After of Starry Sentimental Venus "Start-free Straight Vector"

#11 俺はなんでもお前に未来の事を教えてやれる

 七月八日。土曜日。晴天。


 ハルヒのヤツはいつも通り、一方的に本日予定の不思議探索を明日に回した。ああ、この場合の「いつも通り」ってのは「一方的に」に掛かってくるんだけどな。

 アイツが不思議探索を一日とは言え延期するなんてそう無い事だったが、まぁ、気紛れと書いて涼宮ハルヒと読んだ所でどこからも非難は来ないだろうよ。そして、そこに俺の意思が介入する事など当然ながら有る筈も無いのさ。


 アイツが休みといえば休み。やると言えばこちらの都合なんかまるっと無視して呼び付けるのにだって、もう慣れっこだ。


 とは言え、休みである事には特に異論も無い。やる事も無かったが、テスト終了後の開放感に浸って一日部屋でゴロ寝も学生の特権だと思う。

 世界は今日も良い日和だ。

 ああ、エアコンの効いた部屋から一歩も外に出たくない程度には、な。


 昨日、全てが終わった後。二十四時ジャストを回った時点で先ず古泉から電話が有った。内容は分かり切っていた通り。聞く意味すら無かったかも知れんくらいだった。

 世界は継続の意思を示した。

 その祝電と労いの言葉は後から後から、半ば俺がうんざりするくらい続けられた。全く、どこからそんなに謝辞の言葉が出てくるのかと。今度から金田一先生とでも呼んでやろうか。冗談だが。


 世界を守り切った自負なんざ有りはしないが、それでも「どんなもんだ」と少し有頂天になっていたのは事実だった。しかし、アレだけ褒め千切られて、それでもまだ得意を口に出すほど俺は自意識過剰ではない。

 奥ゆかしさは日本人の美徳だ。

 よくやってくれた。花火が上がるタイミングはバッチリだった。俺も一緒になって感動しちまった、などと逆襲してやったらアイツは電話口で苦笑してやがったっけ。

 だが、仕事ですから、は返答として不適格だったな。お前らしくも無い。情緒に欠けるぜ、副団長。


 そこは「SOS団の実力ですよ」くらい言っておくべき所だろ、なぁ?


 古泉との長電話が終わったと思ったら、今度は朝比奈さんからまたしても祝電が届いた。あのロリボイスで「ありがとうございました」と言われるのは決して悪い気分じゃない。


 彼女が説明してくれた今回の事件の詳細はいつもの通り、禁則事項の連発で俺には要として知れなかったが、辛うじて聞き取れた部分だけを抽出すると「全て規定事項通りだった」「花火を上げるのは初体験だったがとても楽しかった」となる。


 初体験。誰あろう我らが団の癒しキャラの口からそんな言葉が聞けただけで今回の色々なモヤモヤは吹き飛ばせるというものだ。俺の方こそありがとうございます、朝比奈さん。これでジオンは後十年戦える。

 諸君らの愛してくれたガルマ=ザビは坊やだからさ!


 ……いかん、なんか違うな。

 正直、今回のなんやかんやはどこかで誰かに謀られたような気はしないでもない。だが、まぁ構やしないさ。


 因果って言葉が有る。結果から原因……この場合は理由と目的を指すな……を推察するにソイツは、ハルヒの笑顔を望んだだけなんだろうから。毛嫌いする程、悪いヤツでもないんじゃないかね。うん。

 そう思うくらいは許されるだろ。それに値するだけの横顔を、俺は見たしな。


 Fate is kind.

