第2話 私とぬいぐるみ

 葬儀場からファミレスまでは徒歩で来ていたけど、ファミレスからおもちゃ屋までは葵さんの車で行くことになった。


 葵さんは免許を持っていることが分かる。

 逆にそれ以外はちっとも分からない。そもそも彼女は何歳なんだろうか?

 免許があるということは、成人なんだろうけど。誰だって「何歳ですか?」って聞かれて良い気はしないだろうし。


 私は助手席でそんなことを考える。

 そうしてなんの気なしに見たミラー越しに、葵さんとばちりと目が合った。


「車は苦手か?」

「えっ」

「顔色が悪い」


 見透かされている、と思って、それでも私は「いえ」と口を開く。


「大丈夫です」

「酔ったならコンビニに寄ろう」

「あの、本当に、大丈夫ですから」

「……そう」


 私は別に、嘘は言っていない。

 葵さんの運転はスムーズで、恐らくおおよその人は酔わないだろうことが分かる。

 問題があるのは、私の方だ。

 私は浅くなる呼吸をコーピングをしながら押さえつけて、おもちゃ屋に到着するのを待った。



 ▽



 十数分後、辿り着いたそこはショッピングモールだった。

 休日ということもあるのか、中には家族連れが多くいる。

 私の横を、お揃いの服を着た姉妹らしき子供が通り過ぎていった。


 葵さんは何も言わず、エスカレーターに直行する。馴れた動きだった。


「あの……ここにはよく来るんですか」

「ああ。妹達には毎回こうしてやると決めている」

「そうなんですね」


 毎回?

 誕生日ってことかな、と私は一人で納得して、エスカレーターの手すりに手を置く。一方の葵さんは棒立ちで、それが何とも彼女らしい。


 ショッピングモールの一角にある全国チェーンのおもちゃ屋さんは、そこそこ大きい。

 久しぶりに入ったそこは、記憶の中よりもおもちゃが少なくて驚いた。今はベビーグッズの方に力を入れているらしく、店の大半がそういったもので占められている。


 興味本位で哺乳瓶なんかを手に取っていると、葵さんは「それが欲しいのか?」と言ってくる。

 私は慌てて首を横に振った。


「あの、ちょっと私一回お手洗いに行きたくて」

「なら私も行こう」

 

 私達は一緒におもちゃ屋の奥にあるトイレに入った。

 葵さんの方が先に洗面の所で待っていて、私はいつもより念入りに手を洗う。

 ハンカチを持ち歩くような人間ではないから、素直に機械の力を借りた。


「おもちゃ屋さんのトイレって、なんか……ミルクみたいな匂いしませんか?気のせいかもしれませんけど。ベビー用品が多いからかな……」


 葵さんがあんまりにもまじまじと私を見ているものだから、そんなたわいもないことを言ってみる。

 すると彼女はもっとまじまじと私を見て、実に不思議そうな顔をしながら口を開く。


「初、お前はどうにもうちの愚妹共と違って可愛げがあるな。父親の血を引いていないからか?」

「……あ、ありがとうございます」


 可愛い、と同じ意味なはずなのに、可愛げがあると言われてそんなに嬉しくないのはなんでなんだろう。

 というかそんなことよりも、一つ気になったことがある。


「あの……もしかして他の妹さん、というか私の姉にあたる人って」

「ああ。私達は全員父親が同じの異母姉妹だ。だから初、お前だけが父親も母親も違う、私達と血の繋がりがない人間ということになる」


 それでも妹に変わりはないが、と葵さんは近くにあったプラスチック製のお皿を見ながら続けた。


「気を悪くしたか」

「いえ、むしろ……」


 ほっとしました、と言いかけて私は口を噤む。失礼な物言いだと思ったから。

 その代わりに「……聞けてよかったです」と言い換えれば、葵さんは納得したのか、もう何も言わなかった。



 ▽



 結局私は、ぬいぐるみを一つだけ買ってもらった。羊のぬいぐるみ。


「嬉しいか」

「は、はい」


 本当に直接的な物言いをする人だ、と思いながらまた車の助手席に乗る。

 こっそり携帯を開けば、ファミレスにいた時から母親の連絡が途絶えていた事がわかった。


「元々、私も買ってもらったんだ」

「え……」


 止まった車の中で、葵さんは突然そんなことを言った。

 私は意識を引き戻されて、葵さんの、車のライトに反射された横顔を見る。


「姉に、ぬいぐるみをあそこで」

「……葵さん、長女じゃないんですか」

「ああ、私は次女だ。何故かよく長女だと間違われるが」


 多分そんなに尊大な態度だからなんだろうな、と思ったものの言わないでおく。


「姉がそうしてくれて嬉しかった。だから私も、初にそうしてやりたいと思った」

「…………」

「嬉しいか?」

「………………まだ分かりません」


 私の言葉に、葵さんはその日初めて笑った。笑って、「そうか」とだけ言った。それから車内は沈黙に包まれて、気がつくと私とお母さんの家の前に着いていた。


 家から出てきたお母さんは、葵さんに何やら文句を言っていて、でも葵さんはすみませんと微笑みながら言うばかりだった。


「また春になったら迎えに来る」


 葵さんは去り際にそう言って、私に手を軽く振った。

 お母さんはその後もこんこんと私を怒ったけれど、私は買ってもらった羊の名前を考えることに夢中で、上の空だった。


 結局、羊の名前は『ハジメ』になった。

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