魔法の才能?
もう、生きていけない。
あんな啖呵をきっておいてなんだが仕方ない。
今日も今日とて、天井のシミを数える毎日。いやシミなんて無いんだけど。
繭みたいなベッドも、木の根を編み込んだみたいな天井も見飽きてしまった。今の俺はひたすらベッドの上に張り付けになっている。
それだけ、体が弱いのだ。
幼女だと言うのに体は痩せ細っている。
「これ、なんもできないじゃん」
本当に、一日中寝ているしか出来ない。無駄に一日が過ぎていく。
昼間にちょっと動いたら気絶して、目が覚めたら深夜。たった一人で何か出来るハズもなし、ふて寝。
こりゃ、ユマちゃんの知能が疑われるハズだ。世間知らずに育つのも仕方がない。
異世界転生。
その甘美な響きに対して、俺に出来るのは記憶を思い出せる『参照権』のみ。この能力、過去を思い出す事で幾らでも時間を潰せてしまうからタチが悪い。
昔読んだ漫画を見返し放題。
寝たきりニートの完成である。
こういうのは普通、小さい頃から魔法を鍛えたりして成長チートを満喫するものだ。
だが、今の俺は呼吸をするだけで、締め付けられるように胸が苦しい。
「くぅッ」
肺が悪いのだろうか?
科学技術が発展している世界には見えない。手術が必要な状態だとしたら絶望的だ。こんなので死をもたらす『偶然』に抗えるのだろうか?
悲劇のヒロインになる前に、幼女の内に死んでしまったらどうしようもない。
「どうしました?」
俺の悲鳴を聞きつけて、深夜でも乳母が駆けつけてくる。流石は王族。だがそれすら不幸に対する前フリみたいに感じてしまう。
「なんでもッ、ない……」
こんな時間に心配させたくない。いくら王族の乳母だって、こうも深夜に起こされては気も休まらないだろう。
「無理はいけません……姫様、顔色が悪うございます」
乳母はそう言うと、指先に小さな光を浮かべるじゃないか。
「え?」
魔法だ! 初めて見た。
この世界には魔力がある。魔法もある。
ソレは知っていた。
なんか大気に『
で、その魔力を昼間に溜め込んで、夜の照明に使っている。そう言う機械? がそこらじゅうあるのだ。
なんなら俺の部屋にもある。
花のつぼみみたいな見た目で淡く光るお洒落照明だ。驚くなかれ、スイッチ一つで明かりが付く。ずいぶんと現代的だ。
言葉の理解も進んできた。
この世界にはこういった魔力を使った便利な魔道具がいっぱいある。
なるほど異世界。
凄いぞ! 魔法だ!
とはならなかった。
だってそんなモノは俺に言わせれば前世の電化製品と何も変わらない。太陽光で充電して夜に光るなんてありふれた機械だ。
仕組みが解らないけど便利なシロモノって意味では魔道具も電化製品も同じに見えた。
しかし、コレは違う。なにせ目の前の乳母は何の機械も使わずに指先から小さな光を生み出したのだ。
俺はふわふわと漂う光球に目を奪われる。不思議な光景に痛みを忘れた。
どんなに憧れても地球では手に入らなかった魔法が、ここにある!
魔法チートの始まりだ!!
乳母さんはそんな俺を穏やかに見つめていた。
「魔法が珍しいですか?」
「はい!」
「触らないで下さいね。お体に障ります」
「うん」
どうも、他人の魔法を触るのは体に悪いらしいのだ。
なんなら魔道具だって良くないらしい。
火傷するようなモノではないそうだが、今の俺はちょっとした事でも命に係わる。
ただ眺めているしか出来ない。
「あの……これ、やってみたい、です」
だから俺は意を決して乳母にお願いする。
「魔法をですか?」
「はい」
「…………」
あ、コレ駄目な奴だ。
乳母は苦り切った表情で俯いてしまう。
ひょっとしたら、子供に教えると危ないと禁止されているのかも……
無理ならいいです、と言おうと思ったが、覚悟を決めたように乳母は口を開いた。
「あの、失礼ながらユマ様は魔法を使えないと思います」
「え?」
そっち? そっちか!
