ゼスリード平原騒乱2

「我ら帝国軍広報使節団! 汝は森に棲む者ザバの姫、ユマに相違無いな!」


 見渡す限りの緑の絨毯。そんなゼスリード平原に突如現れた帝国兵の隊列。一際立派な装備の男が一人進み出ての第一声はそれだった。


「いいえ! 私はザバ等と言う化け物ではありません!」


 ならば、こっちの対応は当然こうなる。

 わたくしザバではなく、エルフですわん。


 馬鹿にしてるのかと怒られそうだが、おかしいと言えばこれだけの装備で『広報使節団』などと堂々名乗ってみせる方が、よっぽどネジが飛んでいる。


 兜から鎧、脛当てに至るまで金属製。騎士に準じるフル装備じゃないか。


 そんなキラキラ装備の男が叫ぶ。


「何を言うか! その耳、目、髪、全てがユマ姫の特徴と一致している! 神妙にしろ、その身柄、我々で預からせて貰う!」


「そちらこそ、その物言い、装備、態度、人数で広報使節団などと恥を知りなさい!」


「ふざけた事を! こちらはビルダール王国のグプロス伯爵から正式に許可を得てここまで来ている!」


 ふーん、グプロスね。

 やっぱりグプロス卿は帝国と深い繋がりがあった訳だ。

 スフィールの領主ってのは、戦争の度に五つの貴族家で最も功績を上げた家から選ばれる仕組みらしい。


 だが大きい戦争が長らく無かったおかげで、グプロス家の地盤は盤石。俺へ圧力の件から見ても、他の四家に対抗できる力は無いという。


 なのでグプロス卿の地位は実質伯爵。あるいはそれ以上の力を持っているとか。


 にも拘わらず、スフィール五家は同等と言う名目のために、グプロスは子爵と言う立場に留められている。


 だからグプロスなのだ。子爵と公式の爵位で呼ばれるのを良しとしない。


 俺のプロファイリング通り、グプロス卿が外聞を気にするタイプだとするならば、何とも歯がゆく思っているに違いない。


 ソレを帝国広報使節団(仮)は伯爵と呼んだ。何とも象徴的だ。


「証拠は! 王国の領主が帝国の兵を通すとは考えられねぇな!」


 田中が大声を上げて、俺を隠す様にその巨体で進み出た。


「ここに! しっかりとグプロス伯爵の署名がなされている」


 そう言って、両手で広げ掲げたのは一枚の紙。恐らくは許可証と言う事だろう。田中は振り向いて俺を無言で見つめると、大きく頷いた。


「解った、こちらから行く、確認させてくれ」


 一瞬のアイコンタクト。

 だが田中の狙いは明白。


 時間稼ぎだ。


 帝国兵達は紳士的なのか余裕なのか知らないが、俺達から20メートルは離れた所で整列し、待機している。襲いかかる距離ではない。


 そこから隊長だけが10メートル進み出て、俺と帝国兵の真ん中で大声を張り上げている状況だ。


 参照権で確認するに、コレは軍同士がやり取りする時のマナーとかで。たった二人のこちらに随分と気を使ってくれている事になる。


 ……いや、どうだろう?

 これは逃げずに待っていた俺達を訝しんでの行動だろう。


 隠れる所のないゼスリード平原。フル装備の帝国兵百人を相手に、堂々と待ち構える俺達は、よほど異様で恐ろしく見えるに違いない。


 だが、こっちだってなにも百人の兵士を向こうに回して勝算があって待ち構えていた訳じゃない。


 グプロス卿がどう言う考えで帝国軍に侵入許可を出したかは知らないが、スフィールに辿り着く前、今のヤツらは政治的に微妙な立場である。


 書類一枚携えて、堂々と領土侵犯をしてきただけの兵隊なのだ。


 俺としては、今、ヤツらに問題を起こして欲しい。


 俺はチラリと後ろを、スフィールへ至る木々に囲まれた小道を見る。すると今まさにキラリと光る、鎧の反射らしきものが見えた。


 ヤッガランさん率いる衛兵達だ。

 だとすれば、時間稼ぎに精を出すのみ!


