第368話 Sideジョセフィーナ

 エドワード様と別れた私たちは、厩舎へ向かいます。


「しまったな。騎士の恰好ではエディと一緒に居られぬではないか」


「片付けたら護衛として行けばいいのよ」


「そうか、それもそうだな。さっさと馬を……いや、馬のケアはしっかりするのだぞ?」


 アルバン様の愚痴をクロエ様が慰めています。私の父は母を振り回してばかりだったので、この二人の仲の良さはいつ見ても癒されますね。


 厩舎に到着し馬たちの世話をしっかりします。カザハナがいるだけでかなり楽に来られたのですから、しっかり疲れをとってもらいましょう。


「アルバン様、馬車の方はどういたしましょう?」


「本当はエディに収納してもらうのが一番良い方法なのだが、鍵をかけておくしかないな」


「カザハナに任せておけばいいじゃない」


 クロエ様がそう言うと、カザハナが任せなさいと言ったような気がしましたが、本当に不思議なロイヤルカリブーですね。


 突然カザハナが立ち上がったかと思うと、遠くでドンと大きな音が!


「ちっ! もう仕掛けてきたのかい」


 クロエ様が駆け出し、アルバン様も続きます。騎士団長のアキラが馬たちを守る隊と向かう隊の二手に分かれるように指示をだしている中、私もクロエ様の後を追いかけます。


 ◆


 エドワード様が割り当てられただろう部屋へ向かうと、たくさんの兵士がいます。

 

「こんなに兵士が集まってどういうことかしら?」


 クロエ様が尋ねると、部屋からブルックと名乗った男が出てきて。


「これは騎士団の皆さま、困った事態になったようです」


「何が困ったのかしら?」


「部屋の中をご覧ください」


 部屋の中に入ると、血だらけで倒れている女性の姿と、破壊され外が丸見えになった窓があります。女性は既に死んでいるようで、エドワード様とアスィミの姿はなく、嫌な予感しかしません。


「エディを案内した子だね。どういうことかしら?」


「悲鳴が聞こえたので兵士が駆けつけたところ、獣人がフィレール侯爵を抱え、窓を破壊し逃走したとのことです。兵士が入った時にマイレは既に殺されていたとのことなので、獣人の仕業ではないでしょうか?」


 どうやらこの男は、アスィミに罪をなすりつけようとしているのでしょうね。なんと浅はかな……。


 クロエ様が何かを喋ろうとしたとき、アルバン様が前に出てきます。アルバン様が対応するのなら安心でしょう。

 

「確かブルックと言ったな。アスィミはそもそも、この女についている切り傷になるような武器は持っていないし、アスィミがしたとすれば真っ二つになるだろう。どう見ても、そこの兵士の腰に下がっている武器ではないのか?」


「……これは失礼。兵士の武器を奪って犯行に及んだの間違いっ――!」


 突然大きな雷鳴と共に部屋の壁がさらに破壊され、ブルックは驚き蹲り、ガタガタと震えだしました。


「騎士の方、いったい何を!?」


「あまり儂らを舐めるなよ。返答次第によっては戦争になるぞ?」


 いけませんね。アルバン様は冷静に見えて、かなり怒っているようで、アルバン様の威圧で私の足まで震えています。


「き、騎士の判断で、せ、戦争になるわけないっ!」


 ガタガタ震えながらもブルックは答えます。なるほど、狙いはそこだったのですね。非常に残念な人ですが、エドワード様のアレが使えそうですね。


「お前たち! こちらにおわす御方をどなたと心得る! おそれおおくも先のヴァルハーレン大公、アルバン・ヴァルハーレン様にあらせられるぞ! 一同、御老公の御前である! 頭が高い! 控えおろう!」


「先代の!?」


 ブルックはもちろん、兵士たち全てひれ伏しました! これは気分良いですね。エドワード様が民の娯楽のために書いておられた『世直し、じい様』に登場する、右腕であるスケサーンの台詞だったのですが、一度言って見たかったのですよね。少し癖になりそうです。


「なぜ、前大公様が……まさか隣の御婦人は?」


「もちろん、儂の妻、クロエだ。儂は既に大公を譲っているから、お前たちの指示した条件には当てはまらない。可愛い孫との初旅行を台無しにした罪は重いぞ? 儂は朝になったらエディとこの町を眺める約束をしているのだ。朝までにエディが無事に戻らない場合は……」

