ガスバーナーの魔法

 結局、午後の授業まで三時間以上寝込んでしまった。


 この世界、いやエルフだからか? お昼はかるーく済ませるもので、枝豆みたいだけど噛むとやたら固い豆と、糖蜜漬けのナッツを齧っただけだ。


 枝豆はともかく糖蜜漬けは王族とそれに準ずる位の者しか食べられないらしいのでありがたく頂く。栄養価も高そうだから積極的に摂って行きたいが貴重らしい。でも、なにより動物性たんぱく質が欲しいんだよなぁ……


 ピラリスからは午後の授業も休むように言われたのだが、魔法の授業でこれ以上妹に置いて行かれるのは勘弁したい。

 魔力量で敵わなかったとしても、知識量と応用力で上を行くのが異世界転生モノの醍醐味だろう。

 なにより「おねえちゃんごめんね……」とすっかりしょげてしまった妹に元気な所を見せねばなるまい。


 さて、健康値は? チラッと計測してみる。


健康値:3

魔力値:27


 現実は非情である。自らの危険水域である健康値3、どうしてこうなった?


 ちなみに魔力が上がってるけど、健康値と違ってちょっとしたことでブレるし、食事をとると上がったりする。つまり誤差の範囲だ。


「おねえちゃんだいじょぶ?」


 セレナがシダのすだれの前で待っているのが透けて見える。気まずくて顔を出せないのだろう、これはお姉ちゃんとして頑張らないといけないところだ。


「大丈夫だよ、お姉ちゃんとお勉強に行こっか」


 で、ペタペタと離宮内を歩いていく。教室は王宮近くにある。(そもそも王宮、離宮と言う区分が正しいか解らない、ただ居住区と政治の場は明確に分けられていた)


 エルフの国の規模が小さいのか、そこまで広くはないのが救いか。


「おねえちゃん、かおいろわるいよ? だいじょうぶ?」


「全然! へっちゃらよ」


 強がったものの、城の防御を考えているのか、曲がりくねった道や小部屋を抜けなきゃいけないのが地味に辛い。

 小部屋を抜ける度に心配そうな顔をした使用人はおろか、文官みたいな青年まで後ろに付いて来るし、王族ってのも大変だ。


「でもっ! でもっ! なんかみんなしんぱいですって、ついてくるし! こんなのヘンだよ!」


 ……なるほど、王族だからじゃなくて俺の顔色が其れだけ危険水域だと。ふぅむ皆優秀だね、健康値計なんて要らないんじゃないかな?


 ちらりと後ろを振り向くともはや大名行列の様相だ、俺の顔色を見慣れたピラリスまで顔色を悪くしている。


 あ、これヤバいやつだ。俺の顔色、多分真っ青になってる。


「ねえさま、ねえさまのおかお、青じゃなくて白くなってきたよ」


 白かー、白と来ましたか。白旗かな? もう正直ここから歩いて自分の部屋に戻るのも厳しいので早く教室に着きたい。


「ハァーハァーハァー」


「だ、だいじょぶ? ね、おへやにかえろ! セレナもかえるから!」


 うう、妹にここまで心配されてしまうとは……でも何とか教室に辿り着いた。大名行列のお付きの方々は代わりばんこに教室に入っては「注意してくださいね」と先生に訴えかけていく。


「ほ、ホントにひどい顔色じゃのう、どうじゃ? 今日は休んでまた今度と言うのは?」

「ハァハァハァだいじょうぶ……です」


 正直帰るのも辛いし、妹は心配してるし、でも授業は受けたいし、なにより先生ってのは面倒ごとを嫌がるモノだし。


 もしここで引いてしまったら、次もまた次もと延期されてしまう。それで俺の勉強はともかくセレナの勉強まで遅れてしまったら? そんなのはお姉ちゃん失格だろう。


「だ、だいじょう……ぶです、授業をしましょう」


 俺は、なんとか追い返そうとする先生を左手を突き出し制止する、ちなみに右手は荒い呼吸を繰り返す胸を抑えるのに必死だ。


「そ、そうか、熱心なのはいい事じゃがの……」


 チラリとこっちを伺うが、意思は固いぞと見つめ返す、諦めたのかしぶしぶ授業に入ってくれた。


「今日は、火付けの魔法の制御を学ぼうかの」


 だいぶ簡単なメニューである。ただ着火するだけ。基礎の基礎。俺の体調を気遣っての事だろう。


 とは言え、セレナの魔法制御に持って来いのメニューでもある。


 タイル貼りの教室ではあるが、火魔法をぶっ放すならかまどに向けてが安全だ。這うようにしてなんとか移動する。

 それを心配そうに見つめる爺ちゃん先生。

 ううっ、でもセレナの方には爺ちゃんの助手の女性がついているから大丈夫。


「ではかまどに向かって種火の練習をしてみましょう、セレナさんは魔力の制御が課題ですからね、少しの火で良いのでゆっくりと出してみましょう」


「は、はい! 『我、望む、ささやかなる種火を』」


 助手の女性の呼びかけに答え、セレナが魔法の言葉を紡ぐ。


 基本的に、子供に教える時は、大気に居る精霊さんに魔力を渡してお願いするのが魔法と教えるらしいのだ。


 俺は一足飛びに回路をこねくり回していたけど、アレは特別。

 不思議と回路が浮かぶから、精霊様の導きのままに魔力を通せって、そう言う話。イタズラするときも精霊様が見ているよって、心理的ストッパーに使うって訳よ。


 だから俺も妹に回路の細かい技術説明は禁止ね。気をつけなくては。


 そんな事を必死で息を整えながらも考えていると、妹の魔法が発動した。



 ――ゴオオオオオォォォォッッッ!!



「止めるんじゃ、ストップストーップ!」


 爺ちゃん必死のストップが入る。


 セレナの手から飛び出た『ささやかなる種火』が自衛隊の演習動画で見た火炎放射器みたいになっていたんだから無理はない。


 ……種火の魔法にどれだけの魔力を注いだんですか妹様。


「セ、セレナ様? 口からシャボン玉を吹く様に、呼吸と共に優しく魔力を出しましょう」


「いや、それでも多過ぎてああなっているのやも知れん。セレナの嬢ちゃんや、魔力を全く込めずに呪文を唱えて、最後に優しく、お姉ちゃんに語り掛ける様に「ね」と魔力を込めて言ってみてくれんか?」


 助手の女性のアドバイスを遮って、おじいちゃん先生がセレナにゆっくりと諭す。


「そんなのでまほうになるんですか?『我、望む、ささやかなる種火を! ね』」


 疑問に思いつつも呪文を唱える素直なセレナの指先に、今度は一瞬ボッと大きな火が灯ったものの、すぐに小さくなってゆっくりと消えていった。


 不安定である。で、でも。ま、まぁ、さっきの魔法よりは種火の魔法として使いやすいだろう。



「やった! できたよ! おねえちゃん!」


「見てたわ、やったわね、セレナ!」


「やはり多すぎる魔力量が制御を阻害している様じゃの……なんとも末恐ろしいものじゃ……」


 無邪気に喜ぶ妹だが、先生の呟きのが気になる。



 やっぱおかしいよな……アレ。



 意味無い呪文の語尾で魔力を拡散し、魔力を無駄にする事で何とか威力を減少させた感じである。

 セレナの魔法制御が甘いと言うより、年齢に対して魔力が高すぎるのだ。末恐ろしい。


 でもでも、私には私の、俺には俺のやり方がある! こっそり特訓していた魔法のお披露目をして妹をビックリさせちゃいますかね。


「先生、次は私の番ですか?」


「ふーむ、嬢ちゃんには休んでいて欲しいんじゃが……無理はせんようにな」


「はい!」


「おねえちゃんがんばってー!」


 妹の声援に答えたい、これが異世界転生チートだと言う所を見せつけないとね!


 俺は深呼吸を一つ、かまどの前で仁王立ちをして指先をかまどに向ける。


「『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて、ささやかなる種火と共に強き炎を生み出せん』」


 ボォォォォォ!


 指先から青く暗い炎が出る、成功だ! ガスコンロみたいに酸素を十分に含んだ燃焼が出来ている。


「『サンソ』を含んだ炎! それに何て長い呪文じゃ!」


「二つ以上の魔法を組み合わせると、呪文も長くなるみたいです」


「複合魔法じゃな、やはりワシでは発動しないか……」


 呪文を唱えるも使えないらしい。爺ちゃんは心底残念そうだ。

 俺としては複合魔法ってのが気になった。ますますゲームっぽいなぁと。


 とは言え、今回の目玉はソコじゃ無い。


「炎の形を変えられるんですよ、ほら」


 ドヤッ! こう言うのは得意分野。

 回路を弄れば炎の形を変えるなんて朝飯前だ。


 もうね、ハート型にしちゃう。


「おおっ!」

「ふふーん」


 決められた回路でしか魔法を使えない人と、俺が明確に違うのはココだ!


 回路を好きな様にアレンジ出来る!


「しかし、それならワシにも出来るぞ」

「えっ?」


 爺ちゃんは種火を宙に浮かせると、ぐねぐねと複雑に炎の形が変わっていく。

 エルフの宮殿の姿が宙に浮かぶ、絵画みたいに複雑な形であった。


「ユマ嬢ちゃんは勘違いしている様だが、魔法の形ぐらいなら幾らでもアレンジが効くのじゃよ」


「あ、はい……」


 どうも、そうみたい。それにしても大人げないね、このジジイ。


 まぁ、そうか。やっている事は回路の最後、発火部をぐにぐにと曲げているだけ。

 呪文を唱えると回路が頭に浮かぶとは言え、その程度のカスタマイズは難しくないと。


「しかし『サンソ』の魔法を使いながらソレだけの制御が出来るとは成長したのぅ」


「おねえちゃんすごーい!」


 妹さまの目がキラキラだ! もうずるっこだろうがチートだろうが、何でもやる、姉の威厳を守るためならね!

