第1話 私と先生
朝の
私は読んでいた小説を閉じ、それをカバンにそっと直した。
「おーい、席に着けー! 朝の会始めるぞ」
朝のざわつきがいまだ残る教室に担任教師が元気よく入ってきた。
この人の名前は《
小鳥遊先生が出席簿を見ながら一人ひとりの名前を呼んでいく。
「明石ー」
「上野ー」
その後も順番に名前が呼ばれ、私の番になった。
「如月ー」
先生は私と目を合わせない。
「はい」
私も先生とは目を合わせない。
その時、クラスメイトがあることに目ざとく気づき、先生を指さし大声をあげた。
「小鳥遊先生! ネクタイとワイシャツが昨日と一緒だけど、もしかして彼女の家でお泊りですか~?」
「……ったく、よく気が付いたな! そうだと悪いのかよ!」
「キャ~! ラブラブ~! ねえ、彼女って何歳なの? あと、いい加減名前くらい教えてよ~!」
私の通う学校は女子高で、小鳥遊先生はクラスに唯一の男の人。それも若い上にノリの良さも相まって、生徒の間ではかなりの人気者だ。
またその人気は生徒だけに留まらず、女性教員のうち数名は本気で小鳥遊先生を狙っているという噂もある。
「俺は謎多きミステリアスな男路線でいきたいから、プライベートは内緒だ!」
「なにそれ~! めっちゃウケるんですけど~!」
小鳥遊先生は女子生徒たちのしつこい質問を上手くかわし、みんなに向けた笑顔のまま私の方に視線を送った。私はその視線に微笑みで応える。
そう、先ほどクラスの女子が言った “先生の彼女” というのは私のこと。小鳥遊先生は今朝、私の家から直接学校に出勤した。あのネクタイだって私が結んであげたもの。もちろん周りには秘密だけれど……。
小鳥遊先生と初めて出会ったのは高校1年生の時。当時先生は大学4年生で、私の家庭教師をしていた。どちらが先に恋に落ちたのか分からないが、出会ってから付き合い始めるのにそんなに時間はかからなかったと記憶している。
こっそりと愛を育んでいた私たちだったが、付き合い始めて1年経つ頃、突如私に婚約者問題が浮上した。
『優芽、お前には婚約者がいる。高校を卒業したらすぐに式を挙げるぞ』
父親に婚約者のことを告げられ、私と先生は何度か話し合った。でもいくら話し合っても、私たちの間に ‟別れる” という選択肢は出てこなかった。
《婚約者がいるのに別に愛する男がいる私と、高校生の私と付き合っている教師》
私たちが『いくら本気だ』と訴えても、世間的に見ればクズ同士に変わりはない。もしも父親や学校にこのことがバレれば、即刻私たちは別れさせられ、先生は確実にクビになるだろう……。
お互いに危険な橋を渡っていると頭では分かっている。それでも強く惹かれ合っている私たちは愛し合うことをやめられないのだ。
◇ ◇ ◇
「ただいま~」
しんとした部屋に自分の声が響く。
私は婚約者との結婚を了承する条件として、『結婚式までは自由にさせてほしい』と父親に懇願し、高校3年生の春からこのマンションで一人暮らしをしている。
最初の頃は慣れない家事に四苦八苦したが、それも半年もすればすっかりと慣れた。
私は先ほど買ってきた材料を取り出し、手際よく二人分の晩御飯の準備を始める。まもなく完成というところで玄関のチャイムが鳴った。
「おかえりなさい!」
「優芽~! ただいま~!」
ご機嫌な小鳥遊先生……いや、伊織がネクタイを緩めながら私に抱きついた。
「うわっ、汗びっしょり! 先にシャワー浴びておいでよ」
「優芽も一緒に入る?」
「えっ!?」
「ははっ! 冗談だよ!」
伊織は私の頭をポンッと叩くと、慣れた様子で浴室に向かった。
「ねぇ、今日みたいなことがないように着替え一式を家に置いておこうよ。そしたら毎回着替えを持ってくる手間も省けるよ?」
私はシャワーから出てきた彼にそう提案した。
「そうだな。あ〜、でもバレないと思ったんだけどな〜。最近の女子高生は本当細かいとこに気づくんだな!」
私とお揃いの部屋着を着た伊織が、キッチンでお湯を沸かしている私を後ろから抱きしめた。
「ちょっ……、伊織、危ないよ」
「優芽の匂い好き~」
伊織は私の首筋に顔を埋めて息を深く吸う。彼の唇が首筋をなぞるとすぐに力が抜け、私は彼に身を任せたい衝動に駆られた。
「ねぇ伊織?」
「ん〜? なに〜?」
「……まだダメなの?」
こんな私たちだが、実はまだ一線を越えていない。そのことで私が不満を抱いていることを知っている伊織は、少し困った顔で自分の胸に私を抱き寄せた。
「う~ん……、俺だって本当はものすごくシたいよ? でも優芽が高校を卒業するまではそこは死守したい。だからお互いもう少しの我慢だ」
「でも高校卒業したらすぐに別れなきゃじゃん……」
伊織がなかなか折れてくれないから、拗ねた私はついそんな子供じみた嫌味を言ってしまった。しかし彼の悲し気な表情を見てすぐに後悔する。
「そんなイジワル言うなよ……。優芽、愛してる。別れたくない」
「ごめん……。うん、ずっと一緒にいようね……」
私は彼の背中に腕を回し、二人できつく抱き合った。
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