教科書の余白

阿滝三四郎

教科書の余白

黒板に 『余白』 と

漢字で縦書きに書いた


「なんて読むのか、教えてくれぇ~?」

小学生6年生の国語の授業でのお話


誰も手を挙げない

「おいおい、上の漢字は去年5年生の時に先生が教えた漢字だぞ。覚えていないのか。下の文字は1年生の時に習う漢字だぞ」



「『よはく』な『よはく』だぞ、覚えておけヨ、次のテストで出すからな」

「は~い」

「返事だけはいいな~」


「では、『余白』の意味を考えてみよう」

「えぇ~」「えぇ~」「えぇ~」「えぇ~」「やだ~」「めんど~」

と、教室中から声が上がった


「こういう時だけ、みな元気だな~」

と苦笑いをした。



「余白はな、白いところが余ると書くんだぞ」

「この余っている白いところって何なのかを考えてみよう」


「別に白色だと思わなくていいんだぞ」

「ちなみに、教科書にもあるんだけどな」


「文字が書かれていない周りの白いところですか?」

「そうだ。その通り。他にはあるか!!」

「もしかして、黒板もそうですか?」

「そうだ。よく解かったな。緑色で塗られているけど、チョークで書かれていないところは、余白だな」


「先生、もしかして、机と机の間も通路ではなく、余白ですか?」

「おっ、面白いところに気がついたな。なんで、そう思った?」


「ただ、空いていたから」


「そうだ。ただ空いているところを余白と言ってもいいんだよな。教科書の周りの白いところ。黒板の空いているところ。ただ空いているところを、みんなは、もしかして教科書を埋めて遊ぼうとしていないか?」


「ペラペラマンガとかですか?」

「おっ、うまい奴いるのか?」

「上野君で~す」

「おっ、上野か。ちょっと見せくれないか。」

「・・・」

「怒らないから、見せてみ~。教科書なんか綺麗に使うものではない。落書きしても問題ないんだぞ。余白に何を書いても、絵をかいても、好き勝手書いてこそ、教科書だ。ただ、人の教科書には落書きするなよ。自分の教科書には、思い存分落書きするんだ!!」


そっと、教科書を見せてきた


「おっー、これは大作だな。そして見事なジャンプだな、体育でやった走り幅跳びか。これは一等賞だな、優勝だ。これだと、毎日教科書見たくなるな。いいぞ、いいぞ」


「他に、教科書で遊んでいるものはいるのか?恥ずかしくないぞ、見せてみな!!」

「斎藤さんの教科書がすごいんです」

と、赤羽由香が、神妙な顔で、言った


「おっ、斎藤の教科書が凄いのか。先生、見せて欲しいな。」


うつむき加減の女の子は、下を向いたまま、ガクガクと震えていた


「どうした。恥ずかしくないんだぞ。せっかくだ、見せて欲しいな」


「先生、ダメだよ。生徒の物勝手に見ようとして、ダメだよ」

工藤良太がそう言い放った。


「斎藤?ダメかな、見せて欲しいな」

「斎藤さん、この際だから、先生に見せてあげて」

と、赤羽由香が援護射撃を撃ってきた。


ガクガク震える身体と、腕で、やっとのこと、ボロボロになった教科書を、机の上に置いた



一週間前から教室の雰囲気が変わったのはわかっていた。

何かが起きているとは、感じていた。

だから、今日、こういう授業を始めた。

みんな元気に笑顔が絶えないクラスだったのが、その笑顔に偽る何かが入り始めたのが一週間前の話。

このまま、やり過ごせる訳もない。いじめなら早期にやめさせて元通りに戻したいと考えていた。


「斎藤?誰にボロボロにされたのか教えて欲しいな」

「こんな教科書にした者を見た者はいないか?」



「じゃ、さっきの話に戻ろうか」

「さっき井上が、机と机の間も余白ですか?って、聞いてきたな。先生は素敵な余白だと思うぞ。手が届きそうで届かない。でも、声を掛ければ、その余白を埋めて話すこともできる。消しゴムを借りることもできる。でも、いつもそっぽをむいていたら、その余白は、君たちが小学校を卒業するまで埋めることは出来ない。」


「そして、その余白があるから、相手の気持ちを考えるだけの時間を与えてくれる。授業の準備している、声を掛けてもいいかな。でも、今話をしたいな。なんて言ったらいいのかな」


「別に考える必要はないんだよ。どんどん話掛けて、楽しく話をして笑って学校生活をして欲しい。そう、考えちゃダメなんだよ。積極的に学校生活を楽しもう。でもね、その余白を勝手に埋めて通り過ぎて、教科書にいたずら書きをしてボロボロにする行為は、もう事件だよ。先生も教頭先生も校長先生も出動して、ボロボロにした生徒を探さないとならなくなるんだよ」


「机と机の間の余白は、自分と相手の両方を思いやる余白なんだよ」



「斎藤さんの教科書をボロボロにした者は、放課後、職員室まで来てください。今日は、何時まででも待っている。」


「まずは、先生と一緒に話をしよう。そして、なぜそういうことをしたかを考えて、余白を一緒に埋めていこう」

「待っているぞ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

教科書の余白 阿滝三四郎 @sanshiro5200

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