死憶の異世界傾国姫

大岩蟷螂 【田中視点】

「本来、成人の儀とは大森林の最深部へ旅立ち、森に住む者（ビジャ）の古都に聖地として存在する洞窟、その深層に建立された祭壇にて神珠の欠けらに見立てた宝玉を取りに行く物なのです」

　姫様は誰に向けた物なのか、歩きながらブツブツと文句を言っている。

　相当お冠の様だ。

「村近くの洞窟で擬似的に済ませる成人の儀など馬鹿にしています。魔物の巣？　早く駆除するのが大人の役目でしょう！　自慢げに語っていましたが恥ずかしいと思うべきです」

「あいつらには戦う力はまるで無さそうに見えたな、大岩蟷螂（ザルディネフェロ）ってのは強いのか？　大人でも数人がかりで倒すって言っていたが」

「大したものではありませんよ、そんな事より『エルフ』と言うのは何です？　人が住む島など聞いたことも有りませんよ？　適当な事を言ったのでしょう！」

　プリプリと怒っているが、その足取りは確か。

　俺が姫様を油断ならないと評価しているのがココだ。

　村に着くまでにも思ったが、森を歩く足運びは大したものだ。比較して、驚く程に力は弱い。まともな弓は引く事も出来ないほどに。

　このちぐはぐさはどこから来るのか？　一緒に居れば居る程に不思議さが増してくる。

「では、そろそろ行きます、準備は良いですか？」

　今のセリフもそうだ。

　意味が解らない。

　もう村を出て五分程経っている。

「ンだよ？　準備って」

「走る準備です、覚悟は良いですか？」

　オイオイ？　走るのか？　山道を？　その細っこい足で？

「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」

　姫様はそう言うと、――跳んだ。

　いや走っているのだが、バッタの様に跳ねるその一歩は途方も無く長い。

「魔法かよ！　クソッ」

　俺は慌ててその後を追った、勿論走ってだ。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

「ふぅ、着きましたか」

　洞窟の前で姫様は一息ついた様だが、走って追いかけるこっちの身にもなって欲しい、俺以外だったら振り切られていた事だろう。

「おいおい、そんなにかっ飛ばされたらイザって時に守り切れねーぞ」

「なっ！　付いて来れたのですか？」

　どうやらホントに振り切るつもりだったらしい、なんとも自信家の様だ。

「ああ、何とかな、急に走るからビックリしたぜ」

「い、息も上がっていないではないですか！」

　目を見開いて心底驚いてくれたようで嬉しい、姫様には驚かされっぱなしだからな。ちょっとは大人の威厳ってのを見せとかねーとな。

「ガキが走ったぐらいで追いつけない様じゃ護衛失格よ、こちとら仕事が無い時だってキッチリ走り込んでる。そういうトレーニングがいざって時の持久力に繋がっている訳よ」

「それにしたって……」

　姫様は俺の体を見やるが、俺の体は特別製だ。

　普通の人間が鍛えたってこうはならねぇぞ？

　見せつけてやると、何故だか姫様は悔しそうだ。苛立ちまぎれに洞窟に飛び込もうとする。

「良いでしょう、見た通り力はあるようですね」

「おい、洞窟には入る前に暗闇に目を慣らしてだな……」

「不要です、『我、望む、我が身に光の輝きを』」

　あ、魔法かよ。便利だなオイ。

　姫様はズカズカと無遠慮なまでに洞窟へと歩いて行った。

◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇　◇

　――シュッ

　ズバァァン！

「オイオイオイ」

　思わず声が漏れる。

　コイツはスゲーぞ。

　大岩蟷螂（ザルディネフェロ）とか言ったか？　ゴツゴツした蟷螂（カマキリ）みたいな魔獣だった訳だ。

