神から目線

――魂とは何だ?


 突き付けられた質問はソレだった。


 意味が、解らない。

 ココがドコかも、俺がナニかも。


 いや、俺は、俺だ。


「俺の名前は『高橋敬一』」


 一人、つぶやく。

 そうだ、俺は高橋敬一。ごく普通の中学生。


 そんな当たり前の事すら、俺は今まで忘れていた。


――魂とは、何だ?


 そして、再び突き付けられる質問。

 目の前に居るのは偉そうな爺さん。


 状況を整理しよう。

 ここはどこまでも真っ白な空間。俺は肉体を失い、自我だけがフワフワと漂っている。


 俺は、死んだ。

 死因は、隕石の直撃。


 あんまりだ、あんまり過ぎる死に方だ。

 それを目の前の爺さん、自称神さまが教えてくれた。


 そこまでは飲み込めた。わりかしスンナリ飲み込めた。

 普通なら半笑いでバカにする。何言ってるんだと取り合わない。


 だけど俺は信じた。


 俺が好きな、異世界モノの小説で、良くある始まり方だから。


 そして、俺は期待した。


 隕石なんて解り易いイレギュラー。予想もしなかった死。これは神様がお詫びにと、異世界にチート能力をオマケに転生させてくれる流れだぞと。



――魂とは、何だ?



 そんなウキウキの俺に、冷や水を浴びせるように掛けられた質問が、コレだ。


「あの、その質問って哲学的な問いかけですか?」


 思わず、尋ねた。

 質問の意図が見えてこないから。


――違う。先ほどの質問に答えるために必要な知識なのだ。


「えぇ?」


 さっきの質問?


 そうだ、さっき俺はウキウキで神様に尋ねたのだ。自分がナニかも思い出せない段階で。


 どんなチート能力で、どんな世界に転生させてくれるのか、ガッついて問い詰めた。


 それに対して神様は「無駄じゃ、どうせ死ぬ」と、バッサリ。


 思わず口を衝いた言葉が

「なんで?」

 だった。


 思えば俺は不運過ぎた。

 その集大成が隕石の落下だ。


 なんで俺はあんなに不運だったんだ?


 ……まさか、その答えが魂にある?

 じゃあ、魂って、何だ?


 いや、それ以前に……


「えっと? 今の俺が魂じゃないです?」


 肉体を失って、ソレでも自我をもってフワフワと漂う。

 今の俺が魂そのもの。


――違うな。


 違った。

 なんで?


 今の俺が魂じゃないならなんなの?


――今のお主は、かつて読んだ小説の内容を思い出し、今の状況と似ていると照らし合わせた。


 わぁーお! 思考がまるまる読み取られている。

 神にプライバシーは無いらしい。


――小説を記憶したのも、記憶と現在の状況を照らし合わせ分析し、類似点を探すのも、全ては脳の働きだ。魂ではない。


 確かにそうだ。


 魂で記憶や思考が出来るなら、脳みそなんて必要ない。


「じゃあ、今の俺はなんです?」


 今の俺は脳みそなんてない。隕石で粉々に砕け散った。なのに、過去を思い出し、思考し、会話も出来る。


――記憶を複製し、脳を私の端末でエミュレーションした。それがお主だ。

「えぇ?」


 エミュレーション? 全く神様らしくない単語が出た。


 パソコンで昔のゲーム機をエミュレーションして、過去の名作ゲームを遊んだ事がある。

 エミュレーターってヤツだ。


 持ってないゲームを遊んでるんだから、もちろん、違法だ。だがそんな事はどうでもいい。


 アレは今のパソコンが昔のゲーム機と比較して何倍も高性能だから出来る芸当だ。頭が良い奴は馬鹿なフリも出来るが、逆は出来ない。そんな感じ。


 つまりアレか? 俺の頭脳なんて神にしてみりゃポンコツ、再現するなんて朝飯前って事なのか?


 で、俺の思考をエミュレーションした機械の前で、神様は俺と会話していると?


