどうにも日付の感覚がねぇが大体そんなトコだろう。


 俺はすっかり監守と仲良くなった。


「んな事よりどうなんだよ? 結局ガデッドとチーズ入りゲッタルカ、かみさんは食ったのか?」


「ああ、ギャーギャー騒いだ末にペロリと食いやがった、『おいしい』だってよ」


「良かったじゃねぇか」


「あんだけ騒いでそれだけかよ! って叫んだぜ、でよ、実は嫁さんもガデッドは本心じゃ臭いと思ってたらしいんだ」


「ブハッ! マジかよ! それこそ商売始める前に言ってくれって話だな」


「だよな! そうなんだよ、今更そんな事言われてもってな」


「旦那の故郷の味を否定したく無かったってトコロか?」


「そう! 正にソレらしいのよ! そんなトコで急に良妻ぶりを発揮されてもよぉ」


「良い嫁さんじゃねーの、借金抱えた旦那を見捨てないだけで上出来だ」


「始めっから素直に臭いって言ってくれりゃー その借金だって無かったっての!」


「ハハッ違いねぇ!」


 藁が敷かれただけの寝床の上で、俺は腹を抱え笑う。

 対して檻の向こう、雑な作りの丸椅子で笑うのが話相手の若造、ミダナンだ。

 ミダナンは、蛙に煮豆を詰めて揚げたゲッタルカって田舎料理に、煮豆の代わりにガデッドって納豆みたいな発酵豆を詰め込む、危険な素人料理で屋台を始めた。


 結果、見事に借金をこさえ奴隷として売られる、って瀬戸際で逆に奴隷商と言うか、人攫い? 何でもござれの犯罪組織に身をやつして難を逃れたらしいのだ。


 だが、度胸も腕っぷしも無く、ひたすら組織の表向きの仕事、下水掃除をさせられているらしい。


 本人は情けなく思っている様だがここは足を洗う絶好のチャンスと言える。


 ここスフィールの領主グプロスは王国の守りを担う立場にあって、恐らくは帝国に通じ、下手すりゃ既に寝返っている。

 使節団と称した帝国兵を百人から呼び込むのだから間違いは無いだろう。


 しかしその結果、使節団は壊滅。

 大損害を負った筈。


 百人からの部隊を失った帝国がどう思うかは解らないが面白くは無いだろう。その上コレだけの騒ぎとなれば近隣諸侯も異変に気付く可能性が高い。


 更にゼスリード平原ではグプロスの片腕、ズーラーが死んでいる。これまた死んでしまったヤッガランとか言う衛兵隊長が言うに、ズーラーは裏の仕事を取り仕切っていたらしい。


 現に俺を捕まえたと人攫い共がグプロスに連絡を取ろうにも取れず、既に四日も俺はこの狭い檻の中で塩漬けだ。


 ここまで揃えばグプロスがどう出るか予想もつかない。


 ただし、確実に言える事もある。

 グプロスが逃げるにしろ、捕まるにしろ、後ろ盾が無くなった犯罪組織が辿る末路など決まっている。


 俺は笑いを納めて、真面目な顔で監守のミダナンに向き合った。


「でよ、今日の分のゲッタルカはまだかヨ?」


「真面目な顔で言う事が其れかよ、ほらよ」


 ミダナンが檻の向こうから投げて寄こすゲッタルカを俺は両手で大切にキャッチした。


「コレよコレ、良い匂いじゃねーの」


「ああ、漏れ出る匂いも、ガデッドの臭さじゃなくて美味しそうな香りになったってかみさんも太鼓判よ」


「へぇ、相当気に入ったみてぇだな」


「おうよ、お陰で最近晩飯はこればっかりだぜ」


「へへっそいつはご愁傷様、っても俺はコイツだけで十分だがな」


 そう言って俺は蛙の腹にかぶり付く。腹に詰まったチーズとガデッドはまだほのかに暖かく、チーズとガデッドのとろみが混じり合い、更には強烈な二つの臭いが鼻に抜けて行く。


