魔法の鏡

「今日はユマちゃんにプレゼントがあるのよ」


 起き抜けに、王妃であるお母様からそんな事を言われた。もうすぐ出産を控えた身なのに元気なモノだ、少し心配になる。


「ママ、あ、ありがとぅ」


「良い子ねー、早速見てちょうだい」


 母の合図で、わっしょいわっしょい。


 数人掛かりで部屋に運び込まれたのは、姿見だった。


「え? これ……」

「ね! 立派でしょう?」


 デカい鏡だ。口をポカンと見上げてしまう。

 幼女の全身を映すにはあまりにも過剰。


 お洒落をする年頃でもないし、こんなモノ貰っても困るんだが……


 ジッと母の顔を見る。


「コレで毎日顔色や体型を見て、異常があったらすぐに教えてね」


 そう言う事かー。


 つまり、俺の体があまりにも弱いから、コレで健康チェックをしろと。


 魔法があるとは言え、ファンタジー世界。こんなデカい鏡、恐ろしく高いに違いない。流石は王族と言ったところか。


 そう考えると、現代人感覚で『ふーん』みたいなリアクションはマズかったな。


「ママ、ありがとう!」

「うんうん、でも、ただの鏡じゃないのよ、ほら、鏡に触ってご覧なさい」


 何だ? 鏡を触る?

 指紋がベッタリ付いちゃうけど?


「はーい」


 でも、子供だもん。触っちゃう。

 すると。


「ふぇ?」


 リアルに幼女みたいな声出た!


 それもそのはず。鏡に数字が浮かび上がるじゃありませんか!


 こんなのは前世でも見たことが無い。


「な、なに?」


 ビクッっと手を離したら、数字は消えてしまった。一瞬で読めなかった。


 もう一度触るか? しかし触った時ピリッとしたので、少しだけ怖い。


 こんな時の『参照権』


 記憶を引っ張って、読んでみる。

 数字だ、二つの数字。


 健康値:3

 魔力値:14


 ステータスじゃん! 凄い!


「魔法みたい!」

「魔法ですよ?」


 侍女のピラリスさんからクールなツッコミ。

 そりゃ、そうだよな。魔法だよ。


 ソレにしても、こう言うのがある世界観なんだ!


「ステータスオープン!」


 人差し指を天に掲げ、ポーズを決めて堂々宣言。



 ……しかし、鏡に映るのは変なポーズをした幼女の姿だけだ。


「何やってるんです?」


 ピラリスさんはとにかくクール。恥ずかしいから止めてくれ。


 ……まぁ解ってましたよ。そう言うんじゃない事ぐらいね。


 ノリです、ノリ。


「これはね、魔力と健康をチェックする魔道具なの」


 なるほど、お母様。

 わたくし完全に理解しましたわ!

 (解ってない)


 健康値が足りない。って口々に心配されるから、俺も幼女ながらに気にはなっていた。

 この世界には体力や魔力を測定する機械があるらしいぞって。


 それにしても、こうもデジタルに表示されるとは。


「じゃあ、もう一度、鏡に触ってみましょうかー?」


 お母様はノリノリだ。


「はーい!」


 そして、俺もノリノリ。

 ワクワクするじゃんね。


「んっ」


 ちょっとピリッとする。

 感覚としては前世の体組成計に近いか? アレは電気を流してその抵抗を読み取っているんだっけ?


 そう考えると、コレも同じ。魔力を流して、その抵抗を読み取っているのかも知れない。


 健康値:3

 魔力値:14


 数字が浮かび上がった。

 さっきと全く同じ値だ。ブレはない。


「ヒッ!」


 なのに、背後から息を飲む悲鳴が重なる。

 なんで?

 不安になって思わず振り向く。


 見渡すと、並び立つお母様や侍女たち、皆一様に顔面蒼白だ。


 そうか、さっきは一瞬。読めたのは俺だけだったのだ。


「なんで……なんで!?」


 絞り出す声は震えている。


 どうやら、俺ちゃん。トンでもない数字を叩き出したみたいです。


 また何かやっちゃいました?


「なんで……生きてるの?」



 え????


 それは、流石に酷くない???

