新しい家族

 あっと言う間に二年の月日が流れた。


 『ユマ』の記憶と感情の残り香が自然な幼女にしてくれたのか、殆ど不審がられる事もなくエルフのお姫様を続けている。


 もう最近は『ユマ』としての感情が暴走する事もなく、すっかり俺の中に吸収されて消えてしまった。


 とは言え、俺はもう『高橋』じゃない。新しい自我を確立しなくてはいけない。


 俺はしずしずと歩きながらダイニングへと向かう。


 家族で朝食を摂るためだ。

 団らん、ってやつだな。


 今までそう言うのなかったから、王族には家族の団らんとか無いのだと思っていた。


 ……俺の健康状態が壊滅的だから、誰も起こさなかっただけみたい。そうと解れば、これ以上心配はさせられないだろう。



 とにかく、お姫様らしいゆったりした所作を心がける。


 そうでもしないと、お姫様らしくない粗暴な言葉遣いが顔を出しかねないからだ。


 日本語が通じないのが却って有難い。思わず「マジかよ」とか「馬鹿じゃねぇの」とか呟いても誰にも通じないのだから。


 そして、日本語なら笑っちゃうぐらい可愛らしい言葉遣いでも。こっちの言語なら照れもなくすらすらと口に出来ちゃうワケよ。


「お父様、今日は本当に良いお天気ですわね!」


 家族と過ごす朝食の席、挨拶をかわす俺はすっかりエルフのお姫様。


 お父様! お父様だってよ!


 自分の口が紡ぎだす言葉が素晴らしい! 五歳児だと言うのにこの言葉遣い。


 もはや天才と恐れられるのでは? と思ったがどうもエルフは早熟かつ高寿命。この程度は普通なんだって。


 なんというチート生物! いやもう世界を征服しちまえよ! と思うがエルフはこの大森林を守るのが使命で野蛮な侵略戦争などしないんだと、ふぅん?


 そんな訳で、教育係のおばちゃんは当然の様にこのレベルを要求してくるし、忙しい王様と話せる朝食の団らんは、お作法の成果をお父様に見て貰う好機となってしまった。


 こんな堅苦しい喋りで家族の絆なんて深まるのかよ……と思わないでも無いが家を空けっ放しだった前世の親父よりマシって思いますかね。


「今日は具合は悪くないのか? 無理はするなよ」

「はい! 今日はとっても調子が良いんです!」


 優しいお言葉を頂いた俺は、木目が絵画のように美しいテーブルの上でグッと手を握る。


 テーブルだけではない、椅子も建物もその意匠全てが前世では見た事も無い物だ。情報化社会だった前世ではあらゆる文明、文化をテレビ等で見てきたが、そのどれとも根本的に異なる品だ。


 当たり前だ、文化が違う以上に製法から根本的に異なるのだから。



 魔法だ。



 あらゆるモノが魔法で加工されている。


 根っこみたいなテーブルの足は、よく見ると組み立てた跡が見当たらない。つまりこのテーブル自体がそのまま植物として生えていたのだ。


 どうやって作ったのか想像もつかない。


 そんなこんなで、見るもの全てが新鮮な世界で、俺はこの二年過ごしてきた。


 でも全てが上手くいっている訳じゃない、目下の課題はご存知、俺の健康問題だ。


「おねえさまが元気だと、わたしもうれしいです!」


 元気に返事をするのは、あの時生まれた可愛い可愛い妹にして、もうすぐ二歳になるセレナ、そう二歳! 二歳にしてこの喋り方!


 しかもしかも、朝食では「おねえさま」だが、普段は「おねえちゃん」と可愛く呼んでくれたりする。


 セレナは二歳にして、TPOでの使い分けまでバッチリなのだ。




 ちょっと人間離れしていると言わざるを得ないだろう、エルフだけど。


 これで性格が悪いならともかく、ホントに良い子なのだ。前世の俺には妹も弟も居なかったのもあり、可愛くって仕方がない。


 ただし、俺の方が、むしろ妹に心配され可愛がられてる節がある。


 それもそのはず、未だに俺は病弱で二日に一度は寝込んでる有様。二年の月日が経ったとか言ったけど、体感じゃ一年経ったかな? ぐらいなんだから笑えない。


 しかもこの妹、全方位で優秀なのだ。知能もそうだが、本当にトンでもないのは魔法値の方だったりする。


 俺はもうとっくに追い抜かれたし、大人すら上回りかねない。


 彼女の魔法を見て、え? 今のこの子がやったの? と二度見する召使いの面々を俺は何度もこの目で見てきた。



 とにかく自慢の妹なのである。



「ユマは体が弱いんだから無理をしちゃいけないよ? もしも何かやりたい事が有るなら兄さんに相談してくれるかな?」


 そう言って話しかけてくれるのは、今年で十五歳になる私のステフ兄さん。


 アレから二年。セレナが生まれた時と比べて、兄様はずっと大人びた雰囲気になった。


 気が付くと、誰もが羨む金髪碧眼の超絶イケメンエルフに成長していた。


 イケメンだ。しかも究極のイケメン。

 前世だったら確実に爆発の呪いを口ずさんで居たに違いないが、今は当然だが全く気にならない。


 兄が居るからコッチには王位継承なんて話が一ミリも浮かばないのだから感謝しかない。


 なにせ複雑なこの身の上、こんな奴が継承者で良いのか、とか揉められると死亡コース一直線。


 そうでなくても滅茶苦茶優しいお兄ちゃんなのである。


「そうよ、ユマ。あなたは一人で居るとすぐに無茶をするんだから」


 王妃パルメが優しく微笑む。ああ、お母様は今日も綺麗だ。


 金髪でふわふわしたハーフアップの豪華な髪型がさらりと流れ、おっとりとした翡翠の瞳が目を惹く。


「自分の出来る事、やるべき事を常に考えながら行動するんだぞ」


 そして親父、エルフの国の王様。エリプス・ガーシェント・エンディアンその人である。エルフだからなのか髭の一本も生えてないし、皺も無い。お兄さんで通じるぐらい若く見える。


 そのせいなのか威厳を出すために長い髪を複雑に結わえて、難しい顔をしている事が多い。


 なーんか魔法剣士っぽい感じ? 以上、五人家族での朝の団らんだ。


 その複雑な家族の成り立ちみたいなのは後でたっぷり説明するとして、今一番、声を大にして訴えたいのは朝食の献立、そっちの顔ぶれだ。


 その一、なんか芋っぽい奴。この国の主食だ。タロイモみたいなのかな? すり潰されている。これはまぁ良いとしよう。


 その二、なんかの球根、ゆでた後一口サイズにカットされている、少し甘くて美味しい。


 その三、葉っぱ、苦みが有るがすり潰した芋と一緒に食べると程よい味のアクセント。


 その四、花、そう花である、黄色くてきれいな花で、飾りかな? と除けたら「好き嫌いは止めなさい!」と怒られた理不尽の塊だ。


 そういえば、前世では飾りと思ってたタンポポだけど、アレも食べられるんだっけ?


 あ、参照したらアレは菊の花だとさ、今までタンポポだと思ってた。


 参照はこんな感じで本人がすっかり忘れてる豆知識も取り出せる。今食べている花と似たような見た目の花が無いかと参照すれば、カラーと水仙の中間ぐらいの形だろうか?


 美味いか? と問われれば香りは良いけど味は無いよね、と言った所。



 その五、無し。



 そう、終了である、計四品。



 朝食なんだから四品ってのはまぁ良いけど、余裕の野菜オンリーである。仮にも王族の飯がコレか! と言う思いだ。


 エルフは菜食主義、なるほどどうしてテンプレ設定を忠実に守り抜いてる感じ、ファックだね。


 こちとら純正エルフじゃないところに持ってきて、病弱不健康児なんだから動物性たんぱく質の補給は急務だ。というかさっきのメニューのどこにたんぱく質要素が有ったのか解らない。子供の食事として大丈夫なの?


 まぁ季節によって豆、キノコ、ナッツ、なんかの根っこ! 木の皮! こんな物も食卓に上がるんで、意外とバランスは整ってるのかもしれない、エルフにとってはな!!


 で、そんなハーフエルフな俺の強い味方がパクーミルク。


 パクーってのはヤギみたいな不思議生物、と言うかこれヤギだろ。生命力が強く雑草駆除に大活躍でミルクも取れる。もうヤギじゃん。


 俺はコップに注がれたミルクを両手に持って、ゴクゴク飲む。ふぅ……。生き返る。


 この唯一の動物性たんぱく質がエルフの中で押すな押すなの大人気かと言うと、もっぱら子供や病人の飲み物という認識で大人のエルフは見向きもしないってんだから、やっぱエルフの体の構造は人間とは違うと考えたほうが良さそうだ。


 ……朝食でも俺にしか出されないので、セレナがもの欲しそうに見てくる。


 でも、あげたらあげたで「美味しくない!」って言い出すからもうあげない。


 そんなこんなで朝食をもっしゃもっしゃと芋虫気分で食べ終わり、待望の洋ナシみたいなデザート、あ、五品目有りましたね、を美味しく頂きながら今日の雑談タイムだ。


「ユマよ、ちゃんと健康値は測っているのか?」

「はい、お父様、今日は5でしたわ」

「5か……やはり少ないな」


 父様は心配そうに眉を寄せる。


 そう、俺の健康値はアレからサッパリ上がっていない。いまだに3とか叩き出して驚かれるのもしばしば。


 そんな訳で皆に心配されるのは仕方がない、ギブミーお肉!


「お前ももうすぐ五歳、生誕の儀の準備を始めなければならないのではないか?」


「あなた、ユマは体が弱いんですから、あんな儀式しなくても……」


「そう言う訳にはいかんだろう? 長老たちも納得せん」


「……そう、ですわね」


 生誕の儀、これは五歳で行われる第二の誕生日の扱いで五歳を過ぎて初めて一人の人間として扱って貰えるとの事。自分の両親の馴れ初めを朗読したり、劇にして、お父さんお母さん生んでくれてありがとうとお礼を言う。


 一種の罰ゲームじゃないかと思えてしまうのは現代人の感覚か?


 これが現代だとテニスサークルで知り合って、お父さんが飲み会で潰れたお母さんをホテルに連れ込んで、ねっとり介抱してくれたから僕が生まれました。ありがとう! とかになるのか? 悪夢だな。



 だからかは知らないが大分形骸化しつつある儀式らしい。


 とは言え王族である我らは無視する訳にも行かず、そして、まぁアレだ、俺の生まれがココで問題になると言う事だ。


 流石に朗読の一つも出来ないぐらいに頭が悪いと思われているとは考えたくない。


「だいじょーぶだよ! ユマおねえちゃんならできます!」


 セレナの励ましが眩しい、でもセレナとお姉ちゃんは血が半分しか繋がっていないとは口が裂けても言えない感じ。辛い。


「ユマ、お兄ちゃんだったらなんでも協力するよ、もし劇をやるんだったらかわいい妹の相手役は他人には任せられないからね」


 こちらは事情を知ってるお兄ちゃんの優しいお言葉。


「ダメよ、私とパパの馴れ初めを詩にしてあるの。ユマにはたっぷり朗読してもらうんですから」


「おまえ……それは……」


 ノリノリのお母様に困惑する父。


 俺としてはありがたいけど、本当の母親を無かった事にするのもやっぱり問題じゃないだろうか?


 だって、俺の耳は純エルフみたいに長くない。誰が見てもハーフと解るのだ。


 お母様と出奔した俺の実の母は仲が良かったらしいが、変な噂になると迷惑をかける。


 本当に自分の子供として育てようとしている母の優しさだけを受け取って励みにしよう。


「大丈夫ですわ、お母様。わたくし頑張ります、頑張りたいのです!」


 取り敢えずやる気をアピール。劇は体力が心配だが、朗読ならソラで朗々と歌い上げたって良い。


 なんせ中身は一五歳、棒読みなんて醜態は晒さないし、記憶に関しちゃ参照権万歳だ。


「お前は無理をせず、今日の午前中は休んで午後の授業に集中しなさい」


「はい……」


 ぐぐぐ、不健康が憎い、ちょっと動くだけで息切れする体が憎い。


「だいじょーぶ! おねえさまのことはわたしが見ます!」


 そして妹の優しさが何より痛い、ちなみに午後の魔法の授業は妹と一緒だ、むしろ置いて行かれてる状況で、姉の威厳大崩壊である。


「ありがとう、セレナ」


 俺の笑顔は引き攣っていないだろうか? それだけが心配だ。

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