そう言えば、俺の実の母は人間らしい。
エルフの王である父と、人間である母との恋の末に生まれたのが俺。
俺は王妃パルメの実の娘ではないどころか、純粋なエルフですらないのだ。
だから、魔法が使えないと、そう言う事らしい。
「ですが、気にする事はありません。魔法が使えずとも問題はないのです。エルフの中にも魔法が使えない者は大勢おりますから」
そうらしい。
繰り返すが、この世界には照明もそうだが、魔力で動く便利な魔道具がいっぱい有る。
そういう道具が使えれば十分で、わざわざ気合いを込めて手から光を生み出す必要なんてドコにもないと、力説されてしまった。
もちろん例外はある。
魔力が高い者ともなると、魔法をガンガン使いこなして、魔獣と戦ったりもするらしい。
でも、そんなのは選び抜かれた戦士の役目。ほんの一握り。特別な才能の持ち主。
ただ魔法が使えますって程度だと、ちょっとした明かりや種火を熾せるだけしか出来ない。だったら便利な道具を使った方がよほど効率が良く、乳母自身も魔法が使えて良かった事などまるで無かったとか。
何より、魔法を使えるのは生粋のエルフだけってのが問題だった。
いや、エルフであっても才能が無い者も大勢居るぐらいで。生まれた時に大体決まっているらしい。
使えない者は、何をどう頑張っても魔法が使えないと、そう言う話らしいのだ。
そう言う意味で、ハーフである俺は絶望的。変に期待しない方が良いと、そう言う話だ。
「きっと、だいじょうぶ、です」
しかし、だ。
俺には勝算があった。
病床にあって、体内をグルグルと駆け巡る力を感じていたからだ。
きっとコレが魔力だ。
魔力が無い世界で生まれた俺だからこそ、誰よりも魔力への違和感を感じる事が出来る。
これは、きっと、そう言う事だ。
「わたし、魔法がつかえます。感じるんです。おねがい、おしえて……」
今にも死にそうな美幼女の必死の訴え。
こんなモノ、抗えるハズがないだろう?
乳母さんは渋々とため息をひとつ。
「……解りました。魔法を教えるのは危険と止められているので、私と姫様の秘密にするとお約束いただけるなら」
「やくそく、します」
やった! 遂に! 魔法チートの幕開けだ!
「私は魔法の先生ではないので、基本の基本だけですよ」
「はい!」
さぁ! 来い!
「では、体内に流れる魔力を指先から出してみて下さい」
「え?」
「え?」
そこから? って顔をされてしまった。
「あの、まさか?」
「いえ、できます! できますよ!」
俺は体を駆け回る魔力を集め、ゆっくりと指先から放出する。
「はい、結構です」
「…………」
OKこそ貰ったが、乳母さんは当たり前みたいな顔。一方の俺は冷や汗が止まらない。
アレ? 魔力の流れを感じられるのがチート能力なのでは???
どうも全然普通みたいです……
つまりだ、ここから先に魔法が使える者と、使えない者の境界線が存在するらしい。
ヤバいじゃん。
「では次に、コレを指に巻き付けて」
「これは?」
渡されたのはか細い一本の針金だ。
言われた通りに指に巻き付ける、左手と右手、それぞれの人差し指に両端をグルグルと。
「では、左の人差し指から魔力を出すと同時、右手からも魔力を出して下さい」
「はい!」
俺はイキんで両の人差し指から魔力を撃ち出した。
すると魔力は針金を伝い、丁度真ん中でぶつかって、消える。
……完全に無駄撃ちって感じだけど?
「もっと強く! 勢いをつけて」
「はい!」
より強く、より速く。
「良いですね、では明かりを消します」
言うなり乳母さんは魔法の明かりを消してしまう。部屋の中は真っ暗だ、乳母さんの顔も見えない。
「えと?」
「もう一度!」
乳母さんが言うので、俺はまた針金に魔力を通し、真ん中でぶつける。ヤケクソ気味に思い切り。
……すると?