 俺が指さした薪はあっと言う間に火がついて、メラメラとかまどに火が灯った。


 ちなみに妹様の時は言うまでも無くすべての薪が炭化してしまった。着火の魔法としては失敗である。そもそも薪が居るかってレベルだがな。


 しかし、妹様は俺の青い炎がやたらと気に入ったらしいのだ。


「ねぇ、わたしもやっていい? いまの! やってみたい!」

「え゛っ」


 正直、さっきの火炎放射を見る限りやめて欲しい、仮に成功されても姉の威厳が崩壊すると言うハッピーエンド無き結末だ。先生も渋い顔をしてるし思いは一緒だろう。


「あのね、この魔法は制御がとーっても難しいの、大きくなってからチャレンジしよっか?」


「えーせいぎょがうまくなりたいんだもん、おねえさまと同じ魔法つかいたい」


 あーこれダメな奴だ、悪ガキ経験が通算二回目のベテランだから解る、ダメって言ってもこっそりやる奴だ。


 かくいう俺も実はさっきのガスバーナー魔法、コソ練してました。


 しかし、さっきの魔法を自分のお部屋で試されたら、トンでも無い事になる。


 なにせ、この宮殿は木造である。


 そうは言っても、木が生きたまま組み上がった構造。生木は燃え辛い上に魔法による抵抗と回復能力まであるのだから、イメージと違ってなかなか燃えない。


 ただそれも普通の火魔法では燃えないと言うだけの話。もしさっきの火炎放射器に酸素をプラスしたらどうだ? 考えるだに恐ろしい。


 つまり、ココでやらせた方がなんぼかマシだ。


「先生、あのかまどは特殊な耐火煉瓦ですよね? 少しだけ、少しだけ試させて貰うのはダメでしょうか?」


「う、うむ、そうじゃな。嬢ちゃんの魔法、ワシももう一度見てみたい。セレナ嬢ちゃんと一緒に学ばせて貰おうかの」


「……構いませんよ」


 この爺ちゃん、本音がダダ漏れ。好奇心だけだろ。

 日和見な態度で断られて、後で妹の起こした火事で宮殿炎上となるよりはマシと思うことにした。


 で、セレナに魔法の呪文と理屈の一端を教えていく。


「あのね、空気にはモノが燃える時に必要な『サンソ』ってモノが含まれているの、その部分だけをギューッとより分けてね」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……それで、最後に大事なのは指先、指先から火を出すの、さっきセレナがやったみたいに掌から魔力を出すと凄い量の炎が出ちゃうでしょ? 指先から出せばちょっとの範囲しか燃えないから」


「わかったー」


 なんだかんだ俺の説明は長すぎたのか、妹様はちょっとウズウズしてきた。キリが良いところで切り上げる。

 説明の間、何故かずっと爺と助手がふんふんと隣で頷いていてどっちが先生か解らない。いっそコッチが授業料を貰いたいんだが?


 まぁ良い。かまどの前に立つ妹の肩を後ろから支えて、一緒に呪文を唱える。


 その過程で、俺の健康値をセレナの魔力と同調させる。


 こうすれば、俺の健康値は相殺されない。もちろん、セレナが俺を燃やそうとしたら一瞬で火だるまになるが、別に抵抗したって火だるまになるんだから気にするだけ無駄。


 後ろで制御を手伝った方がなんぼか安全だ。


「じゃあやってみるねー、せーの「『我、望む、大気に潜む燃焼と呼吸を助けるものよ、寄り合わさりて、ささやかなる種火と共に強き炎を生み出せん』」」


 ――ドゴォォォォォォォォッッ!


 セレナの指先から青い炎が出る、それもすごい勢いで、成功だ。


 成功か? 成功だよな? なんだろう?


 なんと言うか暗い輝きだったはずが、非常に眩しいまでの光となっている、それに青を通り越して白っぽい。俺の顔色かな?


 コレ、摂氏何度ぐらい出ているのだろう? 俺はかまどを覗き込む。


 ……え?


 信じられない光景に息を飲む。


 震える声で口を開いたのは助手の女性だった。


「そんな……耐火煉瓦が……溶けてる……」


 うん、溶けてるねドロドロだね。この光、俺の見慣れたガスバーナーじゃない。参照先生によると近いのは溶接とかのアセチレンバーナーだって、一般のご家庭では絶対に出番の無い奴。


 参照権によると、二千度ぐらい出るとか出ないとか。


「え! おねえちゃん止まらない、止まらないよ!」


 追い打ちをかける様な妹様の悲鳴。


 そっかー、掌で大放出してたのを指先に集めると高火力になるし、圧が掛かって中々止まらないよね? お願いだから振り向かないで!


 ――ビィィィィィィ


 指先からあふれる光を止めようとさらに出口を絞ると、もはやレーザー光線みたいな光が壁を切り裂いていく、危ないっ! 危ないから!


「かま、かまの前ッ近づいて残った魔力を放出!」

「う、うん……」


 パニクるセレナの肩を押してかまどの前に、って滅茶苦茶熱い!! そこで魔力を開放ボン!


 ――ジュゥゥゥゥゥッッッ


「あふぅん……」


 サウナもビックリの途轍もない熱気と溶けちゃいけないものが溶ける異臭に、俺は意識を手放した。

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