暴れん坊令嬢 ~婚約破棄された侯爵令嬢、実は聖剣に選ばれた聖女。普段通り大暴れしていたら、あらためて求婚されましたわ~

和三盆

短編 1話完結

「我が婚約者セレーネ・ライ・エクレール。君との婚約破棄をここに宣言する」



 煌びやかに飾られた王城のダンスホール。金銀彫刻とベルベットの絨毯に、着飾った貴族たち。

 蒼髪に瑠璃色の瞳をした眉目秀麗の青年、“氷狼の君” と呼ばれる王国第二王子であるハルフレアが、婚約者との正式な婚姻を発表するはずの場で、おおよそ相応しくない言葉を発した。



「…………はい?」



 たっぷり数秒考えたのち、侯爵令嬢であるセレーネの口から出たのは、疑問符つきの言葉だった。



「聞こえなかったか、婚約の破棄を言い渡したのだ」


「嫌です」


「そして、私はこちらにいる男爵令嬢、マリー・マリーゴールドとの婚約を宣言する」


「いえダメです」



 たっぷり数秒考えたのち、ハルフレア王子の口から出たのは、否定の言葉だった。



「…………そなたに拒否権はない」


「いえあります」


「いやない」


「いえあります。わたくしたちの婚約は正式な手続きを経て両家同意の上、国王陛下及び王室が御承認の上で、契約書つきで結ばれたものです。殿下の一存で解消などもってのほか。仮に解消するとなると、王家側に莫大な違約金が発生します」


「金など」


「かなりの額です」


「そんなもの税金で……」


「税金というのは、民草の汗の結晶です。と申しますか、この場合は王家そのもの、ひいてはハルフレア殿下個人にかかってまいります」


「うっ」


「第一、私は殿下のことをお慕い申しております」



 編み込みで飾られた長いプラチナブロンドを揺らし、セレーネが一歩踏み出す。



「これまで、短くない年月殿下に尽くして参りました。相応しい女性となるべく学び、美も磨いてきました」



 セレーレは王室に入る者として厳しい教育を受け、学問を収め、護身として武も少々……というにはやりすぎなくらいに学び、美を磨き、おかげで “白銀の女神” “月の賢姫” “宵闇に浮かぶ宝石” “雷光の姫騎士” “暴れん坊令嬢” など、中には物騒な二つ名を得て社交界で注目を集めてきた。



「殿下ともあろうお方がそんなこと申すなど ―― 理由をお教えください!」


「それは……」



 ハルフレアの赤い瞳が妖しく光る。



「私はここにいるマリー・マリーゴールドと愛を誓い合ったのだ」


「そんな……」



 無意識に後ずさるセレーネだが、それに合わせ一歩前に出る者がいた。

 ふわりとしたオレンジ色の髪に、くりんとした瞳の人形のような女性。男爵令嬢、マリー・マリーゴールドである。



「殿下は私に愛していると言ってくださいました。私も殿下を愛しております」


「だからって」


「恐れながらセレーネ様、殿下より愛の言葉を賜ったことはありまして?」


「っ!」



 言葉に詰まるセレーネ。



(殿下はいつもわたくしに優しく微笑んでくださっていた。そこに愛を感じておりましたが、思い込みだとでも?)



