戦いの報酬

 精製ってのは魔法の得意技。

 現代でも難しい事が魔法なら割とアッサリできるのだ。


 例えば空気から酸素だけを取り出すのもそうだ。途轍もなく高度な事を、幼い頃の僅かな魔力値で実現していた。


 その要領で、土から鉄や貴金属を取り出す事すらエルフ達は実現していた。

 碌に鉱山もないエルフの王国が資源不足に陥らない理由がコレだ。そして純度の高い魔石が大して価値が無い理由も全く同じ。


 ファンタジーで良く有る、巨大な魔獣を倒して良質な魔石を取る……なんてのがなかった。


 魔石なんて精製すれば魔力の結晶でしかない。


 大牙猪ザルギルゴールの魔石に価値があるってのも、どちらかと言えばトロフィー的な要素が強い。

 ひき回しのベテランの家には巨大な魔石がゴロゴロしてるって寸法だ。


 俺にとってはコレが世界の常識になっていた。


 しかし、人間はどうやって魔石を精製する?


 前世では、金鉱の原石から金を抽出するのにも途轍もない労力が掛かっていた。ましてや魔石の精製なんて方法もないとしたら?


 魔力純度が高い大型魔獣の魔石が高騰するのは自明。


 つまりエルフには大して価値が無い魔力結晶も、人間界では途轍もない価値があると、そう言う事か!


「魔石の精製は可能です。精製炉で精製し魔力結晶を取り出すのが一般的ですね」


「精製炉か、この村には……無さそうだな。お前らの都は帝国に占領されてると来たし」


 喜び一転、ラザルードさんは思案顔だ。

 どうやって精製炉を手に入れるかって問題である。


 だがその心配はご無用なのだ。


「精製、出来ますよ」


「は?」


「私は精製する魔法も使えます」


 ない胸を張ってのドヤ顔である。


 それもそのはず、こんな魔法が使えるのは世界で俺だけだから。


 厳密に言うとコレは魔法ですらない。

 精製炉の魔導回路を見たことがあるから俺の『参照権』で再現出来る。それだけの事。


 こんな事が出来るのは世界で俺だけだ。


 大牙猪ザルギルゴールの革をなめした魔法もそうだった。


 色々と実験を重ねて、魔法にならない、呪文が思い浮かばない回路の特徴が解って来た。


 ズバリ、出先で使わない魔法は魔法にならない。


 ビンの空気を抜く魔法は、遠出するときに便利に使えた。少しビンの中身を食べてから、また空気を抜いて蓋を閉めれば鮮度を保てる。


 一方で酸素を集める魔法は、肺が弱いとかじゃなければ出先で使う意味もない。

 革をなめしたり、魔石を精製する事なんて、もっとない。


 拠点に帰って魔道具で処理すれば良いのだから、仮に呪文があったとしても面倒だから誰も覚えようとしなかったに違いない。


 旅に便利な魔法だけが呪文を登録されていて、普通のエルフでも使えるようになっている。


 何ともゲーム的だ。


 そこに人為的なモノを感じるが、今は良いだろう。


 とにかく、俺はたった一人でエルフの技術の多くを再現出来てしまうのだ。


 胸を張る俺に、恐る恐るラザルードさんが訊ねる。


「じゃあ、じゃあこの魔石を全部精製したらどの位になる?」


大牙猪ザルギルゴールの魔石十個分は下らない量の結晶が取れるでしょうね」


「マジか!」


「マジです!」


 再度のドヤ顔である。

 興奮するラザルードさんだが、一応釘は刺しておこう。


「ですが、覚えてますよね? あなた達の報酬は大牙猪ザルギルゴールの魔石ですよ?」


「……あ!」


 そう、俺はプリルラ先生のお力でそう言う方向に無理やり話を持って行った。今となってはナイス判断だったと言えるだろう。


「そうか……いや、しかしそれを売る必要があるよな? だとしたら……」


 ひとしきりブツブツと独り言を言うと、ラザルードさんは慌てて村長宅に駆けて行く。


「オイ! ザッカ! 相談だ」


 ゴンゴンと村長宅に駆け寄りドアをノックするが、中から帰って来たのは盛大な悲鳴。


 ……そう言えば全部終わったって言って無かったな。


 「俺は幽霊じゃねぇぞ!」とか怒鳴っているが、そっちは勝手にやって欲しい。


「オイ、光らなくなったぞ」


 振り返ると田中が困った様子で「開け」「開け」と連呼している所だった。


 サンドラのおいちゃんの治療が終わった証拠だ。


「入れてあった魔法が切れたのでしょう、容体はどうです?」


「ん? ああ、脈も呼吸も安定した。医者じゃねぇから解らねぇが多分大丈夫だろ」


「良かった」


 これで一安心だ。田中からセレナのブローチを返してもらうと、どっと疲れが沸いてきた。

 立っていることも出来ない程に。


 ……視界がゆっくりと暗くなって行く。


 久しく忘れていた、強制的に意識が遠ざかる感覚。ゆっくりと視界が暗転する。


 駄目だ、まだ寒い時期、こんな糞だらけで、臭くて不潔な所で寝たら……絶対に……病気なるのに……あ、おふとん、ちゃんとかけなきゃ……


「オイ、人のマントに勝手に包まるな!」


 暖かい春の教室で、田中が俺を呼ぶ。


 ――そんな夢を見た。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 眠っちまったユマ姫を抱え、俺は広場で途方に暮れていた。


 片手には傷だらけのオッサン。

 もう片手には、俺のマントに包まり眠るお姫様。


 これはどんな状況か?


 糞塗れの広場で、しゃがみ込んだまま動けない。ため息も漏れる。


「どうしたもんかね」


 瀕死なおっさんは勿論、功労者となったこの少女を蹴とばし無理矢理起こすのは俺の良心が咎めた。

 この不幸な少女はどれだけの業を背負ってここに居るのか、なにが少女をそこまで駆り立て、なぜ運命は少女にこの様な試練を与えるのか。


「納得行かねぇ事だらけだ……」


 呟いても、答えてくれる者は誰も居ない。

 妖獣殺しのタナカだ何だと言われても、結局俺は大した活躍も出来なかった。


 静かな白に染まった広場に、しゃがみ込んだ俺だけが黒かった。


「全く、村の連中め、早く来やがれってんだ」


 独りごちるが、姫様の静かな寝息が聞こえて来るだけだ。


「とう、さま、母様、兄様」


 だがその寝息が乱れ、苦し気な声に変わる。

 俺はギリリと歯を噛み締めた。


 ……ああ、またか。

 また、この少女はうなされているのか。


 この村に来た時、眠りこけた少女のそばで、初めてこの寝言を聞いた時は堪えた。


 コレを聞いてしまったが最後。帝国許すまじと鼻息も荒かった村人さえも消沈していた。


 姫を旗印に掲げ、帝国と戦ってやろうなんて気概は吹き飛んだ。


 あまりに、辛い。


 家族が死んだ時の話は聞いた。怒りに満ちた語り口で、帝国を悪魔のように語っていた。

 だが姫様の寝言は、話で聞くよりもずっと悲痛で、苦しい。


 お姫様には、王家の誇りや使命があるのだろう。


 だがそこを曲げて全てを忘れて幸せに生きて欲しい。

 ……そんな村人達の気持ちも解ってしまう。


「エゴって奴なのかね」


「父様……嫌だ!」


 ぼやいた俺の腕を、寝ぼけた少女がキツく握りしめる。


 うなされているのだ。


 腕に少女の爪が食い込むが、痛くない。

 痛いのは多分、腕じゃない。


「セレナ! セレナセレナセレナセレナセレナ」


 とりわけ、この少女が妹の名を呼ぶ時、一際酷くうなされるのだ。


 俺は少女の、ユマの頭を撫でながらゆっくりと語り掛ける。


「大丈夫だ、俺が、俺が居る」


 起きている時は生意気な少女で、こんな事を言うのは恥ずかしいが、うなされている時ぐらいは良いだろう?


 ……俺はパパには失格みたいだが、このぐらいは良いはずだ。


 するとユマ姫は寝言で初めて。家族以外の、別の人間の名を言ったのだ。


「タ、ナカ」


 俺の名だ。言った、絶対に言った!


 嬉しかった。それがなぜこんなにも嬉しいのか、解らない位に嬉しくて、踊り出しそうになるのを必死で堪えた。


 そうだ、俺は、俺が、この少女に家族として認められた気がして、それが嬉しかったのだ。


「タナカ……」


 今度こそ間違いない。

 この世界に飛ばされ、冒険者として長年生きて来たが、俺がこの少女の心を癒せたのだとしたら、今が一番嬉しいかも知れない。


 ありふれた俺の苗字が、こんなに誇らしかった事は無い。


「ヒサ……」




 ……今、なんと言った?


 聞き間違いだ、なにせ、ソレを名乗った事など一度も無い。


「タナカ……」


 田中は俺の苗字だ。



「ヒサ……ユキ」


 そして、久幸は


 ……俺の名前だ!

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