第370話 Sideアスィミ(中)

 行き止まりにある建物から出てきた男が、中に入るように促します。


 スノーの指示を信じた私は、すぐ建物に入りました。


「海神様はどこか怪我をなされているのでしょうか?」


「いえ、それがよく分からないのです」


 話しかけて来た男をよく見ると、背の高い日焼けした男で、私と同じぐらいの歳でしょうか。身なりからすると、身分は高めなのかもしれません。


「まだ、名乗っていませんでしたね、失礼いたしました」


 私が怪しげに見ていた視線を感じ取ったのか、男が謝ります。獣人の私にここまで丁寧な対応は珍しいですね。


「私の名前は、クレスト・ウェイブ。マーリシャス共和国の元男爵、ウェイブ家の当主になります」


「ウェイブ家ですか?」


 そういえば、誰かが何か言ってたような気もしますが、よく覚えてませんね。


「はい、マーリシャス共和国時代のことを、どこまでご存知か知りませんが、一般的にヴァーヘイレム王国に対して友好派と言われている派閥になります」


「確かこちらに出入りしている冒険者が、そのような話をしていました」


 ほとんど覚えていませんけど。


「知っているのでしたら話が早いです! たまたまファンティーヌで海神様が討伐された魔物を見まして、それからは海神派を自負しています!」


 うーん、暑苦しいタイプですが、エドワード様の信者なら大丈夫でしょう。


「まずは海神様を寝かせなければなりませんね。サイモン!」


「畏まりました。部屋に案内いたします」


 高齢の男性が案内してくれるので後を付いていくと、大きなベッドが一つあるだけの部屋につきました。来客用にしては質素でしょうか。


「こちらのベッドをお使いください」


 ベッドにエドワード様を寝かせていると、使用人たちがテーブルや椅子などを運び入れます。


「海神様の近くにいた方がいいと思いましたので、ここで話ができるようにしました。そちらへお座りください」


 ……私のような侍女が上座に座って良いのでしょうか?

 

「席は気にしないでください。海神様に近い位置へ私たちが座って、警戒されたくなかっただけですし、当家が貴族だったのは過去の話ですから」


 この男、さっきから私の表情だけで……かなりできる男のようですね。


「それで、海神様は見たところ眠られているように見えますが、起きないのでしょうか?」


「眠っている!?」


 エドワード様の状態をすぐに確認します。倒れてから焦っていたので気が付きませんでしたが、確かに寝ているように見えますね。私は屋敷で起こった出来事を話しました。




「サイモン、黒い玉というと確か……」


「おそらく、マーリシャス王国時代の宝物庫にあった、即死玉のことではないかと思います」


 即死玉!?


「即死玉だとしたら、破壊した海神様がどうして生きているのか分からないですが、やはりサイモンもそう思いますか……」


「その、即死玉というのはなんでしょうか?」


「太古の昔から存在していたアーティファクトらしく、その玉を破壊したものは即死することから即死玉といいます。体が破裂して死ぬことから別名、破裂玉とも呼ばれておりますな。元々この国に五つ存在していたようですが、文献の中で二回使用したとの記述、マーリシャス王国時代、王家の研究者が誤って破壊し、犠牲になったことから、それ以降は宝物庫の奥に仕舞ったそうです」


 お爺さんが答えました。


「その即死玉だとしたら、どうしてエドワード様は?」


「この老いぼれの予想でよろしければ、お聞かせしますが?」


「サイモンは過去の歴史などを調べるのが好きで、その知識は深く様々なことを知っています。予想とはいえ、かなり真実に近いと思いますよ」


 何か手がかりがなければ、エドワード様を戻す手立てがありません。


「お願いします」


「その前に、なんとお呼びすれば?」


 すっかり忘れていました。


「申し訳ございません。アスィミといいまして、エドワード様の専属侍女を勤めております」


「なるほど、エドワード様の専属侍女となると強さも必要なわけですな。ところで、アスィミ様は一度に可能なレベルアップの限界というのをご存知でしょうか?」


「一度に可能ですか? レベルアップの限界という言葉を初めて知りましたが?」

 

「ヴァーヘイレム王国でもそうなのですね。まだマーリシャス王国ができる以前の太古の昔、各地でそういった能力などの研究が行われていたそうです」


「黒い玉がその研究に関係があるのですか?」


「わたくしも、エドワード様の姿を見て、その考えはかなり真実に近づいたのではないかと考えております。おそらく、即死玉というのは経験値の塊ではないかと思います」


「レベルアップで人が死ぬのですか?」


「はい、何を言っているのだと思われるでしょうが、急激にレベルアップして気絶した経験はございますか?」


「私はありませんが、エドワード様は何度か経験……今のエドワード様はもしかして……」


「考えの通り、わたくしはエドワード様の状態は急激なレベルアップによる気絶だと考えています。そもそも気絶するのは、急激なレベルアップによる体の再構築のための休眠と言われております」


 私が頷くと、お爺さんは話を続けます。


「急激なレベルアップにより体が追いつかない状態。文献によれば、一度にレベルが五以上あがると体の再構築が必要なのではないかと出ておりました。そして、レベルアップが一度に十五ぐらい上がると休眠でも耐えきれず、体が爆発し四散するのではないかとのことです」

 

「あの黒い玉には十五レベル分の経験値が、それを二つも……」


 本当に寝ているだけなのか、心配になってきました。


「海神だった魔物を倒しただけでも相当な経験値の量でしょう。しかし、それに耐えられたおかげで、今回も再構築で済んでいるのだと思います」


 ――!


 雨が降っているわけでもないのに、雷鳴と共に地面が揺れました。


「雷鳴とは珍しい、海上以外で聞いたことはなかったと思うが……」


「クレスト様。このような晴れた日、しかも、ここまで大きな音を聞くのは、わたくしも初めてでございますな」


「海神様を暗殺しようとしたせいで、雷神様がお怒りになられたのだろうか……」


 その後、もう一度大きな雷鳴が響き、この音でエドワード様が起きてくれればよいのにと思うのでした。

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