人里を離れた親子

「囲炉裏に火をいれましょうか?」


女が勘違いをしてそう進言した。


「いや、それには及ばぬ。少し昔の事を思い出しただけじゃ」


「まぁ、それはどのような?」


「それは……あいや、大した話ではない」


男はそういって言葉尻を濁した。


「それよりなにか恩返しがしたい」


突然男はそう言った。


「恩返し?」


女は訝しげに男をみやった。


「さよう、そなたのわらしがおらなんだら今頃わしは河の藻屑となってたやもしれん」


「そうなのですか?お見受けしたところ泳ぎもお上手そうでございますが」


「いやいや、普段はそうじゃが、釣りに夢中になって足を滑らせた拍子に腓返こむらがえりになりもうした。流石のわしも危うく溺れるところじゃった」


「まぁ、そうでございましたか」


「そういうわけで何か礼をさせてくれんか、なんでもよい、なんなりともうせ」


「そうは言われましてもとりたてて入り用なものも御座いませんし」


女は遠慮しているのかそういって断った。


「ははは、そう申すのも致し方ない。今はどこぞの風来坊といった体たらくではあるが昔は名の知れた主君に仕えた事もある。なんなら親子ともども世話をしてくれる所も紹介できるやもしれん」


男がそういうと女は顔色を変えた。


「それはなりません!それだけはご勘弁くださいませ!」


女の豹変に男は言葉を失うもこれまで何があったのか推し量ると我が言の思慮の浅さを猛省した。


「では、このままでよいと?」


「はい、できれば人との関わりを絶ちとうございます」


男は暫くして妙案を思い付いた顔をした。

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