星凛子(スターリン) × 日野寅男(ヒトラー) ~地獄のラブコメ~

明治サブ🍆第27回スニーカー大賞金賞🍆🍆

⭐ 星凛子(ほし・りんこ) 1 🍎

「いっけな~い、遅刻ちこく~‼」


 私、ほし凛子りんこ17歳。

 ちょっと貧乏なのがたまきずな、どこにでもいる普通の女子高生。

 強いて人と違うところを挙げるとすれば、ソ連の最高指導者ヨシフ・スターリンの生まれ変わりってことかな?





   ⭐   🍎





「いっけね、遅刻ちこく‼」


 俺、日野ひの寅男とらお17歳。

 人よりちっとばかり金持ちな家に生まれた、どこにでもいる普通の高校生。

 強いて人と違うところを挙げるとすれば、ナチス・ドイツの総統アドルフ・ヒトラーの生まれ変わりってことかな?


「転校初日から遅刻なんて――うわ⁉」





   ⭐   🍎





「きゃあ‼」


 四つ角を曲がった瞬間、見知らぬ男の子が飛び出してきた!


 ごっち~ん⭐





   ⭐   🍎





 出逢ってはならない二人が出逢い、

 地獄のラブコメが今、幕を開ける――――……

























 星凛子スターリン × 日野寅男ヒトラー

  ~地獄のラブコメ~











   ⭐   🍎





 生まれ変わったら、日本人の女イポーンカだった。


 ロシア語を口にする赤子わたしに母はたいそう戸惑ったそうだが、それは私も同じだった。

 とはいえそれも、十何年の昔の話。そんな回想にひたっているヒマなどない。


 私は、忙しいのだ。


 新聞配達を終え、弟たちを叩き起こしてメシを食わせて幼稚園に叩き込み、遅刻しそうな通学路を愛車(1万円のママチャリ、5年物)で爆走していると、


「うわ⁉」


「きゃあ‼」


 四つ角で、見知らぬ男子生徒と接触してしまった。


 ちなみに「きゃあ」と言ったのは私だ。

 信じがたいことだが、17年も生きていると、自然と女言葉が出てくるようになってしまった。


「キミ、大丈夫⁉」


 慌てて愛車から降り、男子生徒に手を差し伸べる。


 ウチの高校の制服だ。

 が、顔は見たことがない。

 全校生徒、教師、OBに至るまでの氏名・嗜好・弱みの全てを把握・掌握している私が知らないということは、転校生だということだ。


 つまり第一印象が命。

 だから、


「お前、どこ見て走ってんだ⁉」


 男子生徒の罵倒にも耐えることにした。


「ごめんなさい! お怪我はありませんか?」


 うるうると泣きそうな顔を作り、手を差し伸べる。

 男子生徒はうろたえたようだ。


 ほし凛子りんこ17歳。

 身長145cm、体重4■kg(検閲済)。

 二重まぶたの大きな目に、柔和そうな顔立ち。

 清楚さを醸成している長い黒髪。

 今世の容姿は日本人男児ウケが良いことは、実証済みだ。


「……大丈夫だ」


 泣きマネが功を奏したのか、男子生徒が大人しくこちらの手を取る。





 ――瞬間、脳が沸騰した。





 暗くジメついたベルリンの地下壕、


   空襲のいななき、


     血まみれの将兵たちの悲鳴、


    T-34中戦車が地上を蹂躙していく地響き、


  なかなか毒薬を飲んでくれない愛犬、


    自殺前夜の結婚式、


      新妻との最後の口付け、


        拳銃自殺。





「きゃぁあああッ‼」

「うわぁあああッ‼」


 男子生徒の手から流れ込んでくるイメージ。

 これは――


「アンタ、ヒトラー⁉」


「お前、スターリンか⁉」


 何てことだろう。

 半世紀以上の時を経て、地獄の殺し合いをした宿敵と再会してしまった!


「まさかアンタまで転生してたなんて! 『帰ってきたヒトラー』よりも悪趣味――うげっ⁉」


 私の言葉は続かなかった。


「貴様ぁああッ‼」


 男子生徒――ヒトラーに首を絞められたからだ!