 疑心暗鬼が胸中で渦巻く。



「君にはすまないが、マリーへの愛は本物だ。何があろうと添い遂げてみせる」


「嫌です」


「わがままを言って」


「聞きたくありません!」



 思わず声を張り上げる。するとタイミングよく、ダンスホールにある階段の上の扉が開き人影があらわれた。



「騒々しいな」


「陛下!」



 威厳と、武人のような覇気を纏った偉丈夫。現れたのは王国国王その人である。



「話は聞こえていた」


「陛下。なればハルフレア殿下にどうぞお考え直しするよう……」



 すると普段優し気なその顔を、まるで敵を目の前にするかのように厳しくした。



「真実の愛というなれば引き裂くことも出来まい。セレーネよ、従え」


「そん……な……」



 再びハルフレアに視線を向けるが、その瞳は氷のように冷たい。



「嫌です。ぜったいに嫌です」


「セレーネ、陛下の命に逆らうか」


「嫌です! わたくしは殿下をお慕い申して」


「聞き分けろ」


「嫌です」


「セレーネ!」



 手を伸ばすハルフレア。しかしセレーネはその手を強く跳ねのけた。



「痛っ……」


「殿下、大丈夫ですか!?」



 マリーがすかさず、これみよがしに介抱する。



「殿下にお怪我をさせるなど。衛兵、彼女を捕えて!」


「わたくしはそんなつもりでは」



 すがるようにハルフレアを見るが、その顔に浮かんでいたのは明らかな拒絶だった。



「セレーネ、これで婚約破棄は覆せなくなったな」


「嫌です」


「残念だ」


「聞きたくありません!」


「ハルフレアの名をもって命ずる。侯爵令嬢セレーネを捕えよ!」



 殺到する衛兵たち。セレーネを捕えんと迫るその手が彼女を掴もうとしたその時、叫びに近い声が上がった。



「嫌ですって、申し上げてるじゃないですか!」



 衛兵の一人、その腕が彼女によって掴まれる。次の瞬間、彼の視界の天地が逆転していた。



「へっ?」



 仰向けに倒れた衛兵の口から間抜けな声が漏れる。

 続くように他の衛兵たちが殺到するが、セレーネはドレスの裾を翻してふわりと躱すと、一人、また一人と、飛びかかる力を活かすように、腰をきって投げ飛ばしていく。



 ―― その時、ハルフレアは思い出した。セレーネを示す、別の二つ名を。



「暴れん坊令嬢!?」



 衛兵を次々と投げ飛ばし、差し向けられた槍を掴み取って大立ち回りを演じ、混沌を生み出していく。そして最後の一人を倒したかと思うと、その手の槍を投擲した。



「ひいっ!」



 マリーが怯えた声を上げる。

 投擲された槍は彼女の顔の横を通り抜け、オレンジ色の髪の毛を数本散らし、背後の壁に突き刺さっていた。

 よく見れば魔力が込められていたのか、チリチリと電雷を帯びている。



「くっ、セレーネ、お前はやってやいけないことを!」


「ハル殿下。わたくしは、わたくしは!」


「言うまでもなく婚約は破棄だ」


「嫌です!」


「誰でもいい、逆賊セレーネを捕えよ!」


「絶対に、嫌ですわ!!」



 セレーネはドレスの裾を翻すとダンスホールのドアを文字通り蹴り破り、王宮から飛び出した。



「待て!」



 ホール外で控えていた衛兵たちが槍を向ける。だがセレーネは再びその一振りを掴み奪い取ると、ダンスでも踊るかのように振り回し衛兵たちを吹き飛ばしていく。その様、言うなれば呂布、あるいは関羽。