 

 アルバン様が片手を挙げると、先ほどより大きな雷鳴と共に雷が地面に突き刺さり、地面は弾け大きな穴が開きます。怒っている理由が少しずれてますが、相手は怯えているので、まあいいでしょう。


「アルバン。朝まで待つ必要はないわ。今すぐ滅ぼしましょう」


「クロエ。儂はエディと朝この町を見ると約束したのだ。今滅ぼしてはエディが帰ってきた時に悲しむではないか」


「そういえば、そんな話をしていたわね」


 滅ぼすという単語を、この二人が発するだけで強く感じます。それにしても、滅ぼすのは決定なのでしょうか、世界一物騒な夫婦なのかもしれません。ブルックは真っ青な顔でガタガタ震えているだけですが、気絶しないだけましな方かもしれませんね。


「それで、マーリシャス共和国としてはどう動くのですか? あなたの動き次第でマーリシャス共和国の運命が決まるでしょう。私もお二人がここまで怒るのは初めて見ましたので、早く動かないと朝になりますよ?」


 私の言葉にハッとしたブルックは、兵士たちに指示を出し始める。


「お前たち、半分はフィレール侯爵様を探し出してお連れするのだ! 残りは私と一緒にベニードを捕らえに行くぞ! 奴に任せていては国が亡ぶ」


 ――はっ!


 兵士とブルックが慌てて出て行きました。


「アルバン様、首相を呼び捨てにして、捕らえると言ってましたが……」


「うむ、おそらくベニードは帝国の者、もしくは帝国の息がかかった者なんだろう。アキラ、朝まで騎士団を交代で休憩させろ」


「畏まりましたが、エドワード様の捜索はいかがいたしましょうか?」


「アスィミがいるのだ、大丈夫だろう」


「そうね、ソフィアを悲しませるようなことをあの子は絶対にしないわ」


それがしとしては、あのような不敬な者をエドワード様の傍に置くことは反対なのですが……」


「ソフィアに何か考えがあるのだろう。それに、エディが全く気にしていないのだから良いのではないか?」


「アスィミのあれは、アキラと似たようなものよ」


「クロエ様、某とアスィミがですか?」


「アスィミはソフィアに頼まれて、仕方なくエディの侍女をやっているという形を崩したくないだけよ。もしかしたら、ソフィアに返されるのを望んでいるのかもしれないわね」


 そう、アスィミの悪態の半分はそれを望んでいるからですね。


「なるほど、ソフィア様に忠義を誓っているのですか」


「そうよ。本来なら人族主義のマーリシャス共和国には連れて行きたくないところ、今回のマーリシャス共和国行きを強く望んだのはソフィアだから、きっと何かあるのじゃないかしら?」


 ソフィア様はアスィミのことを、かなり気にかけていますからね。


「某もソフィア様に不思議な勘の能力があるのは分かりましたが、一つ気になるのは、エドワード様が攫われた時は勘が働かなかったのでしょうか? ソフィア様を知れば知るほど不思議でなりません」


 言われてみればそうですね。産後で体調が良くなかったとはいえ、普段のソフィア様なら、ある程度予測できそうです。

 

「ふむ、ジョセフィーナも知らなそうな顔をしているあたり、一般的な知識ではないのかもしれないな。感知系の能力というのは非常に繊細な能力で、体調に影響されやすい。特に女性の場合、出産前後というのは非常に不安定なのだ。ソフィアの場合、出産後の体調が良くなかったせいだな」


「そうでありましたか。アシハラ国では出産後半年間、妻に会うことを禁じられておりまして、もしかしたら、そういったことも関係しているのかもしれませぬな」


 アシハラ国にはそのような戒律があるのですね。感知系の能力ですか……エドワード様の婚約者、フラム様がそうですね。恐らくエリー様も……違うわね、エリー様の言葉が分かるノワール様もおそらく感知系の能力のような気がします。ただでさえ珍しい能力がエドワード様の下へ集まるのはただの偶然なんでしょうか? 今回エドワード様が攫われたのですら、いくつもの偶然が重なって初めて成功するようなレベルです……。


 私は今回の件も、偶然という言葉では片付けられない得体の知れないものを感じるのでした。

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