馬鹿と天災は紙一重

 俺の名前は高橋敬一。

 どこにでも居る普通の中学生。


 いや違うな。日本一不幸な中学生である。


 そうは言っても、生まれつき障害が有るでもなく、病気もなく健康です。それだけで幸せだろうって言うのは解ります、解りますとも。


 でもね、俺の運の悪さは筋金入り。


 例えば前からスマホでわき見運転の車が突然右折してくるでしょ? 最近のハイブリットカーは音が無いから困りますよね。ここまではまぁ、良くある話。


 で、慌てて道路脇へ逃げ込んだら、側溝のコンクリの蓋がバカッと割れてそのままドボにドブん。そんな運の無い俺の頭上にハトがウンコをおすそ分けですわ。


 これアレだよね? 明らかに俺をハメて喜んでる奴居るよね?


 こういうゲーム知ってるよ、でも古びた洋館でやってくれな、明らかなレギュレーション違反。


「そ・れ・で、お前体育の前からジャージ履いてたの? フツー落ちるか? ドブって単語久しぶりに聞いたんだけど! さっきのもっかい言ってくんね? ドボにドブん! ドボにドブん!!!」


 なんかやたらウケてるのが俺の親友の田中。


 四角い黒縁めがねにパリッとした髪型からの、期待を裏切る万年赤点の糞馬鹿である。


 何て言うか、興味を持つ対象が偏っている。


 暇さえあればひたすら木刀をブンブン振り回しているトコからして、現代人のメンタルとはかけ離れている。


 そうかと思えば一日中鉛筆を削って、芯だけを削り出して喜んでいたりするんだから意味が解らない。


 その本質は、自分の興味があることだけを延々とやり続ける事が出来る奇人。


 ゲームをやらせりゃ最初の街でスライム相手にレベルをMAXまであげたり、同じアニメの同じ話だけ延々見続けたりもする。


 つまりクソオタク野郎だ。


 こんな奴でも景気よく笑って貰えるなら悪い気もしない。俺の不運も話のタネぐらいにはなったと、そう思うしかないだろう。


 やたらツボってる「ドボにドブん」が、ただの言い間違いってのは秘密である。


 俺が何も言えずに黙っていると、ふらりと現れるもう一人の奇人。


「でも、そういう事故ってのは誰にでも起きてるんだと思うぜ? 起こる可能性の有る事故は必ず起こる、トーストはバターを塗った面から地面に落ちる。そういうもん」


 謎のウンチクを語るのが木村だ。


 ちょっとロン毛なチャラ男だが、隙あらば無駄知識を披露する立派なオタク。


「つまりマーフィーの法則的にバターを塗るのが悪い。高橋は毎朝クロワッサンにしようぜ」


 マジで言ってる意味が解らないのが凄い。


 ちなみに俺はバターが塗ってない面から緊急着陸してくれたトーストを見たことが無い。


 ってか、みんなバターは塗るんだから事故は有るって言いたいのか? 慰めてくれてるのか知らないけど、流石に俺の事故率は偶然では済まされない。


 いや、偶然で済ませて貰っちゃ困るのだ。俺は二人の奇人に必死で訴えた。


「それを言うならハインリッヒの法則って知ってる? ひとつの重大事故の裏には軽微な事故が29、事故寸前だった300の異常が隠れているってヤツ」


 ちなみに、俺のヒヤリハット事例は300じゃ効かんぞ!


 つまり、そろそろ俺は重大事故で死んでも不思議じゃないワケ。


 いい加減心配しな?


 だが、何故かそこに田中が割り込んできた。


「それ知ってる! 大きいゴキブリを1匹見つけたら、中ぐらいのゴキブリが29匹、小さいゴキブリが300匹いるって奴だろ?」


 はい糞馬鹿である。


 もうコイツから死んだ方が良いまである。


 そして、こんな糞馬鹿に食いつくのは木村ぐらいだ。


「待てよ田中! だとしたら普通のゴキブリを300匹用意すればどうなる?」


「そりゃー29匹の巨大ゴキブリと」



「「一匹のキングゴキブリ!!」」



 糞馬鹿が増えた、キング糞馬鹿になる前に何とかしたい。


 クソ面白くも無い癖に、なんかグラウンドにキングゴキブリが破壊光線出してる絵を描き始めた。程よくデフォルメが効いてて無駄に上手い。


 体育のサッカーをサボって堂々お絵かきってどうなんだ?


 いや体育なんかより俺の命のが大事なのは間違いない。


「いやいやいやいや、ちっとは心配してくれよな、このままじゃデカい事故が起こった時、俺死んじゃうよ?」


 俺氏、必死の訴え。しかし、二人はスルー。


 完全にお絵かきに夢中で、ゴキブリの絵は厳つくなる一方だ。もうゴジラじゃないそれ?


「なんとか言えって! 木村サン?」

「いやいや、流石にキングゴキブリには敵わないよ……」


 なんでゴキブリと戦う前提なのか? そしてなぜゴキブリが光線を出すのか、


 ビルをなぎ倒すキングゴキブリのスケール感がどうなっているのか?