「セレーネ、待て。大人しく捕まれ!」


「嫌です!」


「これだけ囲まれて逃げられるとでも……」


「でしたらセレーネ、ぶが如くですわ!」



 槍の石突を地面に当てると、棒高跳びの要領で跳ねる。

 月を背負い宙を舞う姿は舞踊の如く優雅で、その瞬間全員が見とれていた。



「この先には行かせん!」



 華麗に着地した彼女の行く手を阻んだのは、豪奢な鎧を身にまとった王宮騎士たち。王国随一と言われる彼らの手には、抜き身のロングソードが握られていた。



「我ら王国の守護者。たとえセレーネ姫とて、どうにもなりますまい!」


「そうですね、このままだとたしかに」


「ならば!」



 すると、セレーネがその手を天に掲げる。そして凛とした声を張り上げた。



「来てくださいまし、カリバーン!!!!」



 すると数秒の後、夜の空から何かが下りてきてセレーネの前の地面に突き刺さる。それは白銀をベースに金色のパーツで飾られた鞘に収まる、身の丈もあろうかという巨剣。



「聖剣、カリバーンだと……呼べるのか!?」



 呟いた次の瞬間、目の前にその金属塊が迫っていた。



「速ッ……」



 逞しい体つきに鎧を纏った騎士が枯れ木のように吹き飛び、石垣にその体をめり込ませる。

 他の騎士たちも同様で、たとえ剣や盾で防ごうとも、遠心力の乗ったの巨剣によって否応なしに吹き飛ばされていった。



「セレーネ姫! こんなことになるなら、無理にでも騎士団に引き入れておけば」



一段と豪奢な鎧をまとった騎士が、他の騎士団員たちを割って出てくる。



「騎士団長、お覚悟を!」


「小娘が!」



 いうが早く放たれた超重量の一撃を、騎士団長はその大ぶりの剣でなんと受け止める。



「ふっ。巨剣の聖女やら暴れん坊令嬢やら呼ばれていても所詮は小娘。力押しでなんとかなるとでも思って……ああっ!?」



 名剣に値する騎士団長の私物の剣が、続くセレーネのを受けるたびに折れ曲がって行く。



「おい、やめっ、これ高かっ……」


「乾坤、一擲ですわ!」



 横振りの一撃が剣を折り、騎士団長はそのまま水平に吹き飛ばされた。



「な、なんて馬鹿力だ……ぐっ」


「それ、事切れるにしても失礼過ぎませんか!」



 ガクリと意識を失う騎士団長に後ずさる騎士や兵士たち。安心しろ、死んではいない。



「なんということを……セレーネ様、それは反逆ですわ!」


「剣を置け! それ以上罪を重ねるな!」



 マリーとハルフレアが声を上げる。しかし……



「聞きたくありませんわ!」


 セレーネは背を向け、兵士たちを跳ね飛ばし、帳の下りた王都に向け疾駆していった。



(あの娘、やはり効かなかった。なんとしても始末しなければ)



