"Cloud Eaters"
#10 雲を食むもの
ぶち上げろ、たった一人の少女がその心に持つ夢の為に。
ぶち撒けろ、神様が夢を否定する世界を全力で否定する為に。
でっち上げろ、テメェの我が侭は我が侭なんかじゃ決して俺達が終わらせない事を、ソイツの心に刻み付けろ!
打ち上げろ、盛大に。夢に掛かった分厚い雲を!
吹き飛ばせ、只の人間のその両の手で!!
「放てっ! 雲をその腹の内から食い破っちまえっ!!」
瞬間、世界の総意が夜の空に轟音と光を振り撒いて弾けた。
無数の星を伴って、人の作り出した一秒の奇跡が暗い世界に大輪の華を咲かせた。
俺の隣で神様が震えたのが、俺にはしっかりと分かった。見なくても分かった。
だって、俺も震えていたんだから。
たった一人の少女の為に。優しい世界は後から後から夜天に星を散らせた。
涙が、
俺の居るココは、たった一人の為に奇跡を無理矢理引き起こす、結構捨てたモンじゃない世界だと知ったから。
滲んだ視界にまた一輪、花火が上がった。
「ハルヒ……おさらいだ」
窓の外で続く花火大会を見ながら俺は話す。
「今日の花火大会は台風で延期になったんだよな」
ハルヒは答えない。ただ、震えている。無理も無い。
宇宙人は実在するかもって話しかしていない。
未来人はコイツにとっては「もどき」でしかなかった。
だが、超能力は違う。
今、そこに有る奇跡。幾ら捻くれた神経の持ち主であっても認めない訳にはいかないだろう?
「延期が取り止めになって急遽、市が花火大会を執り行ってるって訳じゃないぜ。あーいうのはスポンサーが居るからな。そんな横暴は出来ないのさ」
赤と青。ベガとアルタイルを意識したものだろう。二つでワンセットの花火が上がる。弾けて、無数の織姫と彦星が雲の下を彩る。
「七夕ってのは、色んな所で花火大会がやってるモンでな」
鼻声にならないように気を付けて、真実にも嘘にも聞こえない、あやふやを話す。丁度、今視界で続いている奇跡みたいな。
「だったら各所から一輪づつパクってきても、バチは当たらないだろうと思ったんだよ。ま、言うなれば幸福のお裾分けだ」
俺の言葉を聞いているのか、聞いていないのか。ハルヒは一度頷いただけだった。その双眸は真剣そのもので、花火を見続けている。俺も隣に習ってそれを見ているだけにしておきたかったが、残念無念、今回の俺は観客じゃなくて役者側だ。
笹を手に取る。それを窓際に飾り直して、部室の窓を全て開け放った。
響く轟音。祭りの太鼓とか稲光を思わせる空気の壁がモロに身体を襲う。
「言っとくと、夢じゃないからな?」
まるで自分に言い聞かせるようだな、と思う。そう、この花火は夢じゃない。その足元では宇宙人が、未来人が、超能力者が、煤けた顔をしているんだ。
お前の為に。お前だけの為に。
神様とか、きっとそんなの今だけは抜きにして一生懸命打ち上げてやがるんだ。
知ってるか、涼宮ハルヒ。
お前の世界は、こんなに楽しいぞ。
お前の世界は、こんなに綺麗だぞ。
宇宙人に代わって。未来人に代わって。超能力者に代わって。俺が訊く。
「な? ベガもアルタイルも、見えただろ?」
涼宮ハルヒは、何も言わず、子供みたいに花火を見つめ続けた。その横顔は、自分の為だけに計画された七夕祭りである事を、誰に言われなくても理解している様に見えて。
……これ以上、言葉を重ねるのは野暮ってモンだな。
俺も、立ち竦む少女の隣で花火に見入る事にした。
「たーまやー」
叫ぶ。ハルヒが息を呑んだ。横目でそれを見てニヤリと笑ってやる。まるで鏡みたいに、少女も笑った。
「かーぎやー」
「たーまやー」
「かーぎやー」
一際大きな金の華が咲いて、秒コンマ遅れで大気の震えが届く。ビクッと身体が震えた。何、驚いてんのよと隣でハルヒが笑った。
