少女発狂ス

「フフッ」


 自然と笑みがこぼれる。

 嬉しくてたまらない。


 視界の端に、村からついてきた女の子が映る。村長の娘だったかな?

 馬車の中俺が笑うと、彼女は目を見開いて、信じられないと顔を蒼くする。


 怒号が飛び交う馬車にあって、彼女だけが俺を見ていた。


「おい、もっとスピードは出ないのか?」

「目一杯だ!」


 そりゃーそうだ。

 この状況で笑う方がどうかしている。


 馬車はガタガタとケツを跳ね上げる程に揺れ、猛スピードで街道を全力で疾走している。


 何故かって?

 追われているからだ。


 それも、帝国兵じゃない、だったらまだ理解出来る。

 逃げ出したお姫様を追いかけて来るのは当たり前。


 しかし、違う。

 俺達を追いかけてるのは魔獣だ。しかも俺が知る中で、最も巨大な魔獣である。


「ふっざけんな! なんでこんな所に大牙猪ザルギルゴールが出やがるんだよ!」


 大の男の切羽詰まった悲鳴が響く。


 大牙猪ザルギルゴール


 こんな魔獣を相手に、一般人は何も打つ手が無い。男たちはこれ以上無いぐらいにギャーギャー騒ぎ立てるだけ。

 こんな時に笑っているんだから、頭がおかしくなったと思うのも無理からぬ話。


「フフッ、ハハハハ!」


 ヤバい、笑いが止まらない、いよいよ女の子が怯えだした。でも仕方ないだろう?

 俺を殺そうとする『偶然』は絶好調だ。爺さんと村に行くまで何にも無かったから、俺を殺す気が無いのかと疑ってしまった。


 俺の『偶然』が、家族を、セレナを殺してしまったと、後悔と……自責の念。なんて生ぬるいもんじゃないな、疫病神の俺はとっとと死のうと本気で思った。


 でも、よくよく考えてみるとセルギス帝国がエルフの国を攻めこんだのが、偶然ってのは無理がある。

 戦争は思い付きや偶然でやるもんじゃ無いだろう。


 おれの『偶然』とはやり口が違う。

 なんとなく魔獣と出会ってしまったり、なんとなく事故に巻き込まれるのが俺の『偶然』だ。


 むしろ、ここまでが神が予見していた運命の内なのかも知れない。

 ここまでが、もともとユマ姫の運命にあった不幸。悲劇のヒロインの条件を満たす存在として神に選ばれた理由ではないだろうか?


 『亡国のお姫様』


 いかにも、だろ?


 同情されて多くの運命を巻き込んで、因果律を集めるとか言ってたか?

 強さではなく、そう言う理由で死ににくい奴を選んで転生させると神は言っていた。まだ亡国と言い切るのは早いが、控えめに落ち延びた姫と言ったとしても、悲劇のヒロインとしては十分だ。


 都合の良い考えかもしれない。

 でも、もし、もしも、だ。


 もし俺が転生しても、しなくても。

 セレナも、父様も、母様も、兄様も、元から殺される運命だったとしたら、どうだ?




 俺で良かった。



 だって、俺ならやれる。



 帝国の奴らを皆殺しにしたい。

 いっそ人間全て、いやエルフだって良い。こんな糞みたいな世界の奴らを全て殺してやりたい。


 そう思った時に、おれの魂に潜む『偶然』って奴が急に頼もしく感じられた。


『神さえ匙を投げ、運命をぶち壊し、全てを巻き込み、関わる者を破滅へ導く』


 結構じゃないか、いっそ全部殺してくれよ!


