ラジオ体操
部屋に戻った俺は鏡の前で健康値を確認する。
健康値:4
魔力値:25
健康値4、かなり微妙だ。
なんせ平均が20前後らしい。体脂肪みたいなモンかな?
……体脂肪率4%の子供ってヤバいよな。
そう思えば、過剰にも思えた周囲のリアクションも納得。
一方で魔力値は日本人に解りやすく伝えるのは難しい。かなり個人差があるし、二十歳まで伸び続ける。大人のエルフだと100を越えるのも普通とか。
そう考えると五歳で25ってのはそう悪くない数字に思える。二年前は14だったので順調に伸びている。魔法の修行の成果であろう。
ただし、妹の魔力値、これが既に200。
ちょっと意味が解らない。
二歳にして一角の魔法使いレベル、俺の不健康ぶりに隠れてちょっとこれ異常過ぎるんじゃないか?
母も誇らしいより心配の方が大きいのか、俺の主治医(しょっちゅう呼び出されている)にそれとなく妹の事を尋ねたりしている。
そんな妹の健康値は16。なので俺の4倍も健康と言うことだ、魔力は諦めるとしても、これはいけない。
鏡に映る俺の姿も生気が無いように感じる。
金髪の母パルメと違い、色が抜けた様な銀髪なのも頂けない。明らかに他のエルフと違うし不健康そう。
ちなみに妹は金属質な冴え冴えとした青色で、これも珍しいが、魔力が多い子に極稀に現れる髪色らしいので、王の実子でないなんて事は無いそうだ、母パルメに限って元々それは無いと思うけどね。
それにしても我ながら肉が付いて無い体である。流石に体脂肪率が4%って事は無いぐらいには付いてるけど。
「さて、健康になるにはどうするか?」
魔法にかまけてきたが、そろそろ健康になるための計画を立てなくては。
なにせ不幸が確定している身の上だ、そこで俺がちょっと水を汲みに行くだけで息も絶え絶えの病弱じゃ、なぶり殺しにして下さいと言っている様なもの。
下手を打てば家族まで巻き込んでしまう。
悲劇のヒロイン志望なんだから、病弱に見えても、なんだかんだしぶとく生き延びる程度には健康でなくてはならない。
自分の身は自分で守るが理想で、脅威から逃げられるだけの体力は必須だ。
「そのためには寝込んでるってのはナシだよね」
この世界には筋トレと言う概念が存在しないように思う。寝込んでるから体力が無くなると言うのもあり得るのに、体力がないなら寝ていろの一点張りだ。
時計の機能もある鏡を見るに、今は10マスの内3つが点灯している、前世と同じ一日が24時間ならば1マス2.4時間。
3マス×2.4時間で今は朝の7時頃になるわけだ。
正午から魔法の授業があるのだが、まだ5時間近くある計算だ。
5時間だ。
寝てろと言われても困る。
毎日、睡眠とは別に5時間も寝込んでいたら健康児だって病気になるぞ。
なにより今日は体調が良い……ハズ、なぜか朝食後に健康値が5から4に減ってたけど……それでも動かなくては始まらない。
ただし、自室療養を命じられている身。おおっぴらに外出したら首根っこ掴まれてお部屋に強制連行され信頼まで失ってしまう。
ここは古式ゆかしい前世の健康体操で体調を整えるしかないだろう。
「ラジオ体操第一ぃぃぃ♪」
そうラジオ体操である。ラジオ体操の順番やらすっかり忘れていてもそこは便利な参照権。
「いっち♪にっ♪さんっしっ♪」
参照機能で脳内に鳴り響く懐かしいメロディに合わせて淡々とこなしていき、完璧な深呼吸でフィニッシュを決めようとしたその時だ。
「おねえちゃん? なにやってるの?」
ビーズのれんみたいなシダ植物を掻き分け顔だけ覗かせた妹が、思い切り不審な表情でこちらを見ている。
「あ、あのね、これはね」
「もう、おねえちゃん! ちゃんと休んでないとダメだよ!」
「違うの、ずっと寝てても体に悪いのよ、体がギシギシッって動かなくなっちゃうから、こうしてほぐさないと動けなくなっちゃうの」
本当の事だ、やましい事など何もない。ただこの世界には準備運動やら柔軟運動の概念も進んでいないだけだ。
「ほんとー? そんなの聞いたことないよー」
「本当よ、こうやって体を動かすと運動した時にケガもしにくくなるのよ、セレナもやってみる?」
「え? やるやるー」
妹様の満面の笑み、頂きました。妹様はお姉様と遊びたかっただけみたい、ここは一つ姉の威厳を取り戻さないとね。
「ちゃーんちゃーんちゃ♪ちゃちゃちゃちゃ♪腕を前から上にあげて背伸びのうんどー♪」
参照権で鳴ってる音声は妹には聞こえない。だから口ずさみ、言葉も大雑把に翻訳しながら実演してあげる。
それを見た妹様はイキイキと真似しだした。
「ちゃーんちゃーんちゃ♪ちゃちゃちゃちゃー♪」
ちょっと調子ッぱずれだけど其処がかわいい、いやコレ俺が音痴なんじゃないよな?
とにかく可愛い、体操とかどうでもいいから抱きしめたくなってくる。
よーし二人でラジオ体操を極めよう! ワシのラジオ体操は三式まで有るぞー
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ハァハァハァ……足をも……どして手足のうんど…………」
「おねえちゃん? おねえちゃんだいじょうぶ? お顔がまっ白だよ?」
キッツイこれキツイ、ラジオ体操は歌いながらやるものでは決して無い。いやはや歌って踊るアイドルのお仕事がこれほど過酷とは想像もしていなかった。アレ凄かったんだな、声量もダンスもラジオ体操とは比べ物にならないし。
「はい、では、ベッドで伸びの運動で終わりです」
でっち上げました。よろよろとベッドに倒れこんで終了です。
あ、ヤバい足攣ってるイタイイタイ。
「おわりー? みじかーい、これで体やわらかくなるのー?」
「なってるよー」
もう碌に返事も出来ない、ベッドで養生だ、あ、ホントに足痛い。
ベッドで臥せってると妹様もベッドに上がって、あろうことか足をむんずと掴み上げた。
「ほんとー? あ、ほんとだーやわらかーい」
イダダダダダ、それ攣ってる方の足だから! 痛いから離して! イタイイタイ!
「おねえちゃん凄ーい! アレ? おねえちゃん? おねーちゃーん!」
俺は妹の声を聞きながら意識が遠くなるのを感じていた。
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