魔法幼女!
魔法とは回路に魔力を流す事で発現する現象であった。
『魔法はイメージ』だった前世の小説と違ってなんとも科学的な存在だ。
ほとんど電化製品。
ただし、電気と決定的に異なるのは、魔力は体内から引き出して思い通りに操れる点である。
だから、引き出した魔力を操作して、回路の流れを再現すれば、道具が無くても魔法は発現するのだ。
ただし、現実的ではない。
回路はあまりにも複雑で、記憶出来るモノではないのだから。
少しでもあやふやな部分があればたちまちショートしてしまう。そんな所まで電子基板と全く同じ。
ファンタジーなのは、呪文を唱えるだけで魔法の回路が頭に浮かぶヤツらが居るって所。
そうして、頭に浮かんだ回路を元にエルフはバンバン魔法を使っている。そして、人間はそんな回路は浮かばないので道具が無いと魔法は使えない。
つまり、出来る奴は出来るし、出来ない奴はどう足掻いても出来ない。
なんならエルフでも使えない奴が居るのに、人間とハーフの俺が魔法を使えるハズもなかった。
呪文を唱えても回路なんて浮かびやしない。意地になってベッドで一晩中ブツブツ呟いたんだから確定だ。
その代わりと言ってはなんだが、魔導回路を再現した魔道具が、この世界にはゴロゴロ転がっている。
魔道具は、さながら電化製品だ。
最適化された魔導回路で、軽く魔力を込めるだけで眩しい程の明かりが付く。
なんなら、魔石から魔力を供給すれば、わざわざ魔力を込めずとも明かりが付く。
魔石=電池とすれば、これじゃホントに電化製品だ。
一体どう言う仕組みなんだろう?
普通の幼女だったらお手上げだ。あんな複雑な回路、憶えられるハズがない。
しかし、俺には正真正銘のチート能力があるのだった。
『参照権』
俺が、俺であったコトを思い出す為、神より与えられた力。記憶の維持なんて、チートの数にも入らないと思っていた。
だけど、この能力には他の利用方法があった。
一度見たモノなら何度でも思い出せるのだ。
魂が神様にアップロードした記憶を『参照権』で思い出す。
消えてしまったセーブデータをクラウド上からダウンロードするようなモノ。脳みそから完全にかき消えた事実だって、幾らでも憶え直せる。
俺は乳母さんから見せて貰った魔導回路を参照権で引っぱり出す。
すると、あの時見たままの回路が目の前に浮かぶじゃないか!
面白くなってきた! この世界の『ルール』と俺の『参照権』は相性が良い!
コレさえあれば、俺だって魔法が使えるかも知れない!
「やってみるか!」
目の前に浮かんだ回路にそっと指を添える。
あの時と同じように、ゆっくりと魔力を注ぎ込むと……
……ボヤ騒ぎを起こしました!
「なんて馬鹿な事するの!」
翌日、母であるパルメ王妃にめちゃんこ怒られてしまった。
「ごめんなさい」
いきなりチャレンジするには回路が複雑過ぎたのだ。ショートして火花が散ると、のれん代わりに垂れ下がったシダ植物に火が着いた。
まぁ、ソレは良い。子供のイタズラだ。
「ピラリスも勝手な事をして!」
しかし、よろしくないのは乳母さんだ。
俺にこっそり魔法を教えた事までバレてしまった。
「申し訳ありません……」
乳母の名前はピラリスさん。
乳母って言うか、俺の侍女みたいです。医学の心得もあるエリートなんだって。
それが、俺の子守で怒られるのは忍びない。
俺はピラリスを庇うように、両手を広げて必死に訴える。
「ピラリスを責めないで!」
「もう! ……でも、約束して! もう魔法を使おうとしないって」
「……はい」
くぅ……。
こう言うのはさ、子供の頃からひとりでこっそり魔法の修行をして、異世界チートを満喫する流れじゃないのかよ。
折角、魔導回路と参照権を組み合わせて、面白くなりそうだったのに。
でもアレだよな、この虚弱さだ。深夜に火事でも起こせば逃げる事すら難しい。諦めるしかないだろう。
その時、しょんぼりする俺に助け船を出してくれたのはピラリスだった。
「あの……いっそ、ユマ様を先生の元で、しっかりとした魔法教育を受けさせたらどうでしょう?」
願ってもいない提案、しかし、どうして?
