真・完全オリジナル魔法

「で、何でビンなんて用意させたんじゃ?」


 数日ぶりの魔法の授業。


 俺はそこで爺ちゃんにガラス瓶を用意してもらった。蓋付きのヤツ。


 なんとこの世界、保存用の瓶詰め容器が存在する。しかも、安価に。


 魔道具で簡単にガラスの精製や加工が出来るらしいのだ。


 と、なればだ。

 ガラス瓶の中を真空にする魔法は便利なハズ。食品の劣化するのを防いでくれる。


 れっきとした『使える』魔法である。


 爺ちゃんが言うには、真空の魔法は存在しない。真空って概念に馴染みがないからだろう。


 ちなみに前回、俺が発現させた光珠の呪文は、普通に存在した。やはり、俺は回路を思い浮かべると、呪文を口ずさむのだ。


 仕組みは解らない。

 だけど、ひょっとしたらコレは凄い発見になる。


 俺は、ソレに気が付いてしまった。


 まず俺はビンを両手で持って、魔力を通し、中の空気を意識する。回路は簡単だ、空気をビンから掻き出して、蓋を閉めるまで、その状態を維持するだけ。


「うー」


 しかし、上手く行かない。


 空気を出すだけなら、コイル型の回路だけ、コレだけじゃ新しい魔法にはならないだろう。むしろ、真空を維持するのが難しい。


 空気を固める魔法は、コイルをハリネズミみたいにズラリと並べて、四方八方から空気をガンガン送り込んで圧縮する。

 そのコイルの向きを反対にして、空気を掻き出すようにしたのが真空波の魔法だ。

 単純極まりない。


 だが、ビンの中に真空を作り出すにはそんな方法じゃ無駄が多い。『使える』魔法にならない。


 なにより、蓋を閉めるまで真空を維持しなければならないのだ。


「ふむ、ビンから空気を抜こうと言うのかね?」

「はい……」

「なるほど、では、空気が一方通行になる膜が必要じゃな」

「え? そんなのあるんですか?」


 びっくりした、だってそんなのは明らかに真空を生み出す為のモノだ。


「まぁ、そうじゃな、限られた用途に使うモノだが、仕組み自体は結界魔法の応用になる」


「えと、ソレってドコで使うんですか?」


 色々気になるが、一番聞きたいのはソコだった。俺は爺ちゃんに詰め寄った。


 事と次第によっては、俺のオリジナル魔法がオリジナルではない事になる。


「魔法ではない、魔道具だ。……どうも瓶詰めの時に保存性を高めるために使うようじゃな」

「えぇ……」


 俺がやりたかったこと、そのまんまである。


 ガッカリだ、正直いってガッカリした。

 俺の完全オリジナル魔法が……なんで?


「あぁっ!」


 俺は、ハッとした。


 そうだ! あまりにも当たり前の話。

 俺は大変な勘違いをしていた。


 何故だか知らんが、回路を組み合わせて、新しい魔法を作れるのは俺だけだと勘違いしていた。


 最初っから解っていたハズなのに忘れていた。


 魔道具だ! 魔道具は回路の組み合わせで出来ている。だからそう、魔道具技師は回路を組み合わせて日々新しい魔道具を作っているのだ。


 だからきっと、俺が作る魔法自体に、新しい価値なんてないのである。


 空気に触れると劣化する食材なんていっぱいある。


 だったら、誰もがビンから空気を抜きたくなるだろう。真空に対して詳しい知識や理解がなかったとしても、だ。


 それを魔道具技師に依頼する。ビンから空気を抜いてくれと依頼する。


 技師は様々な回路を組み合わせて、研究し、既に作り出していたに違いない。


「うみゅぅ……」


 ちょっとガッカリした。


 項垂れる幼女がビンに反射する。可愛い。まぁ俺なんだけど。


 現実逃避である。


「ん? 違うかな?」


 良く考えたら、コレはコレで面白いんじゃないか?


 俺だけのオリジナルの魔法は作れない。


 と、同時に、オリジナル『呪文』ならずっと簡単に作れるのでは? と言う閃き。


 俺は爺ちゃんにお願いして、その魔導回路を見せて貰う事にした。


 マイナーな魔道具だ。もちろん模型なんてない。それどころか企業秘密。


 あるのは爺ちゃんが趣味で記録した手記だけ。だけど、それだけで解る。どんな回路をどうやって組み合わせたのかぐらいは。


 完成された美しい回路だ。だから、魔力も殆ど使わない。だが、ソレを脳内で組み立てた時、頭の中で閃く単語。


『我、望む、封じる虚空ダ・エテの祝福を』


 呪文がスッと自然に口を衝く。

 ビンの中から空気が抜けて、俺は難なく蓋を閉められた。


 ダ・エテ。頭に浮かんだ概念は、マイナスの空気。


 まさしく真空の事だろう。


 ビンに反射するは、ニヤリとほくそ笑む幼女。もちろん俺である。


「今の呪文は、なんじゃ? まさか!」


 早速、爺ちゃんが食いついた。


「我、望む、封じる虚空の祝福を……ッ!? オオッ!」


 呪文を唱える、するとどうやら脳に回路が浮かんだようだ。


 慌ててビンをひったくると、もう一度呪文を唱えた。


「我、望む、封じる虚空の祝福を」


 すると、俺より早く、一瞬でビンから空気が抜けてしまった。


「ま、まさか! ダ・エテ、古代語語でマイナスの空気を意味する。なるほど、そんな言葉があったのか……」


 そして、俺の脳内に浮かんだ単語の意味も合っているようだ。


 なんせ、爺ちゃんは失われた古代の言葉の研究家でもある。魔法の研究とは古代語の研究でもあるからだ。


 そう、俺は新しい言葉を発見したのだ。


「先生、これはすごい発見ですか?」

「そ、そりゃ勿論。凄い! 凄すぎるわい! 新しい魔道具は作られるが、新しい魔法なんぞここ数百年は生まれとらんぞ!」

「やった!」


 嬉しい!

 そうだ、新しい魔法の開発は進まない。


 魔法の才能がある限られたエルフが、古代語を調べながら言葉を組み合わせ、魔力を込めながらブツブツ呪文を唱えて、正解だったら頭に回路が思い浮かぶかどうか、そう言うレベル。


 しかも、子供を暗い部屋に閉じ込めて光の魔法の呪文を唱えさせたように、必要に迫られないと発現しないとなれば、新しい呪文など殆ど発見されない。


 ビンを片手に、空気を抜きたいなと思いながら古代語を唱える人がどれほど居るのか?


 まして、真空の概念がなく、真空にあたる古代語まで失われていれば、呪文など思いつくハズがない。


 そして、俺はそんな大発見を好き放題に出来る。


 どうやって? 有用な魔道具の回路を脳内に思い浮かべれば、その呪文が口を衝くのだから。


「学術レベルの大発見じゃ! なんという! なんという!」


 もう、爺ちゃんは大興奮。


 ソコで、事件は起こった。


――ピシッ!


 先生は感動のあまり、魔力を込め過ぎた。空気を抜き過ぎたのだ。

 ビンが耐えられず、割れた。


 先生は丈夫なビンを持って来ていた。万が一子供が割ったら大変だからと、爺ちゃんなりに厳選したらしい。


 それでも『偶然』は牙を剥く。

 ガラスが、弾ける!


 恐ろしい『偶然』が幾重にも重なり、俺が立っていた位置に、光を乱反射する透明な刃が殺到する。


「ッ!」


 俺は、転がるように避けた。それはもう、ビンにヒビが入った瞬間、既にして転がっていた。


 長年染みついた危機察知能力! 事故があれば、ソレは必ず俺を巻き込む。


 考えるよりも先に、体が動く!


「グェッ」


 しかし、幼女の動きは鈍かった。


 紙一重で避けたつもりが、長いエルフの耳にガラス片が突き刺さり、穴が開いてしまった。血が噴き出す。


 しかも、勢い良く転がったせいで、頭もぶつける。


「ふぇぇ」


 何度も言うが、俺の健康値は3。

 勿論、意識を失うのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「凄いわ! ユマちゃん!」


 目が覚めるなり、お母様に抱きしめられた。


「ふみゅ……」


 前世の俺がこんな金髪美人に抱きしめられたら昂ぶって仕方がないだろうに、幼女になった俺は心底安心しているのだから不思議だ。そう言うモノかね?


 興奮冷めやらないお母様が俺の頭をグリグリと撫でる。


「ユマちゃん、わたし嬉しいわ! ユマちゃんを馬鹿にする人達がみんな居なくなったのよ!」

「ふぇ?」


 えっ? 俺、馬鹿にされてたの?


