ゼスリード平原騒乱
俺達はスフィールを出て一路北へ向かった。
目的地のゼスリード平原はスフィールから見て北の高台にあるからだ。
ちなみに大森林はスフィールの遙か北にある。つまり、北に進むと言う事は方角的には戻る事になってしまう。
そこで、道中で壊れた馬車の様子を見るなどと、嘘をついてまで北に進路を取った訳だ。
ゼスリード平原は高台にあり、ちょうど巨大な切り株の様な形状をしている。登った先の真っ平らな平原とは対照的に、そこに至るまでの山道は極めて急峻だ。
つまり、テーブルマウンテンみたいな感じ。
ところどころ切り立った崖みたいになっているし、比較的なだらかな所でも馬車が垂直に登坂できる斜面ではない。
その為、何度も切り返す曲がりくねった山道が整備されているのだが、先を進む田中の様子が落ち着かない。
「うじゃうじゃ付いて来やがる」
「……それ程、ですか?」
俺は何にも感じないんだけど?
例の悪意に反応する魔法は固定式。張り巡らせた鳴子と一緒で移動しながらは使えない。
集音の魔法も相手の位置にあたりがついて、初めて使い物になるのだから広い屋外では使い辛い。
一方で、田中には気配で相手の位置が解るらしい。
それも間違いようも無い程にハッキリ感じるとの事。
気配など馬鹿にしていたが、この世界では本当にあるかも知れない。なにせ相手の害意を健康値や魔力の相殺で判別出来るのだ。
達人ともなれば、それを無意識に感じ取っても不思議ではない。
普通では感じられないレベルの変化でも何となく感じる。そんな事も有り得るだろうと、信じる事にした。
宿屋だって、田中は魔法を使った俺より先に賊に反応していたし、なにしろここは剣と魔法のファンタジーな世界。なんでもアリだろう。
そう言えば、前世で犬などは体臭から相手の考えを読むとか言う話を聞いた。
俺は全く信じて居なかったのだが、近所の犬に「お腹減ったから犬でも食っちまおうかな」とか念じて見ればギャンギャン吠えだした。
それ以降、気配だか匂いだか、そう言うのもあるのかも知れないと考えを改めた事がある。
人間には理解出来ない感覚は確かにある。
そんな話を田中にすれば。
「いや、俺は犬じゃねーよ! 肌感覚って言うのかピリッと肌が粟立つ感じだ、解らねぇか?」
「別にあなたを犬と言っている訳では無いでしょう?」
「どうだか! それはそうとエルフの街にも犬は居るんだな、狩猟用か?」
「……いえ、殆ど居ませんね」
「へっ、そうかよ」
マズったな、そもそも只の犬では大森林の魔力下で生きて行けないし、魔獣化した犬だか狼は人に懐かない。エルフのお姫様的に、不自然な会話になってしまった。
犬か……この世界に警察犬なんて概念はほとんど無いのでは?
治安維持の為に犬を使う発想があれば劇的に世界が変わりそうな気がする。
それはそうと肌にピリッと来ると言うのは興味深い。俺は首筋にチリリと来ると『偶然』が襲って来る合図だと思っているが、アレは俺の運命力が、運命を曲げ死へと向かう行動に警告を送っているんだと思っている。
恐らく田中の言う気配とは違うんじゃないかな?
とにかく、田中が言うには俺達は朝一でスフィールを出てから尾行されっぱなしと言う話だ。
急峻な山道は生い茂る木々に囲まれ、隠れる場所など幾らでもある。
「我々を殺す気でしょうか?」
「とは思えねぇ、様子を窺っているって所だ」
「そんな事まで解るのですか?」
「ピリッと感じる強さが薄い、それでいて数が多い。感覚だから言葉で表すのは難しいな」
真面目に答えてくれるが、どうなのだろう? やはり健康値による魔力の減衰を感じているのだろうか?
ならば、それはこの世界ならではの感覚のハズ。もし前世から感じていたとか言うのなら田中の話は相当怪しい事になる。
「私には全く分かりません、その感覚は何時頃手に入れた物なのでしょうか?」
「ん? ああ、ハッキリ感じたのはかれこれ十、いや八年前になるか? 街道沿いで野宿をした時に野盗に囲まれそうな気配をハッキリ感じ取ったのが最初だな」
八年前か、だとしたらやはり健康値絡みかも知れない。中二病では無いだろう。
「だが、それよりも前から、それこそガキの頃から感じてはいた物が、やっと自覚できた。そんな気がするんだよな」
「はぁ……」
はい、嘘くさい!
