🌞 日野寅男(ひの・とらお) 1  🐯

「えっと……倉庫?」


「家よ!」


 隣で星凛スターリンがぷりぷりと怒っている。

 星凛スターリンは全身ずぶ濡れで、目のやり場に困る。

 いやいやいや、何考えてんだ⁉

 コイツはあの憎きスターリン! 俺のかたきだぞ⁉


 星凛スターリンが玄関ドアのカギを開け、引き戸(いまどき引き戸⁉)をガタガタ言わせながら開くと、


「お帰り~ッ!」

「姉ちゃん腹減った~!」

「おっちゃん誰?」

「うわあ! 姉ちゃんがオトコ連れ込んできた!」


 四人の小さな子供たちがわちゃわちゃと出てきた!


「ただいまー。ママは?」


「さっき出てったー。オトコとドーハンだって」


「またぁ~? 仕事熱心ねぇ」


「仕事……?」


 星凛スターリンの言葉に疑問符を返すと、


「そ。ウチのママ、美魔女なキャバ嬢」


「へぇ……」


 確かに今世の星凛スターリンは美少女と言っていいだろう。

 その母もきっと美魔女なのだろう。だが、


「わーっ、また雨漏り!」

「バケツバケツ!」

「兄ちゃん、こっちも!」

「手伝ってよ姉ちゃん!」


 けして金回りは良くなさそうだ。





   🌞   🐯





「お風呂沸いたから。さっさと入りなさい」


 ガタガタ震える星凛スターリンが言う。


「お前が先に入れよ」


 いや、間違ってもコイツの身を案じているわけじゃない! ないが、コイツに肺炎なんかでぽっくり逝かれてしまったら、殺された恨みを晴らす楽しみが失われてしまう。


「いいから行きなさいよ、美大落ち」


「は? 戦争? スターリングラード攻め落とすぞ」


「我が軍に全周包囲されたのはどこの軍だったかしら? アンタが入ってる間に、アンタの服を乾かさなきゃなんないのよ。いいから行きなさい」


「ンな短時間で乾くわけねぇだろ」


「んっふっふっ。刮目かつもくせよ! 我が家の最強兵器・乾燥機付きドラム式洗濯機‼」


「家に対して圧倒的オーバーテクノロジー!」


「末っ子が生まれたときに買ったのよ」


「あー」


 わちゃわちゃしている四人の男児たちを眺めながら、俺は納得した。


「多少縮んだりシワになるかもだけど、男なら気にしないわよね?」


「いいよ。どうせ買い替えればいいんだし」


「ちっ、拝金主義者め」





   🌞   🐯





 出てきたらすっかり乾いた制服が用意されていた。

 それを着込むと、入れ違いにずぶ濡れ星凛スターリンが入っていった。

 引き戸越しに聴こえる、湿った衣擦れの音。


「覗かないでよ?」


「誰が覗くか‼」





   🌞   🐯





『現地時間の本日未明に発生したテロは、世界社会主義トロツキスト組織・第四インターナショナルによるものと目されており――』


「おっちゃん」


 テレビを眺めていると、長男っぽい小学生低学年? が話しかけてきた。


「誰がおっちゃんだ」


「おっちゃん、姉ちゃんに着替え持ってってよ」


「えっ、何で俺が⁉」


「おっちゃん以外、手が空いてないんだよ」


「わーっ、そっちも雨漏り!」

「ぶぎゃっ、転んだうええん‼」

「あーもぅ、痛いの痛いの飛んでけー! ほら、バケツ早く!」


「あー……」





   🌞   🐯





「どれ持ってったらいいんだ? うお、アイツ意外と着やせするタイプなんだな」


 おっかなびっくりタンスを漁り、風呂場へ持って行くと、


「アタシの着替えまだ~?」


 引き戸の中から星凛スターリンの声!


「持ってきたよ!」


 バケツを持った長男くんが走り抜きざまに引き戸を開く!


「「……え?」」


 全裸の星凛スターリンと対面し、俺は固まる。


「「うわぁあぁああッ⁉⁉⁉」」


 逃げようとした星凛スターリンが足を滑らせる。それを支えようと伸ばした手が星凛スターリンの腕をつかみ、


 ドンガラガッシャーン‼


 視界がチカチカする。

 うーっ、俺と星凛スターリン、どうなった⁉





 ――ガラガラガラッ





「ただいま~」


 玄関の方から、女性の声。


「アラ、お客さん? ――って、あらあらまぁまぁ!」


「ママ⁉」


 ようやく視界が戻ってきて、俺は全てを悟った。

 俺が全裸の星凛スターリンに押し倒されているという現状を。

 それを、星凛スターリンの今世の母親に目撃されたという惨状を。


「アンタももう17歳だものねぇ。ママがアンタを生んだのも――」


「違うのママ‼」

「ち、違います‼」





「おーい、入っていいか? 入るぞー」





 俺たちが美魔女な母親に弁明していると、何やら聞き覚えのある声が聴こえてきた。


「うおっ、娘さんか⁉ 入浴中だったかスマンな――って、寅男とらお? どうしてお前がここに?」


「親父⁉」


 星凛スターリンの母親が『ぱんっ』と手を叩いた。


「アンタたち、手っ取り早く結婚しなさい」


「「えぇえぇええ~~ッ⁉」」


「私たちも結婚するから」


 星凛スターリンの母親が親父の腕に絡み付く。

 親父がVサインをしてみせる。


「「えぇえぇええぇえぇええ~~ッ⁉」」

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