第12話 私と風雲
学校をサボった日、私は葵さんと映画を見に行った。三本続けて見たのはこれが初めてで、腰が痛くなったけど楽しかった。
スクリーンに照らされた葵さんの横顔は、いつ見ても平坦で、それもまた少しおかしかった。
「紫さんと同じ部活になったんです」
帰りのバスの中で、私はぽつねんとそう言った。葵さんが私を見て、その時スーパーの袋も揺れた。中には夕さんへのお土産である牛肉が入っていた。
「紫さんのこと、葵さんは知らないでしょう」
「ああ、知らない」
想像通りのことを、葵さんは想像通りに答えた。本当に、葵さんは他人に興味が無い。それでも、送ったおもちゃはちゃんと覚えていて、そういうところが他のみんなを苦しめるんだろうと思った。
「……嫌だったら、無理に言わなくてもいいんですけど」
「言われなくてもそうする」
「葵さんは、夕さんになにをしたんですか」
「何も、何もしていない」
それは、明白に答えだった。
とどのつまり────夕さんは何かに苦しんでいて、でもその時に葵さんが何もしてくれなかったから、引きこもったのだろう。
けれど私は、この目の前にいる葵さんという姉が、何かをしてくれることで救われることがあるのだろうかと考えた。
「葵さんは、何も知らないんですね」
「皆そうだろう。私達は他人の主観を窺い知ることが出来ない。それは想像や推測であって知るという言葉からは程遠い。そんな間違いを犯すぐらいなら、私は何も言わない」
「葵さんは、」
次のバス停を知らせるアナウンスが鳴る。その軽快な音が、私の言葉を後押しした。
「やっぱり、卑怯です。私が見てきた人の中で、一番卑怯です。そんなの、傷つきたくないだけじゃないですか」
「そうか、私はやっぱり卑怯か」
「卑怯です」
「…………そういえば、昔、知り合いに同じようなことを言われたよ」
葵さんは窓に目を向けながら、そう零す。私も同じように窓を見ようとしたけど、西日が痛いぐらいに眩しくて、同じことは出来そうになかった。
「彼女も、私が卑怯だと言っていた。初のように怒ってはなくて、笑っていたけれど。それに言ったのも一回だけだった」
「私……別に怒ってるわけじゃないですけど」
「そうか?」
笑いを含んだ声と共に、葵さんは私のおでこにトン、と人差し指を当てる。
「眉、寄ってる」
「……葵さんだけには言われたくありません!」
あはは、と葵さんは笑った。人でなしの笑い方だと思った。
「……ともかく!葵さんは夕さんと、話をするべきです。…………いや、違いますね。私が話をして欲しいんです」
「向こうが話したくないと言ってもか?」
「私が、なので。そこは関係ありません」
「……初はどんどん可愛げがなくなるな」
葵さんは困ったように言った。それからスマホを何度かタップして、「じゃあ私は何を話せばいい?」と言った。
そう言われると、私も困ってしまう。私は別に二人に和解して欲しいわけではない。いや別に、出来るならして欲しいけれど。でも無理に仲良く握手して、とまでは思わない。
二人が納得出来る機会が欲しい、と思ったのだ。そこを逃すと、きっと一生後悔してしまうから。
この血の繋がっていない姉達に、私と同じ思いをして欲しくはなかったのだ。
「え、映画の感想とか……?」
「そうか」
「あとは……何を食べたかとか」
「そうか。全部か?」
「め、メインディッシュだけでいいのでは……」
結局、その日の夕方も私達は三人で夜ご飯を食べた。
夕さんは私達がたまたま観た映画のシリーズを全部網羅した───とどのつまりオタクだったらしく、最終的には葵さんの感想に怒ってドスドスと音を立てて部屋に戻ってしまったけれど。
でもまあ、前よりかはマシなんじゃないかと思った。
▽
「昨日、大丈夫でした? 風邪かなにかですか?」
学校に行くと神さんにそう言われて、そこでようやく自分が学校をサボったことを実感する。
「大丈夫だよ」とつとめて普通に言ったつもりだったのだけれど、彼女は目を細めて「なんだ、ただのサボりですか」と言った。なんで分かるんだ。
「でも昨日、来なくて良かったですよ」
「そうなの? 先生がキレたとか?」
「吹奏楽部の人たちが来たんですよ、やたら聞き迫った様子で。初さんはどこだって、早く連れて来てくれって」
「え?」
私は言葉を失った。てっきりリンチのお誘いかと思ったけれど、話を聞く限りリンチする余裕も無さそうな呼ばれっぷりだ。
「な、なんでそんな……」
「さあ。知りません。いませんよって私が言ったら嘘つくなって怒られたので、大変でした」
「なんかごめん……」
「別に。足踏み抜いておいたので平気ですよ」
「平気……?」
やっぱこの人直情型なんだな……と思いながらも、私の頭は疑問で埋めつくされていく。
─────そして、この事態のあらましを私が理解するのは今日の放課後の事になるのだった。
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