最終話 相思相愛な二人
伊織が県外行ってしまって早一年。私と煌大の離婚がようやく成立した。
煌大はあの騒動の後すぐに秘書と別れたらしい。そして今後は、如月グループで手に入れた人脈を利用して海外企業で働く予定になっていると人づてに聞いた。
一方私はというと、これまで住んでいた家を売却し、父親に頭を下げ実家に戻った。本当はすぐにでも伊織の後を追いたかったのだが、煌大とのことに決着がつくまでは妻として彼に向き合うことにしたのだ。
離婚調停は意外にもスムーズに進んだ。煌大と結婚して5年。彼を愛することはできなかったが、そのおかげか常に心は冷静で、大きな喧嘩もない夫婦生活だった。しかし私たちは水面下でお互いにお互いを裏切る行為をしてきた。結局のところどちらにも責任があるとし、私も煌大も慰謝料を請求しないことで合意した。
「伊織のところに行かせてほしい」
離婚が成立した夜、私は父にそう懇願した。
「なぁ、優芽。お前は大事な一人娘だ。だから幸せになってほしいと思っている。正直な話、支社長とはいえども給料は本社役員に比べれば低い。この家にいれば何不自由なく暮らせるのに、本当に小鳥遊くんの所に行くのか?」
父のこんな心配そうな表情を見たのは初めてかもしれない。父は今、社長ではなく一人の父親として私に話しかけている。だから私も娘として自分の気持ちを真っすぐに伝えることにした。
「これまでたくさんの迷惑や心配をかけてごめんなさい……。でもお金や地位があっても心は満たされない。私の幸せは伊織とともにあるの」
私の言葉を聞いた父は、『そうか……』とだけ呟くと、それ以上は何も言わなかった。
それから数日後、伊織が私を迎えに来た。
「社長、優芽さんとのことお許しいただきありがとうございました」
荷物を車に運び終え、いよいよ出発という時になり、それまで何も言わなかった父が私たちを呼び止めた。
「小鳥遊くん、優芽のこと大事にしてやってくれ。
……優芽、元気でな。向こうに行っても体には気をつけるんだぞ」
父の温かな言葉に思わず涙がこぼれた。私たちは父に深々と頭を下げ、そして実家を後にした。
それから一週間が経った。こちらの環境にもずいぶん慣れてきたと思う。
キッチンに立ち夕ご飯の準備をしていると、勢いよくドアを開ける音がした。私は手を止め急いで玄関へと向かう。玄関には笑顔の伊織が立っていた。
「おかえり~」
「優芽、ただいま〜! おっ! なんかいい匂いがする!」
「今晩はハンバーグだよ~。もうすぐできるから先にお風呂入っておいでよ」
「おうっ! あっ、優芽も一緒に入る?」
過去にも同じような会話をしたのが思い出され、何だか照れ臭くなった。私は『また今度ね!』と言い、残念がる伊織の背中を押しながらお風呂に行くよう促すと、晩御飯の仕上げに取り掛かった。
「今日のハンバーグうまっ! それに焦げてない!」
「でしょ? 百合さんにレシピ聞いたんだ〜」
「ところで百合さんは元気にしてるの?」
「うん、元気だよ。今度は実家で家政婦さんをしてくれてる」
私がそう言うと、伊織は持っていた箸を置き、急に真面目な顔をした。
「如月のお屋敷と違ってここは普通のマンションだし、百合さんみたいなお手伝いさんもいないけど、優芽は本当に後悔してない?」
「何言ってんの? 私が選んだ道なんだから後悔するはずなんてないじゃん!」
私は笑顔で伊織の不安を一蹴した。
豪邸に住んでいなくたって、毎日着飾っていなくたって、こうして愛する人と一緒に毎日何気ない会話をしながらご飯を食べ、毎晩愛しい寝顔を見て、毎朝おはようのキスをして……。私はそんな普通の日々が何よりも幸せに感じられる。これから先も私たちはお互いを想い、愛し合っていく。ただそれだけで十分だ。
完
ただ相思相愛なだけ 元 蜜 @motomitsu
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