「ユマ様は魔法の才能が無いと知って、それでも魔法を使おうとしています。ここで駄目といって引き下がるとは思えません。却って危のうございます。
なによりユマ様の魔力では本来、火など着かないハズなのです。これは、ひょっとしたらと言う事もございます」
「…………」
これには母様も思案顔。
そう、魔法は使おうと思えばどこでも使えてしまう。
ライターを取り上げれば大丈夫な前世とは違うのだ。だったら、しっかりと大人の元で制御を教えるのが魔法教育のセオリーっぽい。
逆に言えば、しっかりした先生の元で教える事が出来ないなら、全く教えない方がマシとされている。
そう言う意味で、ピラリスには本当に感謝だ。
「しっかり先生の言う事を聞くのよ」
「はい!」
母の許しを得て、俺は魔法を勉強することが出来る様になったのだから。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「コレは驚いたのぅ」
と、言うワケで魔法の先生らしい爺さんに、マンツーマンでレッスンを受ける事になった。
流石は王族。驚くなかれこの爺ちゃん、宮廷魔術師の偉い人なんだって。
ここはタイル貼りの部屋。木で出来た宮殿の中で最も火に強い魔法の練習室。
俺は爺ちゃんに、ごくごく単純な魔法を教わっていた。
「……お嬢ちゃん、さっき見た魔導回路の模型を再現しているのじゃな?」
「はい!」
俺は呪文を唱えただけでは回路は浮かばない。一つ一つ意味を教えて貰う必要がある。更に言うと『参照権』など説明がつかない。
だから、俺は見たままに回路を思い出して魔力を流していると言うしかない。
「ふむ、お嬢ちゃんはバルベラベスだな」
ばる?
「なんですか? ソレ?」
「見たモノを忘れない。特殊な能力を持った者じゃの」
映像記憶能力か!
前世の漫画で見たことがある。
見たことを見たままに覚えられる特殊な人間。
俺はさっぱり忘れて、毎回検索し直して思い出しているのだから、ある意味で彼らは俺の上位互換。
そう考えると『参照権』も大した能力では無いな。しょんぼり。
「バルベラベス、そんな人が……」
「しかし、そんな能力を持ってしても、魔導回路をハッキリイメージして魔力を流すのは困難。その点でお嬢ちゃんは別格と言える」
「あ、ありがとうございます!!」
そりゃ、『参照権』で見たまんま目の前に浮かべる事すら出来るからな。イメージの強さはダンチだろう。
やっぱり『参照権』は凄いです、流石は神様。手の平クルー。
今、俺が先生に披露しているのは魔法とも言えないような魔法だ。
回路と言うのも憚られるほど単純。
グルグルとコイル状に撒いた回路に目掛けて右手から魔力を流し、コイルを通った魔力を左手に返す。その魔力をまた右手から放出。
ただ循環させているだけ。
これで、どうなるか?
コイルの中を風が吹くのだ。
僅かな風に、ゆらゆらと揺れるロウソクの灯。
「ふむ、出来ておる」
先生も納得だ。
しかし、俺は納得いかない。何だコレ?
似たようなのを前世で見たことがあるな……。
『参照権』!
そうだ! 右ねじの法則。コイルに電流を流すと磁力が生まれるんだっけ?
ソレに近い。
しかし、魔力の場合は、コイル状に流すと、発生するのは風らしい。
「単純じゃろ? しかし、螺旋型の単純な回路でも、普通ならイメージするのは難しいのじゃ」
確かに、俺だって『参照権』のイメージ図がなければこんなグルグルと魔力を流すのは難しいだろう。
俺が無言で頷くと、したりと爺さんは続ける。
「そして、この単純な回路こそが、全ての魔法の基礎である。コレが出来ると言うことは、お嬢ちゃんは魔法が使えるやもしれぬ」
「本当ですか?」
マジか! え? 魔法チート始まる?
嘘でしょ? こんな単純な仕掛けで?
「信じておらんな、どれ」
先生が呪文を唱える。
俺が知らない呪文。
魔力が渦巻く!
魔力は目に見えない。だから先生がどんな魔導回路を展開しているかは解らない。
でも、魔力の動きで何となく、何をしようとしているか解った。
『風』だ。
俺の回路と殆ど同じモノ。
しかし、俺とは比べものにならない風が吹いた。
先生は俺の魔導回路と連結するようにして、コイルの中に強い風を吹き込んだ。
ロウソクの炎なんて、たちまち消えてしまう突風だ。
「え?」
すると、どうだ?
「魔力が……」
俺の魔導回路に循環する魔力の量が増えた。右手から出した量より、左手に戻ってくる魔力の方が多い。
「螺旋回路に魔力を込めれば、風が吹く。逆に、螺旋回路の中に風を吹き込めば魔力が生まれるのじゃ」
マジか! これこそ、まんま磁力。右ねじの法則と一緒だ。コイルの中に磁石を通すと電気が生まれたのと全く同じ。
意味が解らない。
でも、コレがこの世界の法則なのだ。
「だとすれば、なんとする? 少ない魔力でも強くする方法があると思わんか?」
問われて考える。
いや、考えるまでもないだろう。
俺は『参照権』で目の前に浮かべた、コイル状の魔導回路の模型をぐるっと丸める。出した風がまた入り口に戻るように丸めてしまう。
環状コイルだ。光の魔道具で一番大きかった回路の再現。
「そうじゃ、さすれば風が循環し、加速する。風が魔力を高め、風が魔力を安定させてくれるのじゃ」
そうか、照明の魔導回路で一番大きかったのがコレだ。コレが魔力の増幅器であり安定回路。
俺は環状コイルを参照し、ソコにどんどんと魔力をつぎ込む。
――ゴォォォォ
コイルの中から風が唸る音。
コイルから漏れ出した風が、幼女のお洋服をはためかせる。
「
かっこよな呪文。
コレだよコレ!
