第369話 Sideアスィミ(上)
マーリシャス共和国に入った私たちは、ようやく屋敷に到着します。マーリシャス共和国は、獣人など亜人に対する差別が強いという話ですが、どんな感じでしょうか。
ソフィア様の下で働くようになってから、嫌な思いをすることはなかったので気を引き締めます。
馬車を降りると、冷たい視線が突き刺さりこの国の差別の強さを感じますが、気にしないでエドワード様が降りるのを手伝いましょう。
エドワード様が降りると、偉そうな男が話し始めます。
「これは、フィレール侯爵様。この度はこのような遠方まで、お越しいただきまして誠に有り難う御座います。この屋敷を管理しておりますブルックと申します。しかしながら、時間が時間ですので首相のベニードは不在でございます。食事の方はお済みだと聞いておりますので、今宵はお休みいただいて、明日面会という形にしたいのですがいかがでしょうか?」
馬車の中でアルバン様が予想した通り、嫌な言い回しをしますね。
「このような時間になったのは、先触れから聞いていると思うけど、街道にたくさんの魔物がいたせいだよ。街道の魔物を処理してなかったのは、どういうことかな?」
エドワード様がアルバン様に言われた通り言うと、男は驚いた表情をした後、悔しそうな顔をします。ザマァ見ろって感じです!
「……申し訳ございません。何分、最近まで内乱が続いていたため、街道の整備まで行き届いておらず……」
「それなら、整備が完了するまで招待するべきではなかったと思うのだけど? 今のところ、あなた達がそう仕向けたと国に報告するしかないので、今後の対応に注意してくださいね?」
「……畏まりました。十分に注意いたします」
男の歯軋りが聞こえてきそうですね。
「今日は騎士たちも魔物の討伐で疲れているので、面会は明日にしてくださいね」
「畏まりました! ベニードへはそう伝えます。部屋の準備はできております。フィレール侯爵様にはこの者をつけますので、何なりとお申し付けください」
アルバン様の狙い通り、エドワード様主導になったようですが、エドワード様に娼婦のような格好の女をつけるのは何かの狙いでしょうか?
「エドワード様、私はカザハナの寝床の準備をいたします。アスィミ、エドワード様の傍へ」
「畏まりました」
私はカザハナに嫌われているようなので仕方ありません。
「それでは、フィレール侯爵様はこちらへ」
女の後について部屋へ向かいます。
「こちらが、フィレール侯爵様が滞在する部屋になります」
女が扉を開けますが、なんとなく危険な臭いを感じ取った私は。
「部屋に異常がないか調べますので、エドワード様は入口でお待ちください」
「頼んだよ」
出発する直前、ソフィア様にお願いされたのです! しっかり私がソフィア様の代わりに護らなければなりません。
私が部屋を調べていると、女がエドワード様に話しかけていますが、小さな声なのでよく聞こえません。部屋に異常はないようですね、思い過ごしでしょうか。
「エドワード様、部屋の方は問題ないようです」
「ありがとう」
エドワード様が部屋の中に入って来ますが、女が下を向いたままブツブツ呟いて気持ち悪いですね。
「英雄の傍に獣人がいるはずない……あれは英雄じゃない……」
どうやら女は獣人が嫌いなようで、私がエドワード様の近くにいるのが許せないようです。
「遅くに来たから疲れているのかな? 君はもう戻っていいよ」
「……申し訳ございません。その前に……」
エドワード様から帰っていいように言われた女は、ポーチから黒色の玉を二つ出します。とても嫌な感じのする玉ですね。
「それでは失礼いたします。どうか獣人に地獄の苦しみを……」
女は黒い玉を、エドワード様と私に向かって投げたのです。エドワード様をお守りしないと!
『エディ! その玉を小娘に破壊させるな!』
私に!?
ヴァイス様の言葉で動きが止まってしまった間に、エドワード様が玉を破壊します!
「エドワード様!」
「がっ!?」
エドワード様が倒れ込んでしまいました。私の責任です!