 胸中で呟く、マリー・マリーゴールド。その目は赤色の妖しい光を帯びていた。



 ◇ ◇ ◇



 王都の往来を、巨剣を手にドレスを翻し駆ける淑女。どこからともなく現れた兵士たちが立ちはだかり、しかし鞘に納まった巨剣を受け次々と吹き飛ばされていった。



「次々とッ!」


「待て、セレーネ!」



 背後からは、蒼髪の青年が追いかけてくる。



「待ちませんわ!」



 巨剣を軽々と振り回し兵士を振り払うセレーネだが、その前に兵士の一団が陣形を組み立ちはだかった。



「魔術部隊……いや待て、ハルフレア殿下に当たる。槍兵構え! 何としても止めろ!」


「セレーネ!」



 まさに前門の虎、後門の狼。絶体絶命のこの状況で、セレーネは不敵に笑うと足を止めた。

 一瞬観念したかに見えたが、巨剣を脇構えにした彼女の武威が高まるのを感じ、ハルフレアは無意識に腰元の剣に手を伸ばす。



「セレーネ、なにをする気かわからないがやめろ!」


「ハル殿下……申し訳ございませんが問答無用ですわ! 必殺、烈風、カラドヴルフ!!!!」



 セレーネが金色の光を帯びた巨剣を振るうと、眼前に塵旋風が立ち昇り陣を組んだ兵士らを襲った。悲鳴を上げ一気に吹き飛ばされる兵たち。まさに狂乱怒濤。



「クッ、なんて力だ。しかしこれで逃げられないぞ!」



 自分で作り出した塵旋風に足を阻まれたかに見えたセレーネだが、ハルフレアに憂いを帯びた流し目を送ると、目前のそれに飛び込む。

 巻き込まれた兵士らは錐揉みになっていたが、セレーネは上手く気流に乗って高く飛び、二階建ての屋根の上に降り立った。



「待っ……」



 セレーネは剣を背負うと、ハルフレアの制止を聞かず屋根伝いに駆ける。だいぶ遅れ、どこからか屋根に登ってきたハルフレアが追うがこのままでは追いつけまい。

 このまま王都を出られると思った矢先、黒い影がセレーネを襲った。



「きゃっ。今のは!」



 腕から鮮血が零れる。見上げると翼を背に、鋭い爪を持った醜悪な顔の人ならざる者たち。



「下級デーモンが、なぜこんな所に!」


 次々と襲い来るそれらに傷を負い、ドレスもところどころ裂けていく。

 だがその目の闘志はむしろ増し、血で飾られたその可憐な手を背に伸ばした。



「デーモンでしたら、手加減は無用ですわね!」



 シャンと抜かれ、星光に輝く白銀の刃。



「キシャァッ!」


「成敗ッ!」



 凶悪な爪を持つデーモンだが、次の瞬間には縦真っ二つになり屋根を転がり落ちていった。



「聖剣カリバーン……あれが」



 遅れること屋根を走っていたハルフレアが、その様子に思わず漏らす。


 デーモンらが次々とセレーネを襲うが、彼女は屋根上を駆けつつ次々と斬り払っていく。そして驚いたことに、彼女が負ったはずの傷は跡形もなく塞がっており、背の鞘はほんのり光を帯びていた。


 何体か切り伏せたところで体つきの大きな個体が現れ、火球を放つ。しかしそれすらも斬り払うと、その中級デーモンを十字に斬滅した。



「そこまでだ、セレーネ・ライ・エクレール」



 城壁に差し掛かったところで低く響く声。見上げた先にいたのは、無精ひげを生やした壮年の偉丈夫。



「陛下、なぜこのようなところに!」


「婚約破棄を受け入れず、罪を重ね、もはや逆賊。余がこの手で断罪してくれよう」



 大剣を構える国王。そしてその背後にはもう一人の影。扇で口元を隠し、その目を妖しく赤色に光らせた小柄な女性。



「もはやここまでですわね、セレーネ様」


「マリー・マリーゴールド!」



 するとセレーネの背後から涼やかな声がかかる。



「マリー! ここは危険だ、離れていろ!」


「ああ、愛しのハル様。宵闇をもってなお凛々しい。どうかセレーネ様を!」


「ああ、わかった」



 目を赤く光らせ、茫洋とした様子で剣を抜くハルフレア。



「マリー・マリーゴールド。あなた人ではありませんわね」


「ふふふ、それがなにか?」



 明るいオレンジ色の髪を割り、折れ曲がり節くれだった角が生えてくる。そして背に生えた翼をはためかせると宙に浮いた。



「あははは、陛下と殿下に手を出したら、もはや死罪は免れませんね」



 国王とハルフレアがセレーネに向け剣を構える。



「そういうことでしたか。陛下はともかく、私のハル殿下を操っていたのですね……絶対に、絶対に許せません!」


「えっ、陛下は “ともかく” なの?」



 するとセレーネは、鞘に納まった巨剣を、天に向け真っ直ぐ構えた。



「なにをする気かわからないけど、好きにさせませんわよ!」



 悪魔の姿となったマリーの指示で、国王とハルフレアが飛びかかろうとする。その時、銀糸の乙女が凛とした声を上げた。



「力をお貸しになって、カリバーン!!!!」



 声とともに巨剣の鞘が弾け、細かいパーツへと分かれた。


 それらは剣を手に迫っていた国王とハルフレアへと向かいひとたび足止めすると、舞い戻ってセレーネへと集う。やがてそこに、銀刃の巨剣を携え白銀の鎧を纏った、ドレス姿の戦乙女が現れた。


 瓦を砕き戦乙女が駆ける。銀光一閃、斬撃が宙にいたマリーを襲うが、鋭い爪が辛うじてそれを受け止めた。



「きゃっ! なんて馬鹿力なの」



 マリーが飛びのきながら異形の翼を羽ばたかせる。



「また馬鹿力って! お待ちなさい! 逃げるのですか!?」


「逃げていたのはあなたではなくって、セレーネ! 殿下こちらに!」



 マリーが伸ばした手にハルフレアが掴まり、城壁の外、森に向かって飛び去ろうとする。後を追おうとするセレーネだが、その前に国王が立ちはだかった。



「剣聖に師事したのは、そなただけではな……うおっ!」



 振り下ろされる巨剣を、国王が間一髪避ける。



「セレーネ、余は国王ぞ!」


「一意専心ッ!」


「正気か!?」


「恋する乙女を前にそんなもの!」



 巨剣の連撃に押される国王。



「まて、話せば分か……」


「問答無用です、陛下! はぁぁぁぁッ!」



 ◇ ◇ ◇



 ワーウルフ、ゴブリン、ヘルスパイダー。王都の外へと飛び出し、鬱蒼とした森を駆けるセレーネに、多種多様な魔獣たちが押し寄せる。


 聖剣を纏った “雷光の姫騎士” は、電雷纏った剣でそれらを切り伏せ、マリーの逃げた先を目指した。


 傷も、疲労も、聖剣の魔力が癒していく。しかし胸中に渦巻く不安は増していく一方。

 中級デーモンの一体を切り裂き森の切れ目にたどり着いたところで、目前に巨体が立ちふさがった。



「これは……双頭竜アンフィスバナエ!」



 森の深部に住まう二つ首のリザード。瞳を赤く光らせ、その口に炎をたたえている。



「あなた一人には過剰戦力でしょうけどね。アハハハ!」



 宙に浮くマリーと、その隣には ――



「ハルフレア殿下!」


「お別れの挨拶をしてはいかがかしら?」



 そう言うとマリーはハルフレアに絡みつき、顔に手を添えると頬にキスをする。



「マリー・マリーゴールド、あなた……」



 聖剣の柄を持つ手が、強く握り締められる。

 美しい顔には影が落ち、どこからともなくゴゴゴと音が響き、プラチナブロンドが浮き上がった。



「あら、怒ったの? 嫌ですわね、女の嫉妬というものは。アンフィスバナエ、やっておしまいなさい!」


「グルアアアァァァァァ!!!!」



 ふたつのあぎとから炎が放たれ、その場を埋め尽くす。



「アハハハ、丸焦げね! いい気味よ! ……えっ!?」



 突如、眼前のオレンジを割って、光る球体に包まれた姫騎士が躍り出る。



「悪即斬ですわ!」



 刃が閃光となりマリーを襲う。それは片腕を切り落とし、顔にも一筋傷をつけた。



「お、おのれ私の顔に!」


「よくお似合いでしてよ!」



 光の球体は、分離した銀の鎧。細かい部品となり、それぞれ雷光で繋がり障壁となっていた。

 マリーが怒りのままに放った魔術も弾くと障壁は消え、セレーネの元で再び鎧の形状へと戻る。



「おのれおのれおのれ! アンフィスバナエ、喰い殺してしまいなさい!」



 そう言い残すと、腕を押さえながら森の奥へと飛びさる二人。

 その時マリーは、セレーネの鎧の一部が欠けていたことに気づいていなかった。



 ◇ ◇ ◇



「忌々しい、あの娘!」



 マリーが怒りのままに長い爪の生えた腕を振るうと、傍にあった石像がバターのように切り裂かれる。



(しかし、双頭竜アンフィスバナエであれば)