　カマキリって言ってもよ、サイズがもう昆虫の範疇に収まらねぇ。

　人間並みの大きさで、我が物顔で洞窟の中を歩き回ってやがった。

　どう考えてもクソヤベェ魔獣。

　それがどうだ？

　俺は転がる死体を検分する。

「この威力なら人間の首なんざまとめて吹っ飛ばせるな」

　姫様の矢は、たったの一矢で貫いて見せたのだ。

　恐ろしく固いハズの昆虫型魔獣の外殻をおもちゃみたいな弓の一撃で。

「何なら試してみますか？」

　振り返った姫様の瞳は猟奇的に輝いていた。

　……いや本当に光っているのだ。

　そういう魔法だと知らされても、神々しくも恐ろしく感じてしまう。

「お手柔らかに願いたいね、何にしてもこれじゃどっちが護衛かわからねーな」

「魔法も無限に使える訳ではありませんし、なによりソノアール村には弓が有りませんでしたからね」

「へぇ、そんだけの魔法が使えてもやっぱ弓は必要か」

　直接生き物に使うには抵抗され、減衰するって言ってたか、ままならねぇモンだな。

「それに姫を名乗って護衛も無しでは、説得力がありませんから」

「それじゃあ人間よりエルフの護衛の方が説得力があるんじゃねぇか？　少なくともここで一人は連れて行くべきだな」

「それはそうなのですが、我々にとって森の外は魔力が足りないのです、ハーフだったら問題無いのかも知れませんが」

　そう言えばエルフ達はそんな事を言っていたな、エルフに森の外は生き辛いとか。

「オイオイ姫様は大丈夫なのかよ？」

「私はハーフですし、問題無いでしょう、健康値も高いですから」

「健康値？」

　何だそれ？　健康が数値で見られるのか？

　聞けば本当にそうらしい、人間の街では無かった話だ。

「測りますか？　どうぞ」

　言われて差し出されたのは、姫様が頭にずっと付けていた王冠みたいな豪勢なティアラだ。

「ここを持って下さい、数字が出る筈ですが」

「へぇどれどれ？」

　健康値：９０

　魔力値：９０

　いや、綺麗な数字だな。

　でも、これが高いのか低いのか全く分からねぇ。

「え？　何？　この数字」

　ただ、姫様が絶句してるから凄い数値が出たのは想像が付く。

　神様謹製ボディだしな。

「高いのか？」

「……もはや健康値は異常と言える値です」

「……へぇ？」

　背が高いとか力が強いってんで驚かれた事は多々あるが、こう数値で比べるってのは初めてだ。

　これはまた存外に気持ちが良いな。

　神からお仕着せで貰った体だと言うのに嬉しいとはね。

　高橋に借りた小説ではチートを貰って良い気になってる主人公が鼻に付いたもんだが、自分でやってみると悪く無い。

「ニヤニヤしていますね、健康値など病気や怪我の治りが良い程度の数字です、一定以上有ってもそれほど意味は有りませんよ？　繊細さと無縁な健康馬鹿と言う事です」

「丈夫さってのは冒険者の資質で一番大事な要素だからな、得意にもなるさ」

「そんな物ですか……」

　なんだか面白くないってのを顔一杯に表している姫様だが、数字の平均値とかは教えて貰った。流石神様、平均の三倍は健康ってこったな。

　魔力値だって人間の平均を考えれば健康値よりも図抜けてると言えそうだ。

　村で測った人間の平均は２０未満だったらしいからな。

「でもよ、エルフ、いや森に住む者（ビジャ）の魔力値ってのはスゲェんだろうな？」

「そうですね、ですが実用に足る魔法を使用できる、２００の大台を超える者はそう多くはありません、２００を超えて初めて戦士への試験に挑める訳です」

「ちなみに姫様は？」

「４００前後と言った所でしょうか」

「ヒュー」

　姫様の満面のドヤ顔に癒やされるが、俺の口笛はお気に召さなかった様子でたちまち不機嫌になる。

