オリジナリティ

 弱ぇぇぇぇ!



 俺は自分の魔法の弱さに絶望していた。


 前回、おでこに空気砲を貰ってあえなくダウンした俺だったが、逆に言えば俺でもこのぐらいの威力は出せるのだと、魔法の力にワクワクしていた。


 しかし、だ。結局の所、空気をぶつけるだけではデコピン程度の威力が精々だった。


 デコピンで気絶するのは俺ぐらいだ、大人にはまるで効かない。イタズラにもならない。ピラリスには「何かやりました?」って顔をされる始末。


 しかし、俺は諦めない。


 もっと威力のある魔法を求め、全く新しい魔法を生み出したのだ。


 今日、ソレを、試す!


 ここはタイル貼りの魔法教室。先生も見守る中、幼女の俺は舌っ足らずに呪文を唱える。


我、望む、この手より放たれたる赫珠よラ・ガンスール・サナース・ガズィ・ル


 俺の手にそこそこ大きめの火球が浮かぶ。


 ふふ、ドヤッ?


 完全オリジナル魔法、ファイアーボールだ!


 例の増幅回路で魔力を強化、溜まった魔力を保管回路に溜め込んで、発火回路で火を付ける。


 言わば、魔力で出来た火炎瓶。着弾と同時に溜まった魔力に引火して、結構な炎を出す!


 本で知識を蓄えて、魔導回路を組み合わせれば、俺は自由に魔法を作れる。


 回路と回路を『参照権』で繋ぎ合わせれば、可能性は無限大!!


 がぜん魔法チートらしくなってきた。


 もうね、格好いい呪文だって唱えちゃう。


 俺に呪文は必要ないのだが、なにも悪目立ちする事はない。なにより『参照権』が検索式なのだから、紐付けておけば組み立てた魔導回路を一発で引っ張れる。


 これも中々のアイデア。


 俺はすっかり得意になっていた。


「ふむ……」


 しかし、魔法の先生、もとい宮廷魔術師の爺さんの反応は渋い。もっと驚いて貰えると思いきや、殆ど興味はなさそうだ。


 そして、爺ちゃんはトンでもない事を言い出した。


「ではお嬢ちゃん。その珠をコチラに投げなさい」

「え?」


 大丈夫? コレ、こう見えて、結構威力あるよ?


 しかし、こう言う時の爺ちゃんは容赦ない。やたらと急かしてくる。


「ほれ! 早くしなさい!」

「は、はい」


 もう知らね、こんがり爺ちゃんになってもこっちは王族だしテヘペロで許されるだろ。


 まぁ、真面目に考えるとさ……俺の完全オリジナル魔法も、宮廷魔術師の爺ちゃんなら楽勝に防いでしまうに違いない。


 防御魔法とか?

 ひょっとして今日はソレを教えてくれるのかも。


 そう考えて、俺は軽い気持ちで火の玉を放り投げる。


 ……しかし、だ。


「なんでっ!」

「…………」


 爺ちゃんは魔法を使わず、避けようともしなかった。


 あわや直撃、その時だ。


――バシュッ!


 爺ちゃんに直撃する直前で、自慢の火球はみるみる威力を減じてしまう。水をぶっかけられた花火みたいに。


 残ったのは燃えかすみたいな炎だけ。ひょろひょろと飛んでくるソレを、爺ちゃんはふっと息を吹きかけるだけで掻き消してしまった。


 タネも、仕掛けも、魔法もナシに。

 ……なんで?


「魔力は健康値と相殺する。知っておるな?」

「あっ! ハイ……」


 そう言う事か!

 俺は爺の言わんとする事を理解した。


 俺のファイアーボールは、魔力を燃料にした火炎瓶。


 火炎瓶から燃料を抜き取ってしまえば、僅かな種火が残るだけだ。


「嬢ちゃんの魔力値は14だったか?」


「はい……」


「だとすれば、今の魔法で倒せるのは健康値がどのぐらいの相手であろうか?」


 どうだろう? 引き算で4ぐらい残れば戦闘不能には持ち込めるだろうか?


「えっと、10ぐらいですか?」

「1だ」


 いち? え? なんで?


「健康値は十倍の魔力を相殺するのじゃよ」

「え゛?」


 なんで? じゅうばい?


 ちなみに、健康値が2で生きている人間は居ない。1となると、もうそのへんの虫レベル。

 つまり、俺の魔法は誰にも効かない?


 いや、でも、そんな馬鹿な!

 俺はあの魔法を作るとき、何度も火傷しそうになったんだぞ? 


