大人なのか子供なのか 【田中視点】
「お前さん、タナカと言ったか、ユマ姫は?」
エルフの村の村長、ガーブラムが俺に尋ねる。
「寝たよ、ぐっすりな」
「無理をしていらっしゃったのだろうな」
「……ああ、違いねぇ」
胸の中で泣きじゃくり、眠ってしまったユマ姫を俺は文字通りのお姫様抱っこでベッドに届けた。
思えばユマ姫は会った時から仮面の様な冷笑を浮かべていた。それは王族ゆえの強さか、非情さ故だと思っていた、しかし違ったのだろう。
心を殺していたのだ、まだ幼い少女が家族や大切な人を目の前で殺されて、心を殺して耐えていたのだ。
「タナカよ、お前さんはこれからどうする?」
「どうするって? そりゃ俺は仕事だからな、姫さんをスフィールまで送り届けるぜ」
どっかりと椅子に座って肩をすくめる俺に、村長は目を細める。
「それが姫の幸せに繋がるとでも?」
「ハッ、人の幸せなんざ他人が勝手に決めて良いもんじゃないぜ」
こいつらが姫様を保護したいってのは何となく解っていた。だがあれだけの思いと、あれだけの力があって、あの娘はこの村でジッとしていられるだろうか?
俺にはそうは思えない。
だったら俺が一緒に居てやりたい。そう思わずに居られない位、危うくて目が離せない少女だった。
「無能にとってはどうかは知らんが、我々にとってあの娘はまだ未成年、親が人生を決める権利があるのだよ」
「未成年? それに親?」
俺には意味が解らなかった。
あいつは王族で家族はみんな死んだ。親なんて居るはずがない。ましてや未成年?
エルフ的には成人の儀式をこなせば成人扱いで、幼く見えるユマ姫は既に成人していると、既に王室の宝を授与されていると、そう言って、王冠と死んだ妹のブローチまで見せてくれたのだが、アレは嘘だってのか?
そう尋ねれば、ガーブラムは首を振る。
「成人の儀を行ったと言っても、まだ発表はされておらぬ、公的にはいまだユマ姫は子供。そして我々のしきたりでは他家の子供を引き取るのは良く有る事なのだよ」
「…………」
聞けば、少子化が進むエルフの中では、育てきれない子供を預けたり、引き取ったりは特段珍しい事では無いらしい。
いや、どうも話を聞くと少子化の所為だけではないようだ。
どうやらこの大森林、奥の奥まで行くと人間の住めぬ領域となるらしい。
魔の領域に耐えきれない子供は、より魔力の薄い場所へと里子に出されるのは普通の事だと言う。
「ユマ姫は、エリプス王と、無能の……冒険者、ゼナ様との間に出来た子供、我らと同じハーフなのだ。本来、王都などでは無く我らの領域に住むべきお方。あるべき所に収まって欲しい、それだけのこと」
「……何が言いたい」
「ユマ様は、いえユマは私の子供として育てたいと、そう言っているのです」
そう言って進み出て来たのは村長の息子夫婦だ。村の中では品と身なりが整って、柔和な顔立ちは人の良さを窺わせた。
「あの子は私たちが引き取ります、そうすればあの子はもう王族では無い。帝国との辛い戦いに身を置く必要も無くなるのです」
「私と妻の間には子供が生まれませんでした、子供が生まれて居ればあの位の年頃の筈、そんな彼女が修羅の道を行くのを見過ごす訳には行きません」
村長の息子夫婦はそう言うが、姫様の事情を無視し過ぎとしか思えない。
「あいつはもう覚悟を決めているよ、そんなんで納得行くとは思えねぇ」
「それでも! それでも彼女はあの年で、肉親全てを失ってしまった。今の彼女を支える存在が、新しい家族が必要でしょう!」
「……新しい家族、か、そりゃーそうかも知れないが」
あの冷たい笑顔を見てると、誰かがそれを溶かしてやらなきゃならないってのは解る。
だが、それを彼女が望むだろうか?
ましてや全てを忘れてここで生きて行くなど、受け入れる筈が無いだろう。
思考に沈む俺をよそに、エルフ達の話し合いは続いていた。
「それにしても魔法を封じる兵器など聞いたことが無いぞ」
「それこそ無能共と協力でもせんと、王都の奪還どころか我々が根絶やしにされかねん!」
「いや、それよりも当座の事だ」
「当座の? 帝国よりも大きな問題でも?」
「姫様が言っておったじゃろうが!
「クソッ只でさえ、ここの所、
「それにしても、無能共を人間と呼び、我々が
「ビジャはそれこそ、森を生きる魔獣以外の全ての生き物に対しての言葉だ、魔獣に対抗するには全ての力を合わせるべきだと言う意味でな。これを我々の種族の名前とするのは……」
「あぁ、違和感があるな」
話は多岐にわたり、とても纏まりそうにない。
帝国と言う外敵に強力な魔獣、種族の名前まで。喧々諤々って奴だ。終わりそうにねぇ。
しかし世の中、本当に厳しぃねぇ。
まぁ、俺は俺の仕事をするだけだ。
「今日の所はここに泊まっても? 俺はあいつの護衛として雇われてる、嫌と言われた所でここから離れる事は出来ないぜ」
「……まぁいいじゃろ」
喧噪を無視して俺は部屋の隅、あいつの寝室へと続く扉の横で腰を下ろした。
黒いマントに包まれば俺はどこでも寝られる。雨風が無いだけで寝床としては上等なもんだ。
……だが、あいつの泣き顔がチラついて、気持ちよく寝られそうになかった。
「新しい家族……か」
俺の呟きは会議の喧噪に紛れて消えて行った。
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