 手飼いとしては最強。たとえ聖剣持ちとは言え娘一人にあてがうには過剰戦力だ。無惨に食い殺されているだろうと思えば、多少は気も晴れよう。


 遺跡のような石造りの広いホール。中央には一段高い祭壇があり、その中心には禍々しい魔物の彫刻が置かれていた。マリーはハルフレアとともにその壇上にいる。



「これでもう邪魔者はいない。王国ももはや私の物ね、ふふふ、アハッ、アハハハハ!」



 ホールに高笑いが響きわたる。


 その時、轟音とともにホールの扉が破壊され、鎧を着た騎士たちがなだれ込む。

 そして遅れて、二つの人影がホールに入ってきた。



「なに、なんなの! 誰!?」


「マリー・マリーゴールド、余の顔を見忘れたか」


「陛下ッ!」


「そなたの悪行これまでだ」


「ハルフレア殿下は返していただきます!」



 低い声の主、豪奢な鎧を纏ったこの国の国王。そして、白銀の鎧を纏ったセレーネ。



「お前、生きていたのか! アンフィスバナエは!」


「答える必要がありまして?」


「クッ……国王も洗脳が解けてるみたいね」



 赤い光に染められていた瞳も、今はもとの翡翠色に戻っていた。



「国を思い、悪を断罪せしめんという気持ちが勝ったのだ」


「陛下、頬がずいぶんと腫れて」


「ええい、聞くな!」



 国王の左頬が、まるで思いっきり殴られたかのように腫れていたのだ。



「しかし、なぜ私がここにいると……」


「貴女は森に逃げ去ると見せかけ、気取られぬよう国に戻った。そのような謀り、わたくしとハル殿下の愛の力を前にすれば!」


「あら、ハル殿下のポケットに金属片、聖剣の一部ですわね」


「愛の力です!」



 騎士たちと国王、そしてセレーネが、投降しろとマリーに剣を向ける。しかし臆するでもなく、マリーはクククと笑いはじめた。



「この憎き王国、内側からじわじわと滅ぼす予定でしたが、気が変わりました。今すぐぶち壊してさしあげますわ!」



 マリーを中心に足元から黒いもやが湧き、その身を包む。そして超重量の地響きとともに異形の魔獣が姿を現した。漆黒の鱗に覆われた、三つ首の巨大なリザード。



「もしや、邪竜アジ・ダハーカ!」


「陛下、ご存知で?」


「王家にのみ伝わる伝承だ。この国は元々この邪竜を封じた勇者が、その封印を守るために作り上げたと……奴は出現とともに三日三晩暴れ回り、国ひとつ滅ぼし、人々を脅かした。国事記こじきにそう記されておる」



 目の前の邪竜は、記された以上の邪悪さをその顔に浮かべる。



「まずは国王、そして忌々しい小娘。貴様らから滅びろ!」



 アジ・ダハーカの三つあるうちのひとつの口から、黒いブレスが放たれた。



 ◇ ◇ ◇



 爆発が起こり、王城地下の空洞が破壊され夜空が見える。

 飛び上がったアジ・ダハーカは、その背にハルフレアを乗せたまま崩れた天井を割り、外へと飛び出した。



「ハル殿下!」


「待てセレーネ、そなた余を庇って怪我を!」


「聖剣が癒してくれます。そんなことよりあれを!」


「すまぬ、頼んだぞ!」



 セレーネが銀糸をなびかせ、邪竜を追い外へと飛び出す。



「ハル殿下!」


「……」


「どうか正気に戻ってください!」


「アハハハ、無駄よ。この国を滅ぼす前の最後の戯れだ。ハル殿下、セレーネを殺してくださいまし」



 瞳を赤く染められたハルフレアが剣を抜く。そして空中のアジ・ダハーカの背から飛び降り、王城の屋上にいたセレーネへと斬撃を見舞った。



「殿下、目を覚ましてください!」



 鍔迫り合いから始まる斬り合い。しかしセレーネの攻撃に鋭さはなく、傷を負い次第に追い詰められていく。



「殿下、目を!」


「セレーネ、君を殺さなければならない」


「何故ですか!」


「マリーへの愛ゆえにだ!」


「そんな、そんなこと……」


「私たちのため、死んでくれセレーネ」


「ハル殿下の、ハル殿下の、バカーーーッ!!!!」



 白銀の手甲に覆われた拳が、ハルフレアの頬を捉えた。

 彼は腰の入ったフックに見事撃ち抜かれ、屋根を壊しながら吹き飛び、そのまま飛び去るかと思ったところで上がっていた旗に偶然包まれ、地面へとボトリと落ちる。



「で、で、で、殿下!!」



 慌てて駆け寄るセレーネ。そこには頬を大きく腫らし、全身も傷だらけのハルフレアが倒れていた。



「ハル殿下、ハル殿下!」


「せ、セレーネ……」


「殿下、ご無事で!?」


「こんな時、無闇に揺すってはいけない……」


「あっ」



 セレーネは聖剣の鞘をハルフレアにあてがう。するとその傷が少しずつ癒えていった。



「セレーネ、心配をかけた。もう大丈夫だ」


「ハル殿下!」



 抱きつくセレーネの頭を優しく撫でる。その瞳は元の澄んだ瑠璃色。



「わたくしの洗脳魔術が……そうか、国王もそれで」


「愛の前に洗脳なんて!」


「思いっきりぶん殴ってたでしょうが!」



 地下から這い出てきた国王や騎士たちが再び集い、剣を抜く。



「我々の責務だ! 邪竜アジ・ダハーカを討つ!」



 響く鬨の声。



「ハル殿下、立てますか?」


「セレーネ、私は奴を討つ。手伝ってくれるか?」


「はい、喜んで!」



 邪竜との激しい戦いは、夜が開けるまで続いた。どちらも死力を尽くし、犠牲者も出た。街や王城も破壊された。


 やがて朝日が地平を彩った時、陽光に似た光が立ち上る。セレーネが天に掲げた聖剣カリバーンが生み出す、巨大な刃。それは、鎧化を解き細かく分裂したカリバーンの鞘が形作った、金色に輝くオベリスク。



「ハル殿下!」


「君は私が支える」



 ハルフレアが、傷を負い片腕で聖剣を掲げるセレーネを抱きしめるように支え、共にカリバーンの柄を握った。



「おのれぇぇぇぇ!!!!」



 満身創痍のアジ・ダハーカがマリーの声で咆哮を上げる。



「これが、わたくしたちの、愛の力ですわ!」


「愛など!!!!」


「殿下!」


「ああ、セレーネ!」


「「エクスッ・カリバーーーーーンッッッ!!!!」」




 ◇ ◇ ◇




「んっ、ふぁ……だ、ダメです、ハル殿下、そんな激しく……グエッ」


「お目覚めですわね、マリー・マリーゴールド」



 据わった顔のセレーネ。

 顔を踏みつけられ、ようやく目覚めたマリー。



「あら、わたくしなぜ踏まれて目覚めて……ここは? セレーネ様? それにハルフレア殿下! あら、あらあら、起きられない? ……ええっ、なんでわたくし簀巻きに!?」


「しっかりなさい、マリー・マリーゴールド。覚えてらっしゃらないのですか?」


「覚えてって、なにを……あ゙っ!」



 全てを思い出し顔を青ざめさせる、オレンジの髪の少女。彼女もまた操られていたのだが記憶は残っていたようだ。セレーネの計らいもあり、彼女も被害者のひとりとして扱われ強く追求されることはなく、ただし生涯監視されることとなる。


 それはともかく。



「セレーネ。操られてしまうような情けない私だが、あらためて婚約してはくれないだろうか」


「殿下……はい、喜んで」



 瞳からこぼれるひとしずくの涙。ハルフレアはそれを指ですくい、涙の跡にそっと唇を触れさせた。



「ハルフレア殿下……」


「セレーネ、愛している」


「嬉しいです」


「陛下、よろしければあらためて婚約式を……」


「わたくしたちを、どうか見届けていただけませんでしょうか」


「なにを言っておる。婚約式は取りやめだ」


「えっ?」


「父上、なぜですか!」



驚きをあらわにする二人だが、国王はニヤリと茶目っ気のある笑顔を見せる。



「婚約式など必要あるまい。やるのは結婚式だ」


「陛下!」


「父上……」


「これほどの被害が出て、復興には希望が必要だ。というのは建前として、余はそなたらの愛に感動した。生涯共に尽くせ」


「ハル殿下、いえ、ハル様!」


「セレーネ!」



 輝くような朝、皆の祝福に彩られ口付けをする。

 血と埃の味の、生涯忘れられない最初のキス。



「して、孫の顔はいつ見れるのだ?」


「父上、こんなところで!!」


「あの、その、わたくしはすぐにでも……」


「セレーネも!!」



 二人の英雄譚は希望となって国の再興の礎となる。

 そしてこの国と国民を、その後も末永く支え続けた。



―――――――――――――――――――――――――――――――――

《あとがき》

ゲーム原案小説オーディションエントリー作品としまして、作品コンセプトなどを近況ノートに記載しております。

https://kakuyomu.jp/users/wasanbong/news/16817139557632846140

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