#02 支払いは『この世界の継続』で代えさせて頂くというのはいかがです?
七月二日、日曜日。週明けの明日より四日間の期末試験が開始される。当然ながら執行猶予最終日の今日、学生はテスト対策に追われる訳で、昨日今日ばかりはハルヒの奴も俺達の事を鑑みて恒例の不思議探索を取り止めにしてくれた。
何でも……団員から赤点が出たらSOS団の沽券に関わるとか何とか。その手の発言をする時に俺の方ばかりを睨む様に見ていたのは……まぁ、確かに成績がヤバいのはSOS団在籍五人の内、俺一人だけなんだが。
神様というのが確実に不公平であるなんてのは今更俺が言うまでも無いだろう。二物こそ与えないらしいが三物四物なら平気で与えるのは、一体どういう了見だよ。
なんて割に俺なんてのは一物すら怪しいぞ。忌々しい。ああ、忌々しい。忌々しい。
さて、世界が五日後に終わるなんて話を聞かされて、それでも試験勉強に集中出来るような奴は恐らく宇宙人な訳で。俺はというとごく一般的な地球人の類に漏れず、一向にノートへとは向かわない手の中でシャーペンをくるくると回していた。
しかしだ。世界の平穏無事の為、いわゆる普通の人間でしかない俺なんかに何が出来るのかと問われればそれこそ頭を捻るしかない。
ハルヒに接触する? いやいや、テスト勉強をしている筈の俺が連絡なんかしたりしたら、それこそ火に油を注ぐ事になりそうだ。
古泉からの連絡待ちか。はたまた何も出来ずに世界改変か。今回も流され体質の俺はひたすらに待ちの姿勢である。
実際そこまで焦ってはいなかったりするのも悠長にならざるを得ない一因だった。
ハルヒが憂鬱になるのは何か有る度の恒例とも言えたし、それに一々振り回される俺達って図もそれこそ今更、って感じだったからな。
ま、有り体に言ってしまえば今回も何とかなるんじゃないか、と少なからず楽観視していた訳で。しかし、それにしたって世界が終わる……ねぇ……。いつもながら、スケールでかいぞ、ハルヒ。
俺みたいな小市民にとってアイツが引き起こす何やかんやは、規模がでか過ぎて現実感に欠けるんだよな。もう少し……こう、等身大とでも言えば良いのか。ご近所商店街の危機に立ち上がる高校生! みたいなイベントにして頂けたら、などと考えるのは真実俺が小さい人間なんだろう。自覚はしてるから、ほっといてくれ。
ごく普通の学校に行ってごく普通の高校生をやっている(私的には)筈なのに、放課後の部活動で「世界の危機です」なんて言われんのはマンガやアニメじゃないんだよ、全く。
いい加減にしてくれ。
俺は正義のヒーロー変身用のゴーグルもバックルも貰った覚えなんかこれっぽっちも無い。巨大化も出来なきゃ、秘密兵器の一つだって自宅に隠し持っちゃいない。
こんなんで「貴方が鍵です」とか言われても……俺じゃなくったって首を捻る筈さ。
しかし、だからと言って古泉の表情が緊急事態のそれだったのは疑いようは無く。
ああ、そうだ。あのいつも笑っているカーネルサンダース人形みたいな男の、柄にも無い焦燥っぷりも気にならないと言えば嘘になる。アイツは余裕綽々で気持ちの悪い微笑を浮かべているのがデフォルトだ。
そんな変態が……微笑の欠片すら見せなかった。つまる所、真実、非常事態なんだろう。余り考えたくは無い類の案件ではあるものの、頭の片隅を占領して離れない以上それを置いておいたままに勉強なんざ出来る脳味噌の余裕は持っておらず。
「……仕方ねぇなぁ……」
溜息が零れる。俺は元素記号と睨めっこするのを諦めてケータイを手に取った。アドレス帳から目的の名前を探す。
テスト勉強に集中する為だ。小事の前の大事。俺の成績が浮上する素振りすら見せないのはハルヒ他の所為にしてやろう。責任転嫁は言われんでも分かってる。
「……」
ワンコール目すら待たずに電話が繋がった。電話に出たら「もしもし」くらい言うように今度教えておこうと考える。が、取り敢えずそんなのは後回しだ。
「……」
「長門か? 俺だ」
「……何?」
無機質で抑揚の無い声が聞こえてくる。いつだって俺達のピンチを救ってくれたSOS団の万能選手。すまんな、また頼らせて貰う。
「話が有る……今、何時だ?」
「十時二十六分三十二秒」
秒までは要らないが……これも長門の個性だと思い、優しい俺はツッコミを敢えてスルー。
「分かった。なら、十一時に駅前に来てくれ。話が有る」
「……そう」
「悪いな、休日に」
「気にしていない」
だろうとは思っていたが。コイツの休日の過ごし方を聞いた事は無いが、自室でじっとしているか、読書しているか、図書館に行っているかの三択でほぼ間違いはあるまい。
今度……遊びにでも誘ってやるかね。……ま、この事態が終息したら、だけどな。
「昼飯まだだろ? 飯くらいなら奢らせて貰う」
「……そう」
「用件はそれだけだ。それじゃ、後で」
さよならも、またねも無く、通話は切れる。宇宙人は挨拶に必要性を感じない。知ってるさ、そんな事。
そして……アイツはそれだけじゃない事も。