 はい、そうです。またボヤ騒ぎ一歩手前でした! 誰にも言えない制作秘話。


 俺の疑わしげな目線を受けて、爺さんは諭す様に言い含める。


「なにより注意せねばならんのは、自分の魔力は自分の健康値で相殺されない事じゃ。

 嬢ちゃんの魔法ではネズミ一匹殺せぬが、嬢ちゃん自身は殺せる。


 ……わかるな? 魔法を使う上で、自爆こそ最も気をつけねばならぬ」

「はい……」


 それでかー!


 良く考えたら、自分の健康値で自分の魔法が相殺されたら、魔法自体が使えないもんね。


 んだよソレ。

 俺の魔法、マジで役に立たないじゃん……。


 生き物が近くに居ただけで、俺の魔法は掻き消されてしまうのだ。俺の健康値は3だから、虚弱な俺ですら、倒すのに必要な魔力は30以上。


 ちなみに、健康値3はネズミ並、普通の人間なら20はなきゃ病気を疑われる。


 つまり……だ。


「そうじゃ、魔法で生計を立てるならば、魔力値は健康値を突破可能な200を越えるかどうかが一つの指標となる。敵を魔法で攻撃しようにも、傷を魔法で癒やそうにも、魔力値が200を下回ると直接的な効果は殆ど無いのじゃ」


「そんな……」


 俺の顔からさっと血の気が引く。

 青ざめる幼女って可愛いかな?


 いや、普段から顔色悪いけどさ。


 ……現実逃避はよそう。


 俺の魔力値は14。成長しても200を越えるほど、劇的に伸びることはないだろう。


「とは言え、だ。今の赫珠。悪くなかった。着火の魔法としては十分じゃ。獣は火を嫌う。とっさに遠くに火をつけられるなら、役に立つ事もあるじゃろう」


 先生のフォローが虚しい。そんな場面殆どないだろ? それこそマッチみたいな道具で火を付ければ良い。


 ……もう駄目だぁ、おしまいだー。


 俺はガックリと肩を落とす。


「そう気を落とすモノではないわい。その魔力値で魔法を成功させたのじゃ、嬢ちゃんは誇って良い」


「はぁ……」


 爺ちゃんの言いたい事は、解る。


 魔力値が低い人はそもそも呪文が頭に浮かばない人が大半らしいし、丸々回路を記憶したところでぼんやりと頭に浮かべただけでは決して魔法は成功しない。


 俺ぐらいの魔力値で魔法を発現させただけで異例。とても凄いことなのだ。


 だがそうやって褒められても、俺は『参照権』というチート能力で無理矢理魔法を発現しているだけなので、あまり嬉しくない。


 いや……まだだ!


 そう、俺は魔法を自由に組み立てられる。


 その汎用性こそが俺の魔法の醍醐味……のはず。

 多分、きっと、恐らくね?


 だから、とにかく手数が大事。考えた魔法はとりあえず見て貰う。


「えいや!」


 でも、アレだ。呪文とかは恥ずかしいからもう良いや。

 すっかりテンションはだだ下がり。


 今回俺が発現させた魔法は、真空の魔法。


 名付けて真空波!


 真空を敵にぶつける魔法って強そうじゃない?

 かまいたちで斬り裂いたりしてさ。


 空気をぶつけたり出来るんだから、真空も作れないかと思ったら、なんとあっさり出来たわけよ。簡単な回路の組み合わせでさ。


 空気を圧縮させる回路の逆、空気をひたすら掻きだして、真空状態を作り出した。


 まぁね、そりゃあね?

 完全な真空とは程遠いけど、なんなら真空か? ってレベルだけど。


 空気が極端に薄い空間は作れたってワケ。


 その真空を刃状にして、思い切り壁に投げつけたりもしたんだけどさ……



 まるで威力がありませんでしたぁ!



 そうなんですよ奥さん!

 真空って全然威力とかないの。

 低いとかじゃないよ? ゼロ。皆無ね。


 肌にくっつけると、アレ、引っ張られるな、コレなんだろ? って感じ。


 血が沸騰するとか、そんな心配完全に無駄! 杞憂!


 なのに前世のゲームと来たらやたら真空! 真空! と、あたかも威力があるように。俺達は長年にわたり真空詐欺をされまくっていた。


 そう言えば魔法瓶の真空が漏れて怪我したって話を聞いたこと無いよな。


 いや、宇宙みたいに完全に真空に出来たら違うかもわからんが、そんなのは絶対に無理ッス。

 真空じゃなくてちょっと気圧が低いだけ。


 そりゃ弱いわ。


 そんな俺の真空波。ガッカリ性能だし、頭に閃く格好いい呪文も特になかった。つまりは完全なる失敗作。


 だから投げやり、適当に作って、ポイッと爺さんに投げつける。


 しかし、爺さんの反応たるや、さっきのファイアーボールの比ではなかった。


「な、なんじゃ! この魔法は、一体?」


 驚愕に目を丸くする爺ちゃん。


 あの? 宮廷魔術師サマ? そのリアクション、さっき欲しかったんですけど?


