成人の儀へと 【田中視点】
「納得いきません!」
姫さんが朝起きての第一声がこれだ、それも無理はない。
「私がまだ成人していないとはどういう事です? こうして王家の秘宝さえ下賜されています」
「しかし、お披露目の式は挙げておらん、公的には成人していないのと一緒じゃ!」
「全てを忘れて、我々と暮らしてはくれませんか?」
「姫様には平和に生きて貰いてぇ」
エルフ達は口々に言うがコイツは納得しないだろう。
「だったら今からこの村で成人の儀をすれば良いのですね?」
「え? いや、それは」
まぁ、そういう話になってしまうよな。
見た所姫様の魔法はここらのエルフとは桁が違う。
話を聞くに成人の儀とやらは、村の近くの洞窟の祭壇に行って帰るだけらしいからな、あっさりクリアー出来てしまうだろう。
「良いだろう、やらせてみれば良い」
そこに、ヨボヨボのおじいちゃんが現れて口を挟んだ。
爺さんばかりだなこの村は。
「長老、何を言っているのです?」
「馬鹿な事はおっしゃらないでください」
長老とか言われている。
村長やら長老やら、面倒くせぇな田舎の村は。
「今、あの洞窟には
「長老! それでは本末転倒では無いですか! 我々は姫に幸せのために頭を巡らせているのです。それを危険な目に合わせるなど」
「多少魔力がある程度で、自分が強くなったつもりのはねっ返りにはお灸が必要なんじゃよ。いま口先で言いくるめた所で、いつの間にやら出奔してしまえば止めようもない」
「いや、しかし!」
「村長! 良いのですか?」
「……うーむ」
なにやら長老と言われる、ヨボヨボの爺さんの言葉でホントにその洞窟とやらに行く事になりそうだった。
「言っとくが俺は護衛だ、危ない所に行くと言うならついて行かざるを得ないんだが?」
こっちは仕事だし、姫様が試練で死にましたなんて許される訳も無い。
「勿論じゃ、お前さんは姫様が危ない目にあった時、助けてやって欲しい」
「それじゃあ試練にならんだろ?」
「そりゃそうじゃよ。お前さんの手を借りた時点で儀式は失敗。それでええじゃろ? お主はスフィールへの護衛代をそのまま受け取り、村へはワシらから依頼のキャンセルを報告し、護衛代を満額返す。貧しい村じゃがお主の護衛代程度は捻出できる」
「まぁ俺はそれでも良いけどよ、姫様が普通にその成人の儀とやらをやり切ったらどうなる? 俺は余計な仕事が増えるだけなんだが?」
「そうじゃな、ワシらが払う分と合わせて護衛代が倍に増えるとすれば、文句は無いじゃろ?」
「長老!?」
護衛代が倍は美味しいが、この話は他のエルフ達にとっても寝耳に水だった様だ。
「それでは姫様の安全どころか、この無能に追い銭を与えるだけではないですか」
「安心せい、今あの洞窟には
「じ、十も!」
「姫様の儀式成功はありえん。その上であの男、仕事への責任感は本物と見た。姫様の安全も問題ないじゃろう」
「いや、しかし」
「上手い事
なにやらコソコソと話してくれているが神様謹製のこの体は耳だって良い、丸聞こえだ。
いや、俺だけじゃない、どういう訳か姫様にも聞こえている様だ、コイツニヤニヤしていやがる。
まぁ、話が纏まれば俺はなんでもいい。
へんくつ老人なんかより、重要なのは責任者だ。
「オイ、あの爺さんはああ言ってるが、村長もそれで良いんだな?」
「ハァ……まぁ、良いだろう。護衛代は何とか準備する」
村長の方は姫様の実力に何となく気が付いてる節があるな。予算に頭が痛そうだ。
だが覚悟があるなら好都合。準備を整え明日にでも出発しよう。
……そう思っていたんだが。
「決まりですね。我々、
姫様の言葉に部屋は静まり返った。
皆が気の毒な者を見る目で姫を見ている。
「姫様、その
若いエルフが姫様に耳打ちする。
どうもこのビジャって単語、姫様が種族名にしようとしているだけで、どうにも不評の様だ。
なんか、ニュアンスが違うとか。
皮肉げに自分達を卑下して語る時に使う単語であって、誇れるようなモンでは無いんだと。
あんなに堂々と言っていたのに、何と言うか、……恥ずかしそうだ。
「じゃ、じゃあ! どんな名前が良いと言うのです! 我々は同盟を持ちかける側なのですよ? 相手を無能などと言っていては話が纏まりません!」
「ですが、我々こそが人間ですし……」
「相手も人間です! そうやって見下していられる状況では無いのです!
「いやしかし、言葉の意味としても違和感があります、いっそ新しい名前の方が良いのでは?」
「そこまでですか……」
顔を赤らめ、声を荒らげる様子は何とも可愛いが、どうにも無理筋の様だ。
周りのエルフもどうにも困っている。
ここは俺が動くしか無いな。
「……エルフってのはどうかな?」
「エル……ふ?」
周りのエルフはポカンと、姫様だけは苦虫を口一杯に頬張った様な顔をした。
「俺の生まれ故郷では、森に住む妖精の様に、魔法に優れた種族の伝説があってな、
「そんな伝説が?」
「聞いたことが有りませんな」
「遥か遠くの国なのでは? 背も顔立ちもこの辺りの者とは思えませんし」
「失礼ながらどこの出身ですか?」
うーん、まぁそうなるか、どうしたもんかね、こんな事で嘘をつくのも憚られる。
「遥か遠くの国なので、ご存じないとは思いますがね。遥か遠くの小さい島国で、日本と言う所ですよ」
「島だと! 大陸の外に人が住む島があったのか!」
「それでは我らが知らないのも無理はない」
「遠地であるが故、我らの話が良いように伝わったのかもしれんな」
感嘆の声を上げるのが忍びないが、まぁ嘘は言ってないぞ?
見れば姫様だけは頭を抱えている、こりゃあまるきり嘘と思われてるな。
「取りあえず、今はその話は良いでしょう!? 私は成人の儀に向かいます。弓ぐらいは用意してくれるのでしょうね?」
「普通は親が送る物なのじゃがな、まぁ好きな物を持っていくがよい」
長老サマの許しも出た事で、姫様の弓選びが始まった。
見るからにまともな弓もあったのだが、姫様には重すぎるとか、弦を引けないとか、我が儘ばかりで話にならない。
ってか非力過ぎてビビるレベル。
「これで良いでしょう」
そうして選んだ弓は、正直おもちゃにしか見えないシロモノだった。
その段階で、周りからは姫様の儀式失敗を疑う目は無くなった。
代わりに俺への「絶対姫様を危険な目にあわせるんじゃないぞ!」と言うプレッシャーを滅茶苦茶感じる訳だが。
「ではすぐに出ましょう、タナカもいいですね?」
姫様はそう言うが、周りからは大ブーイングだ。
「今からですか? 無謀です! 山道を六キロは歩くんですよ?」
「初めて行くんなら往復で五時間は見た方がええ」
「もう午後です、帰るころには真っ暗になりますよ」
「問題ありません、すぐに帰ります」
しかし姫様はそれらの声を完全に無視した。
周りからはため息と、嘲笑の様な物まで混じり出す。すっかり弛緩したムード。
完全に世間知らずのお姫様だと決めつけた様だが果たしてどうかね?
「では行って参ります」
元気一杯、自信満々の姫に引っ張られるように、俺は村を後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます