#13 Starry Sentimental Venus

 七月九日、日曜日。太陽はナリを潜めた曇天だが、生憎という言葉を使う気にはならない。どっちかと言えばこれくらいの方が比較的涼しくて過ごし易いくらいだ。

 本日は午後より不思議探索。矢張りと言うべきか待ち合わせ十五分前に着いた筈なのに俺は財布を持ち出す羽目になった。


 ……曇りとは言えこの暑い中を、お前らはいつから待ち合わせ場所に居るのだと、問いたい。問い質したい。小一時間問い詰めたい。

 俺の財布の圧縮作業にどれだけの熱意を持って取り組んでいるのか、お前らは。


 珍しい。そう口から零れ出た。赤い爪楊枝を引いたのは俺とハルヒ。

 古泉は両手に花と。うん、替わってくれと口に出そうとしたら対面に凄い形相で睨まれた。


「お前、昨日何してたんだよ?」


 不思議探索と言う名のウィンドウショッピングをしながら隣を歩く少女に俺は問いかける。手の中の三段アイスのバランスを器用に取りながらハルヒは俺を見上げた。


「事情聴取よ!」


 ……時折、コイツが同じ国の人間か疑わしくなる。スマン、解読役の優男が居ないこの状況では何を言っているのか分からない。


「一昨日の花火について、市役所に突撃してみたワケ」


 そりゃ、窓口の人も迷惑千万だっただろう事で。彼らの給料は税金で賄われているとは言え、流石にコイツの相手は勤務内容外だろうよ。ご愁傷様です。


「で? 何て言ってた?」

「その様な事実は一切御座いません、って言葉を生で初めて聞かされたわ」


 だろうな。古泉の機関がどんだけの規模を誇っているのかは知らんが、こんな小さな街の役所だ。圧力を掛けるのは然程の苦労でも無いように思う。


「どこかの組織の息が掛かっていて、喋れないとあたしは見たのよね。政府規模で暗躍する謎の団体の影が……隠していてもバレバレよ」


 正解。恐らく常人では辿り着かない漫画の様な発想ではあるが、今回ばっかしはお前が正しい。

 いや、宇宙人による情報操作の可能性も捨て切れんな。どっちでも良いが。


「素直に騙されておけって。大体、どこの世界の高校生がどんな根回しをすればドデカい花火を夜空に打ち上げて、かつ役所に口止め出来んだよ?」


 前を向いて呟く。横顔にヒシヒシとハルヒの視線が突き刺さるが努めてシカトを決め込んだ。


「……なんかタネが有るんでしょ?」

「そりゃ有るだろうよ」


 ただ、それにお前が気付けるかどうかは別問題だけどな。神様を騙す、ってのは中々に気分が良いね。日頃やり込められてる鬱憤も、これで少しは晴らせそうだ。


「言いなさい」

「言っても信じないから言わね」


 これは本音。宇宙人や未来人や超能力者を、さてお前は信じてくれるかい?

 百%信じて貰ったら、それはそれでこの世は不思議のオンパレードだしな。十%くらいで、丁度良いバランスなんだよ、この世界は。


 なぁ、団長様。解明出来ない不思議ってのは、苛立ち半分。でも相当に面白いだろ?

 得意のアヒル口で不満を顔に出しちゃぁいるが、それでもお前の顔は笑ってるぜ?

 どうだい。コイツが、お前が神様の世界だ。自覚が無い誰かさんの代わりに胸を張ってやる。誇ってやるさ。


 この世界は絶妙に最強に絶対無敵だ。


「どう有っても言わないつもり? キョンのくせに生意気だわ!」


 オイ、掴み掛かられるのは慣れっこだが、左手のアイス落ちるぞ。


「良いから、素直に騙されておけって」


 俺はハルヒの右手に手を添えてそれをどける。意外な程、簡単にそれは振り解けた。


「……事前に仕込が有ったんでしょ! 言いなさい!」


 オイオイ、俺は只の高校生だぜ? そんな事が出来るかよ。……ま、出来るんだけどな。

 人間、本気になれば月にタッチする事だって訳ねーんだ。


「なんかやった事に関しては否定はしない。だけどな」


 俺は笑う。目の前の少女に負けないように。その輝きに応えられる様に。せめて、今、この瞬間だけでも。


「綺麗に騙されるのも、たまには気分が良いモンだぜ?」


 出来れば、隣に居れる間中、ずっと。お前の輝きに負けない様に。


「俺は少なくともその仏頂面よりも、こないだの花火に驚いた顔の方が、見ていたいね」


 ハルヒの手から、三段アイスの一番上が落っこちたのは……まぁ、見ない振りでもしておきますかね、っと。


「そう言えば、キョン、シャンプー変えた?」

「あん? いや、今日は午前中に床屋行って来たからそれじゃないか……って、どうしてだ? ……ああ、匂いか。あそこのシャンプーは市販品じゃないからな」

「アンタでも床屋に行く事なんて有るんだ?」

「生きてりゃ髪の毛だって伸びるに決まってんだろ」

「ふーん。そこって馴染みのお店か何か?」

「ま、ずっとそこのおばちゃんに切って貰ってるな。潰れん限り、あそこで今後も切るだろうよ」

「……ねぇ、キョン? あんた、前にいつ髪切った?」

「……覚えてないが三ヶ月前くらいじゃないか? ……それがどうした?」


 なんでもないと、言ったハルヒのその笑顔には、前言撤回、並べるとはとてもじゃないが思えなかった。


 以上、オチだ。何? ワケが分からない? 奇遇だな。俺もこのエピソードがオチになるのを知ったのは、この三年後なんだよ。

 幕が常に綺麗に降りるとは限らない。そういう事だ。ま、たまにはこんなのでも良いだろ。語り部が悪いのだと、そうしといてくれ。



『ジョン=スミスにお礼が言えますように』

『アイツが心から笑えますように』



 神様の願いは、ちょいとベクトルを逸らして叶う。まるでプリズム。でも、だから良いんだ。それで、良いんだ。


 なぁ? 神様? お前の目に映る世界は今日も綺麗かい?


 もしもお前がこの質問に百ワットの笑みで頷くんなら、俺は今日もきっと苦い顔で笑えるんじゃないかと、柄にも無くそう思うんだよ。






「Starry Sentimental Venus」 is closed.

 BGM by Shoji Meguro 「Deep Breath Deep Breath(Reincarnation ver.)」

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雲を食むもの・(著)カラクレナイ 猪座布団 @Ton-inosisi

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