途端に嘘くさい中二ストーリーになってしまった。そう言う後付け設定ホントに要らないから。
「信じてねぇだろ?」
「いえ、エルフには悪意を魔力や健康値の増減で感じる魔法が有りますから、そう言う事があっても不思議では無いでしょう」
「へぇ?」
おすまし顔で誤魔化して、魔法の理屈を説明する。だが俺も魔導回路の丸暗記。
完全に理解してるとは言い難く、ふにゃふにゃした説明になるのは避けられなかった。
「って事は俺の感覚も健康値や魔力って事か?」
「かも知れませんし、違うかも知れません」
「ま、そうだよな」
俺達はそうして雑談を交えながら、殊更ゆっくりと山道を歩んだ。
警戒と、そして後続のヤッガランさん達、衛兵隊の行軍を待ったのだ。
何者かが『釣れて』いるのは間違いないが、そいつらだって背後に衛兵隊の影がチラつけば襲って来ないに違いない。
絶妙な距離の調整が必要だ。
そんな風に思っていたが、結局襲われる事も無くゼスリード平原まで出てしまう。
ゼスリード平原は見渡す限りのまっ平ら。木々も少なく広大な草原地帯となっている。
これだけの土地が、農地開発もされず放置されている理由は二つ。
一つ目は国境故に、ゼスリード平原が戦場になりやすいって事。
二つ目は大型の魔獣が飛来しやすい事。
どちらにせよ、もしこの平原で狙われれば、隠れる場所などどこにも無い。
非常に危険な場所なのだ。
そうだ、平原に出てしまえば身を隠す場所が無い。
だから物陰からコソコソと俺達を窺う気配とやらも、ここへ来てかなり薄くなってしまったと田中は言う。
ここで決着をつけに現れるかと思えば、どうもそうではないらしい。
俺はふぅと息を吐く。
すこし肩透かし。
どうも気が急いていたようだ。
ゼスリード平原と言えば、決戦の地の代名詞。図書館で読んだ物語の数々に、俺もついついゼスリード平原についたら戦いだって気になっていた。
なぜなら、帝国と王国の戦争は、大体このゼスリード平原が舞台となるからだ。
スフィール川を挟んで帝国領はすぐそこ。
川を挟んでのにらみ合いから、ゲイル大橋での一騎討ち。勝者が敵陣に雪崩れ込んで戦争開始。
そんな流れのスポーツ染みた小競り合いが幾つも記録に残っていた。
ゼスリード平原を舞台にした戦争は、十や二十じゃきかないだろう。だからこそ、衛兵だってココで訓練を重ねるってワケ。
しかし、ここ数年、この平原で大規模な戦闘は起こっていない。国境を越える帝国兵の姿は歴史書と物語の中でしか見られない。
そのハズだった……だが。
「アレは……なんです?」
夢か幻か、今まさにその帝国兵が、遥か遠く一団となって平原にその姿を現したのだ。
強烈な陽光に手をかざし、それを見つめる田中がぼやいた。
「オイオイ、戦争でもおっぱじめる気かよ」
ゼスリード平原のど真ん中には大河フィーナスが流れ、国境線として帝国と王国を隔てている。
つまり、軍が川を渡ったと言う事は、明確に侵略の意思の表れなのだ。
まさかまさか、自分で言っておきながらあり得ないと思っていたが、これぞ理想の展開。
俺は思いがけない『偶然』に、獰猛に笑ってしまう。
「私を捕らえる為の軍勢でしょう」
「でもよ、街を出ると決めたのは昨日だろ? あの人数を用意するには早すぎる」
陽炎に揺らめく帝国兵の数は百人程、急に湧き出る数では無い。
「つまり、ずっと前から用意していた、そう言う事でしょう」
「おいおい。俺達を捕まえる為にアレだけの兵隊を用意してたって訳か? ゼスリード平原で? たまんねぇな」
あり得ないよな。
俺達がココに来ると決めたのは昨日。
なのに、準備万端アイツらは現れた。
「まぁ、ちぃと聞いてみりゃ解るかよ」
遠くに見える帝国兵に向け、田中は物騒に笑うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます