戦いの行方
――パァァァン!
――ピィィィィーーーー
矢が命中し弾ける音。
続いて甲高いグリフォンの悲鳴。
図太い矢が眼にも止まらぬ速度でかっ飛んで、グリフォンが居た場所を貫くと、粉雪みたいな何かが舞った。
ただし、今度は糞では無い。
グリフォンの羽毛だ。
「当たった! ぶち抜いたぜ!」
ラザルードさんが喝采を上げると同時、グリフォンが屋根から落下して、茂みの中に転がった。
やった!
これで脅威は去った。
俺はサンドラさんを回復させようと広場に走った。
――しかし、再び田中が、俺の手を掴んで止める。
「待て!」
「なんです? 早くしないとサンドラさんが!」
「奴はまだ生きてる!」
……? いや生きてるんだから治さないと、……え?
「アイツ躱しやがった、まだ死んでねぇ」
グリフォンか? グリフォンがまだ生きている? じゃあ、あの羽毛はなんだ? 当たったんだろう?
「羽だ、アイツ自分で転がって直撃を避けやがった。翼をぶち抜いたがまだ死んじゃいない」
見えたのか? あの矢が当たる瞬間を。それがどこに当たったかまで?
何と言う動体視力!
「ラザルード! もう一発だ! 魔力は良い、あの茂みに放て!」
「わーったよ! 俺はてめぇの部下じゃねぇ!」
そう言いつつもラザルードさんは既にギリギリと矢を番えていた。
――ビィィィイン
放たれた矢は正確に広場の向こう、茂みの中へと突き刺さり、ガサガサと葉を揺らした。
……いや、茂みを揺らすのは矢だけではない。
「生きてやがんのかよ!」
グリフォンは茂みから飛び出すと、広場の反対側に陣取って獰猛に俺達を睨みつける。その羽は血に濡れ、魔獣の回復力をもってしても、しばらく飛べはしないだろう。
「クソッ! オイ! 妖獣殺し! 名前負けしてねぇ所を見せやがれ!」
「言われるまでもねぇ! 行くぞ」
そう言って駆け出す田中の袖を、今度は俺が引っ張った。
何故って?
嫌な予感がするからだ。
俺の良い予感は外れるが、嫌な予感は外れた事が一度も無い。
両手で袖を握り締め、両足を突っ張って。
それでも俺の体はズルズルと引きずられる。
「待って! 待って下さい!」
「何だ!?」
「おい、アイツ逃げてくぞ!」
俺達の視線の先、グリフォンは俺達を一睨みしてからゆっくりと踵を返すと、村の外へと駆けだした。
「マジで逃げたのか?」
「賢い魔獣の様ですから、命の危険がある狩りはしないと言う事でしょう」
「人間様に恐れをなしたって訳だ」
茶々を入れるラザルードさんも内心じゃホッとしているに違いない。
奴が命懸けで挑んで来たら、倒れていたのは果たしてどちらか?
それに、俺の感じた嫌な予感は?
――ピィィィィィィィ
村の外へと駆けていくグリフォンが一際高い鳴き声を上げた。
これは悲鳴か?
悲鳴を上げ、無様に逃げ帰ると言うのか?
そうは思えない。
俺達を睨みつけるグリフォンの瞳、追い詰められた獣のソレではなかった。
その時、ザァァっと村の周囲の森がざわめくと、何かが一斉に舞い上がる。
――
「
俺の呟きは風に溶け、空には巨大な影が乱れ舞い。グリフォンを追いかけるようにゆっくりと飛んで行く。
「あいつが群れのボスだったってのか?」
……田中の問いに答える者は居ない。
だがそうなのだろう。
だとしたら見逃されたのは俺たちの方か。
もし広場に飛び出したら、四方八方から襲われていた。
「そうだ! サンドラさんを助けないと」
今度こそ俺は広場の中心で待つサンドラさんへと駆け出した。しかし俺の体力、魔力はすでに限界。ふら付く足でヨタヨタと走った。
「……ひ、姫さまぁ」
「喋らないで!」
サンドラさんの横に膝をつき容体を確認。
酷いモノだ。足から着地出来たのは不幸中の幸いだが、おかげで足の骨は砕け、腰も打ち付け、尾骨も折れている。
上半身だって無事では無い、巨大な鷲の前足で潰された肩は血
俺は必死に呪文を唱える。
「我、望む、汝に眠る命の輝きと生の息吹よ、……生の息吹を!」
駄目だ! 魔力が足りない!
目の前に魔導回路を浮かべても、呪文が口を衝いても。
どうしたって魔力が流せない。
「姫さま、アイツに伝えてくだせぇ、テイラーに……愛してるってよ」
「諦めないで! 諦めないで下さい!」
俺は必死に叫び、サンドラさんの手を握る。しかし、その手は冷たく力は弱い。
サンドラさんはゆっくりと目を閉じ、握っていた手がガクリと落ちる。
……死んだ? いや気絶しただけだ!
「我、望む、汝に眠る命……いの、ちを」
駄目だ! 魔力が無い、胸が痛い、目が霞む。
「オイ! ソレ使って良いか?」
横から田中が口を出してくるが、コイツは完全に門外漢だ。
今だけは口を出さずに黙っていて欲しかった。
――ソレ?
田中は俺の胸元を指差している、……あ。
「良いんだな? 貸せ! 『開け』」
田中は俺の胸元のブローチを外すとサンドラさんに押し当てコマンドを唱える。
そうだ、俺はどんな間抜けだ。俺はセレナのブローチに他者回復の魔法を込めていた。田中の手の中のブローチから淡い燐光が溢れ、ゆっくりとサンドラさんの体に染みて行く。
気絶しているのだから抵抗もほとんど無いだろう。
「良かった、これで一命は取り留めるでしょう」
「そうかよ、物忘れも程々にな」
「ぐっ」
「冗談だ! 姫様は休んでろ」
確かに参照権頼みで記憶力がお留守になっている。
いや、それだけじゃない。他人の記憶が一気に流れ込んでくる所為で時間の感覚がおかしくなっているんだ。
昨日記憶した事だって、ところてんの様に後から後から押し流されてしまう。
忘れても好きに思い出せるのが参照権。そのせいでとっさの対処が遅れる可能性がありそうだった。
だが、危機は去った。
後はしっかり休んでから、サンドラさんの完治に努めるだけだ。
少し気を抜いて辺りを見回すと、同じ様に村を眺めていたラザルードさんと目が合った。
「しっかし酷い有様だな」
ラザルードさんの言葉も尤も。
村は糞濡れ、家も柵も散々に壊された。
……いや、家も柵も壊したのは俺だが、そりゃー仕方のない事だろう。不可抗力。
とは言え、いったい復興にどれぐらい掛かるのやら。こんな貧しい村に売る物なんてないだろうに。
いや、一つだけ文字通り腐る程、余っているモノが有った。
「これだけ
魔獣の素材はなんだかんだ貴重だ。
「ねぇよ、ゴミだゴミ、成体は兎も角、幼体の魔石の純度は低くて二束三文、使える部位も無い。成体の魔石がちょっとと、
「純度?」
「ああ、なんでも魔石を道具に加工すんのに純度が高く無いと使い物にならないんだとよ」
……いやいやいや、そんなものはさ。
「精製すれば宜しいのでは?」
「せいせい?」
「魔石から魔力の結晶だけを取り出すのです」
「んな事が……出来んのか?」
ラザルードさんの間抜けな声に、俺は心の底から笑顔が溢れ、抑える事が出来無かった。
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