 そうと決まればチンピラみたいに絡みに行くのが田中である。


「これがグプロス卿のサインかぁ?」


「フン! お前の様な野蛮な流浪人に文字が読めるのか?」


 殊更ゆっくりと近づいた田中が、帝国兵が掲げた紙をジロジロと眺める。


「一応読めるぜ、あんまり難しい言葉や、グプロス卿のサインの真贋なんかわかんねぇけどな」


「ハッ! それでは何の意味も無いではないか!」


「それでもコレが、質の悪い冗談だって位は解るぜ? グプロス伯爵の許可と言ったよな? ここにあるサインにはグプロス子爵って有るぜ?」


「そんな物! 王国の下らない慣例の所為ではないか! 我々がそんな事に頓着する気はない」


 集音の魔法で聞くに、どうにもグダグダとやってくれている。


「こんな物無くても、お前のような怪しい男一人、叩き斬る程度何の問題にも成らんのだぞ?」


「おーおー、おっかねぇ、帝国兵が王国内で堂々の殺人宣言とはね。あの姫様と俺達が地平線の彼方から歩いて来るお前らを見て、一切逃げる素振りを見せなかったのはなんでだと思う?」


 帝国兵の隊長が探る様に田中の顔を見る、やはり其処が知りたいのだろう。


 答えはここで時間稼ぎをして、戦い易い平原の真ん中で、ヤッガランさん率いる衛兵達と一悶着始めて欲しいからだが、真面目に答える義理も無い。


「いっくらでも逃げられるからだよ、ご立派な鎧で着飾った兵士サマと追いかけっこして負ける道理は無いからな」


「なっ! 何だと?」


 嘲る田中の言葉に隊長が青筋を立てるが、そう言えば『広報使節団』に馬は少ない。


 斥候用とみられる三匹のみだ。ひょっとしたら彼らはスフィールの街中で決着を付けるつもりだったのかもしれない。


 帝国の追っ手に怯えているハズの俺達が、わざわざ国境そばの平原で待ち構えているとは予想もしていなかったに違いない。


 考えている間も、使節団の代表と田中の話は続く。


「この人数だ! 逃げ切れるハズが無いだろうが!」


「そうかな? かけっこってのは足が速い奴が勝つんだ、数を揃えりゃ良いってもんじゃないぜ?」


「こっちには馬も有る」


「伝令が使うような馬じゃねーか、大声上げたら逃げちまうんじゃねぇか?」


「ほざけ!」


 田中の悪態にも大分飽きて来たな、こんなのを集音の魔法で聞かされる方の身にもなって欲しい。


 20メートル離れた敵軍を見やれば、鎧姿で平原に立たされている相手も辛そうだ。日本人では有るまいし、訓練を受けた兵士と言えども何分も立ったままジッとして居られる物では無い。

 既に集中力を無くし、カチャカチャと身じろぎする度、音が聞こえる。


 それでも大半は大人しく待って居たのだが、待てない者が出て来てしまった。


「あ゛あ゛あ゛あああーーーーーーめんっどくせーー」


 その男は始めっから目立っていた。田中に匹敵する長身で、他の兵士より頭一つ以上飛び抜けて見えたからだ。


「ブッガー? アイツ何やってんだ? オタクらが雇ったのか?」


「上の命令だ」


 田中が、長身の男を見て笑い、隊長が頭を抱える。


 どうやらアイツは有名人らしい、しかも残念な意味で。


「たった二人じゃねーか! ぶっ殺しちまえば良いだろーが、タナカは俺に殺らせろ! お前らは百人掛かりでお嬢ちゃんのケツでも追いかけてろや!」


 男はそう言いながら、巨大なウォーハンマーを振り回す。典型的な噛ませっぽい武器のチョイスが堪らない。個人的に高得点である。


 中ボス感が全身からみなぎっている。


「あいつはああ言ってるが、試してみるか? 見通しが良い平原、誰が見てるかワカンネーゾ?」


「チッ! オイ! お前ら!! その馬鹿を抑えておけ!」


 その命令が下される前、既にブッガーと呼ばれる男は五人がかりで地面へと押さえ込まれていた。


「ガァァァ、うざってー!」


 ……が、ブッガーはその怪力で全てを押しのけ、立ち上がる。


 驚異的な力だ、田中とどっちが強いのか? 田中とは因縁がありそうだし気になる所。


 そんな光景に目を細めて居ると、どうやら田中の方は話を締めそうだ。あいつ、逃げたな。


「ま、とにかくそのグプロス卿のサインの真贋だけはハッキリしそうだな」


「どういう意味だ?」


「アレだよ? 見えねぇか?」


 田中は振り返らずに、自分の背後を指差した。振り返るとそこにはスフィールの衛兵達がハッキリと見える距離に近づいて来ていた。


「何だアレは?」


「スフィールの治安を預かる衛兵達だ、グプロス卿の許可が有るならお前らの話を知っているハズだよな?」


「我々はそんな物、聞いていないぞ?」


 隊長は今更ながらに時間稼ぎに気が付き、舌打ちを漏らす。

 こうなってしまっては槍を片手に、ゼスリード平原で俺達と追いかけっこなど出来っこない。


「残念だったな、えーっと帝国騎士様のお名前は?」


「クソッ! マムルーク・ギッドマン、マムルークで良い」


「クソご丁寧にどうも、俺は田中、お見知り置きを」


 最後まで田中は悪態をつきながらこちらに戻って来る、とにかくヤッガランさんと合流しよう、話はそれからだ。

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