「くぁーたまんねぇな」


 口に広がるガデッドとチーズの味は滋味に溢れている。実際コイツで俺の体は完全に調子を取り戻した。


 大怪我を魔法で癒した俺の体だが、魔法が無から有を作るので無ければ、体中の血と肉を寄せ集めて傷を塞いだに過ぎないと思われる。


 実際、かつてない程の眩暈や不調に見舞われ、度々気を失う有様だった。

 それがどうだ? たったの四日での完全回復。俺の体の作りの良さを考慮しても驚異的なスピードだった。


 しみじみと蛙の腹に詰まった、ガデッドととろけたチーズが混じり合った具を眺めている俺に、監守のミダナンがニヤニヤと話し掛けて来る。


「どうだ? うめぇだろ?」


「ああ、日に日に良くなってる。ガデッドの香辛料、辛みの強い奴に変えたか?」


「解るのか? 流石だな」


「ああ、この辛みがが良いアクセントになってる」


「へへっ、かみさん以外にも誰に食わせても本気で評判良いのよ。前は舞い上がってそんな事も見えてなかったんだなって思う程にな」


 得意そうに鼻をこするミダナン、しかし状況は案外に悪い事を伝えなくちゃならない。


「オイ、ミダナン」


「どうした?」


「ゲッタルカはうめぇけどよ、不味い事になると思うぜ」


「んだよ?」


 俺が捕まって四日、グプロス卿との連絡はまだ取れていないらしい。

 それだけでグプロスサイドの混乱の程が知れると言う物。


「百人からの帝国兵が全滅したんだ、間違いなく荒れるぜ。何が起こるか解らねぇ」


「その、全滅ってのはマジなのかよ?」


「マジだ、それに碌でもねぇ事しか起こってねぇ、それでよミダナン! これはチャンスだぜ?」


「チャンス?」


「借金だよ、あの糞親父に建て替えて貰ったって言ってたじゃねぇか」


「そうだよ、大恩人だぜ」


「その大恩人がヤバくなっても助けようなんて思うなよ?」


「どういう事だよ?」


「…………」


 どういう事と聞かれて俺は言葉を濁す、どうにも説明しきれる気がしねぇ。

 ゼスリード平原からこっち、俺の気配を感じる力は増した様に思える。


 俺が感じる気配って奴が何なのか?

 漫画の中では当たり前に出て来るキーワードだけに今までは疑問にも思わなかった。


 だが暇になってここ四日考えた。気配にも個人差があって、気配が薄い人間と濃い人間が居るのだ。


 濃い人間の筆頭はユマ姫こと高橋だ。あの濃い霧の中でも何処に落ちて来るかハッキリ解る程にその気配は濃かった。


 逆に薄い人間は誰か?

 色々見て来たが直近で気になる程薄い奴が居る、それも三人だ。


 それが兎に角ヤベェと感じる原因なんだが、それを説明出来ない以上、力業での説得しかない。


「とにかくヤベェと思ったら隠れてろ、絶対に碌でも無い事が起こる。荒事専門で生きて来た男の勘を信じてくれ」


「そんな事言われてもよ」


 ミダナンは困惑気味だが、納得して貰わなきゃ困る、俺が声を荒げようとした時だ。


「オイ! うるせぇぞ!」


 部屋の外、扉の向こうから荒っぽいだみ声が届く。

 いつの間に? 何時から居たんだ? 人攫いはたったの四人。

 あのいやらしい親父とミダナン以外に二人。髭が濃いのと薄いのが居た。


 この声は髭が濃い方。

 だが今は髭の濃さなんてどうでも良い。


『俺は今、コイツの気配を全く感じなかった』


 そんな俺の焦りを知らず、ミダナンは呑気に言い返す。


「でもよぉ、こっちだって監視しろって部屋に閉じ込められて暇なんだよ。これじゃどっちが奴隷だか解らねぇよ」


「ハッ! お前も奴隷一歩手前だろうが! 売られたく無かったら黙ってろ」


「解ったよ……」


「親父さんがそろそろ帰って来る、報告させて貰うからな」


「えぇ! 勘弁してくださいよぉ」


 二人の会話も頭に入らず、思考に沈む。

 『気配を消す』普通に考えたら達人の仕業だ。

 だがこの髭が濃い男はただの人攫い、そんな技とは無縁のハズだ。


 言い知れぬ焦燥感に苛まれるが、そこに新たな気配が二つ。


「おっ!? 噂をすれば親父さんが帰って来たみたいだぜ?」


 髭の濃い男のにやけた声、確かに気配なんぞ読むまでも無く、地下室に足音が響く。


 しかしその足音の数が問題だった。気配は二つ、しかし足音は地下の反響を考慮しても明らかに三人分。


 俺がその事に密かに戦慄したその時だ。


「ああ、ミダナンの野郎、また親父さんにどやされるぜ!」


 ――は?

 また違う声!


 髭が薄い方も居たのかよ!


 つまり、牢屋の外には二人居た。


 俺はそのどちらの気配も感じなかったのだ!


 響く陽気な声とは裏腹、俺の背筋には更に冷たいものが走る。


「よぉ! 戻ったぜ!」


 浮かれた声、親父と呼ばれる小汚いおっさんの物。


 しかしその声の元から気配がしない!

 これで三人。


 元々極端に気配が薄い三人だったが、今や全く気配を感じない。


「どうだよ親父、首尾の方は」


「バッチリよ! ワザワザ引き取りに来て下すった」


 声と共に部屋に入って来る気配が二つ。

 こちらは濃い気配と共に金属音を鳴らして歩く。扉の向こう、姿は見えないが恐らくは鎧で身を固めている。


「オイ、例の男は何処だ?」


 聞いたことが無い無機質な声。殺し屋や職業軍人の様な声に思えた。


 それに対するおっさんの声は、もみ手で答える様が目に浮かぶ程。


「奥の部屋に確保しています。オイ! 連れて来い! 念入りに枷を嵌めろよ!」


「へい!」


 景気の良い返事と共に、髭の濃い男が部屋に入って来る。


「ミダナン、出荷だ、枷を嵌めろ」


「あ、ああ」


 ミダナンは落ちていた木枷を持って、檻越しに俺の両手に枷を嵌める。自然、俺達二人は檻越しの至近に向かい合う形になった。


 ミダナンは悲し気な顔で話し掛けて来る。


「悪いな、これでお別れだ」


「んな事はどうでも良いから話を聞け!」


 しかし俺はその感傷をバッサリと切り捨てる。今は一刻を争うのだ。


「んだよ! 人が折角……」


「良いから! 俺が出て行った後、入れ替わりで檻の中に隠れろ! 頭から藁を被って部屋の隅で丸まってろ! 良いな!」


「は? んな事したら親父に殺されちまうよ」


「もし何にも無かったら、世話のお礼に藁の中に指輪を隠したと、俺に嘘を付かれたと言え! 馬鹿にされるだけで済む」


「何だってんだよ?」



「さもなくば……死ぬぞ!」


「なっ!」


 俺の迫力に声を失うミダナンだが、どうやらコイツは酷い勘違いをしたらしい。


「やけっぱちで暴れる気かよ? 無駄だぜ? 立派な騎士様が二人も来てる」


 ――チッ

 騎士が二人、自分の予想通りの事が起こりそうで、ミダナンの言葉に思わず舌打ちが漏れる。そしてそれが更なる勘違いを生んだ様だ。


「オイ無謀だぜ? 嘘だよな?」


 どうやら本格的に俺が暴れると思い込んだ様だが、俺はいっそコレに乗っかる事にした。


「嘘じゃねぇ、俺は森に棲む者ザバの魔法具をケツの穴に隠してる、コイツが爆発すれば辺りが吹っ飛ぶぜ」


 俺は小声で思い切り大法螺を吹かす。


「馬鹿な事は辞めろ!」


「オイうっせぇぞ! 枷を嵌めたならとっとと檻から出しやがれ!」


「ハ、ハイ!」


 髭の濃い男がミダナンに罵声を浴びせると、ミダナンは怯えの混じる返事と共に檻の鍵を開けて入って来た。


 今度こそ最後のチャンスと俺は小声で必死に話しかける。


「頼む! 俺を男にしてくれ! お前は部屋の隅に居るだけで良い。それで借金も無くなり、あの糞旨いゲッタルカでやり直せる」


「そんな! そんな!」


「ありがとよ、お前のゲッタルカ旨かったぜ、俺が死んでも俺が考えたゲッタルカが残る。それを誇りに逝かせてくれよ」


「うっ! うう!」


 ミダナンは泣くが、勿論大嘘だ。


「なぁーにをボヤボヤしてやがる! お客が待ってんだ! もたもたすんな!」


「ああ、木枷も嵌まってるし大丈夫だ、連れて行ってくれ。俺は部屋の掃除をしてから行くよ」


「そりゃぁ良い、お前は掃除のプロだからな」


 髭の濃い男がガハハと笑うが、掃除のプロ。その方が人攫いよりよっぽど良いだろうに。