――ピッ!
微かに青く光った。
それは魔力をぶつけた場所。針金の丁度中間だ。
「結構です、では針金を触ってみて下さい」
「はい」
恐る恐る針金を触る。
ほのかに、温かい。
「魔力同士がぶつかり、弾け、熱と光が生まれました。コレが最も簡単な魔法の明かりです」
「いまのが、魔法?」
俺、魔法使えた?
「はい、ですが……」
乳母さんは再び魔法で光を浮かべる。
それはふわふわと漂いながらも、強い光を放っている。
いや、強いと言っても前世の保安灯みたいな微弱な明かりだ。恐らくは深夜の迷惑を考えて控え目な明かりに調整している。
しかし、だ。
それでも俺が一瞬生み出した、火花未満の明かりとは比べるべくもない。
「この通り、安定した光とは違いますよね?」
「はい……」
それはきっと、俺の魔力が弱いからだ。
そう諦めて、項垂れていたら、乳母さんから思いがけない言葉を貰う。
「この明かりの魔法は、姫様が放った明かりと同じ程度の魔力しか込めていません」
「えぇ?」
何と言う理不尽! 俺のは殆ど静電気。部屋を暗くしないと見えない程度の明るさだったのに。
「何故かというと、姫様の魔力はぶつかり合って、大半が逃げてしまい、逃げずにぶつかって消えた魔力の一部が、熱に変わり、僅かな残りが光に変わっただけなのです」
「つまり、おおくの魔力がしんだのですね」
「その通りです」
効率と言う言葉が解らないが、意味は通じたようだ。
とにかく、俺の魔法は燃費が悪いと?
「魔法をぶつけるだけでは、全く使い物になりません。一瞬しか光りませんし、魔力の大半は逃げてしまいます」
つまり、針金の上で魔力をぶつけるみたいな使い方がとにかく燃費が悪いのだ。
「なので、光が欲しい場合はもっとラァンセの良い、ルー・ラナを使うのです」
ん? 急に意味が解らなくなったぞ?
知らない単語が多過ぎる。
「ランセって?」
「失礼しました、先ほど多くの魔力が死んだと言いましたが。多くの魔力が生きるやり方をラァンセが良いと言います」
つまりラァンセとは、『効率』か、今後は脳内で置き換えていこう。
「ルー・ラナは?」
「姫様の指に巻き付いているのがルー・ラナです」
「これが?」
ジッと、手をみる。ただの針金だ。
「そして、私が使った魔法のルー・ラナがコレです」
「え?」
全ッ然違う! 乳母さんがお盆の上に載せて見せつけるのはまるで針金の塊。
複雑に絡み合い、それぞれが繋がっている。
「見て、お解りになられますか?」
ふるふると首を振る。
解るハズが無い。あまりにも複雑だ。見ているだけで目眩がする。
だけど、俺はコレに近いモノを前世に見たことがある。
電子回路だ。電化製品を分解した基板の中。線と線とが複雑に繋がっているのがソックリだ。
ルー・ラナの中には、明らかにコイルみたいなグルグル巻きの配線まである。
見れば見るほど電子回路に近いのだ。
「コレが?」
「はい、姫様、このルー・ラナに魔力を流して頂けますか?」
「うん!」
薄暗い部屋の中、乳母が俺の指を導いて回路に当ててくれる。今度は右手の人差し指だけ回路の一端にそっと添えた。
「先ほどのように力まず、ゆっくり魔力を注いで下さい」
「はい……」
すると、どうだ?
「わぁ!」
回路の中心に光が生まれた。優しくて、温かい光。
つまり、安定した強い光を生み出すのは、コレだけ複雑な回路が必要と、そう言う事なのだ。
やはり、ルー・ラナとは回路。魔導回路だ。
しかし、先ほどの彼女はこの回路を手にしながら光を生み出したワケじゃない。完全に手ぶらで光球を生み出して見せてくれた。
それは何故か?
