第2話

7月17日 日曜日 午後2時

「さあ...えー、やってきましたね沖ノ島。...冴島くん、どうですか今の気持ちは」

「...え?」

「いや『え?』じゃなくて。今の気持ちは?」

「...なんだかねえ。」

「...ちょっとV止めて。」

ダメだ。何故だ、さっきまで絶好調だった冴島の様子がおかしい。

「...冴島、お前大丈夫か?」

「監督...。」

「なんだい。」

「もう僕...やってけないかも。」

「...え?」

「あのね、大体非常識なんだよ。急にね?たとえね?ドッキリだとしてもですね?

急に学生だけで島に行くロケがありますか?無いですよ。僕ね、もう無理です。」

無理...か。

「...なあ、V回してくれないか。」

「ひろちゃん、止めてないよ。」

「おう。でかしたな祐也。」

もうやっていけない...か。

「カメラ...回ってるぞ。冴島。」

「...。」

「なあ、冴島。お前は、なんで俺たちとここへ来た?」

「え?」

「なんでだ。」

「それは...先輩達と...一緒に動画が撮りたかった。」

「それだけか。」

「...そうか、それだけだ。」

「じゃあさ、別にもう場所とか関係ないじゃん。行く場所も、環境も。」

「...そう...そうですね。そうです。僕は...ロケ場所がどうだろうと関係ない。あなた達と、ただ、一緒に動画が撮りたいんだ。それに...」

「それに?」

「この画面の向こうで、今、観客は待ってるんだ。」

「そうだな」

「僕は...僕は...『シャイな高校あんちきしょう』のタレントだ。」

「...そのタレント精神、お前の才能はそこだ。これからは忘れるなよ。」

「はい。」

二人で深呼吸をする。なんだかわけが分からなくなっちゃったこの企画だけど、なんとか成功させてみせる。

「はい!えー...今、僕の父『信勝』がですねえ、僕ら4人をこの沖ノ島まで送ってくれてですねえ。えー...でもですねえ。ひとつ、アクシデントが発生しまして。」

「なんですか?監督。」

「ここ、沖ノ島はですねえ」

「はい。」

「キャンプが禁止されていると!」

「...ん?」

ディレクター陣が笑う。笑ってる場合か。

「えーですので、移動したいと思います。」

「移動⁉」

「はい、移動です。」

「どこに」

「...どこにでもです。」

「決まってねえんだな!嫌だよ!僕は!道端にテント立てて寝るとかは!」

(凌生)「今夏だから良いじゃない。丁度いいよ。」

「君のミスだろ!ふざけるんじゃないよ!僕もう帰りたいよ!」

「まあまあ」

「まあまあじゃないよ監督!なんでそんなに慣れてるんだい!」

「だって去年も...」

「『去年も...』で止めるんじゃないよ!補導されても知らないからね?」

「じゃあ!移動開始したいと思います!それでは」

「だから無理やりつなげるのはやめなさいっての!」

ふう...とにかく繋げた。冴島のキレが良いな。凌生のめちゃくちゃ具合も完璧だ。


「...V止まってる?」

「止まってるよ!どうしたのひろちゃん」

「いや、場所さあ...。」

「ああ、そうだね。りょうくん、場所。...りょうくん?」

凌生がニヤリと笑った。まずい...これは...まさか...。

「監督、川行かない?」

「...え?」


7月17日 日曜日 午後7時

「さあ!えー移動が終わりました。またまたね、えー私の...」

「もういいんだよ親父さんは!」

「『信勝』ですね!またねえ...」

「本当ありがとうございました。」

「えーではですね、キャンプなんですけれども、今、あの沖ノ島から4時間ほどですかね、かかったところにあるキャンプ可能な川辺に来ております。」

「遅いよ!今午後の七時だよ!」

「では、早速テント立てていきましょうか!ではでは!」

無言でテントを立て、カメラにそれを映す。

流石に暗くて見えにくいが、まあ良いだろう。それより問題なのは...。

「...ねえ凌生。」

「何?監督」

「このテント...なんか四人で寝るには狭くないか?」

「良いじゃん。ネタになるし。」

こいつ...やっぱりディレクションに入れ込みすぎている。面白ければ良いが、それは安全な範囲での話だということをぶった切っているんだ。

「そういえば親父は?」

「あっちの方でひとりキャンプしてるよ。」

「あー...好きだもんな。...凌生、あのさ。」

「なんだよ。」

「お前、何を企んでる。」

にやりと笑いながら、凌生は俺に紙を差し出す。

「見てみろよ。」

「...。」

その紙を開くと、熊出没注意と書いてあった。

「え⁉熊かよ」

「...ああ。」

「凌生...お前は...。」

「...多分」

「多分?」

「めちゃくちゃおもしろいや。」


7月17日 日曜日 午後8時

「はい!今ですね、午後の八時と!なっております!」

「暗い!」

「暗いですねー。」

「本当に暗い。もうね、この僕が今手に持っているこのランプですか?これを消すとですね...」

カチッという音とともに、周りは何も見えなくなった。

「ほら...監督、ディレクター陣、何も見えないでしょう?」

「良いから早く明かりつけろよ!」

「監督...怒っちゃ...だめ...」

「うるさいよ。付けなさいよ。」

「...はーあーい。」

カチッ

「あーもう。...あ、えーっとですね、とにかくね、暗くて仕方ないんですけれども、このキャンプ場ですね...もっと!」

「もっと?」

「もーっとですね!」

「もーっとなんですか?監督」

「怖いものが...いるんですよ。」

「こ、怖いもの...ですか?」

「冴島くん...これ、開いてみて。」

例の紙を冴島に渡す。

「...こ、これは」

「熊が!出るんです!わあー!」

「わあーじゃないですよ!冗談じゃないですよこんなの!聞いてないよ!」

「だって君にはここに来るときまで場所教えてませんもの」

「教えてませんものじゃないって!やばいよ!」

「まあまあ」

「だからまあまあで済まないって!...監督...凌生さん...こればっかりは無理だよ」

「無理はない!」

「ありますよ!」

(祐也)「カット!」

ふう...。これは、なかなかの絵面になりそうだな。

「祐也。」

「なに?」

「...お前、今日はおかしいと思ったところ、自分からどんどん撮りに行け。明日も...明後日も。俺たちが居なくても、気になったらV回せ。」

「...うん!なんだか...気合入ってるね。」

「当たり前だよ。こんなチャンス、滅多にねえよ。」

「ひろちゃんかーっこいい!」

「うるせえ」

よし。よし...ん?森の中に何か...。

「...なあ、V。」

「え?」

「Vだよ!早く!」

「は、はい!」

「凌生!冴島!お前ら来い!」


7月17日 日曜日 午後8時26分

「えー...皆さん、監督の...えー...相模原弘樹です...。」

「お、落ち着きなさい監督!どうしたの?」

「く...く...くまです。」

「くま?」

「熊です!」

「え⁉」

「あ、あれ熊です...よね」

「あ...あ!く、くま⁉監督!くまじゃん!」

「だからさっきからそういってんだろ!あ、キレちゃった」

(凌生)「嘘だろ...なんで...」

「凌生は知ってただろ。お前があの紙俺に渡したんじゃねえかよ!」

(凌生)「書いてあったけど本当に出るなんて思わねえだろ!」

(祐也)「あ、甘い物投げたらどっか行くんじゃないの」

「あ、甘い物...冴島持ってる?」

「持ってない...」

「嘘だろ...」

「あの...カメラの前の皆さん...これが僕達の...最後です」

「不謹慎なこと言うんじゃねえよ!」

「だって!今から皆死ぬんですよ監督!」

「皆死んだらこの映像も誰にも届かねえから結局はそんなことしても意味ねえよ!」

(凌生)「ちょっと、大きい声出すと来ちゃうって。」

「うるせえよ。全ての元凶はお前なんだよ。そうだ、監督命令だ。お前、囮になれ。」

(凌生)「俺食っても美味くねえだろ」

「いいから行ってこいよ!」

(祐也)「やばい!こっち!く、来るよ!」

「ああ...監督...凌生さん...祐也さん...信勝さん...両親...今までありがとう」

「そこまで言うなら両親の名前両方出してやれよ!なんで俺の親父のほうが先なんだよ!まだ死なねえよ!」

(凌生)「まだってことは...監督、これから死ぬかもっすね」

「もうお前黙ってろよ!」

「ああ...死ぬ...こっち来てる...監督...どうしよう...」

(祐也)「ん?」

「どうしたよ祐也」

(祐也)「ひろちゃん、なんか聞こえない?」

「え?...冴島、どう?俺聞こえない」

「ああ...死ぬ...ん?何か...声が...」

「うそ...あ」

(凌生)「ああ...あー。」

(祐也)「ほら。ね?」

「ちょっと...ちゃんと音を撮ってみよう。マイクで拾って。」

(祐也)「うん。」


《二ー...二...ニャー...ミャー...ミー》


「なあ...冴島くん...これ...」

「はい...これは...」

「だろ?...さ、冴島くん...これってさあ..」


「ねこでした。」


7月18日 月曜日 午前8時 川辺のキャンプ場にて

「えー、今ですね、午前八時ですね。いやー...昨日はね...大変だったねえ、冴島

くん。」

「そうですねえ...だって、あんな紙出されてですねえ、森にね?何かいるって言われたらねえ...ヤツだと思うでしょ?」

「あー...ヤツじゃなくて良かったあねえ。」

(凌生)「ラッキーでしたね」

「...ふざけんじゃないよ!何がラッキーでしたねだよ!お前が元凶なの!」

「まあまあ冴島くん、怒らないで」

「...まったく。僕をなんだと思ってんだよ。なんだ?僕ははちみつか?ヤツが寄ってくるぞおー...。」

(凌生)「冴島くん、プリン食べるかい?」

「...ん、良いのかい?」

(凌生)「良いよ。好物でしょ、ほら。」

「つ、艶が...良いねえ。ねえ、監督?」

「ふふっ」

「あーもう...自分がやんなっちゃうなあ...」

朝のキャンプ場に、男たちの笑い声が広がっていく。今回のロケ、成功だ。

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