　洞窟の中、心無しか早足で先を急ぐ。

「ああ、また居ました『我、望む、放たれたる矢に風の祝福を』」

　――ズパッ！！

　空気を切り裂く魔法の矢。

　ゴロンと大岩蟷螂（ザルディネフェロ）の首が落ちた。

「そんな短い詠唱で凄い威力だな、一体何発撃てる？」

「矢尻が壊れてしまいますからね、矢があと十本しかありません」

「つまり、十は撃てると？」

「それどころか、矢さえあれば二十でも三十でも」

「マジかよスゲェじゃねぇか」

「……いえ、やはり十発ぐらいですね」

「は？」

「手が痛いです」

　……いや手を見せられてもな。

「いや、手袋つけてるじゃねーか」

「これは弓懸（ゆがけ）ですね、付けていても痛い物は痛いです、腕もプルプルしてますし」

　どんだけ虚弱なんだよ！

　魔力が足りないとかではなく、指かよ！

　まだ数発と撃ってないだろ？

「回復魔法は？」

「アレはアレで集中力も魔力値も、健康値まで削られるのです、出先ではあまり使いたくはありません」

「へぇ？　サンドラとかいうおっさんには使っていたが？」

「知らないのかもしれませんが、ちょっとした矢傷でも感染症などを引き起こす事もありますし、腕に違和感が残る事も少なくありませんから」

「お優しいこった」

「私もあの方に優しくされましたから」

　そんなこんなで、俺達にはお喋りをするほどの余裕が有った。

　しかし、それも洞窟の最奥、祭壇の間までだった。

「オイオイ何匹居ンだよ」

　洞窟を広くくり抜いた空間は、前世の教室二部屋分ぐらいのスペースだ。

　そこに大岩蟷螂（ザルディネフェロ）が大量にひしめいている。

　しかし、小さい。

　大半は孵ったばかりの幼虫だろう。

　柱や床に張り付いている茶色の泡が恐らく卵、コイツも相当な数が有る。

　ここで大量に孵化している。

　成人の儀の為の祭壇が、まるっきりヤツらの巣と化している。

　外で守っていた人間サイズを成虫の警備兵とすれば、ここに居る幼虫は犬サイズ。大して強くはないだろうがいかんせん数が多い。

　加えてココも成虫２匹が警備していた。

「大岩蟷螂（ザルディネフェロ）の幼生体が二十は居ますね……」

「矢は十本と言ったな？　どうする？」

「飛びます！」

「は？」

「飛んであのガラス玉を掴んで脱出、後は走って村まで逃げます」

「いや、あの幼虫はどうする？　村までたった数キロの距離だぞ」

「成人の儀はガラス玉を持って帰れば成功です、魔獣駆除ではありません」

「そうだがまだ卵まで有るじゃねぇか放っておいたら村ごとヤベぇぞ？」

「関係ありません」

　関係ないって、まぁそりゃそうか？

　でもよ、あの村だって子供も居た。同じ人間じゃねーか。

　冷たいとは思うが、まぁ姫様の事情を考えると他人に気を遣う余裕はねぇか。

　仕方ねぇ、ここは大人の仕事かな。

　俺が残って駆除すりゃ良いか。

　姫様の方はすっかりやる気だ。

「いいですね？　私が戻ったら走って洞窟を抜けます

『我、望む、疾く我が身を風に運ばん、指差す先に風の奔流を』」

　呪文と共に部屋に飛び出して行く。

　魔法で吹き荒れた凄まじい風に目を覆うと、俺が目を開けた時には姫様は天井スレスレをカッ飛んでいた。

「マジで飛ぶのかよ」

　飛ぶってのはナニかの比喩かと思ったがそうじゃねぇ。マジで飛べるってワケだ。

　姫様はあっと言う間に祭壇の中、鎮座する箱に手を掛ける。

　しかし、姫様の快進撃もココまでだった。

　俺は目を疑った。

「オイ！　どうした？　姫様！　何が有った！！」

　姫様が箱に触れた途端、頭を抱えて突っ伏したのだ。

　一体何があったのか、俺にはサッパリ分からなかった。