――その通りだ、そのように考えて問題無い。なるほど、人類の発展とは面白い。


「面白いって?」


――そうだ、会話が、通じる。


 ……そうか、江戸時代の人間に今の概念を伝えようとしてもどだい無理な話。


 エミュレーションって単語自体、俺にも解るように合わせてくれたんだろうが。コンピューターの知識がまるきり無かったら、機械で再現された自分など、どうこねくり回しても理解出来るハズが無い。



 ゾクリとした。



 そうだ。

 今の俺は魂でも何でもなく、ただデジタルに再現しただけのシロモノだ。


「じゃあ、魂って?」


――まさにそれだ、かつての人類に魂について幾ら説明を重ねても、少しも理解を得られなかった。しかし、今は違う。


「いや、そう言われても……」


 人類はいまだ魂なんてモノ知らないハズだ。


 しかし、神は首を振る。


――既に、人類は擬似的な生命体の創造に成功しておる。魂もだ。


 そうなの?


――コンピューターが命を持ったかのように振る舞う所を見たことは無いか?


 うーん? お掃除ロボットにピーピー警告されて、うるさいって声を荒らげた事がある。そしたら、諦めたように俺の事を避けて行きやがった。まるで生きてるみたいに感じたっけ。


 でもアレは生きているワケじゃない、プログラミングの通りに動いただけだ。


――果たして、そうかな?

――生きているように見えるなら、生きているのと同じではないか。


「えぇ?」


 暴論じゃん。


――生きていないと証明出来ないなら、生きているのと同じ。学習しないなら学習するようにプログラムすれば良い。愚かなら賢くすれば良い。


――人間の脳などパソコンと大差が無いわ。


――メモリが海馬、ハードディスクが側頭葉で、CPUは前頭葉。


――目や、耳や、手足が無いと言うのなら、カメラやマイクやロボットアームでも、なんでも好きに付けてみたらいい。


 神さまの言うことは理解出来た。

 ロボットはこれからもひたすら進化し続けるだろう。


 いつかは人間と見分けが付かなくなる日が来るに違いない。


――ただ、魂にあたるパーツなんてどこにも無いと思わんか?


 ……確かに、そうだ。

 だからこそ魂ってヤツは謎なんだ。


――そりゃそうじゃ、そんなもんはどこにも無いからの。


「は?」


 何か? と聞いておいて、結局そんなモノは無いと言う。

 やはり哲学的な問いかけか?


――違う、魂はある。ただ、ソレにあたるパーツが無い。


 その時、神様の雰囲気が、変わった。

 存在しない俺の背筋が、ゾクリと震える。


――そうだ、魂とは『モノ』ではないのだ。


――そして人間は既に、ソレを機械に組み込んでいる。


 ソレって?

 人間が、魂を? 馬鹿な!


――IPアドレスじゃよ。わからんのなら、電話番号でもいい。


「え? 魂が、IPアドレス? 数字に過ぎないって事?」


――そうじゃ、神界(ネットワーク)にぶら下がった人間端末を判別するための識別番号。


――いまや人間端末が増えすぎて枯渇寸前、ヘビーローテーションで使いまわす所など、そっくりじゃろ?


「いや、嘘だろ?」


 やっぱり、おかしい。


 魂がただの数字だなんて、受け入れられない。


 なにせ、IPアドレスも、電話番号も、通信に使う識別番号だ。魂に通信機能があるのなら、電話なんかなくたって、人間はテレパシーで会話出来たハズ。


――人間の為の機能ではないからの。


――魂は確かに通信しておる、全て、我らの都合でな。


――世界のデータを集めるために、神の都合で勝手に付け足した外部装置。



――ソレが魂じゃ。



「ええぇ?」



 じゃあ、アレか? 人間が野生動物の生態を調べるために、GPS付きのタグを付けるみたいなモンか?


――まさしく、ソレだな。


――だからこそ、我々はその意義を人間に説明しようとしてきた。

――しかし、ソレは常に誤解され、神が与えた福音のように書き換えられてしまった。


 ……マジかよ。


 魂には、何の意味も無かった?

 じゃあ輪廻転生もあり得ない?



 SIMカードを差し替えれば電話番号は変わる。


 IPアドレスなんてルーターをオンオフするだけで変わる。



 だけど、それで生まれ変わったなんて言われても何の意味も無い。

 記憶も能力も何一つ引き継げないのだから。


 俺が望んだ輪廻転生なんて、ドコにも無かった?


――その通り。


「そんな……そんな……」


 じゃあ、俺の人生は隕石で終わったままなのか。


 俺は、死んだまま転生など出来ないと? 絶望じゃないか!


 ……いや、良く考えれば、おかしくないか?


 タダの番号なのだとしたら、魂と俺の不運に何の関係も無いハズだ。


 そうだ! なんで俺が不幸だったかの説明が、まだなのだ。


――ソレじゃよ、正にソレこそが問題なのじゃ。


 神は勢い込んで語り掛けてくる。


――特定のIPが与えられたパソコンの故障が立て続けに起こったらどう思う?

――特定の電話番号を与えられた携帯電話が次々と壊れたらどう思う?


――管理者はシステム上のバグを疑うだろう。


――わしは輪廻と運命の神アイオーン。

――偉そうにしているが、実態は番号の管理者に過ぎん。

――魂によって収集されたラプラスシステムによる運命予報を元に魂を割り振るだけの存在。



――それがワシじゃ。



――ワシを悩ませ続ける、十六歳まで生きることが無い魂。


――そこにはどんなバグが有るのか? はたまた全ては偶然なのか?


――短命のバグを疑われる魂を死の運命から遠い場所に配置する事一万回。


――バグの原因解明どころか、ラプラスシステムの運命予報の精度が疑われる程の破局と破滅で多くに死をばら撒いた。


――ワシは問題の番号を外の世界に割り振る事に決めた。

――そうだ、お前の魂は元々、地球のモノではなかった。


――ワシの世界の魂だった。


――ワシの管理の外。地球と言う星の、平和ボケを固めたような島国の、何の変哲もない、長生きするハズの少年に割り振った魂。


――アメリカのパソコンに日本のIPアドレスを割り振るような、無茶なイレギュラー中のイレギュラー。


――それも虚しく、十五歳の少年は隕石の直撃で跡形もなく地球から姿を消した。


――もう『偶然』は有りえない。でも『偶然』としか思えない。


――ワシが、神であるワシが! 神の理解の及ばない『神の神』の存在を感じる始末。



――これは新しい視点が必要だ。


――これはもう本人に聞くしかないと。記憶データをサルベージし、疑似人格エミュレーターを通して会話を試みてみる事にした。



――ソレが、今のお主の状態じゃ。


「マジかよ」


 これ、アレだ。とにかく当事者に聞いてみようってヤツだ。


 だけど、神様にも解らないモノが俺に解るハズが無い。


 言わせて貰えば「なんてヤバいモノを勝手に俺に割り振ってくれるんだ、このクソ邪神が!」


 ってぐらい。



――………………。



 いや、言わないけどね? 恐れ多いからね? 相手神様だもん。まぁ、思考は筒抜けなんだけど。


「いやー運が悪すぎておかしいと思ってたんスよねー、確率論的に有り得ないですもん」


 ヘラヘラと語り掛ける。


 今朝もそうだけど、俺は突っ込んでくる車やバイク、野生生物を回避してきた。そして、毎回、バカだなぁとゲラゲラ笑われてきた。


 俺が強ければ、こんな惨めな事にはならなかったはず。もし生まれ変わるなら、もっと良い感じの人物にして欲しい。


 こんなヤバい魂を一般人に授けるなんてどうかしている。


「もっと偉い人の息子とか、すげー丈夫でツエー奴とか、大魔法使いとか、そう言うのじゃダメだったんすか?」


――そんなもんは何回も試した。

――強くなる奴が初めから強い訳でも無い。まだ弱い内、運命予報を裏切って、勝てるハズの無い戦いに突っ込んで死んでいく。

――だったらと、超大国が出来た時は喜び勇んで皇帝の息子に転生させたよ。

――すぐに暗殺されたがね。

――一番無茶な所では、魂の規格を無視して土地神の龍子として転生させてみたんじゃが……


――土地ごと死んで行きおった。何人死んだか数えたくもない程じゃ。


「マジすか! 俺ツエー出来ないで死んじゃう?」


――マジじゃ、俺ツエー出来ても死んじゃう!


