第3話
7月25日 月曜日 放課後 部室にて
「監督命令だ。これより、完成したロケ映像の試写会的なものを行う。」
さっきまでふざけあっていた部員全員が、真剣な顔つきへと変わる。
祐也から渡されたそのDVDを、プレーヤーに入れ、部室のテレビ画面で再生する。
部室が笑いに包まれる。先生の許可も貰えたため、後は流して、大きな反響を待つのみである。
エンディングが終わる。全員が、安堵の表情へと変わっていく。
「...これより、試写会をお開きとする。...冴島。」
「はい。監督。」
「お前、ちょっと来い。」
小さな袋を持ち、冴島と映画部準備室へと移動する。
「冴島...いや、冴島くん。」
「...なんか、撮影以外でその呼ばれ方されるの、新鮮です。」
「そうだな。...嫌か」
「いえ。えっと、何の用ですか」
「...これ、やるよ。」
俺の手に持っていた袋を手渡す。
「開けてみろ。」
ファスナーを開けると同時に、二人の間で緊張感が走る。
「か、監督...これって...」
「ああ。お前の...決意だ。」
その袋には、祐也に作ってもらった、番組以外のDVDが入っていた。
「...ここ、映画部準備室にも、テレビがある。」
「監督...」
「これより、メインタレントのみの試写会を始める。監督命令だ。」
「はい。」
冴島が、プレーヤーにDVD百均を差し込み、再生する。
《もう僕...やっていけないかも》
あの時感じた肌寒さ、土の匂い、川の音...全てを鮮明に思い出せる。
《なあ、冴島。お前は、なんで俺たちとここへ来た?》
《僕は...ロケ場所がどうだろうと関係ない。あなた達と、ただ、一緒に動画が撮りたいんだ。それに...》
《それに?》
《この画面の向こうで、今、観客は待ってるんだ。》
俺と冴島の唇が、ぷるぷると震える。
《そうだな》
京介が俺の手を握る。
《僕は...僕は...『シャイな高校あんちきしょう』のタレントだ。》
映像が途切れる。隣には、不格好に泣いている京介の姿があった。
「監督...俺...ここに居て良かったです。俺...」
「ああ。」
「俺は...」
「俺は?」
「俺は...ここ、加治川高校映画部が...大好きだ。」
「俺もだよ。」
15分くらいだろうか...思い切り2人で泣いた。
キリが着いたところで、部室に戻ると、凌生と祐也が泣いていた。
覗き見ていたのだろう。
四人で、下校時間ギリギリまで泣いた。泣いても泣いても泣ききれなかった。
7月26日 水曜日 終業式
今日は、待ちに待った放送日。まさか、こんな終業式の日に放送してもらえるなんて...。粘ったかいがあった。
うちの高校は、夏休みの始まりが遅く、終わるのも9月12日の月曜日だ。
そして...その9月12日の始業式...なんとこの日も放送してもらえることになったのだ!こんなことあっていいのだろうか!
そうとなれば、この30分という放送枠...俺たちの独壇場にしてやろう。
ロケ地はどこが良いだろうか...沖縄?あ、外国か?あ、逆に近所の千葉の公園か?
「あ、ねえ、ひろちゃん!始まるよ!」
「あ、おう。」
そうか...そういえば、祐也はホームルームで隣の席にいるんだった。
「祐也、別にいいだろ。俺らは試写会的なものでもう見てるし」
「えー、そんなつれないこと言わないでさあ。あ、ほら、見て!きょうくん(冴島京介の愛称)の寝顔!目が開いてるよ」
「知ってるよ。あいつの寝顔くらい。もっと酷い時は、普通に目が合うからな。」
「そうそう!ほんと酷いよね」
「黙って見てろよ」
「黙ってみてもらうために作ったの?」
「...好きに見ろよ」
「ひろちゃん...」
祐也のおしゃべりを聞きながら、俺はロケ映像を見返す。改めて見ると、少し凌生に腹が立ってくるが、それでも番組は凌生のおかげで成り立っているのだ。ただの普通のロケ番組で終わらせない...やはり、世で一番恐ろしい男だ。
結果、反響の嵐だった。と、同時に、次回作に対しての期待が大きい。
7月28日 木曜日 夏休み2日目 午前10時 部室にて。
今日、夏休み期間中で初回の映画部活動日である。
この夏休み...絶対一つの作品を完成させてみせる。
しかし、それにしても...。
「監督命令だ!このダラけた空気を今すぐやめて、会議を開始する!」
3人が同時にあくびをする。ダメだ...まるでダメだよ、こいつら。
「ひろちゃあーん!うるさい!」
「なんだと⁉」
「だってえ、せっかくの夏休みだよ?休みなんだから休ませてよ!前作のあのロケでもう疲れちゃったよ。撮影からの要望で、今日は休みにしてください!」
「だがな...部員共...これを見ろ!」
俺は、『映画部募金箱 ロケ企画中』と書いた箱を出した。
「監督!やるじゃない!これ使ってロケするってことでしょ!企画考えてくるよ!いくら入ってたの⁉」
「...5万円だ!」
部室が歓喜の叫びで満たされる。いやー...やっといて良かったあ。
「凌生、5万円と、今回のロケに使う4万円、合わせて9万円でやれそうな企画考えてこい。」
「それは良いんだけど、監督...その4万円って...?」
「俺の趣味は株式投資だ。このくらいはいつでも出せる。」
3人は涙目で俺を見つめる。今回、大掛かりな企画になりそうだ。
7月29日 金曜日 夏休み3日目 午前11時 部室にて。
「監督ー。」
「なんだ、凌生。」
「企画なんだけど」
「ああ」
「映画とかどう?」
「え、映画⁉」
「うん、映画。」
映画か...たしかに悪くない。というか映画部だし...映画くらい作っとかないとかな。
でも…夏休み中に完成するものなのか?
「インディーズ映画か。...内容は?誰に?」
「そこは監督で良いんじゃない?」
「え?俺か?俺はまあ映画とかはよく見る方だし...でも...」
「まーいいじゃん。これも一つの経験だよ。じゃ、頑張って。企画書書いてくるから。会議は13時。それじゃあ。」
「え⁉ちょ、ちょっと、え?」
どうしよう。あいつ、自分で一度やりたいと思った企画は変えずに本気でやり遂げるまで納得しないんだよな。
同日 午後13時 部室にて。
「おい、お前ら、昼寝の時間は終わりだ。これより、監督を中心とした会議を始めるからな。...おい」
祐也と冴島...こいつら...全然起きてくれない。
「おい、凌生。とりあえずさ、企画書見せて。」
「はいよ。」
「じゃあちょっと拝見するから。その間さ、あの二人起こしといて。」
「はーいよ」
えーと、企画は…。インディーズ映画で...内容は...ん?
「おい、ちょっとさ、凌生?」
「ん?なんだい監督」
「内容さ...恋愛映画って?」
「ああ、うん。」
「ヒロインどうするんだよ」
「え?俺らの中で女装すれば良いんじゃないの?」
「誰がやるんだよ!」
「冴島にはやらせるわけにゃあ行かないから...かと言って俺も演技ができるわけじゃない...祐也も撮影をしてもらうから...じゃあ、演技ができて、インパクトのある部員って言ったら...」
「言ったら?」
「言ったら...監督じゃないの?」
「はあ⁉」
「え⁉なになに⁉ひろちゃん女装するの⁉」
「祐也はなんでこんなタイミングで起きるんだよ!とにかく会議だ!冴島!」
「ん...なに?監督...」
「とにかく会議だ会議!」
どうしろってんだよ...この企画バカ!
同日 午後13時20分 部室にて
「こ、これより、部長兼監督の命令で、会議を開始する。凌生、企画配れ」
「はい、監督。」
「凌生、今回の企画について説明しなさい。意見がある人は手を上げて発言しなさい。」
「えー、皆さんご存知、企画の比島凌生です。今回の企画はね、恋愛映画ということになりました。1時間30分という少し長めですが、先生方に許可を取り、9月12日の始業式の日、視聴を希望する生徒を集め、放課後に、学校の記念館内にあるホールで放送することになりました。あ、いつものロケはいつもどおりの方法で放送するので、企画は夏休み中に2つこなさないといけません。えー、個人のスケジュール表は今週中に記入しておいてください。出来る限り...というか予定がない日は全て部の
活動日となります。えー、うちの高校は進学校なんで幸い、課題は出ませんでした。なので、何も心配はありません。以上」
「え、えーっと、凌生、監督から良いかい?」
「はい、なんですか監督。」
「ふ、2つやるの?2つも?」
「はい。」
「えーっと、祐也、大丈夫?」
「うーん、まあ予定は無いし...でもさ、ひろちゃん、撮影の僕よりもさ、心配なのは...冴島くんじゃないの?」
「ぼ、僕?まあ僕もたしかに無茶だなあって思いました。...というか監督次第ですかね?監督はどう思いますか?」
「ど、どう思いますかって...いやまあ無茶だし、でも、許可取っちゃったわけでしょ?やらないわけには行かないよね。」
凌生が今まで見たことが無いほどに目を光らせている。なんなんだこいつ。
「監督、じゃあ、やりましょう。内容は企画の僕が作ります。」
「あ、そう?うん...ありがとう?」
「はい!じゃあ、祐也、衣装お願いしても良いかい?」
「ああ、作れるから、まあやりましょっか!じゃあ、衣装は僕、祐也で議事録書いといて!」
「うん!もちろん。冴島は主人公で良い?」
「もちろんです。やらせていただきます。」
「ありがとう!じゃあ、祐也、衣装についてちょっと話したいから、二人で準備室に行かない?」
「うん!じゃあ、ひろちゃん、冴島くん、ちょっとここ離れるね!かわいいの作ってくるから!」
「ありがとうございます先輩!...監督もほら、お礼言わないと。」
「...え?あれ?もう色々と決まっちゃったの?」
「もう、監督!ちゃんと話聞いててくださいよ!」
「あ、ありがとう。じゃあ、祐也、ありがとな?」
「うん!頑張っちゃう!」
...あれ?もうこれ...決まってんの?あれ?無茶だけど...あれ?
同日 午後13時50分
俺と冴島だけの部室...。もう、嫌だ。俺こいつのヒロインになるのかよ。
「...冴島。」
「はい?」
「俺...女装するの?」
「え?そうなんですか?じゃあ、ヒロイン監督?」
「はあ...うち男子校だから...ヒロイン結局男子しかできねえんだよなあ」
「...なんで凌生先輩、恋愛映画にしたんですかね」
「...決まっちゃったんなら受け入れるしか無いかあ。」
「そうですねえ。」
「...あ、すね毛、すね毛どうしよう。」
「剃ったほうが良いんじゃないですか。」
「え?そうかな。あったほうがリアル感が出ていいとも思わない?」
「なんですかリアル感って。」
「あー...リアル感大事だからなあ」
「だからなんですかリアル感って。普通に剃りましょうよ。」
「...そこまで言うなら。」
「俺にちょっと言われてやめるくらいなら、そこまでの重要度じゃないじゃないですかリアル感。」
「ああ...スカートなあ。トランクスはダメかな。」
「知りませんよ。自分で考えてください。」
7月31日 日曜日 夏休み4日目 部室にて
「えー、監督命令で会議始めるぞ。」
「あ、撮影の僕からちょっと良いですか。」
「どうぞー。」
「ひろちゃんありがとう!えーっとね、衣装完成しました!ちょっと着てみて!」
部室が盛り上がる。俺だけを残して。
「ありがとうな祐也。監督命令だ、まずは冴島からな。準備室使えよ。」
「ありがとうございます監督。じゃあ、祐也先輩、着てみます。ありがとうございます。」
「いえいえ!ゆっくり着替えてきてね!ひろちゃんにメイクする時間も取らなきゃだし。」
冴島が部室を出る。
「じゃあ、ひろちゃん!メイク、させてもらうね!」
俺は、言われるがままに、祐也にメイクをさせられた。
「...よし!完成!かわいいよひろちゃん!」
「監督!ほんとかわいい!祐也やるなあ」
祐也から渡された手鏡で自分の姿を見ると、そこには黒髪ロングの美少女が居た。
唇は淡いピンク色で、肌は色が白いものの程よく血色感があり、吸い寄せられるような目元は、一度見たら忘れられない程に魅力的だ。...いや、自分の顔なんだけど。
「祐也...俺、弘樹だよな。監督だよな。」
「え?うん、そうだけど?」
「凌生...俺は弘樹で良いんだよな」
「あ、ああ。そうだね?」
着替え終わった冴島が部室へと入ってくる。
「え⁉か、監督⁉その子監督ですか?かわいい!祐也先輩がやったんですか!」
「そう!すごいでしょ!ほら!ひろちゃんこれ衣装。着てきて!」
「あ、うん。」
俺は、服を渡されると部室を出た。
「...何やってんだ俺は。」
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