 木枷がしっかりと嵌められたまま、髭の男に連れられ扉を潜る。俺は四日ぶりの牢の外に出た。


 その時に振り返ると、俺を悲しそうに見つめるミダナンと目が合って、俺は黙って頷いた。


 そこに大きな気配の主から声が掛かる。


「その男が例のタナカかな?」


 低い声の主はやはり鎧の男。それも一目で騎士と解る姿だった。


 部屋の外も牢の中と変わらぬ地下室だが、流石に四倍以上には広い。小さなテーブルに謎の薬品、樽の中には一杯の武器。薬は言うまでもなく麻薬。武器は混乱に乗じてゼスリード平原で拾った物だろう、真っ当に捌けない物の見本市だ。


 いかにも悪の組織の部屋。だからこそ騎士姿の男二人が酷く浮いて見える。


「騎士様がお出迎えとは、俺も偉くなったもんだな」


「馬鹿な事言ってんじゃねぇ! スイマセン口の悪い野郎で」


 横で聞いていたおっさんは俺の軽口に仰天。

 俺の後頭部を景気よくぶっ叩きやがって、その上で猫なで声で騎士に話しかけるが、騎士の方は愛想笑いも返さない。


 こりゃヤバいか?

 軽口とは裏腹、俺はじっとりと重い汗を掻く。


 必死に兜の奥を見通そうと目を凝らすが、冷たい眼はその場の全員をゴミの様に見ている。


 コイツ、イカレてやがる。

 人を人と思っていねぇ。


 と、もう一人の騎士は、柔らかい声でおっさんに尋ねた。


「組織の人間は三人だけですか?」


 恐らくは三十過ぎの男、気遣いの出来る優し気な声だが、俺には妙に冷たく感じられた。

 対して組織の人間が少ない事を指摘されたと思ったのか、おっさんは慌てた声で返す。


「いや、ホントはもっと居たんですがね、色々有って減ってっちまいまして」


「いえ、責めてる訳では無いのです。この男の確保は大変なお手柄で、上から直々に予算を貰っているのですよ」


「ホ、ホントですか?」


 どう考えても怪しい話だが、おっさんは疑いも無く乗っかった様だった。


「ええ、報奨金とは別に、騎士団からのお礼をさせて下さい。近くに良いお店が有るんですよ、可愛い子いっぱい居ますよ」


「おおっ! 騎士なんざお堅い職業と思ってましたが、有難い! 大好物です!」


「ご冗談を! 破戒騎士団と言われてるの知ってますから、で、予算は有りますから組織の人間は残らず呼んで下さい。人数を絞ってもお店のグレードは上がりませんからね」


 冗談めかして騎士が言うが、その目が笑っていないのに俺以外は気が付いていない。


 俺はごくりと唾を飲むが、対照的におっさんと髭の濃い方、薄い方はニヤニヤと笑って見つめ合う。


「いえ、これで全員です、早く! 早く行きましょう」


 おっさんが急かし、髭の二人もウンウンと首を縦に振る。コイツ等ミダナンをハブるつもりだ!


 しかしこれはツイてる。


「そうですか、三人で全員ですか……」


 騎士から柔らかな笑みが消え、代わりに腰から剣を引き抜く。


「な? 何ですか?」


「騎士が直々に送ってあげます、最高にいい女。女神さまがおわす所にね」


「ふざけっ」


 おっさんは最後まで文句を言う事が出来なかった。


 袈裟懸けに一斬り。

 叩き付けるのが普通の西洋剣にしちゃ良く研がれている。もう一人の騎士も剣を抜き、髭の濃い男を同様に斬り殺していた。


「ヒッ!」


 残る髭が薄い男が悲鳴を上げたがそれだけ、すぐに切り伏せられる。


 全員即死!

 コイツら人を殺し慣れている。


 騎士なら当たり前? いや、ここんとこ戦争も無く二十年は経って居る。大規模な山賊団が出たとも聞かない。


 じゃあ、コイツらは何だ?

 恐らくは捕まえた犯罪者を日常的に切り殺しているのだ。


 話には聞いていたが、噂以上にやべぇ。

 これが……破戒騎士団!