 神様マジギレじゃん。キレたいのはコッチだっての……


 何てヤバいブツをぶち込んでるんだよ。


――『偶然』には個人の強さでは抗えないのじゃ。


――お主を狙った矢はかわせても、狙い外れた味方の矢が、たまたまお前さんが気を抜いた一瞬の隙に後頭部に突き刺さるのは、達人であろうとも防ぎようがない。


 いやいやいや、何だよソレ。

 俺はどれだけ運が悪かったんだよ。


――だからこそ、方針を変えた。


――木を隠すなら森の中。誰にも気取られないような個性のない人間に転生させる事にした。それで良いところまで生きたのじゃから、少しは効果があるようだったが。


「えぇ……」


 アレで、マシな方だったの? 俺が頑張って車とか避けたからじゃない?

 俺の人生、我ながら神回避の連発だったよ?


 なのに、俺の見た目も能力も、全てが普通に出来ているから、誰も褒めてくれないし、心配もしてくれないんだよな。


 深いため息が漏れる。


「はー、だーれも心配も同情もしてくれないんだから、そりゃー死ぬよな」


 落ち込むわ。

 俺の頑張りに周りがもう少し気付いてくれれば、俺だってもう少し生きられたんじゃないだろうか?


 あと少しで十六歳。ボーダーを超えて『偶然』を乗り越えられたんじゃないか?


 じゃあ? どうする? どうするべきだった?


 必死に、考える。

 確かに、個人ではどうやっても駄目かも知れない。


 だったら?

 どう言う奴が物語の中では生き残る?


 次々と人が死ぬホラー映画で、驚く程に死なない奴は、誰だ?



 そんなの決まってる。



「じゃあ、逆転の発想ですよ! いつでも死んじゃいそうな儚い感じの奴が却って死なないで生き残るもんですって」


 神に向かってまくし立てる。

 俺は、異世界転生するならば、世界最強の魔法剣士になりたいと思っていた。


 デッカイ剣をブンブンと振り回し、巨大なドラゴンをバッタバッタとなぎ倒す男になりたかった。


 でも、ソレでは生き残れない。

 どうせ俺は運悪くドラゴンに踏み潰されて死ぬ。


 だったら、どうする?


 俺のちっぽけな理想も、プライドも、全てをかなぐり捨てるとしたら?


「薄幸の美少女ってのは絵になりますけど、こちとら薄幸の普通少年ですからね。

 どんなに運が悪いって主張しても、よくある不運を大げさに言ってるだけって、そう思われがちなんスよ」


 そうだ! なにも主演は主人公だけじゃない。


「あー、美少女だったらなー! みんなに心配して貰えたんだけどなー」


 ヒロインだ! ヒロインなら、皆に心配される。


 守って貰える!


 ヒリつくような戦闘がこなせなくても。

 絶体絶命のピンチを押し返せなくても。


 ヒロインならば守って貰える! 生き延びれる!



――狙いは、悪くない。


 そんな俺の浅知恵は、思いの外悪くない感触だった。


――多くの人間の運命に乗っかってしまえば、しょーもない偶然でコロっと死ぬ確率は下がる。

――だがな、そんなのはもう千回試した。

――みんなお主を守ってくれたよ。命を懸けてな


「えーそれでダメだった?」


――まとめて死んだよ。

――守ろうとした者達もろともな。



 どんだけ運悪いんだよ。いい加減にしろ!



「どーすんスか? オレあと何回無駄に死ぬんスか?」


――ワシが聞きたいわ!!


 今度こそ、神はキレた。


――不治の病を患った少女は不作の折に自害した。

――戦争に行った父の帰りを待つ少年は門で馬車に轢かれた。

――もっと多くの人を巻き込もうと、盲目の姫君にした時は国ごと滅んだ

――人間に追い立てられ、最後の一人になった悲しい吸血鬼は愛した男と心中した。

――砂漠の歌姫は政争の道具にされた末に暗殺された。

――古代人の末裔だってやったし、さっきの皇帝の息子や、龍子もそうじゃ。

――運命予報を見て、因果律の強い、ちょっとやそっとじゃ死にそうに無い奴を選んで転生させた!


「それで?」


 俺は、恐る恐る問いかける。


――みんな! 死んだよ! 全滅だ! 周りのすべてを巻き込んで! 運命予報を丸ごと破壊する悪夢の号笛だ!


 神様の目は、血走っていた。


 俺に実体があったなら、首を締め上げられているに違いない。


――さぁどうすればいい? どうすればお前は死なない? ワシが一番知りたいわ!


 言うだけ言って、なんだか一人でスッキリした様子の神様は、ゲンナリと肩を落とした。


――はぁ。まぁ、今回は被害が少なかったのが勿怪の幸いかの。

――無理やり地球の管理者にねじ込んで、テストを頼んだ甲斐が有ったというものだ。

――少なくとも、こちら側に悪影響はないからの。


「うへぇぇ?」


 被害が、少なかった?


 少なかった。 とは? 死んだのは俺だけじゃない?


 当たり前だ。なにせ隕石が落ちたのだ。

 学校のみんなは、死んでしまったに違いない。


――いや、そうでもないぞ。奇跡的にな。


「え?」

 良かった、のか? いや、でも。


――流石に周りにいた三人は、巻き込んでしまったがな。

「そんな……田中は? 木村は?」


――死んどるな。


「そんな!」


 全員死んだならともかく、ピンポイントに俺の友達だけを巻き込んでしまったなんて。


「なん、でだよ……なんであいつらが死ななきゃいけないんだよ!」


――それを言うならお前さんが死ぬ理由もさーーぱり解らん!

――そんなワケないだろと、鼻で笑った地球の管理者が、今頃は頭を抱えて資料ログを漁っておる。

――あいつめ、耄碌ジジイと散々バカにしてくれたからな。

――魂で不具合が起こるはずがないと、全ては『偶然』だとな。

――今となっては痛快に思える程だわ畜生ッ!


「…………」


 ふて腐れる神様を横目に、俺の心は冷え切っていた。転生へのワクワクなんて欠片もない。


 神様が気にするのは、実験の結果とシステムの不具合だけ。俺や友達の事ではないのだ。


「そんな実験で田中も木村も死んだのかよ。なんでだよ……」


 俺の不運に、最期まで巻き込んでしまった。


 それが、悔しくて悲しい。


――その原因をワシはかれこれ数万年追っかけとるよ。

――お主には悪い事をしたと思ってる。

――だが、ワシは一生を懸けてでも、原因を発見する。そのつもりじゃ。


 理不尽を許したくない。理不尽に負けたくない。


 神様だって、そうなのだ。

 あくまで神様は俺に番号を割り振っただけ。


 何かが、理不尽に、俺達を殺した。

 そのナニかの正体すら解らない。

 そう、神にさえ!


 どうにも苛立って仕方が無い。

 姿が見えない『偶然』に、運が悪いねと殺された。その事実が許せない。


「そんな糞ったれな『偶然』を、運命を超える『偶然』を、壊す力が……なにか無いのかよ」


 存在しない頭を掻きむしる。


――ふむ?


「一つの運命じゃだめでも……幾つかの、運命を束ねれば?」


 思い立ったのは、さっきの考えの延長線だ。


「……なぁ神様、全部じゃダメなのか?」

――どういう、意味じゃ?


「王国の姫君も、吸血鬼も古代人の末裔も、土地神も全部まとめて全部盛りだよ、世界中の人を無理やり同情させて、俺の運命に同乗させるんだよ」


 全てを兼ね備えたヒーローは不可能だ。

 剣と魔法でドラゴンと戦いながら、エイリアンから宇宙は救えない。

 やったところで『偶然』に殺される確率が高まるだけ。


 だが、全ての要素を兼ね備えたヒロインはどうだ?