 歓喜に震える俺をヨソに、馬車の中は大混乱に陥っていた。



「クソ、もうピラークが限界だ、追いつかれる」


「どうする? 魔法で攻撃するか?」


「馬ッ鹿野郎! そんなしょぼい魔道具でどうにかなるかよ、余計に怒らせちまう!」


「じゃーどーすんだよ!」


「逃げんだよ!」


「逃げられねーから困ってんだろボケ!」


 ハァ、見苦しい連中だ。

 まぁどうせ死ぬんだ精々使ってやろう。



「このままでは全員死にますね」



 俺の言葉に馬車は静まり、一斉に視線が集まる。


「私は馬車を降ります!」


「無謀だ、姫サマ!」


「そーです、第一、降りるったってどうやって?」


「飛び降りたら大怪我しますぜ? 自分から餌になる様なもんでさぁ」


「…………餌に?」


 それを言った男に視線が集まる。


「良くいったダルカス、おめぇ飛び降りて餌になってこい」


「あ?」


大牙猪ザルギルゴールがおめぇをムシャムシャ食ってるえーだに俺たちゃドロンっつー作戦よ」


「ふざけろおめーが死んで来いや」


「んっだとー」


 取っ組み合いの喧嘩が始まる。

 まぁ飛び降りるのは勝手だが、一人の囮でエルフがたっぷり乗った馬車を見逃すかは五分五分。


 五分五分だったら俺の居る方に魔獣が来る確率は100%だ。


 何言ってるか解らなくなりそうだが、それが俺の『偶然』って奴だ。


 じゃあ、確率が五分五分じゃなかったらどうなるか?

 試してみる価値はある。


「申し訳ありませんが、私には馬車を安全に降りる方法が有ります、皆さんには囮になって頂きます」


 俺に関わる人間はみんな死ぬ。

 本当にお悔やみ申し上げる。


「…………」


 言葉も無いって感じか、みんなポカンと俺を見ている、こう言うのは勢いだ、押し切った者勝ちだろう。

 俺はトコトコと馬車の後部に向かうと、バンッと出口の扉を開けた。


「では皆様、ごきげんよう」


 お元気で、と言うか迷ったが多分元気じゃ居られないから、せめてご機嫌に逝って欲しい。


「『我、望む、足運ぶ先に風の祝福を』」


 さて、肝心の爆走する馬車からの脱出方法だが単純に魔力のゴリ押しだ。

 なんせ今の俺の魔力値、健康値はかなりのモノ。


健康値:42

魔力値:416


 意味不明な数値。


 まず健康値の原因として考えられるのは魔力濃度だ、旧王都の周辺が最も魔力が強いとして、ここは既に森の外縁部。エルフには魔力が薄いぐらいでも、ハーフエルフである俺にはベストな魔力濃度で有る可能性が高い。


 魔力濃度ってのは酸素みたいなもんだと思う。

 前世の酸素カプセルみたいに、ある程度濃度が高い方が、疲れも取れて元気になれるのかも知れないが、濃度が高過ぎれば毒にもなる。

 基本的に体に無理が無い範囲なら魔力濃度が高ければ魔力値は増えると聞いたので、王都の魔力濃度は俺の体には、相当に無理が有ったのだと思う。


 なんせベストな魔力濃度下と思われるココでは、最早エルフ離れした健康値を叩き出している。魔力だって十分天才と称されるレベル。


 ちなみに魔力値200がエルフの魔法戦士の最低限と言われる数値。

 そして、エルフの平均は100程度。


 更に言うと、王都の外は魔法すらまともに使えないエルフが大半だ。せいぜい種火の魔法が使えるかどうか。もっと平均は低くなる。


 そんな中で、俺の魔力値400超がどんなに異常かって話。


 天才なんて言葉じゃ到底収まらないセレナはもちろん、父、母、兄と魔力値300越えが当たり前の環境に居たから感覚がズレていた。


 優れた魔法を操り、誇り高い戦士を自称するエルフも特殊な人々だけだった。


 一般的なエルフは、便利な道具が無ければ、地球人となんら変わりが無い。


 コイツらも、俺が馬車から降りるって位でグダグダ言うんだから、本当にまともな魔法のひとつも使えないのだろう。


「キャァァーー」


 だから、呪文と共に馬車の外に飛び出した俺を見て村長の娘の悲鳴が上がる。


 だけど、心配するべきは自分の命だぜ?