 前世に輪をかけて背が低い私は、180cmはありそうなヒトラーに吊り上げられるような格好になる。


「うぐぐ……」


 壁に背を押し付けられて、足が、爪先が地面につかない!


「よくも俺を殺したなぁああッ‼」


 ああ、そうか。

 今、私の中に流れ込んできたのは、我が軍にベルリンを包囲され、総統地下壕で絶 望のうちに死んでいったアドルフ・ヒトラーの走馬灯だったのか。


 だが、独ソ不可侵条約を一方的に破って電撃戦バルバロッサを仕掛けてきたのは貴様じゃないか!

 私は、やり返したまでだ。

 祖国大戦争で何千万人が死んだか、貴様、知っているか?





「あら。アナタたち、※※高校の生徒?」





 ふと、女性の声。

 途端、ヒトラーが手を緩める。


「げほっ――はぁっ、はっ」


 必死に酸素を求める私の横では、


「こんな朝っぱらから不純異性交遊とは、良い度胸ね――」


「そんな、誤解ですよ――」


 聞き覚えのある声――クラス担任の登呂とろ月子つきこ先生と、ヒトラーの声。

 角度的に、首絞めだと思われなかったのか……クソっ。


「あらアナタ、転校生じゃない? 乗ってく?」


 呼吸を整えて顔を上げてみれば、ヒトラーが登呂先生の車に乗り込むところだった。


「星さんは、ごめんなさいね」


 先生が苦笑する。


「自転車は載せられないから」





   ⭐   🍎





「凛子様!」

「凛子ちゃん!」


 滑り込みセーフな教室で。

 今日も今日とて、私は人気者だ。


 恐怖政治と大粛清あのてこのてでソ連を牛耳ってきた私である。

 晩年はちょっと――いやかなり痴呆が入ってアレだった感はあるが、こんな小さな高校を支配するなど児戯にも等しい。


 武力などなくてもよいのだ。

 支配者側と非支配者側を適度に分断し、いい塩梅に対立させ、手綱を握れば組織は転がすことができる。


「凛子様、朝当番、代わりにやらせてもらいました!」

「まぁ、ごめんなさいね。この埋め合わせは必ず!」

 