 囚われのお姫様なら、ちょっと顔を出して、助けてと言い放ちサヨナラ。


 あらゆる事に首を突っ込んで、兼任出来る。


 あらゆる所に顔を出して、あらゆる人間を巻き込んで、世界中を味方にすれば……。


――やけくそじゃな。全ての因果律を纏めて、運命破壊の『偶然』に抗うか。

――なるほど、面白い。

――ソレは試したことが無かった。


 面白いアイデアだろ?


――そんな事、出来る筈がないのを除けばな。


「そうかな?」


 何故だか、俺には自信が有った。

 やるならコレしかない。


「田中と木村が浮かばれねぇよ、絶対その『偶然』をぶっ飛ばしてやりてぇ」


 俺がそう言うと、神様は露骨に顔を顰める。


――世界のど真ん中で目立ちまくって。厄介事に首を突っ込みまくって。

――世界で一番不幸になって、世界で一番同情されて。

――最高の権力を持つ者も、卓越した武力を持つ者も。果ては、何の力もない無辜の民すら大勢を巻き込んで。


――それで世界のみんなを不幸にして、それでもやっぱりダメかもしれないんじゃぞ?


 神はあきれ顔だ。失敗したら世界の全てが台無しになる。


 だから良いんだ。世界を巻き込んだ悲劇のヒロインごっこ。

 結構じゃないか!

 俺が全部ぶっ壊してやる。


「やってやる。薄幸の美少女で、王国の姫君で、吸血鬼で、古代人の末裔で、もう何でもいい全部だ! 全部!

 史上最悪のヒロインをやってやるよ。世界の全てに命を懸けて守ってやりたい、なんとかしてやりたいと思われて。

 全部を載せて、全部と心中する事になっても、一秒でも長く生き残ってやる!」



――本気なのか? いや、とは言ってもそんな都合のいい転生先など……


 神様は、俺の転生先を探す。

 しかし、言っておいて何だが、そんな都合良く全てに首を突っ込める立場のヒロインなどあり得ないのでは?


――違うな。因果律は先天的な物だけじゃない、後から回収出来る物を自分から積極的に集めて行けるなら……確かに可能性はあるのか?


――良いじゃろ。覚悟があるなら記憶を受け継いで転生させてやる。


「本当に!?」


 魂が番号に過ぎないとしたら、記憶を保持して転生なんて絶対にあり得てはいけないイレギュラーのハズ。


――ああ、勿論わしの首が掛かるがな。


 しかし、この記憶と覚悟は必須だ。

 『色々と首を突っ込んで、全てを巻き込むヒロイン』

 何も知らなければ、誰もそんなクソ迷惑なモノを目指さない。


――ただし、魂はしょせん番号。記憶も意志も保持出来ん。

――しかし、IPアドレスがそうであるように、魂も通信の為の番号じゃ。こちら側に世界のデータを送っている。

――そして、送信が出来ると言うことは、受信だって出来ると言う事じゃ。

――ログの部分的参照権を与える事で、条件が整った瞬間に、お前の意思と記憶をダウンロード出来るハズ。


 言ってる事の半分も理解出来ないが、とにかく転生先で俺の記憶を取り戻させるらしいのだ。


――だが、解っているのか? その時、いたいけな一人の少女の脳に「自分」を上書きすることになるんじゃぞ?


 そうだ、そうすれば元の少女は俺に上書きされて死んだも同然。

 俺が、殺すのだ。


「それでも……やってやる、俺やってやるよ」


 俺は、すっかり友人二人の弔い合戦のつもりになっていた。


――わかった、地球の管理者とも協議して転生先を探してやる。


 無茶な条件。どれほど待たされるかと思えば、殆ど一瞬。


――ほぅ! なんとも良いのがあった。ヒヨるなよ小僧。



 そして一人の少年は少女として転生する。

 これは運命を壊す『偶然』に全てを賭けて抗う物語。

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