第371話 Sideアスィミ(下)

 雷鳴は二回で終了したようです。なんだったのでしょうか?


「ところで、エドワード様を呼びつけて暗殺しようとしたのですから、マーリシャス共和国は亡びますよ?」


「私も戦争を回避しようとこの町に忍び込んだのですが、もう衝突は避けられないでしょうね」


「戦争? そんな生温いものは必要ありません。クロエ様とアルバン様がいるのですから、その気になれば明日中に瓦礫の山が出来上がります」


「クロエ様とアルバン様というと、のことでしょうか?」


 物騒な二つ名は初めて聞きましたが、そう呼ばれても仕方がないお二人です。


「二つ名は知りませんが、そのお二人のことで間違いなさそうです。ところで忍び込んだというのは?」


「内乱があったことはご存知でしょうか?」


「それは、知っています」


「その内乱に勝利した反対派のヴェロア家によって、友好派の私たちはモヌールから出ることも、この町に入ることも禁じられているのです。もっとも私たち友好派は内乱に関わることなく内乱が終結してしまったため、現在情報収集中なのです」


「かなり長い期間、争っていたと聞きましたけど」


「争っていたのはルイーズの町の中にいる人たちだけですね。通常ルイーズの町に入るのは港からなので、港を封鎖されると我々は入れません。仕方なく今回、陸路を使って潜入したのですが、街道にたくさんの魔物がいたせいで、たくさんの仲間を失ってしまいました」


「帝国が魔物を集めていたからですね」


「イグルス帝国が!? なるほど、イグルス帝国の存在を知っているのなら話が早い。マーリシャス共和国は既にイグルス帝国の支配下にあります。反対派のヴェロア家がイグルス帝国と共謀し、中立派の元首相デイラード一族や、中立派の元伯爵家であるブルボン家を根絶やしにしたそうです。次は私たちの番だったようですが、海神様が訪れたため、現在は後回しになっていますね」


「私に難しいことを言われても分かりませんが、追いかけてきた兵士を倒してよいということは分かりました」


「なるほど。アスィミ様程の実力者が、なぜ逃げ回っているのかと思いましたが、倒してよいかの判断がつかなかったのでございますな」


「サイモン、どういうことだい?」


「帝国兵とはいえ、あの程度の雑兵はエドワード様をお守りしたままでも、アスィミ様なら十分対応できるはずなのに、逃げ回っていたのが気になっておりました」


「侍女の私が、判断のつかない状況下で力を振るうことは禁じられていますので……」


 クロエ様に厳しく指導されましたから。それはもう、思い出したくないぐらいに。


「なるほど、アスィミさんが、戦えるのなら海神様は大丈夫そうですね」


「大丈夫というのは?」


「私たちも潜伏しているので、ここがいつまで安全なのか分かりません。もしもの時は海神様を連れて逃げてください」


「あなたたちはどうするのですか?」


「私たちも生き残った中立派を取り込もうと奮闘していますが、まだまだ戦力不足なので今は逃げますよ。アスィミさんは海神様の安全だけを考えてください」


「侍女の私にさん付けは必要ありません。あとエドワード様ですが、海神様と呼ばれるのがあまり好きじゃないので、本人に向かって海神様と呼ばない方が良いですよ」


「そうなんですか!? それは有力な情報ですね。それでは私たちは別室にいますので、何かありましたら外のメイドに声をかけてください」


 そう言って二人は部屋から出て行く。本当にエドワード様に憧れているようですね。まあ、あの巨大な魔物を見てはしょうがないですが。


 ◆


 エドワード様を見ていると、横にいるヴァイス様が私を見ました。


「ヴァイス様、私はどうすれば良いのでしょうか?」


『知らぬ。エディはお前が母親に忠誠を誓っているのは知っているが、お前の事情を全て知っているわけではないぞ』


「えっ!? ソフィア様に聞いていないのですか?」


『うむ、お前の許可なく過去を聞くべきではないとか言って断っていたぞ。時折うなされているお前を見れば大体の予想はつくがな。お前以外で銀狼族に生き残りはおらぬのか?』


「分かりません。ソフィア様に助けられた時、生きていたのは私だけだったようなので、多分いないと思います……」


『獣人の国があったはずだが?』


「ありますけど、銀狼族は獣王国から追い出された一族なんですよね」


『なかなか興味深い話であるが、何やら外が賑やかになってきたな』


 部屋の扉がノックされ、お爺さんが入って来ます。


「アスィミ様、エドワード様を連れて裏からお逃げください。あちらに脱出用の扉がありますので、そこから反対側に出られます。私たちはしばらく引きつけてから離脱いたしますので、ご無事を祈っております」


 そう言うと、お爺さんは急いで出て行った。どうやら戦闘がもう始まっているようですね。


 エドワード様を背負うとロープを取り出し固定します。


『逃げるのだな』


 ヴァイス様はそう言って定位置に……走ってくれても良いのですよ?


 ◆


 脱出用の扉がある方向ではなく来た通路を戻ると、兵士と戦っている人たちが見えます、あの男結構戦えるようですね。


 私はレギンさんに作ってもらった双剣を収納リングから取り出します。エドワード様が、この剣の形をシャムなんとかと言ってましたが、忘れちゃいました。

 

「加勢します!」


 加速して一番近くにいた兵士二人の首を刎ねます。


「どうして逃げなかったのです!?」


「私は初めて来た土地なので土地勘がありません。逃げるより戦ってクロエ様たちに合流した方が早いと思いまして」


「クレスト様、この際、力をお借りしては?」


「……よし、海神様であるエドワード様を館までお連れするぞ!」


 ――はっ!


 この人たちもついて来るのーっ!?


 適当に敵を片付けて、屋敷まで駆け抜けようと思っていた私は、失敗を悟ったのでした。


 ――――――――――

 書籍イラストを近況ノートにて公開しております。

 書影が完成したらまた報告いたします(* ᴗ ᴗ)⁾⁾

 https://kakuyomu.jp/users/ru-an/news/16818093081311845753

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