「凛子さん、今日の機関紙プラウダ、300部出来てます。最終チェックをお願いします」

「さすが、完璧な仕事ね。確認なんて不要だろうけど、念のためさせてもらいますね」


 完璧なる我が世界。

 1年と数ヵ月をかけて作り上げた、我が理想郷。


「今日はみんなに、新しいお友達を紹介します」


 そんな世界に望まれざる異物・遺物が、一人。


「初めまして。日野ひの寅男とらおです」


 その日、私の理想郷は崩壊した。





   ⭐   🍎




 数日後。


「注目~」


 教室に日寅ヒトラーの良く通る声が響き渡る。

 コイツは声が抜群に良い。コイツが口を開けば、クラスの誰もが耳を傾ける。

 だが、声の良さだけではクラス中の注目を集めるには足りない。ではなぜ、コイツの言葉が注目を集めているかというと――


「ウワサの映画の、先行上映会チケット! 先着10名様~」


「くれ!」

寅男とらお、俺にも!」


 単純に、語る内容がオイシイからだ。


「はい、売り切れ~」


「うわぁああ!」

「頼む寅男とらお、1枚、1枚でいいから!」

日野ひのくん、私たち友達よね⁉」


 教壇の上で仁王立ちしている日寅ヒトラーを、クラスメイトたちが拝み倒している。

 ……私の静かなる支配体制は、今や無残なまでに蹂躙され尽くしていた。


「しょ~がねぇなぁ」


 自信満々に笑う日寅ヒトラーがどこかに電話して、


「追加で10枚取れたぜ」


「さすがは寅男とらお!」

日野ひのくん素敵!」


 憎き日寅ヒトラーが、金と権力の限りを使ってクラスメイトたちを懐柔してしまったのだ。

 コイツは、日本人なら誰でも知ってる超大手自動車メーカー――の、主要販社社長の息子なのである。


「続いてKGB48、今度のライブのS席チケット!」


「「「日野ひの寅男とらおばんざ~い‼」」」


 今や男子生徒のほとんどと、女子生徒の一部が日寅ヒトラーの崇拝者である。

 わ、私の大事な大事な手下スメルシたちが、拝金主義者に……。

 けど、こんなやり方は、慣れてしまえば支持を失うもの。今は嵐が過ぎ去るのを待つのよ星凛子スターリン


「よぉ、星。お前はチケット要らないのか?」


 私が空気に徹していると、日寅ヒトラーが意地悪く笑いかけてきた。


「話しかけないで」


 コイツは初手首絞めのヤバいヤツだ。距離を置いておくに限る――そう思っている私に反して、


「そんなわけにはいかないだろ。日直なんだし」


「私一人でやれるわ」


「何イラついてんだよ。腹でも減ってるのか? くくっ、貧乏過ぎてメシ買う金もねぇってか? スターリン飢饉ホロドモールの元凶が90年後の日本でJKになって飢えてるなんて、レーニンもびっくりだろうな。土下座したらうまい棒1,000本おごってやってもいいぜ」


 殺された恨みだか何だか知らないが、コイツはやたらと私に絡んでくるのだ。お金を見せびらかして、私をいたぶってくる。


「誰がアンタに土下座なんて。働かざる者кто не работает,食うべからずтот не ест、よ。あとJK言うなし」


 私は、何が何でもコイツと距離を置き続けるのだ――!


「あぁ、ちょうど良かった」


 私が決意を新たにしていると、登呂とろ先生がやって来た。


「アナタたち、今日から修学旅行委員ね。資料渡すから職員室まで来なさい」


畜生めблядь‼」





   ⭐   🍎





「またか」


 校門で、日寅ヒトラーがスマホを見て眉毛をハの字にした。


「車が調子悪くて来れないって」


 コイツはいつも、『じいや』が運転する黒塗りのレクサスで送り迎えをしてもらっているのだ。

『そこはメルセデスベンツじゃないのかよ』と何度思ったことか。


「なぁ星」


 日寅ヒトラーがニヤニヤしている。


「お前のチャリに乗せてくれよ」


「誰がアンタなんか」


「ンだと? 電撃戦バルバロッサすんぞ」


「ベルリン包囲されてピーピー泣いてたのはどこの誰だったかしら?」


「てめぇ!」


「何よ⁉」


「はぁ……じゃあこうしよう」


 日寅ヒトラーが財布から1万円札を取り出し、私の目の前でヒラヒラさせる。


「乗せてくれたらコレやるぞ」


「崇高なる私が、そんな汚れた金なんかに釣られるもんですか!」


「ははっ、体は正直だな」


「なっ⁉」


 いつの間にか、私は1万円札を力いっぱい握りしめていた。





   ⭐   🍎





 ざぁ~~ぁああーーばしゃぁああ~~ずばばばばッ‼


「ウソでしょ⁉」


 自宅目前にして、とんでもない大雨に見舞われた。


「ゲリラ豪雨だな。ゲリラはお前の得意技だったか?」


「失礼な。私のは崇高なる闘争よ⁉」


「銀行強盗はただの犯罪なんだよなぁ……はぁっくしょい‼」


 バス停で雨宿りをするものの、二人して頭のてっぺんからつま先までずぶ濡れだ。

 見れば日寅ヒトラーが青い顔をしている。

 季節は秋。このままでは、日寅ヒトラーが風邪を引きかねない。


「アンタ」


 私の家に寄っていきなさい、と言いかけて、考える。

 こんなヤツ、風邪を引いたら良いのでは? そうしたら数日は、平穏が戻ってくるのでは?


「~~~~……ッ‼」


 煩悶はんもんするが、


「はぁ~。アンタ、ウチに寄って行きなさい」


 私も、この17年間ですっかりお人好しな日本人と化してしまったらしい。

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