 運命ってのは、きっとベートーベンの曲みたいに残酷なものでもないんだろうよ。


 そんな事をぼんやりと思いながら、俺はベッドの上で惰眠を貪っていた。

 週明け、程なくして期末試験の答案が返されるのだけが、若干「運命ってやっぱり残酷かも知れん」と考えさせなくもない。


 だが、そんなのは未来の俺に任せておくとしよう。怒り狂った母親の相手はジョン=スミス、あんたの仕事さ。

 少なくとも、今日の俺の仕事じゃないね。そう、現実逃避を決め込んで寝返りを打った。


 噂をすれば影が差す、だっただろうか。そんな言葉が有った筈だ。普段は気にも留めない下らない運命論だったが、今日、この日に限って言えばそれが的を射ていた。

 運命ってのは後出しの予言じゃなかったのかい、ブラザー?


「ただいま」

「あ、キョン君……あれ? いつ外に出てたの?」

「さっき。ちょいとコンビニに行ってきた。アイス食うか?」

「うわーい、キョン君大好きー!」


 妹よ。大好きと言われるのは構わない。むしろ兄妹の仲が良いのは喜ばしいんだ。だが、そんな言葉はいつか出来るであろう彼氏に言ってやれ。

 そろそろ色気付いてくる年頃だろ、お前も。決して連れて来る彼氏の顔が見てみたいとかそんな理由じゃないが、それでも兄はお前の情緒が人並みに育っているのか心配でならない。


 ……あれ?


 オカしい。何かが間違っている。俺は今現在時間を浪費するのに一生懸命だった筈だ。

 インドア派な訳では決して無いが、テスト明け、事件明けの今日ぐらいは家から出ずにゆっくりとしていようと少しばかり意固地になっていた感も否めなくは無い。


 結果、俺はシャツに半ズボンという非常にラフな格好でトドの様に寝転んでいるのだ。当然として家から一歩も出ていなければ、コンビニに行った覚えも無い。


 そもそもテスト明け、来たる緊縮財政に備えて今の俺には無駄遣いをする様な余裕など無いのであり……なら、階段を上ってくる足音は誰の物だよ、と。ま、この場面で顔を出す奴なんか一人しか心当たりは無いけどな。

 アンタの出番は終わったんだと思っていたんだがね。


「ういーっす。WAWAWA、忘れ物ーっと。のわっ!?」


 なんだ、谷口か。下手な所見られちまったな。どうすっかな。……うん、芸達者じゃないか、未来人。

 俺は将来、こんなノリの良い男になってしまうのかと、そう思ったら軽く生きるのが嫌になった。何でも良いが、部屋の入り口でフリーズするのはその辺で止しておいたらどうだ。


「たっぷり五秒は口を開けっ放しで立ち尽くすのが、この時間軸における俺の規定事項だから、もう少しやらせてくれ」


「いや、嘘だろ。時間軸とか規定事項とか言ってみたかっただけだろ、テメェ」

「流石、俺。嫌になるくらい頭の中を読んでくれる」


 ……死にたい。どっかにコイツとは違う未来を俺が進む分岐点は落ちていないものか、半ば本気で朝比奈さんに問い質したくなった。


「俺の部屋だが、お前の部屋でもある。取り敢えず上がったらどうだ?」

「俺の台詞だ、馬鹿野郎」


 世界は今日も狂っている。前言撤回。運命なんざクソ食らえだ。ラプラスとやらの悪意が目に見える形で、男の頬に笑い皺を刻んだ。

 投げて寄越された缶コーヒーを受け取って俺はベッドに座り直す。ソイツは何様のつもりか、俺の机に腰掛けた。ああ、未来人様?


「まぁ、飲めよ。俺の奢りだ」


 それも将来的には俺の金だと言ってやりたい。そして手の中の缶は当然の様に引き続きまして悪意の有るチョイス。


「なんでお前はブラックで俺は微糖なんだよ。取り替えろ」

「ガキにブラックなんざ三年早い」


 ジョン=スミスはそう言って缶を開けて口を付けた。


「それとも、自分との間接キスでもやってみたいナルシストだったか?」

「自分の胸に聞いてみろ」


 仕方無く俺も飲み物に口を付ける。プルタブを引く時の清涼感有る音は、風鈴よりも余程効果が有るに違いない。……何度でもプルタブを開ける気持ちを味わえるグッズとか商品化したら売れるんじゃないか?