「誰か!」
女が応援を呼ぶと、無数の足音が近づいて来ます。
「アスィミ……逃げろ……おじい様に……」
どうしましょう! エドワード様が私のせいで……ソフィア様になんと言えば……。
「その二人を殺すのよ!」
『小娘、何を呆けている。エディを連れて逃げるのだ!』
そうでした!
私は窓を破壊すると、エドワード様を抱えて外に逃げたのでした。
◆
――向こうにいたぞ!
「あぁ! 見つかっちゃいました!」
夜の闇が深まる中、私はエディ様を背負い、追ってくる兵士から必死に逃げます!
『段々城から遠ざかっているな。エディの家族と合流した方が良かったのではないのか?』
ヴァイス様の声がエドワード様の頭の上から響きました。その言葉は冷静で、この状況がただの日常の一部のような口振りです。この状況でも、エドワード様の頭の上に乗っているのはどうして!?
「そんなこと言われても、追いかけられているうちに、こうなったんです!」
『あの程度の兵士、さっさと倒してしまえばよいものを』
「魔物じゃないんですよ! 勝手に殺して後で問題になったら私が困るんですぅ!」
私の声が闇夜に響き渡ります。
――あっちだ!
『また見つかったではないか、いちいち大きな声を出すな』
ヴァイス様が冷静すぎるので、思わず叫んでしまったのです。
「ヴァイス様も手伝ってくださいよ! エドワード様のピンチなんですよ!?」
『このくらいはピンチでもなんでもないだろう。お前はエディに命を救われたのだ、感謝して逃げればいいのだ』
「救われたって……あれは危険な物だったのですか?」
『お前なら死んでいただろうな』
「……」
嫌な感じはしましたが、まさか命に関わるとは……、エドワード様はやはりソフィア様の子なのですね。どうやらエドワード様にも借りができてしまったようです。
「あれは何だったのでしょうか?」
『
焦っていたので、普通に会話してしまいました!
「……完全にヴァイス様の言うことが分かるようになったのは、つい最近なんです」
嘘をついてもバレそうなので、正直に言います。
『ふむ、その辺りは狼人族の特性なのか、お前固有の能力かは分からぬが、実に興味深い』
「あの、エドワード様には黙っていてもらえますか?」
『我はエディの味方だから出来ない相談だな。そもそもお前の忠義はエディには向いてないだろう?』
「……私はソフィア様のお願いを聞いているだけなので」
『まあ、お前の言うことが分からんでもないが、今回の件は大きいと我は思うぞ?』
そんなことは分かっています! 私たち今、逃走中なんですけど、いくらなんでも冷静過ぎません? 取りあえずエドワード様から降りて走ってくれると助かるのですが?
「そんなに冷静なら、今の状況をなんとかしてください! エディ様、早く目を覚ましてくださいぃ!」
闇夜に響き渡った私の声のせいで、また兵士に気づかれてしまいました……。
『当分の間起きないだろうから、頑張って逃げるのだ』
「そんな――っ!」
反射的に叫んだ私の声は、闇夜に響き渡り。また、兵士を集めてしまうのでした。しかし、背中に感じるエドワード様の温もりは以前より心地よく感じたのでした。
「ピーッ」
突然、スノーが私の目の前に飛んできて、右の路地を羽で指します。
「あっちに行けばいいの?」
「ピッ」
どうやら逃げる方向を教えてくれたようですが、ずっとエドワード様のフードの中で寝ていたのですね。というか、フードに帰らないで最後まで案内して欲しいのですが……。
取りあえず、スノーが指示した方へ向かうと。
「行き止まり……スノー、行き止まりじゃないですか!?」
『だから、大きな声を出すな。うるさい』
見つかるのを心配するのじゃなくて、うるさいのですね……。
足音が近づいてくるなか、戦うことを覚悟したその時。
ガチャ。
「こちらに入って下さい!」
突然扉を開けた男が、建物の中へ入るように促したのでした。
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