 俺が最も警戒していたグプロス卿配下の紅蓮隊だ。


 ここに来て出て来やがった!


「へへっ! さっすがローグ隊長、良い剣筋ですねぇ一撃ですよ」


 さっきまでの機械みてぇな冷たい男が、一転して笑顔で声を弾ませる。

 人間味が有ったのかと喜べないのは、それが傷口をブラブラさせて遊びながらの言葉だからだ。


「いやぁ、駄目駄目ですよ、最近殺してませんからねぇ。ちょっと鈍りました」


「とんでもない、俺の斬り口なんて酷いもんです、見てくださいよ」


 ローグ隊長と言われた物腰の柔らかい男は、冷たい声の男が指し示す断面を検分する。


「うーん、剣を引くスピードをもう少し上げましょう。それに人を斬るときは専門の物を買った方が良いですよ。獲物にあわせて武器を使い分けないと」


「さっすが、こだわりますねぇ」


 血塗れの部屋で楽し気に会話する二人の姿は異様である。


 異様に見えるが、どこか自然。


 つまり、これがコイツ等の日常なのだ。

 殺しを楽しんでいやがる!


「隊長、こいつは? コイツは殺しちゃまずいんですか?」


「オイオイ、折角迎えに来たんです、その人は殺さないでね」


 無邪気に笑う騎士が俺を指差すが、ローグ隊長とやらがそれを止める。


 どうやら俺は殺されずに済むらしい。


 どうやって倒すかを必死に頭を巡らせていたが無理だ。今の俺は木枷を嵌められ、武器どころか服も無い。


 全裸に枷の変態紳士スタイル。殺された素人三人だったら兎も角、コイツ等とは勝負にもならないだろう。


「これはこれはお優しいね」


 軽口を必死に叩こうとするがキレが出ない、声も震えているだろう。

 そんな俺を無視して、騎士二人は部屋を見やる。


「他に人は居ないか一応見ておきましょう」


「わかりました」


 ヤバい!

 ミダナンは檻の中だが、調べればすぐにバレてしまう!


「居ない様ですね、しかし隊長が奢ってくれるとは知りませんでしたよ」


 笑う騎士は俺が囚われていた部屋を一瞥しただけで戻って来た。


 ミダナンめ、悪運があるじゃねぇか!


「ああ言えば仲間を呼ぶと思ったんですが失敗でしたかね?」


「いやぁ、本当に三人で全員だったのでしょうよ。恐鳥リコイは平原に集まった人間を逃すまいと包囲して食いまくったと言いますよ、脱出もままならなかったのでしょう」


 楽し気に話す二人とは裏腹。俺は浅い呼吸を繰り返す。


 どうやらミダナンは死なずに済んだか?


「じゃあ、行きましょう。グプロス卿がお待ちです」


「おい、せめて下になんか着させてくれよ」


「あーそうですね、私もその粗末な物を見たくは無いですし」


 粗末じゃねぇだろ!

 お前のモン見せて見ろ!


 叫びそうになるが見せて貰っても困るのでグッと堪える。


 で、俺に着せてくれたのは死んだおっさんから剥ぎ取ったズボンだった。


 有難くって涙が出らぁ。


「じゃ、今度こそ行きましょ」


 そう言って柔らかに笑うローグ隊長に連れられ、地下道を抜ける。


 外に出ると暗く、時間は深夜。しかし場所は解る、スフィールの北門広場の脇、近くに待機させれていた馬車に乗せられ、俺はグプロス卿の屋敷へと再び向かうのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 馬車の中、俺は自分が感じる気配に関しての考察が正しかったと確信する。


 前世で、俺は高橋だけは絶対に死なない様に思っていた。

 それに対して神は言っていた、死を運ぶ偶然に対抗するべく、最も死ににくく平凡な運命を持つのが高橋だったと。


 そして俺がその運命の力を感じていた可能性は否定できないと。


 だとしたら、俺が感じる気配、それは運命の力そのものじゃないのか?


 だとしたら、だとしたら高橋は、ユマ姫は巨大な運命を持っている。

 まだ死なない。死んでいないハズだ。


 だったら俺はあのブローチを取り戻し、そして再会しなくちゃならねぇ!


 決意を胸に、俺はグプロス卿の城へと向かうのだった。

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