 ああ、現実逃避だよ。言われんでも分かってるさ。ほっといてくれ。


「何の用だよ」


 ソイツはニヤニヤと眼を丸くして俺を眺め、そして笑った。


「だから、忘れ物をしたんだっつの」


 忘れ物。はて、何の事だろうか。俺の前に昨日現れた時のコイツは手ぶらだった筈だ。つまり物を忘れた訳ではあるまい。


「折角過去の自分に会いに来たんだ。海外旅行よりもレアな体験だぜ? 土産の一つも持って来なきゃならんだろうよ」


 海外旅行の経験よりも時間旅行の経験の方が圧倒的に多い筈の目の前の男が言っても説得力は無い。が、貰える物は貰っておかないでもないさ。

 俺は俗物なんだ。神様やら超能力者やらとはまるで立ってるステージが違う。

 正直、未来人のプレゼント、ってのにも興味は有ったしな。


 で、何を持ってきてくれたっていうんだい? 過去三年の競馬の結果なりを載せたスポーツ年鑑がこの場合のお約束だと思うんだが。


「それは禁則事項に引っ掛かるだろ、幾ら何でも」

「冗談だ」


 分かってる。何せ自分の事だからなとソイツは笑う。……よく笑う男だ、本当に。笑う門には何とやらと言うが、ひょっとして超能力にでも感染したのではないかと疑っちまった俺を誰が責められようか。


「ま、禁則なんざ俺には一つも掛かってないんだけどな。なんせ俺は正規の時間遡行許可者じゃないし」


 今日もベクトルは逆向き直進。未来は目の前の男の言動一つで十重二十重に分岐する。そう考えると、少しだけ気分は良かった。


 コイツが今から何を言い出すのかは知らない。けれど。

 未来は今の俺に、未来の俺に委ねられてる。それは少しだけ……いや、とても愉快だった。

 まるで、世界の中心に居る気分で。こんな汚い部屋が、しかしそれでも……宇宙で一番重要な会合の場である事なんて疑いようが無い。


 今は今を生きる俺のものだ。なんて過去の俺は上手い事言ったと思うよ。いや、割とマジでな。


「禁則事項が適用されていない。イコール俺はなんでもお前に未来の事を教えてやれる」


 未来人はそう言ってウインクした。男がやっても気色悪いだけだぞ、そんな仕草は。別の未来人を連れて来い。なるべく可愛くて守ってやりたくなる感じのな。

 言外に「朝比奈さんを連れて来い」とリクエストしてやる。お呼びじゃなかったかね、とソイツは苦笑した。


「だが、何でも教えられる反面、全てを教えちまっては面白みも何も無いだろう。既知の未来を歩むのは、きっと今の俺にだって無理だ」


 いわんや過去の俺ならば、と続くんだろうな。ま、否定はせんし、その意見には全面的に同意させて貰う。

 退屈は嫌いじゃないが、絶望とは別物だと思ってるからな。白紙の未来が無いと俺達は生きていけねぇって某スピルバーグも言ってるさ。


「だが、一つ二つなら知っておきたいのも人情ってモンだろうよ。違うか、俺?」


 ノーコメント。ただし、この場合は沈黙を肯定と受け取ってくれて構わない。


「って訳だ。一つだけ、どんな質問にも答えてやる。ま、俺が知っている範囲、三年先までの内容に限られるんだが」


 メフィストフェレスはそう言って、心底楽しそうに笑った。俺の質問で未来は千変万化。神様にでもなったみたいで気分は上々。


 けれど、道は一本なんだ、結局。


 出来過ぎているシナリオってのは嫌なモンだよ、全く。あんまりソイツが上等なモンだから、演者はアドリブすら許されない。

 まるで、俺が何を質問するか分かっているように未来から来た未来の破壊者は口端を上げる。いや、事実知ってるんだろう。

 そうさ。そんな事を言われちまったら俺にはこう答えるしかないじゃないか。

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