魔法を詠唱し、魔力を高め、漏れ出した風が魔法へ期待を煽る!
カッコイイ! 憧れた魔法使いの姿。
「ふーむ、風の漏れが酷いの。制御はいまひとつか……」
……駄目みたいです。先生の評価はいまひとつ。
そりゃそうだ、風が漏れてるって事は魔力が無駄になっている証。俺は風が漏れている箇所を詰めて、風の循環を制御する。
「ほぅ! バルベラベスで魔法を使う者は総じて回路の調整が苦手なのじゃが、お嬢ちゃんは違うようじゃな」
そりゃそうだ、完全に記憶しているのではなく『参照』しているのだから。
もっと詰まったコイルの絵を参照権で取り出しただけ。目の前にお手本が浮かんでいる。
しかし、魔力が持って行かれるなぁ。ただ、風を渦巻かせただけでコレだ。
俺、ひょっとして魔力が全然足りない?
「まぁ、そんなモノで良いだろう。お嬢ちゃんは筋が良い。見込みがあるぞい」
「ありがとーございます」
「とはいえ、お嬢ちゃんの魔力なら、魔道具を使った方が良いだろうがのう」
「…………」
いや、まぁそうなんですよね。技術畑の人は子供にも容赦が無い。
この世界には、魔力を生み出す魔石がある。
魔石=電池である。
だけど乾電池で動く電子レンジがないように、魔石を使った魔道具は威力が低い。
だからこそ、魔法使いに価値が有るのだ。
だけど、俺の魔力は魔石以下。魔法を使う意味がない。
「まぁ、王族は魔法なんぞ使わんでも大丈夫じゃ。もっと他の事を学んだ方が良い」
爺さんはそう言って慰めてくれる。
確かに、王族が銃の扱いに長けている必要も、医学の知識を持つ必要もない。
だけど、俺は『偶然』に抗いたい。
ただの泣いているだけの悲劇のヒロインじゃ魅力なんてないだろう。きっと将来人間と関わる事にもなるはずだ。
そんな時、ヒロインだったらミステリアスな力を持っていないと、らしくない!
そう言う意味で、魔法は必須だ。むしろ王族らしい社交の知識なんてヒロインをやるのに必要無い!
何より、俺が、面白くない!!
「やります! いみがなくても、わたし、魔法をつかいたい!」
「ほぅ? 魔術の深淵に取り憑かれたか、素晴らしい」
まぁ技術系の爺さんとしては嬉しいよな。だから、色々な魔導回路教えてね。
でも、その前に聞きたいことがある。
「あの、コレどうすれば?」
「うん?」
俺は、轟々と風が唸る回路を持て余していた。
いやさ、もうとっくに魔力は流していないのだが、吹き荒ぶ風が魔力を生んで、下げようにも魔力圧がちっとも下がっていかないのだ。
「まさかのぅ! 途轍もない効率じゃ! 風が一切漏れないから魔力が落ちんのか」
爺さんは褒めてくれるけど、正直制御不能だ。
実は、ボヤ騒ぎの時も止め方が解らず、大出力のままショートさせた結果がアレなのだ。花火みたいな閃光が目に痛かった。
「ゆっくりと、回路に隙間を空けて、風を逃がしてやればよい」
「はい!」
なるほどね、考えてみりゃ当たり前。
俺はコイル状の回路にガバッっと大穴を一つ。
「嬢ちゃん! その位置は!」
ん? あっ!
マズいと思ったら、魔導回路に空けた穴から空気砲みたいな風が出た。
「ぶぎっ!」
ソレが『偶然』にも俺の顔面を直撃。
哀れにも、俺はひっくり返って後頭部をタイル貼りの地面に打ち付ける。
「ふははっ、良い勉強になったのぅ。
……えっ? 死んでる!」
ゲラゲラと笑っていた先生も、泡を吹きピクリとも動かない俺に、次第に顔を蒼くする。
宮廷魔術師だか何だか知らないが、俺の虚弱さをあんまり見くびるなよ? ちょっとコケたら大体気絶するからな?
薄れゆく意識の中で、何故かスカッとしたのは自分でも意味が解らない。
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