不言実行、宇宙人は背中で語るってか。まったくいつもいつも申し訳無いが……それでも。小さい身体に百万馬力。頼りにさせて貰うぜ、長門。
玄関を出ると表にタクシーが停まっていた。その脇に超能力者が佇んでいる。
「張ってたのかよ。趣味が悪いな」
「そう言わないで下さい。これも仕事の内ですので」
「生憎、タクシーを使うような金銭的余裕は無いぞ」
軽口を叩くと、ソイツは苦笑した。
「このタクシーは後払いなんですよ」
古泉は後部座席へと続くドアを俺に向けて開き、迎え入れるように手を広げる。
その流れるような仕草に、ホテルのベルボーイなんかがコイツの天職ではないかと勘違いしそうになった。が、言われるままに車に乗り込む事に抵抗を感じてしまうのは減点だな。
「そうですね……支払いは『この世界の継続』で代えさせて頂くというのはいかがです?」
「ちょっと高く付き過ぎやしないか?」
「いえ、妥当でしょう」
押し問答をしていても埒が明かないし、エアコンの効いた車内は抗い難い誘惑だったのも確かである。俺は車に乗り込んだ。
「どこまで行くんだ、古泉?」
「貴方と共に。行ける所まで」
俺達は火遊びを企む中学生の悪ガキみたいに顔を見合わせてニヤリと笑った。
お? ようやく、調子が戻ってきたみたいじゃないか、超能力者。
「新川さん、なんか……すいませんね、ハルヒの奴が」
運転席の初老の男性は少しだけ笑った。
「いえ、お気になさらずとも結構ですよ」
車は静かに加速する。揺れが少ないのはドライバーが良いのか、車が良いのか。多分、両方なんだろう。
「先ずは駅前でお願いします。長門……同級生と待ち合わせをしてるんで」
「了解しました」
口をつぐんで流れていく景色を見ていると、古泉が声を掛けてきた。
「長門さん、ですか」
「ああ、この手の事態はアイツ抜きで話す事は出来んだろうと思ってな」
「……確かにそうですね」
言って古泉は顔を俯かせる。何だ? 何か不都合でも有るのか?
「いえ、不都合ではありません……ただ……」
「ただ?」
「既に機関は彼女達に相談したんですよ」
彼女「達」……情報統合思念体の事か。なるほどね。俺が考え付くような事は既に実践済みってか。そうだろうよ。
「貴方を卑下するつもりは有りませんが、仰る通りです」
でありながら、機関が未だ動いている以上、対処はおろか有益な情報すら引き出せなかった、って事か。……まぁ、いい。
「現場百回、って言うしな。取り敢えずは心当たりを回って見ようぜ、古泉」
「ですね……僕らが気付けなかった事にも、貴方なら気付けるかも知れません」
それは無いな、と思いながらも口にはしなかった。言った所で、何がどうなる訳でもないと考えたからだ。
駅前に着くと、既にそこには長門の姿があった。広場の片隅の日陰で座るでもなく佇む、その姿は今日も今日とて制服である。
「よ、待ったか?」
「……そうでもない」
「そっか。腹とか、減ってないか?」
「平気」
うーん、確かに空腹宇宙人とかはちょいと想像が付かないが……でも、コイツ普通に食事するしな……要らないってんなら別に無理強いはしないが。
「用件は?」
「あ……ああ、そうだったな……つっても具体的にどうするかとかは考えてないんだが」
とは言え、こういった事は俺が考えるよりも他に適任が居る。俺は振り返った。
「古泉、どうする?」
「……そうですね……取り敢えずは閉鎖空間にご案内しようかと考えていますが」
閉鎖空間……ね。コイツ等超能力者のフィールドか。ま、現場百回と言った以上、妥当な選択では有る。
「実物を見ても何が分かるとは思えませんし、長門さんは三日前にに引き続きという事になりますが……申し訳有りません」
「構わない」
液体ヘリウムばりに冷たい瞳を揺らす事無く言う長門。三日前……古泉が学校を休んだ日か。二十九日だったな。
「お前……俺に相談するより先に、長門にはちゃっかり相談してたのかよ」
「先程も言いましたが、僕達に分からない事でも情報統合思念体ならば分かると思いまして」
抜け目の無い奴だ。しかして、確かに俺よりも数段この宇宙人少女の方が頼りになるという事は認めないでもないさ。どうせ俺は普通人ですよー。
「いえ、貴方も頼りにしてるんですよ?」
どうだか。お世辞は程々にしておけ、古泉。
「世辞ではありません。ただ、貴方に頼るのは出来れば最後にしたいんですよ。言わば
ちらりと古泉の視線が俺の隣へ刺さる。その先に居るのは宇宙人製有機アンドロイド。……僕ら……つまりは超能力者や宇宙人、未来人の領分って事かい。
「貴方は……ご自分でも仰られた様に普通の人ですから」
そう言って古泉は踵を返す。俺は長門を連れてその後を追った。
新川さんの待つタクシーへと歩を進める男の背中に声を掛ける。
「朝比奈さんは? この件に巻き込まなくても良いのか?」
「その必要を認めたら、巻き込みますよ」
こちらを振り向く事も無く、悪びれもせず、ソイツは呟いた。
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