第367話 黒い玉
先触れを出してあったので、ルイーズの町に入ると兵士が先導してくれる。夜中のため、先導と自分たちが持っている灯りしかないため、街並みを確認することはできない。
「ようやくルイーズの町に着いたのに、街並みが見えないのは残念です」
「しまった! 初めてエディと来た国外の町が真っ暗だとは……」
おじい様ががっかりしている。おじい様の提案でこの時間にしたのだけど、僕のために策を練ってくれたので、申し訳ないな。
「夜中に到着というのは初めての経験なので、楽しいですよ? 町並みは朝まで取っておきましょう」
「そうか!? 初めての経験で楽しいのなら良かった、儂も朝が楽しみになってきたぞ!」
「アルバンは単純だね」
「クロエは何回も旅をしているから、慣れているかもしれないが儂は初めてなのだ」
「あら、可愛い孫と行く旅は何回でも楽しいわよ? 今回も絶対何かが起きるわ。そろそろあたしたちも着替えて準備しましょう」
「そうだったな」
何か起こる前提なんですね……。おじい様とおばあ様は、用意してきた騎士団の格好に着替える。今回は騎士団として加わるのだったのを忘れてたよ。
◆
馬車が止まったので外を見てみると、大きな屋敷の前に到着した。ワイルドウィンドの情報によると、マーリシャス共和国に城と呼ばれるものがないそうだ。おじい様による追加情報では、これも条約に含まれているのだとか。
馬車を降りると、頭を下げて待っている数人の人たちがいて、その中の一人、比較的豪華な衣装の偉そうな文官風の男が口を開く。
「これは、フィレール侯爵様。この度はこのような遠方まで、お越しいただきまして誠に有り難う御座います。この屋敷を管理しておりますブルックと申します。しかしながら、時間が時間ですので首相のベニードは不在でございます。食事の方はお済みだと聞いておりますので、今宵はお休みいただいて、明日面会という形にしたいのですがいかがでしょうか?」
「このような時間になったのは、先触れから聞いていると思うけど、街道にたくさんの魔物がいたせいだよ。街道の魔物を処理してなかったのは、どういうことかな?」
事前におじい様から用意された台詞を言うと、文官風の人は驚いた表情を見せた。
「……申し訳ございません。何分、最近まで内乱が続いていたため、街道の整備まで行き届いておらず……」
「それなら、整備が完了するまで招待するべきではなかったと思うのだけど? 今のところ、あなた達がそう仕向けたと国に報告するしかないので、今後の対応に注意してくださいね?」
「……畏まりました。十分に注意いたします」
かなり悔しそうな顔をしている。子供だと思って侮っていた証拠だな。それにしても、おじい様の用意した台詞、相手の返しの予想まで完璧です!
「今日は騎士たちも魔物の討伐で疲れているので、面会は明日にしてくださいね」
おじい様が言うには、例え結果が同じでも、相手主導で話を進めるのは駄目とのことだった。
「畏まりました! ベニードへはそう伝えます。部屋の準備はできております。フィレール侯爵様にはこの者をつけますので何なりとお申し付けください」
小麦色に日焼けした二十歳ぐらいの女性が出てきた。パレオの様に布を巻いたなかなかセクシーな衣装なのだが、ここにいる女性は彼女だけなので、これがマーリシャス共和国の標準的な女性の衣装なのかは判断つかない。
「エドワード様、私はカザハナの寝床の準備をいたします。アスィミ、エドワード様の傍へ」
「畏まりました」
アスィミがジョセフィーナの指示で僕の傍に来ると、日焼けした女性の表情が曇った。マーリシャス共和国の人族主義は根深いようだ。
「それでは、フィレール侯爵様はこちらへ」
女性の後について部屋へ向かう。騎士団のみんなとは少し部屋が離れるようだな。騎士団のメンバーは乗ってきた馬の世話をしたあと、今日の護衛の二人が来ることになっているので問題はない。護衛の二人以外は交代で建物や周辺を探ることになっている。おじい様とおばあ様はどうするのだろうか。
廊下を歩いて行くと、女性は部屋の前で立ち止まり。
「こちらが、フィレール侯爵様が滞在する部屋になります」
女性が扉を開ける。部屋の大きさは二十五平方メートルぐらい、壁は粗く削り出された石で作られており、木の窓が嵌められているようだ。
「部屋に異常がないか調べますので、エドワード様は入口でお待ちください」
「頼んだよ」
アスィミが部屋を調べているのを眺めながら部屋を見回してみる。部屋の中央には重厚な木製のテーブルがあり、その上に置かれた燭台の炎がゆらゆらと部屋を照らし、部屋の片隅には豪華な彫刻が施された寝台、壁沿いには細工の細かい飾り棚があり、そこには金属製の食器が飾られていた。
アスィミが部屋に異常がないか調べているのを眺めていると、案内してきた女性が声をかけてくる。
「フィレール侯爵様は海神様を討伐なされたと伺いました」
「海神といっても、シュトゥルムヴェヒターという大きな魚の魔物が正体なんだけどね」
「そのような英雄の傍に、獣人は相応しくないかと」
彼女はアスィミを憎悪に満ちた視線で睨んでいた。彼女自体が獣人に恨みでもあるのだろうか。
「アスィミは僕の専属侍女の一人だから、簡単に外すことはないかな」
「エドワード様、部屋の方は問題ないようです」
「ありがとう」
部屋のチェックが終わったので中に入るが、女性は下を向いてブツブツ何かを喋っていて、明らかに様子がおかしい。
「英雄の傍に獣人がいるはずない……あれは英雄じゃない……」
「遅くに来たから疲れているのかな? 君はもう戻っていいよ」
「……申し訳ございません。その前に……」
彼女は首から下げていたポーチから黒色の玉を二つ取り出す。嫌な感じのする玉だな。
「それでは失礼いたします。どうか獣人に地獄の苦しみを……」
言い終わったと思った瞬間、黒い玉を僕とアスィミに向かって投げた!
『エディ! その玉を小娘に破壊させるな!』
えっ!?
ヴァイスの言葉に反応して、僕とアスィミに向かってきた玉を鋼の糸で破壊する。
「エドワード様!」
「――!」
「がっ!?」
僕は何を破壊したんだ!? まずい! 意識が遠のいていく……。
「誰か!」
女性が応援を呼ぶ、近くに待機していたのか無数の足音が近づいて来た。
「アスィミ……逃げろ……おじい様に……」
全てを言い終わる前に、意識を失ってしまったのだった。
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