 もう、どこから突っ込んで良いか解らない。


「ゴキブリから離れろよ! いや、この際離れないでも良いや。キングはともかく、巨大ゴキブリが襲ってきたら助けてくれよな!」

「嫌だよ、怖いし、齧られそうだし」


 いや~、ホント友達甲斐が無いクソだね~。


 次!


「じゃあ田中サン。ご自慢の剣術の見せ所! 敵は巨大ゴキブリ、相手にとって不足無し! いやー憧れちゃうな!」

「俺の剣はそんな事のために有るんじゃない」


 じゃあ何の為に有るんだよカス。いい加減にしろ!


 いやまて、怒るな、このままじゃ俺は遠からずゴキブリに頭を齧られて死ぬ。



 あらやだ……俺もゴキブリから離れられなくなってる!


 ともかく、ピンチの時に親友すら助けてくれないのはやばい。


 ちなみに俺は田中が巨大ゴキブリに襲われてたら、ちゃんとバルサン買うためにお小遣いを貯めるよ。


「おいおい、水臭い事言うなよ、俺たちもう友達だろ?」


 俺はそう言って親指をピッとおっ立てた拳を横に倒して田中に突き出す。


 拳を合わせて、健闘を称えるみたいな挨拶はフィクションでよく見るが、これは今流行のアニメ「ガイルランダー」で主人公がやるやつ。


 ホントは助ける側が言う台詞であって、助けられる側が口が裂けても言って良い台詞じゃないって事を別にすれば、なかなか決まってるだろ?


 田中もオタの者の一人としてこれは無視できないハズ。


「あのホント気持ち悪いんで止めて貰って良いですか?」

「あ、ハイ」


 いきなり敬語とか、お手柔らかにお願いしたい。


 俺はそのまま突き出した拳をぐるりと木村に向けると、あいつは既に距離をとってのノーサンキューの構え。


 本気でイラッとしたので、木村の指を捻りあげる。


「いやー友達甲斐の無い奴らで困るねー、その指へし折って良いか?」

「やめろ! ギタリストにとって指は命」


 繰り返すが、マジで言ってる意味が解らないのが凄い。


「お前の指の活躍はゲームでしか見たこと無いんだけど?」

「家で弾いてっから! 離せってオイ」


 指の一本も折れば俺も木村を格ゲーでボコれると思ったのに、残念だが手を離す。


 いや、下らない事やってるなって自覚はあるよ。でも中学生なんてそんなモノだろう。


 しかし、そんな風に騒いでいれば、体育を絶賛サボリ中なんだから怒る奴も出てくる。


「ちょっとー田中君たち、ちゃんとサッカー応援してよねー」


 文句を言ってきたのは黒峰って女子、なんかよく文句言いに絡みに来る。こりゃー俺に気でもあるのかと思ったけど、どうも田中とつるんでる時だけ絡んでくるからお察しだろうか?


 まぁまぁまぁまぁ…………そんな可愛い訳じゃないですからね。中の上ぐらいかな? だから俺はまぁ許すよ?


 爆発しろなんて言わない、対人地雷で片足失うぐらいで良いんじゃないかな?


「いやさー今、高橋がドボにドブんした話聞いてたとこで、マジ笑うわこんなん」

「あードブに落ちたんだっけ? 高橋君ってなんか注意力散漫だよねー」


 え? 注意力散漫って言った? 俺の戦闘力は三万だ! 的な奴じゃないよな?


 やっぱ俺の評価そんなんかよ。

 ……でもさ、普通歩いてていきなり車がわき見で右折までは有ったとしてさ、避けた先で側溝のコンクリの蓋が割れるとか意識して歩いてる? 歩いてないよね?


 でも田中よ、お前は対人地雷に怯えて歩けよ。


「えー酷いよ黒峰さん……僕だって注意してるけどさー、側溝の蓋が割れるって有りえないでしょ?」

「そもそも側溝の上を歩かないよ、危ないもん」


 はーそういう認識でスか? 幸せでちゅねー、俺だって好きで歩いたわけじゃねーよ。


 お前にピタゴラスイッチのビー玉の気持ちが解るか? 俺だって解らねぇ!


 クソデカため息をこぼす俺を無視して、黒峰さんは二人の書いた絵を格好いいねーとか褒めている。


 あ、それゴキブリですよーって言ってあげたいね。


 木村と田中、二人してどっちがゴキブリだって言うのか目で譲り合ってる場面に目を細める。いやー青春だねー。ホント爆発して欲しい。


 見上げれば抜けるような青空だ、咄嗟に見上げたのも奇跡ならそれを見つけたのも奇跡で、


 今思えば、俺の注意力が散漫どころか文字通り三万だって事の証左であろう。


 でもそこまで! それ以上はどうやったって無理。どんなに体を鍛えても剣の達人だろうと人類皆平等。


 空がなんか光ったかな? そんな風に思った次の瞬間、その光があっと言う間に俺を包んだ。


 その後は、なんか凄い音が鳴ったような気がする様な、しない様な?



 かくして俺の意識はあっと言う間に消え去った。

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