 ……そうなのだ、この時の俺は、ソレすら気が付いていなかった。


 聞けば、やはりアレだ。

 エルフは人間を見下している排他的な種族のようだ。


 で、俺は王族でありながら人間の血を引いてるのだから、影では色々言われていたと。


 そんな中でも、種族の差を全く気にせず暮らせていたのだから、実の母でないお母様がよほど頑張ってくれていたに違いない。


「魔法の発見なんて、どんな大魔法が使えるよりも凄いんだから!」

「えへへ」


 だから、母様が喜んでくれるのが何より嬉しい。そうだ、俺が発見した新しい呪文は、新しい魔法となった。


「あの、わたし、魔導回路をかんがえると、呪文がね、でてくるの」


 俺はお母様に打ち明けた。舌っ足らずで語彙も足りないが、確かに打ち明けた。


 どうもお母様と話すとユマちゃんが表に出てくる感じ。


「そうね、魔法の先生からユマちゃんがそうだって聞いたわ」

「ふぇ?」


 先生は気が付いて居たのか。……というか、前例があるっぽい。


「あの、びょうきじゃないの?」


 普通は、呪文を唱えると回路が頭に浮かぶ。

 だけど、俺は逆なのだ。回路を頭に浮かべると、呪文を唱える。


 何か壊れていると言われても不思議じゃなかった。


「ううん、たまにそう言う人も居るんだって」

「そうなんだ……」


 呪文を唱えると回路が頭に浮かび魔法が使える。きっと進化の過程で良い感じに獲得した能力なのだろう。知らんけど。


 で、突然変異的にその機能が逆転してしまった人だって、歴史上では居たと。


 そういう話なのだ。


 やっぱり、俺の力は唯一無二でもなんでもない。


「でもね、新しい魔法を作った人はひとりも居なかった。ユマちゃんが初めてなの」

「やったー」


 俺が初めて。ソレが嬉しい。


 だって、それはそうだろう。


 回路を思い浮かべると、対応した呪文を口ずさむ能力があったとしても。まず回路を完全に記憶するのが難しい。出来ても送風の回路ぐらいが精々だろう。


 突然変異的に現れる完全記憶能力者は、回路を覚えたって呪文を閃くワケじゃない。


 両方を兼ね備える人物でなければ新しい呪文は見つけられない。


 さらに言えば、魔法の高等教育を受けられる家庭がそう多くない。


 三つも偶然が重ならないと俺のようにはならないのだ。


 となれば、コレは紛れもなく俺だけのチート能力!


「虚空って言葉が見つかって、新しい魔法がどんどん発見されてるの。ぜんぶユマちゃんのお手柄なのよ」


「ふぇ!?」


 あっ、そうか。

 最初に単語さえ見つかれば後は総当たりで色々と試しながら呪文を呟けば良いのだ。


 後は真空を球体にしたり浮かべたりを総当たりで調べればいい。


 呪文の仕組みを考えると、ひとつの単語の発見が複数の魔法の発見に繋がる。


 コレは面白い。


「わたし、魔法のべんきょうしてよかったです。もっと魔法をべんきょうしたいです」

「いいわよ! どんどん新しい魔法を作って歴史に名を残しちゃいましょう!」


 お母様のテンションが高い。抱きつかれて少々苦しくなってきた。


「あの、パルメ様……」


 見かねたピラリスが止めに入る。


「ピラリス! あなたにもお礼を言わないと! あなたがユマちゃんに魔法の才能があるって言わなければ……」

「勿体ないお言葉、ですが……」

「私、信じてなかったもの、魔法なんて勉強してもユマちゃんが辛い思いするだけだって」


 お母様がもう、ウキウキで凄い。

 ピラリスの言葉を聞かない。


「あの、でしたらひとつお願いが……」

「何でも言って! わたしが出来る事なら――」

「では、ユマ様を離して頂けると」

「えっ?」


 仰天するお母様の声が遠くから聞こえる。

 腕の中にありながら、俺の意識だけが遠ざかっていた。


「大変!」

「お待ちを」


 慌てる母様を押し止め、ピラリスは俺を抱えあげる。


 俺はそのままベッドにぶち込まれた。

 横目に鏡をみると、自分でも驚く程に顔色が悪い。はしゃいだ所にギュッと強く抱きしめられたせいだろう。


「ユマちゃん、ごめんなさい……」


 お母様の顔色も悪い。やらかしに気付いたようだ。


「パルメ様も出産を控えた体、ご自愛下さい」

「そうよね……」


 お母様が大きくなったお腹を撫でる。出産は近そうだ。


 なのに、コレほどにはしゃいで大暴れ、大丈夫かな?


「ユマちゃん、この子のお姉ちゃんになってね」

「はーい」


 ベッドの中で、俺はなるべく大きな声で返事をした。


 ただソレだけの事が苦しくて、俺は自分の不健康を呪ったりもした。

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