「こんな魔法、見たことがないわい」

「ほんとに? え゛?」


 変な声が漏れたのは、驚愕する爺ちゃんとは裏腹に、真空波があっさりジジイの健康値に掻き消されたからだ。


 あまりにもシュール過ぎる絵面であった。


 いや、ソコはさぁ、真空波は未知の魔法だから健康値を無視して突き刺さるとかそう言うの頼むよ頼むよー!


 爺さんもさ、あっさり魔法を消しておきながら、プルプルと震えるほど驚かれても、こっちも反応に困るんだけど?


 なんだろう? 高度な煽りかな?


「こ、こんなに弱い魔法がこの世にあったとは!」

 みたいなノリ?


 父ちゃん、コイツ不敬罪でしょっ引いて。


 すっかり胡乱な俺とは裏腹に、爺ちゃんの目はマジだった。


「嬢ちゃん、さっきの魔法は一体なんじゃ?」

「え、あの、くうきをうすくしてぶつけただけ、ですけど……」


 こちとら真空って異世界語すら知らないからね。


「なるほど、空気を圧縮し刃にする魔法の逆か! しかしそんなモノは聞いたことも無い」

「はぁ……」


 そりゃ、威力とかまるっきり無いからね。実用性皆無だから誰も使わないだろうよ。


 しかし、そんなに珍しいモノなのだろうか?

 それこそ、空気を圧縮してぶつける魔法はオーソドックスなのである。


 コレはただソレを逆にしただけ。

 これに比べたらファイアーボールの方がずっと自信作なんだけど?


「あの? さっきの火の玉は駄目で、こっちに驚くのは何でですか?」

「む? 赫珠の魔法は普通じゃろ? 遠くから安全に火を付けるのに便利なんじゃ」

「え?」


 どう言うこと?


「ソレに比べて、先ほど見せて貰ったのは面白い! 全く新しい概念じゃ! 空気がない事が武器になるかもしれんとはな」

「はぁ……」


 いや、武器にならんすよソレ。


 しかし、気になったのは赫珠の魔法?

 いや、え?


 そうだ、おかしい。爺ちゃんは初めから、俺のファイアーボールを赫珠と言っていた。


 初めて見せる、俺の魔法を! 俺が考えた呪文を。


「火の玉の魔法って普通なんです……か?」

「む? 普通は言い過ぎかの? あまり使う事はないからの。しかし、ワシは使えるぞ、ほれ!」


 爺さんは手を突き出して呪文を一つ。


「我、望む、この手より放たれたる赫珠よ」


 手の平に浮かんだのは、俺とは比べものにならない程に巨大な火球。備え付けの暖炉の中に吸い込まれると、耐火レンガが赤々と染まる程の高熱を撒き散らした。


 俺はソレを呆然と見つめることしか出来ない。


 先生は俺より魔力値がずっと多い。だから、その大きさや威力に驚いたのではない。


 その魔法の構成が、俺のファイアーボールと全く同じだったから。


「赫珠の魔法じゃ、お嬢ちゃんの呪文と全く一緒だったじゃろ? 篝火に着火する時などに便利じゃな」

「…………」


 そうなのだ、完全オリジナルだと思っていた俺の魔法と全く同じ。


 それは、まぁ良い。なんせ単純な回路で出来た魔法だ。


 驚くべきは、俺の考えたのと、全く同じ呪文であること。


 いや、そうだ、初めからおかしかったのだ。良く考えたら赫珠なんて単語、普段は一切使わない。


 俺は勿論、幼女ユマちゃんも一度も聞いたことが無い言葉だった。


 なのにスッと思いついた。


 しっくり来る呪文が、コレしかないタイミングで、知り得ない単語で口ずさんでいた。


 逆に、使いモノにならない真空波の魔法の方は、どう考えてもしっくり来る呪文が思い浮かばなかった。


 ひょっとして、コレが俺の特殊能力なのか??



 つまり、こういう事だ。

 魔法が使えるエルフは、呪文を唱えると、勝手に回路が頭に浮かぶ。


 俺はその逆。


 回路を頭に浮かべると、勝手に呪文を口ずさむ!!



 既に回路は完成しているから、呪文を口ずさむ意味が無い。


 無駄! ゴミ!


 って言うか、どんな仕組みだよ!

 意味がワカラン! 使い道、ゼロ!


「むぅ、嬢ちゃん、さっきの魔法、呪文はなんじゃ? ワシにも使えるか試したいのじゃが」

「はぁ……」


 だからアレです、ワクワクの爺ちゃんにグイグイ迫られても、俺も何も知りません。


 何だよこの能力。まるで役に立たないんだが??

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