 ――バシュッ


 空気が弾ける音と同時。

 空中に放り出した俺の体は横に吹っ飛ぶ。


 空気圧で高速移動する魔法だが、瞬間的に魔力を込めれば吹っ飛ぶ様な移動が出来る。


 そう、兄様が木から木へと飛び移って移動していた魔法だ。


 200以上の魔力値が必要なのに加えて使う度に健康値まで削られるので、決してやるなと言われていたが、今なら何の問題もない。


 猪に踏みつけられるハズだった俺の体は、道を外れ森の中に吸い込まれていく。


 後ろから「魔法だ!」とか

 「アレが王族の力か!」とか


 次々と驚きの声が聞こえてきたが、あいつらセレナの魔法を見たら一体なんて言うんだろうな。


 森へ飛び込んだ俺は魔法で衝撃を殺しながら着地。すぐに油断なく森の奥、木が密集する場所を目指して突き進む。


 大牙猪ザルギルゴールは巨体過ぎて植生の濃い森の中では移動しづらいハズ。以前は俺を狙って木を切り倒して迫ってきたが、今回はどうだ?


 チラリと後ろを振り向く、猛スピードで突き進む巨大な獣の目がギョロリと横目にこちらを睨む。

 しかしそれも一瞬の事、化け物は森の中の俺を無視して馬車を追って行った。


「ふぅ……」


 森の木をなぎ倒しながら、俺一人を襲うってのは『偶然』の範疇に無いらしい。

 魔獣の相手は馬車に残った皆にお願いしよう。


 ……死ぬかな?

 死ぬよな……。


 罪悪感ぐらい感じるかと思ったが、全く無い。

 だって、俺が乗っていたって一緒に死ぬだけだ。


 流石に「理不尽を共有出来て嬉しい」とまでは言わないけれど、護衛として付いて来たのだから覚悟はあるだろう。


 むしろ問題なのは俺の方だ。


 この森を徒歩で道しるべも無く進むのか?

 流石に無理がある。森の中の行軍はそれだけで体力を削られる。

 ましてや大森林を抜けるまで歩き抜けるハズがない。


 結局、ほとぼりが冷めた辺りで道に戻った。


 良くない好奇心が顔を覗かせ、彼らがどうなったのか、魔法を使って速足で追いかける様に走った。


 万が一大牙猪ザルギルゴールに見つかっても、また森に隠れればいいのだから気楽なもの。


 そうだ、森に隠れるだけで逃げられる。不健康だったあの日の俺とは全く違う、走りながら俺はそれを実感していた。

 悠々と散歩しながら、どうしてこんな事になったのか考える。


 言ってしまえばこんな所に大牙猪ザルギルゴールが居るのがおかしい。


 本当は旧王都の更に北の山に棲む魔獣だと聞いている。そこには他にも巨大な魔獣が居ると言うし、餌も有るのだろう。


 木の密度が高いことで有名なここらでは、餌を狩ろうにも軽々に森に入る事すら出来ないハズだ。一回り小さくて象くらいのサイズの牙猪ギルゴールですら満足に移動できないだろう。


 となれば、きっと王都近くまで降りて来た大牙猪ザルギルゴールが帝国の兵器で急に無くなった魔力にパニックを起こし、街道を伝って南まで逃げて来た。そんな所であろうか?


 それならきっと『偶然』で片づけられてしまう範囲に収まる。


 俺は『偶然』との付き合い方が解って来た気がしていた。運命の16歳が近づくと隕石が降る様な無茶もしてくるのかも知れないが、普段はその限りじゃない。


 確率が五分五分ならばこちら側に天秤は傾くが、全く理屈の無い結果は引き出せない。


 よく考えたら俺と『偶然』の付き合いはかれこれ何年だ?

 高橋の頃やシルフ少年を合算すれば30年を越すだろうか?

 いや単純に足すのはおかしいか? まぁ良いや。


 『偶然』を手懐ければ、巻き添えに帝国を滅ぼす事まで出来そうな気がした。



 ご機嫌で道を歩くと、いよいよ横転した馬車を発見。大牙猪ザルギルゴールが入れない小道に逃げ込もうとして失敗したって感じだ。


 既に大牙猪ザルギルゴールの気配はない。近づいてきたらあの巨体だ、すぐに解る。俺は慎重に馬車を調べた。

 まず目につくは大量の血とその匂い、恐らく繋がれたピラークが食われたのだろう。エルフが食べられた形跡は無いので上手い事森に逃げられたのかもしれない。


 ただ、荷物を持ち出す余裕は無かったみたいだ、食料や毛布などがまるまる残って居た。よくよく考えると、俺は食料も何も持たず、一体これからどうするつもりだったのだろう?

