第13話 私と後ろの正面
昨日のことがあったので、恐る恐る部室に顔を出した私を迎えたのは、遠巻きに私を眺める部員達と、どこか不安そうな顔をした顧問の先生だった。
「ああ、初さん、良かった。昨日家の方に電話をしたんだけど、繋がらなかったから何かあったかと思ったのよ」
「えっ、……す、すみません。ちょっと私が風邪ひいてて、バタバタしてて……」
そんな私の下手な嘘も、顧問は意に介さない。余程別の心配事があるらしかった。
「それでね、お姉さんは……紫さんは家でどうしてた?」
「どうしてた、と言われても……」
やたらと全体像が曖昧というか、情報を出し渋られているせいで全容が掴めない。私は少し困って「朝にはもう……いませんでしたけど」とギリギリの嘘をつく。流石に日頃から帰ってきてません、とは私の判断では言えなかった。
「そう……」
「あの、何かあったんですか」
「……いえ、今日、欠席なのに連絡が無かったから……少し心配しただけなの。ごめんなさいね」
嘘だ、と思ったのは先生の顔色というよりも、周囲の部員たちの顔色だった。彼女たちは顧問の言葉に顔を見合せ、困ったような顔をしてこちらを見る。
「……分かりました。もし、今日の夜になっても帰って来なかったら、その……警察とかに相談してみます」
「……ええ、そうね。そうしましょう。それなら初さんは今日はもう帰っていいわよ。お姉さんと入れ違いにならないように……」
「はあ……」
そんなふうにして、私はすぐさま部室を追い出されることになる。何が何やら分からないまま靴箱の方にとぼとぼと向かっていると、後ろから「おーい!」という声が聞こえた。
彼女最初の見学で、紫さんの親しげに話していた人だ。パート練習こそ一緒にしてはいなかったけれど、あの中で比較的紫さんと仲が良さそうに見えた。
名前は確か─────
「北山先輩……あの、何か……?」
「いやー、ごめんごめん。うちの部、結構隠蔽体質でさ。全然説明されてないし、このままだと初ちゃんもなにがなにやらって感じだと思ったから」
さらっと怖いことを言った彼女は、北山先輩は「このあと時間ある?どっかカフェかなんかで話そう」と提案してくれる。
私は少し考えて、彼女のその申し出に頷いた。
▽
ええと、どっから話したもんかな。
凄いややこしいんだよね、この話。
……まあ、最初はただの喧嘩って言うか、行き過ぎたライバル意識みたいなもんでさ。
君のお姉さんに、夕って人いるでしょう。確か今は引きこもってる……んだっけ。ん、その夕先輩。私は直接会ったことはないけど、夕先輩はこの学校の吹奏楽部だったんだ。
そう、だから夕先輩と紫先輩は吹奏楽部の先輩後輩同士なんだよ。しかも、同じトランペットパート。なんなら中学生の頃からそうだったんだって。夕先輩が高校三年生の時、紫先輩が一年生、みたいな。結局夕先輩は三年の夏から引きこもるようになっちゃったんだけど。
紫先輩は、あれでも良いところの家の人でね。あはは、失礼だけどまあいいじゃない。君だってあの人のこと、お上品だとは思わないでしょ?
まあ、それはともかくとして、そんな紫先輩は小さい頃からトランペットを習ってたんだよ。親もスパルタだし本人も負けず嫌いなもんだから、実際実力はあったよ。
あったけど─────でも、夕先輩にはかなわなかった。
夕先輩には才能、としか言えないものが備わっててね。そう、トランペットを吹く才能。中学の吹奏楽部に入った紫先輩が目にしたのは、自分より練習してないくせに、自分より圧倒的に上手い演奏をする夕先輩だった。
当然、紫先輩は夕先輩のことをライバル視したよ。本来の性格もあったし、これは私の推測だけど、親からもなんか言われたんじゃないかなあ。どちらにせよ、それだけならまだ良かったんだけど……今度は、夕先輩のすることなすことに口を出すようになったの。
紫先輩はあたしよりトランペットが上手いんだから、ここはこう吹かなきゃいけない。ここで失敗することは許されない。練習を休むことも、音を外すことも、あたしが絶対に許さない。だって先輩は、あたしとは違って才能があるんだから………って。
正直さあ、怖いよね。信仰、とはちょっと違うけど、盲目的というか。私も紫先輩本人からその話を聞いた時はゾッとしたよ。何が怖いって、紫先輩は未だにそう思ってるみたいだった。夕先輩が引きこもった今も、自分は間違ったことしてません、みたいな態度でさ。いや私も間違ってる! とは言いきれなかったけど、やっぱり怖かったよね。
▽
そこまで一気に話してくれた北山先輩は、お冷を一口飲んだ。
私は、胸がバクバクとするのを感じていた。知らないことをたくさん知ってしまった時の、あの嫌な感じ。聞かなければ良かったと思うこの気持ち。
「初ちゃん、顔色悪いけど大丈夫? 今日はもうやめておく?」
「……いえ、どのみち具合が悪いのは変わらないので」
思わず本音が出てしまったけれど、北山先輩は「そっか」と呟くだけだった。
気がつくと、窓の外は曇天になっている。私は傘を持っていないことを思い出して、また憂鬱になった。
「それじゃあ話すけど─────ことが起こったのは、さっきも言ったように夏だったんだ。紫先輩が高三、夕先輩が高一の時の、夏休み」
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