妹たる私と六人の不可解なお姉ちゃんたち
こころがうみこ
第1話 私とお葬式
私はお兄ちゃんが欲しかった。
このお兄ちゃんっていうのは、あくまでもイケメンのお兄ちゃんだ。最近流行りの月9に出てる、当て馬のイケメンみたいな、お兄ちゃん。
でもお兄ちゃんがこの先産まれることはないって、私は知っている。
今独り身のお母さんが新しい男とくっついたとしても、身篭るのは私の妹か弟だ。
そんなんじゃ意味が無い。私はお兄ちゃんが欲しいのだ。
もうこの際爽やかなイケメンじゃなくてもいい。ちょっと渋い感じのお兄ちゃんだったらそれでもいいから。
とにかく格好いいお兄ちゃんが欲しい。
────けれど神様はそんな私を嘲笑うかのように、当てつけかのようにお姉ちゃんを用意した。
しかも五人も。多すぎるって。
▽
一人目のお姉ちゃんと出会ったのは父親の葬式だった。
より正確に言うと、私の父親になる予定だった人。
私のお母さんは再婚して、だから父親の連れ子五人全員がお姉ちゃんになった。
でも正式な顔合わせの前に父親は死んだ。交通事故だったらしい。
お母さんはそりゃあ嘆き悲しんでいたけど、私はその人のことをよく知らないから悲しくもなんともない。
葬式会場にはたくさんの人がいたけど、不思議と親族席はぽっかりと空いていた。
「お前が、初?」
初と書いて、『うい』と読む。
それが私の名前だった。だから私は突然のその台詞にもおずおずと頷いた。
目の前にいたのは、美少女だった。誰が見てもきっと美少女と言うだろう、美少女。
でも月9のヒロインにはなれなさそうな、気の強そうな顔をしている。厳しい顔とも言うべきだろうか。
真っ黒を通り越して真っ暗で真っ直ぐな髪の毛は、彼女の精神性を体現しているようだった。
「そう。私は葵。お前の姉だ」
「あね…………」
喪服に身を包んだ彼女はそれからじっと私を見た。見定められている、と言った方が正しいだろうか。
私は少し困って、指先を弄ってしまう。ささくれが一つ見つかった。
「……悲しいか?」
「え?」
「父親になる人間が死んで、悲しいかと聞いている」
なんで彼女はこんな偉そうな物言いをするんだろう。
私はそう思ったものの、「いえ……あの、別に。どんな人か、知らないので……」と返す。
言ってから、もっと気を使うべきだったと焦ったけれど、彼女は怒ることも顔をしかめることもない。
「そう。なら行こう」
「行く?」
「ファミレス。ここは少し、暑すぎる。人も多くて煩わしい」
「でも、葬式ってそういうものなんじゃ……」
「私の母が死んだ時はそうじゃなかった」
言葉を失った私を無視して葵……さん、はそんな端的な言葉と共に私の手を引く。彼女の掌はヒンヤリとしていて、死体みたいだと私はなんとも失礼なことを考えた。
▽
葵さんは当然のようにドリンクバーを二人分頼んで、足を組んで座った。なんなら腕も組んでいる。その姿は圧迫面接をする社長のよう。二人共が喪服のスーツだから尚更それっぽい。
一方の私は足を揃えて「あの、それで……なんのお話でしょうか」と言う。
その言葉を聞いた葵さんは、まるで保険の勧誘のようにありとあらゆることを捲し立てた。
これから私は姉達と一緒に住むことや、そこに私のお母さんはいないこと、そして私の姉達(自分はカウントしていなかった)がいかに問題児であるかということ。
彼女の威圧感が凄くて話はあまり入ってこなかったけれど、大体はこんなことを言っていた。
私は納得よりも先にこくこくと頷いた。そうでもしないと葵さんのその端正な眉がぐんにゃりと歪むような気がしたからだ。
「初は物わかりがいい」
葵さんはいつの間にやら頼んでいたパスタを器用にお箸で食べながら、そう呟いた。
「お前は頭が良いのか?」
「え? いや……別に、普通ですね……」
「そう。私は頭の悪い人間が嫌いだ」
「…………」
これってどういう意味?
暗に私の頭が悪いと言っているのか、嫌いだと言っているのか、それとも単に事実を述べているだけなのか。
とかく居心地が悪いし、炭酸ジュースでお腹がタプタプになっているところだったので、
「あの、私そろそろ……お母さんも心配してるし……」
と言ってみる。
現に私のスマホにはお母さんから沢山のメッセージが送られてきていた。電話じゃなくてメッセージというのがあの人らしい。
「このあとはおもちゃ屋に行く。母親にはそう伝えておけばいい」
「おもちゃ屋……おもちゃ屋?」
「お前は今日から私の妹になるんだ。なんでも欲しいものを一つ買っていい」
ちなみに一応私は春から高校生になる人間なんだけど、彼女には私が幼稚園児にでも見えているのだろうか。
謎だ。皮肉と言われた方がまだ納得出来る。
「ええと、皮肉ですか?」
「はあ?」
あ、眉がくしゃってなった。
そして彼女は眉をくしゃくしゃにしても、美少女だった。
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