 つい勢いで馬車を降りてしまったが食料無しで森を歩くなど、死んだ方がマシな位辛いって体験したばかりだと言うのにな。


 結局俺は、トコトン考え無しなのだ。

 ため息混じりに馬車を漁る。


 毛布やテントの他に、着火の魔道具や、土や木から水分を集める魔道具も有ったが、この辺は有り余る魔力でどうにでもなるので必要ない。

 着替えに関しては、サイズが合うのはドレスばかりだ、ちなみに今着ているのもドレス。


 俺がお姫様であるため、いつでもドレスを着るモノと言う思い込みがあったのだろう。同乗していた村長の娘のお古で恐縮と言っていたが、もっと地味な普段着が欲しかった。


 着替えがあるだけマシだが、森をドレス姿で駆け抜けるのはしんどい。


 しかし、考え方を変えれば、人間の村に行って野良着姿で「私はお姫様です、王都まで行きたいの♪」などとのたまっても、気狂いとしか思われないだろうから悪くはないか。


 肝心の食料は、ナッツや棒状のクッキーと言った定番保存食がしっかり揃っている。


 ツイてる。

 これだけの食料があれば一人なら森を抜けるまで補給なしで行けるかもしれない。


 思い起こせば俺は死にそうな目に合う反面。それ以外は概ね運が良かったんじゃないだろうか?

 町内会のくじ引きみたいなどうでも良い奴は外れるが、どうしても欲しかったゲームの限定版予約は勿論、懸賞のグッズだって結構当たった。

 『偶然』に殺されるのは魂を除けば、素の運の良さは案外高いのかもしれない。



 ま、それもコレも死んでしまえば意味のない話だが。



 ドレス姿に似合わぬ大柄で無骨なリュックを背負って、俺は一路南を目指す。


 南からセルギス帝国とビルダール王国の国境付近に降りて、そこから森を回り込むように北東のビルダールの王都へ向かう。


 えんな道のりだと最初は思った、しかし人間の街に降りて、我こそはエルフの姫なりと喧伝しながらビルダール王国を巡るのは無駄では無い筈だ。


 それこそ直接王都に乗り込んで「俺、エルフの姫なんだけど助けてくれない?」などと言っても相手にされないだろう。


 「落ち延びたエルフの姫が、ビルダール王国内を王都へと目指し旅をしている」そう言う噂が立てば成功だ、エルフにも俺の動きが伝わって、使者でも送ってもらえれば証明になるし、なにより『偶然』に抗うには人を巻き込む事、その為には物語が必要だった。


 縁もゆかりもないエルフの姫の為、帝国と戦争しましょうって思って貰える様な、一世一代のストーリーを作り上げる。



 ハッキリ無茶だと思う、でも不安は無い、楽しくて仕方ない。これはゲーム、そうゲームだ。


 ただしクリアなんて無い、だってもう負けている。

 守るべき城も、家族も全て落とされて、とっくの昔に敗北は決定している。後は生き残ったキャラクターで他のプレイヤーに必死に嫌がらせをするだけだ。


 ああそうだ、俺はゲームでもこう言う瞬間が堪らなく楽しいんだ。

 もうこいつとゲームなんてしたくない、ってぐらいに嫌がらせを繰り返す。


 なにせもう負けている。

 ルールなんてどうでも良い。

 勝利条件を満たすために頑張る必要も無い。


 ただただ相手が嫌がる事だけ考えれば良い。



 さぁみんなで死のう。セレナの元に全てを届けよう。



 ついこの間、あんなにあんなに涙を流して泣いたのに、気味の悪い笑顔がべったりと顔に張り付いて、俺はどんな風に泣くのかも忘れてしまっていた。

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