ただ相思相愛なだけ
元 蜜
プロローグ
「奥様、旦那様がご出発されます」
「……分かった」
読んでいた本を閉じ、私は渋々と立ち上がり玄関へと向かった。
私の名前は《
重い足取りで玄関まで来ると、すでに煌大がブランド物のフルオーダースーツを着て、家政婦からカバンを受け取っていた。
「いってらっしゃい」
「あぁ、いってくる。今日は少し遅くなる。寝ないで待ってて」
家政婦の目があるのにも関わらず、煌大は私を抱きしめ濃厚なキスをした。
玄関扉が閉まった途端、家政婦が顔を真っ赤にして『いつも仲がよろしいですね』と言った。
「そうだね……」
私はそう口に出してみたが、内心は吐き気がしてたまらなかった。
煌大との結婚は親が勝手に決めた。高校2年生の時、突然 ‟婚約者” として煌大を紹介されたのだ。私は拒絶したが、絶対権力の父に意見なんて通るはずもなく、高校卒業後すぐに結婚した。
それから5年。煌大とは身体の繋がりはあるが、そこに愛情はない。あるのは義務と快楽だけ。
これは煌大に対してだけではなく、私は以前より人を愛するということを諦めている。だって、どんなに言葉で『愛してる』と言ったところで、結局お金と権力を前にすれば愛は脆くて簡単に壊れてしまうものだと知っているから……。
自室に戻ると、読みかけの小説を手に取った。この本は先日、『最近の若い子の間でブームになっているから』と家政婦が買ってきてくれたものだ。内容は女子高生と男性教師の禁断の恋。周囲にバレて二人は窮地に陥るが、それでもお互いの想いを貫くという純愛ラブストーリー。
私はページをペラペラとめくると、大きなため息をついて本をソファーに投げ捨てた。本は静かにソファーから滑り落ちる。私はその様子を冷たく見下ろした。
「こんなの小説の中だけのお話。実際の大人なんてみんな自分勝手でクズだよ……」
私は再びため息をつきベッドに倒れ込んだ。
『寝たくない』と思っても、窓から差し込む陽の光とベッドの心地よさですぐに睡魔が襲ってきて、いつの間にか深い眠りについていた。
夢の中で懐かしく愛おしい声が私を呼ぶ。
『優芽~』
「伊織……」
『優芽、愛してる。ずっと一緒にいよう』
私は幸せな気持ちに包まれる。でも幸せな夢はすぐに悪夢へと変わる。
『優芽、卒業おめでとう。俺たちもこれでお別れだ』
「なんで!? ずっと一緒にいようって約束――」
『教師という立場を失いたくないんだ!』
夢はいつもここで終わる。私は震える肩を抱き、頬を伝う涙を拭った。
「もうイヤ……。なんでいつまで経っても忘れられないのよ……」
私をこんな気持ちにさせる犯人の名前は《
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