花火に負けない、早咲きの向日葵みたいな笑顔が次の花火の色を映す。
「あんたが超能力でテレポートさせた花火なんでしょうが。驚く理由が分からないわよ」
「そうだな……ああ、何を驚いてんだろうな、俺」
顔を見合わせる。コイツは俺に超能力が有るなんて信じてはいない。でも。
「ほら、シャンとしてなさい。役者失格よ、バカ」
「……すまん」
それでもコイツが騙されたフリを続けるのはなんでなのか。決まっている。
世界には騙されても良い嘘が有る事を、コイツはちゃんと知っているから。
涼宮ハルヒは……俺達が戴く唯一無二の団長様は、そういう大切な事をちゃんと分かってる。
そういう奴だから。俺達はその下に集ったんだ。
「願い事は叶いそうか?」
「もう、二つ程叶ってるからこれ以上の高望みは野暮ってモノね」
「そうかい」
「そうよ」
時計はもうすぐ九時半。七夕祭りはそろそろ終わりだ。俺がその旨を告げると、ハルヒは何も言わずに花火に向き直った。この、一瞬を切り取って大事に留めておこうと両手を握り締めて、懸命になっているのが……正直に言う、可愛かった。
「最後はどんな花火で締めるの?」
「見てれば分かる」
実は俺も知らないとはとても言えず。取り敢えず誤魔化すと、二連の赤青の花火が再度上がった。ベガとアルタイルの意匠……か。何となく理解する。次で締めだ。
「……来る」
そう言ったのは俺か、ハルヒか。多分、二人して。俺達の視界の先で十数本の火種がひるる、と空へと上がっていく。二人分の息を呑む音が聞こえた。
雲を切り裂いて。
人の創り出した金色の天の川が、まるで雨の様に空を埋め尽くした。
枝垂れ桜を思わせる満開の星。それは一分も世界には残らなかったけれど。
目の中にはしっかりと焼き付いた。まだ、夜天に線が見える様だ。
「……以上だな」
口にした。祭りの終わり。時計は九時半を少し過ぎていた。長門の言葉を思い出す。
『試算の結果、タイムリミットは七日の二十一時三十二分十七秒。プラスマイナスの誤差は1,51秒以内』
もう、足掻く事は出来ない。世界が継続したか。それとも改変しちまうのか。人知れずそれは決まった。
でも、きっと……ハルヒなら。
「終わり? 何、言ってんのよ、キョン!」
少女が空を指差す。ん? 花火なら上がってないぞと、言う事も適わず。
俺には笑うしかなかったね。ああ、そうさ。ハルヒがキョトンとしちまうくらい、笑い転げちまうしかなかったとも。
だって、神様が指差したその先には、本物のベガとアルタイルがしっかりと光っていたんだから。それも満開の天の川を引き連れて。
「はは……マジで雲を割りやがったよ、このバカ!」
ポケットの中でケータイが震えた。が、見なくても用件は分かるさ。台風さえ吹き飛ばしておいて、これで奇跡が起きなかったってんなら俺はどこに苦情の電話を掛ければ良いんだい?
ミッションコンプリート。世界は継続の意思を示した。
そういう事で、良いんだろ?
後から聞いた話では、台風はその勢力を何とか低気圧レベルに落として、更には霧散しちまったんだそうだ。気象予報士は今頃職探しに必死だろう。いや、冗談だが。でも、数十年に一度の珍事って事で翌日の朝刊には載ってたな。
でも、そんなんは結局どうでも良いのかも知れん。
その後の俺はヤケにハイテンションなハルヒに引き摺られるまま、SOS団プラスアルファを呼び集めて家庭用花火を楽しむのに必死だったからな。
古泉達が河川敷で一足先に始めていた……コイツ等的には二次会みたいなモンなんだろう……に俺とハルヒは鶴屋さん、妹、谷口&国木田っていつものメンツで混ざり込んだ。
祭りの後を寂しがる暇すら与えて貰えないのは……ま、俺達らしいよな?
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