 侍女が漏らした呟きは、流石にビビる。

 物騒過ぎない?


 いや、俺だって低いとは思ってたよ?


 「俺の魔力がおかしいって、高すぎるって意味だよな?」

(嘘でーす、めちゃんこ低いでーす)


 って冗談を言うぐらいのつもりだったよ?


 しかし、言うに事欠いて「なんで生きてるの?」とは恐れ入った。王族にぶっかける言葉じゃなくない?


「こんな、こんなの……」


 ピラリスさんもおののいている。


 どうしよう? とお母様をみやると、我に返った母は大声で叫んだ。


「手を離して! 早く!」

「!?」


 ビクッっとして、鏡から手を離す。

 驚いて心臓がビクンと跳ねたのを感じる、脈が乱れる。


 なんだ? 触ったらいけなかったのか?


「あっ!」


 コレは駄目な奴。もうすっかりおなじみの気絶の前兆。


 俺はゆっくりと意識を手放した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「ゴメンね……」


 ベッドの上で目を醒ますと、神妙に謝る母様が居た。


 ……こちらこそ申し訳無い。

 身重の母に随分と心配させてしまった。


 しかし、アレはなんだったんだろう?


「健康値を測るには、魔力を流してその抵抗を測定するの」


 やっぱりか。


「でね、その過程で健康値を少し削ってしまうの。魔力は健康値を削るから」


 なるほど、だから俺には絶対に魔法に触るなと、アレだけキツく言われていたのか。


「自分の魔力なら良いけど、他人や魔石の魔力だとどうしても、ね」


「でも、どうして?」


 どうしてそんな危ないモノを俺に?


「あのね……普通は全然大丈夫なのよ? でも、健康値が3は生きてるのが不思議なぐらいだから……」


 そうか、今にも死にそうな病人なら、僅かな健康値の減衰すら仇になると。


「ごめんね……」


 母様はしょんぼりしてしまっている。


 それはそうだ、良かれと思ったプレゼントが完全に逆効果。喜ぶどころか悲しい感じになってしまった。


 ……だけどさ、本当にヤバいのは俺の健康だ。


 健康値:3


 いつ死んでもおかしくないってどうなの?


 実際、どの辺りがデッドラインなんだろうか?


「もし3より少ないと、わたし、どうなっちゃうの?」


 気になったので、聞いてみた。


「あの、えとね? お医者様が言うには、2になっちゃうと生き延びた人は居ないかなって……」


 駄目じゃん。

 今居る場所がデッドラインじゃん……


「ユマちゃんの健康値、4はあるって聞いてたから……」


 お母様もしょんぼりだ。

 5なら外出して良いけど、4は駄目。そんな風に管理するつもりだったらしい。


 だが、出て来たのは驚きの3。

 緊急入院上等の数字だったと。


「ごめんね、あの鏡すぐに片付けるから」

「え……」


 それは困る。俺は必死に訴える。


「わたし、毎日一回だけでも、使いたい、です」

「そんな! 危ないわ!」

「でも、健康値が3で出歩くのも危ない、です」

「……そうね」


 コレは諸刃の剣だ。


 ずっと健康値が低いままなら、俺は外出できなくなってしまう。


 かといって、調子が悪いときに外出して、毎回コロコロと気絶しては周りを心配させるだけ。ヘタしたら死に兼ねない。


「解ったわ、一日一回、朝だけね」

「はい! あの……」


「なぁに?」

「わたしが部屋から出られない時は、ご本を読んでも良いですか?」


「いいわよ、色々持って来てあげる」


 めちゃんこ同情して貰った。

 どうやら俺は、皆が思った以上に虚弱らしい。



 でも、ヨシ! これで外出できない時でも、最低限本は読める。俺の『参照権』はとにかく知識を目に入れるのが重要だ。


 何も覚える必要はない。

 パラパラと目を通すだけで、何時だって思い出せるのだから。


 そう言う意味で、とにかく本をめくるのが大事。お出かけや魔法の修行はたまにで良いだろう。


 そんな風に思っていたら、五日に一回しか外出出来なくなりましたとさ……。


 健康値:3


 を連発するからである。



 俺、不健康すぎるだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る