その答え、俺には想像が付いていた。
これは魔法の補助具なのだ。
いわば補助輪みたいなもの。
回路に魔力を流せば魔法が発動する。
さっきみたいに両手の魔力をぶつけるだけなら、もう針金なぞ必要無い。
しかし、この複雑な回路を記憶して、その通りに魔力を流すのは難しい。
ソレさえ出来れば模型なんてなくたって、同じ様に魔法が発動する。
魔法と電気の違いは、操作が可能な所にある。
もし電気を自由に操作出来るなら、回路なんて不要だと、きっとそういう事だろう。
つまり、魔法使いになるためにはこの回路の意味をひとつひとつ理解して、記憶する必要がある。
きっとソレが才能なのだ。
コレは難しい! しかし、やりがいがある!
俄然面白くなってきた!
「あのあの! ここはどう言う意味があるの?」
俺は一番気になっていた、コイルを丸めた場所を指差す。
ココが一番、回路の中で大きいからだ。
すると、乳母さんは途端に困った顔を浮かべるではないか。
「あの、えっと……」
妙に歯切れが悪い。
「魔力をバンス……増やす場所だと聞いています」
バンス? 増幅かな?
いやでも、何で自信がないんだ? この回路を知り尽くしているのでは?
そうでないと、瞬間的に回路を思い出して、魔力を流すなんて絶対に無理だ。
「あの……私も理屈は知らないのです」
「えぇ?」
まさか? 丸暗記? この複雑な回路を?
それはソレで凄いぞ。
「こう、光が欲しいと願い『
「あっ!」
言われてみれば、乳母さんは魔法を使う前に小声で何かを呟いていた。
そして、『
『参照権』で調べるユマちゃんの記憶の中。
暗い部屋に押し込められて、呪文を唱えさせられた挙げ句。
「頭に何か浮かんだか?」と質問されたのは軽いトラウマになっていた。
その呪文の一つが、
もちろん幼女であるユマちゃんは正直に「浮かびません」と答えた。
何度も何度も。泣きながら。
つまり、だ。
「呪文をとなえると、このふくざつな魔導回路が頭にうかぶ、のですか?」
「ええ、そうです。でも私、意味は全然解らなくて」
「…………」
ええぇ? つまり、魔法の才能ってそう言う事? 回路が頭に浮かぶかどうか?
才能の有る無しがハッキリし過ぎてない?
いや、まだだ!
「じゃあ、この
「そう言う人も居るらしいですが、憶えられますか? 私には無理です。少しでも間違えると火花が散って危ないですよ」
ショートするのか! 思えば、最初の針金で魔力をぶつけたのもショート。
回路の上で起こせば、何が起こるか解らない。
しかし、コレはあまりにも難しい。
良く考えれば電子回路の作者だって、全てを頭の中に丸暗記している訳では無い。
もしも頭に回路の全容を思い浮かべながら魔力を通さないと駄目だとすると、難易度は桁違い。とても安定させられる気がしない。
だったら、他にやりようがある。
「あの? では、この回路を持ち歩けば、私にも魔法が使えますか?」
最悪、この針金の塊を持ち歩けば、俺にだっていつでも魔法が使える事になる。
かさばるし邪魔だけど仕方がない。
自分でも苦肉の策のつもりだったのだが、乳母さんは満面の笑みを浮かべるではないか。
「勿論です! ですが、そんな
「本当ですか!」
ソレは良い! だったら俺にも魔法が使えるのと同じではないか。
「コレです」
そう言って、手渡されたのは金属の棒。
「はい、ココを押して下さい」
スイッチを押す。指先から魔力が吸い取られる感覚。
棒の先が光り、パッと鮮烈な光が壁を照らした。
さながら懐中電灯である。
乳母さんはニコニコと教えてくれる。
「これが、光の魔道具です」
そういう事かー。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます